RAID CORE

コヨタ

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第18話 過酷?な訓練

第18話・1 準完全龍化、再び

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 ある日の機関。

 午前の白い廊下に、忙しない足音と書類のやり取り。
 いつもと変わらぬ日常のようでいて、どこか張りつめた空気もある施設内。

 その片隅、休憩ラウンジ。

 機関の騒がしさとは裏腹に、怠そうにソファに寝転がっていたのは──リル。

 片手にジュース、片足はソファから投げ出し、瞼は半分。
 明らかに『午前中は完全に仕事スイッチ切ってます』な態度。

「……ふぁあ……」

(ねむ……。午後から任務っつっても、アレだろ。なんか、小動物みてぇな奴……)

 先程任務ブリーフィングで確認した対象は、リルにとっては完全にくらいの低危険度龍個体。

「……なんでオレが……」

 小さくぼやいた瞬間、ラウンジの扉が開く。

「よお、午後からよろしくな」

 煙草を咥えながら入ってきたのは、すっかり常連となったセセラだった。

 白衣のポケットからライターを取り出しつつ、いつも通りの気怠げな動きで窓際に腰掛ける。

 リルは胡散臭そうに細目を向けた。

「……随分ラクそうな任務組まれたんだけど、何か裏があったりしねえよな?」

 一瞬、煙草に火をつける手が止まる。

 セセラは視線だけリルに向けて、「……んー、まあ……」と軽く唸った。

「機関として“試したいこと”があってな」

「……あー、オレを使って実験したいことがあるってことね」

 長年この施設にいるだけあって変に勘が鋭い。

 天井を仰いで、リルはため息を吐く。

「はぁ……またかよ」

 セセラはくゆらせた煙を遠くに吹きながら、ふっと口元だけで笑った。

 そして、軽い調子で言い放つ。

「お前、この前の。あれ。『準完全龍化』ってやつ。あれ今日やってくれ」

「…………」

 ──沈黙。

 リルの体が、固まった。

「はあ!?」

 思わず立ち上がると同時、不意に声が張り上がる。
 目を見開いて、まるで今、虫でも踏んだかのような顔。

「おい待て、普通に言ったけどな!! オレあれで死にかけたんだけど!?」

 セセラは一切動じない。

「だから弱い個体を選んだ。気持ちに余裕があれば、少し違うかもしれねえだろ?」

「簡単に言うけどなァ……!」

 リルは座り直し、眉をしかめた。

「……まず、自発的にできるかどうかも怪しいぞ。前は……あれだ。あの制御装置。外れた瞬間、何かがブワッて……。よくわかんねえけど……勝手に暴走しただけだっての……」

「まあまあ、ゴネんなよ。俺だって言われてんだよ。『自我を保った龍化の確立例が欲しい』……ってな」

 セセラは申し訳なさそうにしないまま続ける。

「何かあったらすぐ止められるようにセッティングしとくから」

「……マジかよ……」

 唇を噛み、額に手をやる。
 明らかに、心底乗り気じゃない。

「こんな……低級龍より、薊野セセラをブッ飛ばす方がよっぽど意義あると思う」

「はいはい、実際に飛ばされたくないからお前のケツは俺が見るって。さ、気合い入れてこーぜ、リルちゃん♡」

「今オレの名前、ちゃん付けしたな……バカにしやがって……」

 そんなやり取りが交わされる頃。
 午後は、すぐそこまで迫っていた。


 ◇


 昼過ぎ。

 輸送車が揺れる度に、リルは虚ろな目で窓の外を見ていた。

 相変わらず眠そうで気怠げな表情だが、心の中はどこか落ち着かない。

(……ほんとにやんのかよ、アレ)

 そう思いながら、車が停止する。
 任務地に到着した。

 ──郊外の調査区域。

 ゆるやかな草地。
 薄い霧がかかる静かな森の縁。

 その一角に、討伐対象の龍を発見──!!!

「…………」

 真っ白なふわふわの体毛。
 四つ足でポテポテと跳ね回り、耳にはちょこんと飾り毛と、くるんとした尻尾。
 背には申し訳程度の小さな翼。

 まるで、子犬。

 ズラリと並んだ牙は禍々しさがあったが、それでも『可愛い』の方が勝っていた。

「…………」

 リルは唖然とする。

「……逆に心痛くなるわ……こんなちっこいの」

 するとそこへ。

『リル! 聞こえるか!!』

 無線から、緊迫したセセラの声が飛んでくる。
 その声はまるで、人類滅亡寸前の迎撃指令。

『そいつが今回の標的だ、心してかかれよ!!』

「うるっせえなそんな緊迫して無線飛ばす相手じゃねえだろ! つうかアイツ、小石いじってんだけど」

 小さな子犬龍はペタンと座り込み、石ころをカリカリ。

 リルもセセラも緊張感ゼロ。
 龍も敵対心ゼロ。

『ふふっ、まあまあ。任務は任務だが、今回は訓練だと思ってくれ。……まずは、普通に両手を龍化。これはできるな?』

 少し真面目なトーンになるセセラの声。
 リルは舌打ちしながら、ぶっきらぼうに答える。

「……散々やってんだろ」

 そう言って、両手に力を込めると──指先が音を立てて変異し始めた。

 ──バキッ、メキメキッ……

 赤く鋭い爪、厚く変質した皮膚。
 両手は、いつもの龍の手へと変わっていた。

「ほらよ。……ん?」

 龍化したリルの、異様な空気を察知した子犬龍が突如──。

「ギャワッ!」

 びょいんっ……と飛び上がり、そのまま牙を剥き出してリルに噛み付こうと跳躍!

「おいおい……」

 リルは顔ひとつ動かさず、大きな龍の爪でデコピンのようにそれをピンッと弾いた。

「キャィィィン!!!」

 跳ね飛ばされた子犬龍は草むらに転がり、ぷるぷると震え始める。

「いや、オレ泣きそう……。こんなん倒したら後味悪いって……」

 そこへ再び無線。

『龍が怯んでいるうちに、もう一段階だ。肘下まで龍化させた時があっただろ、あれのイメージだ。できるか?』

「……それも余裕でできる。……ちょっと、いてえけど」

 静かに息を吸い──。
 腕に更に力を込める。

「…………ッ!」

 ──バキバキバキッ……メギッ………
 ──ゴキッ……ゴギ……ッ……

 骨の軋むような音と共に、肘下まで皮膚が硬化し、鱗が浮かび上がった。

 異様な迫力。
 まるで、ドラゴンの前足。

「ッ、はぁ……、……ほらよ。……次は何だよ」

 無線の向こう、セセラの口元が綻ぶ。

『上出来だ。さすがウチの被検体ナンバーワン』

「呼び方ふざけんなよ……!!」

 その間にも、龍はまだぷるぷるしている。

 ──静かな草地。

 風に揺れる葉音の中、リルの龍化した腕が小さく軋んでいた。

 肘下までの龍化は、既に完了。
 だが、それを保ったまま次の段階へ進むなど、これまでにない試みだ。

 リルは大きく息を吐き、立ったままその変異した片手で器用に額を拭う。

「……ちょっと、ダルくなってきたな……」

 変異した部分が発する熱と緊張。まだ暴走の兆候は無い。
 だが、この先を考えると──心が揺れる。

 その時、耳元の無線が柔らかく響いた。

『……リル。聞こえてるか?』

 先程までのふざけた調子ではない。
 抑えめで、どこか向き合う声音。

『今のお前、めちゃくちゃよくやってるよ。無理はさせたくねえけど……お前が一歩踏み出す度、ちゃんと記録に残ってる』

『逃げんな、とは言わねえ。……でも、後退もさせねえからな』

「…………」

 一拍の沈黙。

『頼むわ、リル。お前はそのまま変われる』

 無線の向こうでセセラが真顔になっているのが浮かぶようだった。

 リルは俯きながら、口を開く。

「……何だよ、それ。……らしくねえ……」

 ──その声には少しだけ、笑みが滲んでいた。

「ったく、しょーがねえな……」

 リルは両手の指を一度開き、ぐっと拳を握る。

 指先から肘、そして肩口へと、皮膚の下で“何か”が動き始めた。

 まだ完成ではない。
 だが、確実にその兆しが滲み出る。

「…………ッ……」

 瞳が、更に縦に細く。
 牙が、更に長く鋭く。

「はぁ……、はぁ……っ、こんな丁寧に、段階踏んだの初めてだっつの……」

 体力がじわじわと削られていく。
 
 自我はある。
 だが、脳の奥に声のようなノイズが僅かに鳴り始めていた。

「……まだ……、大丈夫だ……」

 小さく震える足元。
 しかし意志は折れていない。

 そんな中──。
 ふと視界の端で、小さな動き。

 例の子犬龍がリルの気配に怯えつつも、心配そうにこちらを覗いているようだった。

「……なんでお前が不安そうな顔してんだよ……」

 思わず笑ってしまう。

 それは戦いの中で、確かに平常心を保っている証だった。

 そして次の変異は、肩口から始まる。

 リルの背に羽織られていた、いつも通りの赤黒くボロボロな──けれどどこか本人の一部のようなマント。

 その繊維にはリルの龍因子が練り込まれており、リルの龍化に呼応するように突如としてうねり始める。

「……ん、な……なんだ……?」

 リルの背後で、赤と黒の繊維が蠢く。
 糸の1本1本が、まるで脈動しているかのように。

 生き物のように、形を変え始めていた。

 ──バサッ……

 風を切る音が、静寂を割る。

 マントが重力に反するようにして大きく広がり、左右に黒紅の膜状の翼が発現しリルの背中と同化する。

 血のような赤と、焦げたような黒。
 それは飛翔のためのものというより、威圧の象徴のようにさえ見えた。

 リルは咄嗟に振り向いて、背中の異変に驚く。

「……これ……オレの……?」

 翼がピクリと反応する。
 まるで、自分の意志を持つかのように。

「……ッ、でも……痛くねえ。……なんか、自然に……馴染んでる……?」

 その瞬間、リルの足元からブワッとした気配。

 ──瘴気。

 龍の血特有の黒紫の煙のような気が、リルの脚に纏わりつく。
 靴や衣類も、脚諸共いつの間にか包み込まれていた。

 瘴気が爪や甲殻、尾のような意匠を浮かび上がらせる。決して物理的な変形音は無い。

 それは、外側に現れた変異だった。

 人間の足ではなく、飛竜の下半身。

 準完全龍化の、確かな構え。

「…………ッは…………」

 息が荒くなるリル。
 肩で呼吸を繰り返しながら、それでもまだ、自分リルでいられている。

(……苦しい、けど……まだ、自分だ。……オレ、壊れてない……)

 拳を握る。

「……あれ……? オレ、意外と……このまま変化できてる……」

 恐怖でも、怒りでもなく。
 確かな手応えと驚きが、リルの声に宿っていた。

 翼が広がり、瘴気を帯びた脚が踏みしめる地面。

 まるで竜人の変身のような、そんな空気を漂わせながら──。

「……っつうか……! このまま戻れなくなったらシャレになんねえからな薊野さん!? 聞いてんのかコラ!!」

 無線の音声は、ひと呼吸の後に鳴った。

『……おう、よくできました……。マジでちょっとビビってる』

 一言だけの、セセラにしては随分素直な称賛だった。


 ◇


 リルの変化を見守るモニター室。

 先程までの緩い空気は消え失せ、セセラの目は真剣そのもの。

 息を呑んで見守る職員たちの中、静かに無線のスイッチに指を添える。

(……そろそろ、運命の分かれ道だな)

『……リル、頭部だ。アレのとき……、“準完全龍化”と確認されたとき、お前は頭部にも変化が見られたという。……できるか? かなり、キツイだろうが……』

 その声は、微かに震えていた。

 ……もし、暴走したら。

 現地のリルが、背中の翼を僅かに揺らしながらわけがわからない顔で無線に返す。

「頭!? 頭って何だよ……! 頭に力入れんのか!? 意味わかんねぇッ……!!」

 セセラも困惑を隠しきれず。

『俺だってわかんねえけど……そういうことなんだろ……龍化のイメージを、頭部へと集中させてみろ』

 モニター室の一角では、職員たちが(頭って……? どういう……?)と視線を交わし、もはや無音のカオス。

「わかんねぇ……ッ、わかんねぇけど……ッ」

 こめかみに浮き出る血管。
 額から滴る汗。
 龍の両手で頭を抱えながら、必死に念じる。

「……出ろ……! 頭……何か……出ろ……ッ!!」

 ──バキッ!!!

「いっっ……てェッッ!!!」

 叫ぶと同時、両耳の上から角が出現した。

 鋭く、黒く、根元がまだ未熟さを残した形。
 だがそれは、明確な龍種の象徴だった。

「ハァッ……ハァッ……ッ……!!」

 リルの呼吸が乱れる。
 子犬龍は突然のリルの悲鳴に更にぷるぷると震えて、丸まってしまう。

『おい、リル!! 大丈夫か!? 返事しろ!』

 無線越しのセセラの声。
 その問いに──。

「……だいじょ……ぶだ……けど……ッ」

 汗が、止まらない。

 次の瞬間。

 ──ズズッ……

 音も無く、顔の上半分に鱗の侵食が始まった。

 鼻から下は生身のまま。
 だが両目は既に爛々と赤く染まり、額から仮面のような甲殻が角と一体化しながら広がっていく。

「……が、ぁあ゙……ッ……!!」

 悲鳴とも、咆哮ともつかない声が響く。

 口元にある珠玉が埋め込まれた部分からは、一筋の血が流れた。

「…………!!」

 体がふらつく。
 膝が揺れ、翼がバランスを取るように小さく羽ばたく。

「……ゔゔ……グル゙ル゙ルルルッ……!!」

 ──あの姿だ。

 しかし唸り声を上げながらも、暴れはしない。

 セセラの目が見開かれる。
 それでも躊躇わず、無線を通した。

『おい、わかるか!? 俺の声! わかるなら右手挙げろ!』

 1秒、2秒──。

 唸りながらも、ゆっくりと。

 震えながら右腕が──挙がった。

「……グ……ル゙ル゙……ル゙……」

 その反応を見た瞬間、モニター室がざわめきに包まれる。

「右手挙げた!?」

「挙げました!?」

「自我、生きてるぞ!!」

 セセラはモニターを凝視したまま、ゆっくりと息を吐いた。

「……やりやがったな、リル……」

 リルのその姿は、誰が見ても“完全に別モノ”。

 角を生やし、顔半分を甲殻で覆い、背には黒紅の翼、足元には瘴気と甲殻の脚。
 尾を垂らし逞しい龍の前脚。

 準完全龍化・完成体、紅崎リル。

 その圧倒的な威圧感に、目の前の子犬龍は。

「ピュ……!?」

 リルがゆっくりと、一歩踏み出しただけでふるふる震えたその小さな龍は。

 ──ペチッ

 龍化した剛腕が、あまりにも雑に軽く叩いただけで目をぐるぐるマークにして、へにゃんと倒れた。

 完全討伐。

 とても静かな、だが圧倒的なフィニッシュだった。

「グロさゼロ! 完璧!」

「おおお……」

「可愛いのに……一瞬だった……」

 モニター室では拍手と微笑と驚愕と──セセラの声が割って入る。

『……すげえ! よく頑張ったな……もういていい……! 戻っていいぞ、リル!』

 ──が。

 フィールドのリルは、ピクリとも反応しない。

 翼を畳み、足元で風が渦巻いているだけ。
 ただし、暴れる様子は無い。

 ……静かすぎる。

 セセラが再び無線のマイクへ向かった。

『……リルちゃん? 大丈夫? 解ける?』

 しばらくの

 その“準龍”は、もぞもぞと身動ぎして──。

「……ゔう、ガルルッ……、ぅるるる……」

 困惑。
 戸惑い。

 なんか、めっちゃ悩んでる。

『……まさか、戻れねえのか?』

 その問いに、準龍リルはこくりと頷くように──。

「ぐる(うん)」

「「えぇーッ!!??」」

 ついさっきまで「ワァーッ!」だった職員たちが全員、肩から力を抜いて椅子から崩れ落ちる。

 セセラも流石に焦った。

「おい、ちょ、マジで!? やばいやばい、解き方教えてない!! っつうか知らねえ!!」

 そこに、いつの間にかリルの様子を見に来たシエリが一言。

「随分と突拍子も無い訓練をしたな……。教えられるわけないだろう……誰も知らないんだから……」

「待って!? あの姿で帰らせるの!? 無理だろ!? え、どうすんの!?」

「……セセラ、キミの責任もあるぞコレは」

「へにゃん……」



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