背徳の恋のあとで

ひかり芽衣

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6:画家との出会い

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他の利用者が来たため、アリーナとスカイの会話は打ち切られた。

(管理者様……いえ、スカイ様も、恋慕う方がいらっしゃるのかしら? 実は既婚者? ……不倫でないと良いけれど……)

親しい人物の不倫は、正直複雑だ。
普通に幸せになって欲しいと思う。
スカイとはそこまで親しい訳ではないが、アリーナは好感を持っている人物であり、"普通に"幸せになって欲しいと勝手に願う。

「"普通"が案外難しいのよね……」


"普通"に産まれる。
"普通"に大きくなる。
"普通"に恋をする。
"普通"に幸せな結婚をする。
"普通"に子どもができる。
"普通"に子どもが産まれる。
"普通"に子どもが元気に育つ。

……

全部奇跡だ。
普通とは奇跡の繰り返しだと、アリーナは思う。
普通なことは、とても恵まれていることなのだ。

(私の家族は"普通"ではないわね……)

そんなことをを考えながら街並みを眺めていると、ふと一人の人物が目に入った。

隅の邪魔にならないところに座り、スケッチブックを広げている。
どうやら絵を描いているようだ。

遠くてよく見えない。
しかしアリーナは、何故だか無性にその絵が見たくなった。

他の利用者の対応をしているスカイに軽く頭を下げて、アリーナは図書館を出た。

真っ直ぐに絵を描く彼の元へ行く。
後ろからスケッチブックをそっと覗き見ると、真っ白な紙に街並みと通り過ぎる人々が鉛筆で描かれている。

「上手……」

思わず呟いたアリーナの声が耳に入った男は、驚いてバッと後ろを振り返った。
1m程の距離で目が合う。
その瞬間、

"ドキッ"

アリーナの胸がひとつ大きく弾いた。
父親を連想するため苦手な金髪とグリーンの瞳だが、父の真っ白な肌とは違う、日に焼けた肌にグリーンの瞳の存在感が凄かった。
まるで宝石かというほどキラキラと輝いている瞳から、アリーナは目が離せずに固まってしまう。

「……あの?」

男の声に我に返ったアリーナは、慌てて弁明する。

「あ、覗き見てしまって申し訳ありません! どうしても、どのような絵を描いているのかが気になってしまって……。そっと見させて貰ったら去ろうと思っていたのです。ですがとても素敵だったので、思わず声が漏れてしまいました……。どうかお許し下さい」

悪戯がバレた子どものように慌てて弁明するアリーナに、男は笑みが漏れる。

「ははっ。素直に話してくれたのでお許しいたしますよ」

男の笑顔に、アリーナの胸は再び大きく飛び跳ねる。

「実は画家なんです。なのでそう言っていただけて、大変光栄です。ありがとうございます」

丁寧に頭を下げる男性に威圧的なものを一切感じず、アリーナは驚く。

(お父様と同じ金髪にグリーンの瞳なのに、えらい違いね)

父親を思い出して、アリーナは一瞬落ち着きを取り戻した。

「そうなのですね! お会いできて光栄です。もしよろしければ他の絵も拝見させていただけませんか?」

「えっと…ちゃんと描いたものは今はこれしか持っていないのですが……」

そう言って男が鞄から取り出したのは40×30cmサイズのひとつのキャンパスだった。

それは、一面真っ青だ。
吸い込まれそうな青。
快晴の空が描かれている。

「……」

暫くジッと見入ってから、アリーナは興奮した顔で男を見た。

「凄い!!! 素敵!!! これ、いただけませんか!???」

お世辞ではない本心だった。
アリーナの心をグッと掴む絵だった。

緊張した顔をしていた男は、気に入って貰えたことにホッとした顔をしている。

「そう言って貰えて嬉しいので、差し上げます」

「画家なのでしょう?」

「……はい、一応。でも全く売れないので、農業もしてますから」

苦笑いを浮かべてそう言う男に、アリーナは少し"ムッ"とする。

「でも、画家なのでしょう? プライドを持って下さい! 私は本当に気に入ったから欲しいと言っているのです。おいくらですか?」

「えっ……50リルラ?」

迷いながら言う男に、アリーナは再びムッとしてしまう。

「この絵の価値がそんなものだなんて、私は認めません!」

アリーナは倍の100リルラを男の手に置いた。

「こっ…こんなに!??」

「私はこれ以上の価値を感じています。あなたの絵がこれから売れでば、もっとこの絵の価値は上がります。頑張って下さい」

アリーナは思いっきりの笑顔を浮かべると、絵を抱きしめた。

「……ありがとうございます」

そう言って笑う男の笑顔に再び胸がときめいたが、アリーナは気が付かないフリをしてその場を去った。




帰りの馬車の中でアリーナはふと思った。

『この人を逃してはいけない』

アリーナの本能が、画家の男を欲している。

初恋を自覚した瞬間だったーーー




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