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最終章 〇〇〇さん
第50話 う、うわああああああああ!
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お父さんの言葉には、確かな重みがありました。娘のことを心配する。そして、僕を試そうとする。そんな重みが。
本当なら、ここで「はい!」と言いながら力強く頷くことが正解なのでしょう。ですが、僕にはそれができませんでした。お父さんに対する恐怖で体が動かなかったというわけではありません。死神さんと結婚することが決まってからずっと隠してきた不安。それが、僕の体を硬直させてしまったからです。
「…………」
「…………」
鋭い眼光を僕に向けるお父さん。それはまるで、一切の誤魔化しを許さないと告げているかのようでした。
「お父さん」
だからこそ、僕は、ここで真実を話すことにしたのです。
「何だ」
「僕は、死神さんを守るためなら、命を懸けることだってできるつもりです。でも」
「…………」
「死神さんのことを守り切れるかどうかは、分かりません」
「……ほう」
「僕は、ただの人間。特別な力も何も持っていない、誰かに支えてもらわないと生きていけない、そんなちっぽけな人間だからです」
きっと、この答えは間違っています。結婚相手を守り切れないかもしれないなんて。どこの親が、そんなことを言う男を娘の結婚相手として認めるというのでしょうか。
でも、自覚せざるを得ないのです。僕はただの人間であると。死神さんを守れるほど、立派な人間ではないと。
だって以前、死神さんが僕の前からいなくなった時、僕は、ただ死神さんを待っていることしかできなかったのですから。
お父さんは、無言で僕を見つめます。眼光の鋭さは変わらず。額の上には、深いしわ。今、彼が何を考えているのか、僕には全く分かりませんでした。
僕の発言からどれくらいの時間が経ったのでしょうか。一分? 十分? 一時間? いや、もっともっと長く感じられます。実際は、数秒しか経っていないのでしょうが。
「ふっ」
突然、お父さんの口角が少しだけ上がりました。
「まさか、そんな答えが返って来るとはな。てっきり、『必ず守ります』と言われると思っていたよ。まあ、しかし……そうだな。君の考えは正しい」
うんうんと頷くお父さん。心なしか、部屋の中の空気が和らいだように思いました。
「君は人間。娘は死神。不安になるのも当然のことだ。だが少なくとも、君は、娘を守る覚悟はあるのだろう?」
「それはもちろんです」
「それなら、いい。まあ、私の愛する娘は、誰かに守ってもらわなければならないほど軟弱ではないがな。それに万が一、娘に危害を加えるような奴らがいれば、私や妻がそいつらを……フフフ」
お父さんは、ニヤリと笑みを浮かべます。
なんだか、とてつもなく物騒なことを言われたような気が。
「ありがとうございます」
僕は、お父さんに向かってゆっくりと頭を下げました。どうやらこの場は穏便に済ませることができそう。そんな安心感とともに。
「別にお礼を言われるようなことではない。それに、君に聞きたいことはあと九十九個残っている」
…………ん?
「えっと、お父さん。今、何を?」
「だから、まだ九十九個聞きたいことが残っていると言ったんだ。次は、君が娘と健全な生活をしているかどうかということについてだが」
…………
…………
う、うわああああああああ!
♦♦♦
「ただいまー。って、えええ!?」
「あらあら」
玄関の方から聞こえる死神さんとお母さんの声。ですが、その姿は僕には見えません。当然ですよね。だって今、僕はテーブルに突っ伏しているのですから。
「おお。帰ったか、二人とも」
頭の向こうにいるお父さんが、陽気な声で二人を迎えます。
「パ……お父さん、ただいま。って、そんなことはどうでもいいの! き、君、大丈夫? 何だか頭から湯気が出てるように見えるんだけど」
「し、死神さん。お、おかえりなさい」
「い、一体何があったの!?」
「な、何も、なかった、ですよ。……ハハハ」
「絶対何かあったんだー!?」
テーブルに突っ伏す僕を、背中からギュッと抱きしめる死神さん。その温かさと甘い香りは、どこか懐かしさすら感じさせました。
「あなた、やりすぎちゃったのね」
「ふん! 質問を百個された程度で疲労困憊とは。そんなことで、娘のことを守り切れるのか?」
「あらあら。全く、いつまでたっても、あなたは子離れできないわねえ」
「子離れ? する必要がどこにある?」
僕は、ゆっくりと体を起こします。僕の目に映ったのは、テーブルの向かい側で会話をするお父さんとお母さん。別に、特別な会話をしているというふうには見えません。ですが、二人の間には不思議な温かさがありました。どうしてそう思ってしまったのかは分かりませんが。
「パ……お父さん」
「どうした? 我が娘よ」
「嫌い」
「…………え?」
「嫌い!」
部屋の中に響き渡る死神さんの声。死神さんのこんな大声を聞くのは初めてですね。
死神さんの言葉に、お父さんの顔がぐにゃりと歪んでいきます。そして……。
「ど、どうしてだー!?」
今度は、お父さんがテーブルに突っ伏してしまうのでした。
本当なら、ここで「はい!」と言いながら力強く頷くことが正解なのでしょう。ですが、僕にはそれができませんでした。お父さんに対する恐怖で体が動かなかったというわけではありません。死神さんと結婚することが決まってからずっと隠してきた不安。それが、僕の体を硬直させてしまったからです。
「…………」
「…………」
鋭い眼光を僕に向けるお父さん。それはまるで、一切の誤魔化しを許さないと告げているかのようでした。
「お父さん」
だからこそ、僕は、ここで真実を話すことにしたのです。
「何だ」
「僕は、死神さんを守るためなら、命を懸けることだってできるつもりです。でも」
「…………」
「死神さんのことを守り切れるかどうかは、分かりません」
「……ほう」
「僕は、ただの人間。特別な力も何も持っていない、誰かに支えてもらわないと生きていけない、そんなちっぽけな人間だからです」
きっと、この答えは間違っています。結婚相手を守り切れないかもしれないなんて。どこの親が、そんなことを言う男を娘の結婚相手として認めるというのでしょうか。
でも、自覚せざるを得ないのです。僕はただの人間であると。死神さんを守れるほど、立派な人間ではないと。
だって以前、死神さんが僕の前からいなくなった時、僕は、ただ死神さんを待っていることしかできなかったのですから。
お父さんは、無言で僕を見つめます。眼光の鋭さは変わらず。額の上には、深いしわ。今、彼が何を考えているのか、僕には全く分かりませんでした。
僕の発言からどれくらいの時間が経ったのでしょうか。一分? 十分? 一時間? いや、もっともっと長く感じられます。実際は、数秒しか経っていないのでしょうが。
「ふっ」
突然、お父さんの口角が少しだけ上がりました。
「まさか、そんな答えが返って来るとはな。てっきり、『必ず守ります』と言われると思っていたよ。まあ、しかし……そうだな。君の考えは正しい」
うんうんと頷くお父さん。心なしか、部屋の中の空気が和らいだように思いました。
「君は人間。娘は死神。不安になるのも当然のことだ。だが少なくとも、君は、娘を守る覚悟はあるのだろう?」
「それはもちろんです」
「それなら、いい。まあ、私の愛する娘は、誰かに守ってもらわなければならないほど軟弱ではないがな。それに万が一、娘に危害を加えるような奴らがいれば、私や妻がそいつらを……フフフ」
お父さんは、ニヤリと笑みを浮かべます。
なんだか、とてつもなく物騒なことを言われたような気が。
「ありがとうございます」
僕は、お父さんに向かってゆっくりと頭を下げました。どうやらこの場は穏便に済ませることができそう。そんな安心感とともに。
「別にお礼を言われるようなことではない。それに、君に聞きたいことはあと九十九個残っている」
…………ん?
「えっと、お父さん。今、何を?」
「だから、まだ九十九個聞きたいことが残っていると言ったんだ。次は、君が娘と健全な生活をしているかどうかということについてだが」
…………
…………
う、うわああああああああ!
♦♦♦
「ただいまー。って、えええ!?」
「あらあら」
玄関の方から聞こえる死神さんとお母さんの声。ですが、その姿は僕には見えません。当然ですよね。だって今、僕はテーブルに突っ伏しているのですから。
「おお。帰ったか、二人とも」
頭の向こうにいるお父さんが、陽気な声で二人を迎えます。
「パ……お父さん、ただいま。って、そんなことはどうでもいいの! き、君、大丈夫? 何だか頭から湯気が出てるように見えるんだけど」
「し、死神さん。お、おかえりなさい」
「い、一体何があったの!?」
「な、何も、なかった、ですよ。……ハハハ」
「絶対何かあったんだー!?」
テーブルに突っ伏す僕を、背中からギュッと抱きしめる死神さん。その温かさと甘い香りは、どこか懐かしさすら感じさせました。
「あなた、やりすぎちゃったのね」
「ふん! 質問を百個された程度で疲労困憊とは。そんなことで、娘のことを守り切れるのか?」
「あらあら。全く、いつまでたっても、あなたは子離れできないわねえ」
「子離れ? する必要がどこにある?」
僕は、ゆっくりと体を起こします。僕の目に映ったのは、テーブルの向かい側で会話をするお父さんとお母さん。別に、特別な会話をしているというふうには見えません。ですが、二人の間には不思議な温かさがありました。どうしてそう思ってしまったのかは分かりませんが。
「パ……お父さん」
「どうした? 我が娘よ」
「嫌い」
「…………え?」
「嫌い!」
部屋の中に響き渡る死神さんの声。死神さんのこんな大声を聞くのは初めてですね。
死神さんの言葉に、お父さんの顔がぐにゃりと歪んでいきます。そして……。
「ど、どうしてだー!?」
今度は、お父さんがテーブルに突っ伏してしまうのでした。
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