劣等アルファは最強王子から逃げられない

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体調不良のアルファ

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ぞわり、と寒気が走って、リュシアンは視線を彷徨わせた。
寝不足のせいでずきずきと頭が痛む。
体全体が重く、リュシアンは足を引きずるようにて学園の廊下を歩いていた。
視界に入らなくても誰のものかわかる、鼻先をつく不快なフェロモンに思わず眦を釣り上げた。
(くそ、相当近いな……)
リュシアンはフェロモンの感知能力がかなり鈍い。
その自分が気付くようでは相当近くに相手がいるのだろうと、眉根を寄せた。
「リュシアンお義兄様……」
案の定、廊下に不愉快極まりない存在がいた。
他の同級生と一緒に廊下に立っているのは、リュシアンの異母弟のライモントだ。
濃紺の髪色のリュシアンとは似ても似つかない栗毛色の柔らかな髪。
不安そうに揺れる緑の瞳が計算づくであることは、リュシアンは嫌というほど知っている。
わざとらしいと顔を歪め、リュシアンがぐらぐらと揺れそうになる体を叱咤するため、腕を組んだ。
指先で腕にぎちりと爪を立て、痛みで意識を覚醒させる。
「なぜお前がここにいる」
飾り気のない言葉は冷え冷えとしており、リュシアンの言葉にライモントはわざとらしくうつむいた。
だがその言葉は純然たる事実なのだ。
ライモントは異母弟はなのでリュシアンとは1歳の年の差がある。
さすがに彼と同級生ということはなく、下級生の異母弟がわざわざ階の違うリュシアンのもとに来る以外で顔を合わせることはない。
「あ、あの、お義兄様と一緒に昼食をと……」
窺うように上目遣いで見つめてくるライモントにリュシアンは不快さを隠さなかった。
「白々しい」
内心で思うつもりが、口からそう吐き捨てていた。
「リュシアン、その言い方はどうなんだ」
話に入ってきたのは、この国の第二王子で、リュシアンの同級生のエミールだった。
「君の弟が、歩み寄ろうとしているというのに」
異母弟は、リュシアンとかなり雰囲気が違う。
普段から体調不良を抱えるリュシアンはそれを悟られないよう無表情かきつい表情をしている。
そのせいで近寄りがたい雰囲気があり、あまり世間からよく思われていない。
だがリュシアンと打って変わり、異母弟のライモントはいつもほのかに微笑み、どこか幼さの残る顔をしている。
庇護欲をそそるような可愛らしい顔立ちも相まって、彼はよく人を引き寄せていた。
(……クソオメガが)
この国には男女のほかにアルファとオメガとベータという人種がいる。
オメガには発情期があり、独自のフェロモンをだしてアルファを誘う。アルファとオメガは人口の数パーセントで数も少なく、人口のほとんどはベータだ。
アルファは優秀で、美貌も体格も優れているとされている。オメガは体も男女ともに華奢で、庇護欲をそそる見た目が多い。
その見た目や独自のフェロモンでアルファを誘惑するのもオメガの性質だ。
ライモントは、オメガらしいオメガといえるだろう。
「殿下、」
ふわりと漂ってきたフェロモンに、リュシアンは吐き気を覚えた。
口元を抑えて、視線を落とす。
(気持ち悪い……)
一刻も早くこの場から離れればならないと、リュシアンは口の端を釣り上げて皮肉気に笑う。
そうでもしないと胃が痙攣して吐いてしまいそうだった。
「これは我が家の問題です。王族といえど、過干渉がすぎるのでは?」
そういうと、エミールはぐっと黙った。
「大体、殿下も婚約者が決まっておられないでしょう。オメガといえど、特定の者と仲良くしすぎるのはいかがかと思いますが」
そう言って愚かさを嗤うと、エミールは表情を硬くした。
エミールは第二王子でアルファだ。
エミールには婚約者はおらず、そして上に第一王子がいる。
第一王子にも、まだ婚約者がいない。
フェアクロフ国ではまだ国王が健在だが、誰が王太子になるのか決まっていなかった。
だからこそ国内の貴族たちはどちらにつくか様子見をしているというのに、あまりにも行動が軽率すぎる。
(我が家なんて毒にも薬にもならないだろうに)
エミールがどういうつもりか知らないが、派閥ができつつある今、王を目指すのであれば、王になるために薬になる相手と仲良くしたほうがいいというのに。
「貴様、」
「おやめください!」
そばにいたライモントに服のすそを掴まれると、エミールははっとして動きを止める。
「レイ……」
ライモントの愛称で呼んでやさしく異母弟を眺めるのを見て、リュシアンはぴくりと頬をひきつらせた。
(言った傍から……)
はあ、とわざとらしくため息をつき、気持ち悪さをやり過ごす。
「リュシアンお義兄様……お許しください……」
いつの間にか近づいてきたライモントが、そっとリュシアンの腕に触れる。
「……ッ」
その瞬間、ぞわりと鳥肌が立ち、リュシアンは思わずその手を振り払った。
ばし、と振り払うと、ライモントはわざとらしくよろける。
「おい、リュシアン!」
すかさずエミールがライモントを支えて睨んできたが、リュシアンはそれどころではない。
触れた先から吐き気がこみ上げ、我慢するのも限界だった。
リュシアンは失礼しますと口早に言い、二人の横を歩き去る。
背後から強い視線を感じたが、それも無視して歩き去った。
「ゔ、ぇ…………」
吐き気を我慢するのもつらくなり、駆け抜けた先の庭で、壁際に吐いた。
ぼたぼた、と口から落ちていくものはただの透明な液体だけだった。
何も食べていないのだから、それも当然だ。
ひっくり返りそうな胃がびくびくと痙攣する。
吐くだけ吐いたものの、出せるものはない。呻き声だけがこぼれ、ぐうと喉までが引きつる。
リュシアンはいがいがする喉をさすり、靴で地面を踏みつけて吐いた後をごまかした。
「くそ、あの淫売が……」
悪しざまに罵り、ふらふらと裏庭を歩いた。
背の高い草も多く、あまり手入れがされていないことがよくわかる。
そのおかげか、ひとがあまり立ち入らない。
休むのにはうってつけの場所だった。
(……すこし休みたい…………)
ふらふらと木が多くなっていく庭の奥へ歩いて行く。
リュシアンはティレル侯爵家の長男でアルファだ。
アルファである父とアルファである母の間に生まれた。
そしてその一年後に、ライモントが生まれていた。
その事実を考えると、リュシアンは気持ち悪くて仕方ない。父は母意外とほぼ同時くらいで相手を作っていたのだ。
父は家の外で『番』を作っていた。
アルファとオメガはすこし特殊で、番関係というのがある。
オメガの発情期にうなじを噛むと、お互いの香りにしか反応しなくなるのだ。
父と母はお互いにアルファなので、母は父を仕方ないだろうと言っていた。
『番では仕方ないわね』
その感情が、アルファであるリュシアンには心底理解できなかった。
「うぅ……」
気持ち悪さを抱えて胃を抑え、ふらふらと庭の奥に歩く。
裏庭はかなり広く、あまり整備されていないせいもあって、人が少ない。
校舎から遠ざかるとだいぶにおいが薄らいで息がしやすくなった。
「はあ、もう本当に、ベータに生まれてくればよかった……」
そうぼやきながら、手入れのされていないガゼボにたどり着く。
本来は白かったはずのガゼボはところどころ塗料が剥がれ落ちている。
リュシアンはガゼボの中には入らずに裏に回ると、ずるずるとしゃがみこんだ。
壁を背もたれにして、芝生の上に座り込む。
ぼんやりと青い空を見上げると、気持ち悪さも和らぐ気がして、ぼんやりと見上げてしまう。
ずきずきとした頭の痛みが遠ざかっていくようで、リュシアンはそのままずるずると横に倒れた。
仰向けになって空を眺め、頭から思考を追い出す。
「ベータだったらなあ……」
リュシアンは、そう願わずにはいられない。
(………アルファとしては、欠陥品だ)
リュシアンはそう思う。
リュシアンには、どうしようもない欠陥があった。
体調不良の原因にもなっているのはリュシアンがアルファだからで、こんな気分の悪さを抱えているくらいならば、いっそベータでよかったと心底思う。
アルファというだけでひとから傅かれるものの、そんな特権ではリュシアンの体調はよくならない。
「……どうしようもないな」
呆れ交じりに笑い、眼を閉じる。

リュシアンは、オメガのフェロモンが気持ち悪くて仕方なかった。

アルファとしては、そういうどうしようもない欠陥を持っている。
母でさえオメガのフェロモンをいい香りと言うが、リュシアンはそんなことは一度も思ったことはない。
あの香りは、吐き気を催すくらい気持ち悪い。
不快で仕方ないし、オメガに触られるのも大嫌いだ。
アルファにも優劣があり、リュシアンはアルファの中ではかなりの劣等種の分類に入るのだろう。
詳しく調べてもらったことはないが、オメガのフェロモンをあまり感じ取れないし、感じ取れたとしても、それらは吐いてしまうくらい気持ち悪いものだ。
陽の光に当たっていると、気持ち悪さで冷えていた体が温まってくる。
気持ち悪さも遠ざかり、リュシアンはうとうととまどろんだ。
今日の夜は夜会がある。
少し寝てもいいか、とうつらうつらとした。
最近は国内がすこし不安定だ。
フェアクロフ国ではまだ国王が健在だが、誰が王太子になるのか決まっていない。
そのせいで国内が第一王子派と第二王子派の派閥に分かれつつあり、社交を拒絶することもできなかった。
ティレル侯爵は中立派を保っているが、第二王子のエミールがあのようにライモントに入れ込んでいては、そのうち婚約という話がでるかもしれない。
その反動で、リュシアンは第一王子派の夜会に出ざるをえなくなっていた。
ライモントがたまに夜会で第二王子のエミールとべったりなせいだ。
それお思い出すとまた胃が痛くなってくる。
「……あれのどこがいいんだ?」
リュシアンは思わずそうつぶやいていた。
エミールはリュシアンと同じアルファだ。
だがリュシアンとあまり変わらない程度のにおいしか感じないし、どう考えても劣等種の分類に入るアルファだろうと見込んでいた。
オメガとアルファでは見え方も違うが、成績もリュシアン以下だし、たいして剣術や魔法が強いわけでもない。
同じ王子なら、圧倒的に第一王子のほうがいいだろうとリュシアンは思う。
(ああ、今日の夜会もいるんだっけ……)
第一王子のアルウェンはリュシアンよりも4つも上なので、3年制の学園では被らない。
そもそも派閥が違うので、そんなに関りはない。
会っても軽く挨拶する程度で、彼の周りに群がるオメガが気持ち悪くてあまり近づかない。
ただ、アルウェンはかなり強いアルファなのだと聞いている。
普段はアルファ性を抑えて社交をしているが、彼はその強いアルファ性に耐えられる者が少なく、普段は離宮に引きこもっているらしい。
リュシアンも何度か挨拶をしたことがある。
金色の髪に、赤い血のような眼が印象的な精悍な男だ。
第二王子のエミールはおなじ金髪でも緑の眼をしているせいか、二人も兄弟だというのに印象がだいぶ違う。
アルウェンは、そこそこ身長があるリュシアンですら見上げなければならないほど背が高く、おまけに従軍していたこともあり、がっしりとした体格をしていた。
アルウェンは魔法も剣術も強く、単体での能力が強すぎたせいで、魔法騎士という彼独自の立場が与えられているほどだ。
3年前の戦争時には自ら赴き、ひとりで天地を裂き、その戦いぶりはまさしく戦神のごとくと恐れられたとか。
そういう話を聞くと、かなりアルファらしいとは思う。
リュシアンは彼の赤い眼に何度か見つめられたことがあるが、自身が鈍いせいか、あまり彼のアルファ性を感じ取れたことがない。
(でも、彼のそばは落ち着くんだよな……)
たまに運よく二人で話すと、アルウェンのフェロモンのせいか、居心地がいいと感じる。
気持ち悪さもなく、ずきずきとする頭痛がすこし和らぐような気分になるのだ。
(まあ、気のせいだろうけど……)
うとうとと本格的に意識がまどろんできて、リュシアンはぐう、と眠ってしまった。
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