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5:恋の力
しおりを挟む翌日、アリーナは馬車を走らせて図書館へ向かっていた。
このモヤモヤした心を落ち着ける方法をが、アリーナにはこれしか思いつかなかったのだ。
開館より前に着いてしまったアリーナは、扉の前で立ち尽くしていた。侍女には馬車で待機して貰っている。
少しでも早く、図書館の雰囲気を感じて心を落ち着けたかった。
一睡もできなかったアリーナは交感神経が優位になっており、変に興奮気味だ。
無心で扉の前に立ち、扉を"ジッ"と見ていると、どれくらい経っただろうか?
"カチャッ"
と内側から鍵があく音がした。
アリーナは"ソッ"とドアを開けた。
するとそこには、驚いた顔でアリーナを見下ろす男がいた。
(あっ、管理者さんか。これほど近くで見るのは初めてだけれど、やっぱり意外に若そうね。肌が綺麗。長身細身で漆黒の瞳と真っ黒の髪。遠目では一見陰気そうだけれど、瞳がいつも輝いていて実際はそんなことは全くないのよね……)
30cmほどの距離で管理者を"ジーッ"と見上げて動かないアリーナに、管理者は一歩下がった。
「……ゴホンッ。……おはようございます、スライトス男爵令嬢。本日はとてもお早いのですね。昨日の今日ですので、残念ながら新しい本は入荷しておりません」
真顔だが優しさの滲み出ている管理者に、何故だかアリーナは泣きたい気持ちになる。
暖かさが、身体に染みるように感じる。
「……おはようございます、管理者様。昨日借りた本をまだ読み終わっていませんし、大丈夫です。今日は何となく、ここに来たかっただけなのです。ここの空気を吸いたくて……」
ぎこちない笑顔を浮かべるアリーナに、管理者は笑顔を浮かべる。
「図書館なのでお茶は出せませんが、ゆっくりお過ごし下さい」
しばらく窓際の席でボーッと窓の外を眺めていたアリーナは、今日は男女のカップルにばかり目が行く。
(あのカップルは夫婦かしら? 婚姻前のカップルかしら? それとも婚外恋愛かしら?)
そんな答えのわからない自問自答をしていると、声をかけられる。
「どうかされたのですか?」
「……管理者様……」
「まだ他には誰もいないので、私でよければ話し相手になりますよ? 勿論、無理にとは申しません。ストレイ男爵令嬢が良ければです」
優しい瞳の管理者に、思わずアリーナは微笑み返す。
「管理者様、ひとつお願いがあります」
「何でしょう?」
「アリーナとお呼び下さい」
今のアリーナは"ストレイ男爵令嬢"という肩書きに恥を感じるのだ。
今までも少なからず感じていたが、両親の不貞で破綻している男爵家の令嬢の肩書きなんて、煩わしい意外の何物でもなかった。
人は誰しも、好ましく感じる相手には、自分自身を見て貰いたいものだろう。
「……では、アリーナ様」
少し迷った後で控え目にそう言われて、何故だかアリーナはくすぐったい気持ちがする。
「アリーナ様、では、私のこともスカイとお呼び下さいませ。勿論、もしよろしければですが」
「素敵な名前ですね。では、スカイ様に質問です」
名前で呼ばれて、スカイは嬉しそうに微笑んだ。
「はい、私でわかることなら」
アリーナは微笑みながら言う。
「大人の男女は恋愛相手がいないと生きて行けないのですか?」
アリーナの意外な質問に、スカイは少し驚いた顔をした。
(驚いた顔を見るのは初めてだわ。綺麗な整った顔立ち……)
いつも冷静沈着で穏やかスカイの少し違う一面を物珍しく見ていると、いつもの微笑みを浮かべたスカイが言う。
「……アリーナ様は、恋をしたことがありますか?」
「いいえ」
アリーナの即答に苦笑いをしたスカイは、
「恋のパワーは凄いのですよ」
そう続けた。
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