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36.本音
しおりを挟むコーディとメイヴィスは、お互いに無言であった。いつノワールの国王がやってくるかわからなかったからだ。
やっと手元に戻ってきたブローチを、メイヴィスは撫でる。これに愛着があるわけではないが、心なしか体が楽になった気がした。
しかし、そこであることに気がつく。
「そういえば……陛下はこれを素手で触ったのかしら」
メイヴィスにブローチを返した張本人なのだから、触ったことに間違いはないだろう。
男性が触れることは許されない、女王陛下のブローチ。他国の男性が触れたらどうなるのか。
(それでも、オルティエに災いが訪れる?)
「ねえ、コーディ」
コーディがいつから存在しているのか、メイヴィスは知らない。しかし、長生きをしているのであれば、初代女王の話を知っている可能性がある。
「……」
しかし、コーディは部屋の隅でじっとメイヴィスを見つめているだけで、目が合っても何も言わなかった。
もう一度メイヴィスが名前を呼ぼうとすると、部屋の外から足音が聞こえてくる。
「入るぞ」
王はノックもなく部屋に入ってきては、目を丸くした。その後ろには王妹もいる。
「もう起き上がっているのか」
「はい。随分楽になりました」
メイヴィスは目を合わせず、床を見る。サイラスと会話をする時と、同じように。
「ブローチに何か秘術でもかかっているのか?」
「……は?」
思わず顔を上げるが、ヴィンセントの視線もメイヴィスではなくブローチに注がれていた。
「いや、ブローチを返した途端元気になったように感じてな」
「……わかりません」
装飾品そのものが秘宝であるので、それにまつわる噂はたくさんある。しかし何が真実かは、身につけていた女王しか知らないだろう。
「陛下、一つだけお聞かせください」
確認しておきたいことがある。
ヴィンセントは顔を顰めたが、何も言わなかった。
それを是ととらえ、メイヴィスは口を開く。
「このブローチを、素手で触りましたか?」
意図がわからぬ問いに、ヴィンセントは少し首を傾げながら「いや」と否定する。
「触るときは手袋をつけていた。秘宝と聞いたのでな、言いがかりをつけられては困る」
答えにほっとし、「そうですか」と返した。
そこでメイヴィスの質問の意図に気がついたのか、ヴィンセントは、
「そういったものにはいわくがつきものだ」
と言ったものの深くは追及しなかった。
そして、本来の用事である案件に話題を変えた。
「我々はオルティエにお前の身柄を預かっていることを報告した。しかし、未だオルティエからは何の返事もない」
想定通りだ。どれほどの時間が過ぎたかはわからないが、ただ確信をもって言えるのは、オルティエがメイヴィスのために動くことはないということ。
メイヴィスには、人質の価値もないことを改めて突きつけられた。
「……どうなさるおつもりですか」
目論見が外れ、居座ることになったメイヴィスに、ノワールは大変迷惑しているだろう。とはいえ、自分たちでしでかしたことなので、メイヴィスのことは責めにくい。
「鉱山の件は引き続き交渉する。それが終わればお前を帰す。いらないと言われても帰す」
「それは……時間がかかりそうですが」
最初と言っていることが変わり、メイヴィスは困惑する。
「血を流さずに済む方法があるのなら、それが最善だ。戦争は金もかかるし、何より勝てる保証がない。最終手段だ」
はて、とメイヴィスはあることに気がつく。
「交渉で解決できなかったから誘拐計画を立てたのではないのですか?」
平和的解決を望めなくなり、荒っぽい手で脅すしかなかったのだと思っていた。
「ふん。お前のことはともかく、こちらにはそのブローチがあるからな。オルティエとて無視はできまい。これを利用して何とかしてやる」
返答を聞いて納得する。オルティエはなくてもよい命よりも、大切な大切な宝を返して欲しいだろう。国王も、王妃も、王太子も。
特にサイラスは、無断で装飾品を分割して与えた張本人。避寒地での療養を提案し、ノワールに宝を奪われる隙を与えたのもサイラスだ。今頃その責任を追及されているかもしれない。
それを思うと、少しだけ心が軽くなる。
「承知しました。お世話になります」
「お前は虚弱体質だと聞いた。治るものではないだろうが、手を尽くそう」
「……感謝します」
断ることもできたが、国王のメンツもある。とりあえず礼だけ返した。
コーディはいつのまにか消えており、メイヴィスが何度呼んでも現れることはなかった。
ヴィンセントは、メイヴィスに新しい服をいくつか贈った。最初よりは布面積の増えたそれを、メイヴィスは安心して着た。元々着ていた服も綺麗になって戻ってきた。
「ありがとうございます。姉の形見なんです」
正確には違う気もするが、全くの嘘でもない。
「そうだったのですね。よかったです」
ロージーはそれ以上何も言わず微笑むだけだった。
「侯爵令嬢様、今日は良いお天気ですから外に行きましょう」
ヴィオラは忙しい立場であるはずだが、よくメイヴィスの部屋を訪れた。そしてこうして、メイヴィスを外に連れ出したがった。
「はい」
ノワールの城は、オルティエより仕える者が少ないように感じた。そのおかげで、メイヴィスはあまり人目を気にせずに生活できている。
「暑くはありませんか?」
今日もケープを着込むメイヴィスに、ヴィオラが尋ねる。中庭に出て茶を飲むことになったのだ。
「大丈夫です。ノワールは本当に暖かいですね」
あれからメイヴィスは、少しずつ回復していった。むしろオルティエにいた頃よりも、ずっと体調が良い。ブローチを返してもらってから、すぐではないが悪夢を見なくなってぐっすり眠れるようになった。メイヴィスはその理由を、コーディが宿っているからだと結論づけた。
ヴィオラがしきりにメイヴィスを気にかけるので、コーディは退屈そうだ。しかしどこか気が抜けているように見える時もある。
「侯爵令嬢様の体調も良くなっていらっしゃるようで何よりです」
こうしてメイヴィスが誰かといると、コーディは決まって姿を消した。
『オルティエには敵が多いが、こっちはそんなことねえから気を張らずに済む』
とはいえ、メイヴィスが一人になってもコーディが呼びかけに反応することは少なくなっていった。
いないわけではない。ただ、出てくるのが億劫なようだった。
(力の源である古書もなければ、ここはオルティエでもない。もし、私が比較的元気な理由がコーディのおかげだとしたら……弱るのも無理はない、か)
そんなことをする必要はないと伝えたくても、顔を出してくれなければ何もできない。
「侯爵令嬢様はお好きなものはありますか?」
庭に出てひなたぼっこをしていると、ヴィオラが尋ねてきた。
「好きなもの、ですか?」
「ご趣味ですとか、得意なものですとか」
「……えっと」
本を読むのは嫌いではないが、最近ではただ開くだけになっていた。読み切るのが苦痛になってきていることに気がついてしまってから、メイヴィスは本に触れてさえいない。
もっぱら昼寝という、側から見れば怠惰な生活だ。恥ずかしくて言えない。
「では、宝探しをしましょう」
ヴィオラは突然何の脈絡もなく、自分の髪飾りを取り、手に包んだ。理解が遅れ、メイヴィスの返事はヴィオラに先を越される。
「私が隠しますので、侯爵令嬢様は探してください」
「構いませんが、その……」
話がトントンと進んでいき、困惑しながら止めようとすると、ヴィオラは見透かしたように笑った。
「危ないところには隠しません。大丈夫です」
「……わかりました」
何かしらの意図を感じ、メイヴィスは頷く。
「では、私が合図するまで目を閉じていてください」
ヴィオラはルンルンと走り出していった。
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