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第19話 風邪引きたちの騒動
第19話・5 そっくりで正反対な子たち
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“待って”というその声が響いた瞬間、トワの手がピタリと停止。
強い圧迫感が急激に緩み、セセラは肺へ酸素が戻るのを実感する。
「ッ、はあッ……、はっ……!! ゔ、ゲホッ……、けほッ……!! ゴホッ……!!」
激しい咳と共に呼吸を取り戻したその刹那。
「……あ、クオン」
トワはセセラに跨ったまま顔だけを振り返り、ぬるりと目を細めた。
現れたのは、またひとりの少女だった。
紫から水色へと流れるグラデーションの髪。
和服と洋服を融合させたような風変わりな衣装。
その場にはいなかったはずの少女──クオンが、まるで全てを知っていたかのように姿を現した。
「トワ、ダメでしょう!」
クオンは怒った顔でぷりぷりしながらトワに歩み寄る。
すると、あの鉛のように重かった圧を生み出していたトワを、まるで布団を引き剥がすようにふわりと持ち上げてセセラの体から引き離した。
「は、はぁ……ッ……」
ようやく自由になったセセラは、仰向けのまま大きく呼吸する。
しかし、上半身の痛みと肺を潰されかけた本能からの恐怖で、頭の整理が追いつかない。
クオンはそんなセセラに駆け寄ると、まるで仲間の心配をするように──。
「大丈夫ですか!? お怪我はありま……、あっ、ありそうですね! どうしよう~!」
「……っ、は……? なに、何なんだお前……」
「で、でも私たちじゃ何もできないし……えーと、えーと……!」
焦った様子でぐるぐると手を振りながら、クオンはひとつ提案をする。
「あ! お兄さん、何か連絡が取れるものはありますか!? それで助けを呼んでください! 私たちには構わず!」
「……あ゙ァ……?」
敵なのか味方なのか、全くわからないその発言。
なのに、声も瞳も純粋に心配しているようにしか見えない。
(……なんだ……?)
セセラの視界が揺れる。
痛みと混乱で、意識がどこか遠くに引き込まれそうだった。
「トワ、行くよぉ~。もう本当に、今日は……!」
クオンはトワのアームカバーの端をつまみ、そのまま引きずるように出口の方へ歩き出す。
「本当に、申し訳ございませんでしたあ~! お気を付けてお帰りください~!」
まるでバイト中の謝罪のような軽さでそう言い残し、ふたりの少女は去っていった。
「…………」
取り残されたセセラは、床に倒れたままぼんやりと天井を見つめる。
(……何だったんだ……?)
(でもまあ……とりあえず、助かった……のか)
体の痛みに加えて、殺されるかもしれなかったという命の危機で力の入らない手が、スラックスのポケットに入った通信端末を探る。
「あ、おつかれ……。わりぃ……ちょっと、急なんだが……来てほしい所が──」
呼吸を乱しながら震える声で、輸送班と救護班へ自身の居場所を伝達した。
それが、機関と“人間に酷似した龍たち”との、正式な接触記録の第一号となる。
◇
翌朝。
龍調査機関・本部の緊急対策会議室。
大型スクリーンには、セセラの負傷報告書と映像記録から再構成された事件の要点が映し出されていた。
「薊野さんの発見時、記憶・意識は明瞭。龍と思しき人型存在との接触を報告」
「“人間の姿をした龍”……正確には、“龍因子適合率が極限まで高い存在”と考えられます」
解析班の統括職員が口を開く。
「問題は……その存在の探知ができないという点です」
静寂が落ちた会議室。
「……どういう意味だ?」
誰かの疑問に、解析班職員は苦い顔で答える。
「先日の成れの果てやワイバーンのような、異質な上位種を含む従来の龍種には、ほぼ必ず特殊生体波が観測されていました。ですが今回の件に関しては、対象の出現記録が一切残っていない」
「映像データ、赤外線、熱反応、龍因子センサー……全て反応ゼロです」
「……それじゃ、感知不能ってことか」
「はい。薊野さんの報告によれば、対象は明確に龍因子を有しており、しかも極めて高い攻撃力を持っています」
「しかし、その生体反応は完全に人間と同等……否、それ以上に人間的であるがゆえ、既存の探知手段全てをすり抜けています」
スクリーンに映し出される、セセラがスケッチしたふたりの少女の図。
ひとりはおそらく無表情の少女、もうひとりはおそらく和装をした笑顔の少女。
……絵のクオリティは、誰もツッコミはしなかった。
「出処は?」
「不明です。薊野さんも『突如出現した』と記しており……あえて言えば、彼女たちは指示で動いていたと推察されます」
その言葉に、会議室の空気が重くなる。
「つまり……あの子たちの背後に、何者かがいる」
「はい。そして……薊野さんの言葉を借りるなら──」
解析班職員は、報告書の一文を読み上げた。
「……『あいつらは、人間の顔をした完全な龍だった。もしこの先、同じものが複数体現れた場合、今の機関の警戒網は全て役に立たねえ』……とのこと」
静まり返った室内に、誰も反論の言葉を出せない。
それほどに、今回の事件は世界の裏側を開けてしまったのだった。
◇
──医療棟。
セセラは救護室のベッドでタブレット端末を操作していた。
負傷しても仕事はする。彼はそんな男だ。
酸素マスクは既に外され、上半身は包帯で固定されているが──。
「……いつッ……!!」
まだ動く度に、肋骨が軋む。
「…………っ、……はあ…………」
(……まさか、あそこまでとはな)
目を閉じれば思い出す。
あの小柄な少女の、鉄のような圧力。
あの笑顔の少女の、不気味な純粋さ。
(……あいつらは人間の“演技”すらしてなかった)
(……でも、それが余計に人間らしく見えたのが……ムカつく)
──コンコンッ……
ふと、扉がノックされる。
入ってきたのはレイラだった。
「……薊野さん……!」
「ああ……。悪ぃな、見舞いに来させちまって」
レイラは顔をしかめてベッドの横に立つ。
「そんな……悪いなんて……! でも……」
言葉を詰まらせるレイラ。
だが、思い切って尋ねた。
「キイに……会ったんだよね?」
「…………」
セセラの視線が動く。
一瞬、返す言葉を迷ったが──。
「……ああ……会ったよ。超絶元気そうだったぜ」
「そう……だったんだ……」
レイラは、少しだけホッとしたように──それでいて不安げに目を伏せる。
「私……同い年の友達って言ったけど……間違ってたのかな」
「…………」
その言葉に、セセラは何も言わずに天井を見上げた。
口を開けば、“あの時の記憶”が全部溢れそうだった。
だが、それでも言わなかった。
「……正しいとか間違いとか、今は気にすんな。誰にだってわかんねえもんはあるだろ」
「……うん」
レイラは、そっと微笑む。
だがその目は、どこか遠くを見ていた。
そして同じ頃──。
機関の情報班では、セセラの報告に基づいた極秘ファイルがひとつ開かれていた。
《分類:未登録龍体候補》
《外見:ヒト型(女性型/2体)》
《検出不可》
《出処:不明》
《背後組織:未確認》
《コードネーム:一時保留》
ファイルの一番下には、緊急対応優先度《A+》の赤い警告が灯っている。
その赤い光が点滅する度、何かが静かに動き出そうとしていることを示していた。
◇
その日の夕方。
龍調査機関の空気の良い中庭。
風が頬を撫で、木々の葉や草地を優しく揺らす。
そこにレイラが静かに余暇時間を過ごしていた。
──ふと見た通信端末を手に、ぽつりと呟く。
「……あ、返信……来てる……!」
そこには、あの怪談キッズからのメッセージ。
『久しぶり。レイラも元気? 龍について色々聞きたいんだけど、あんまり聞きすぎると不吉だって怒られちゃったから、違う話をしよう。今日何があった、とか、そういう他愛ない話』
「…………」
『ボク、キミとずっと友達でいたいと思ってる。ボク最近忙しくて中々返信できないかもしれないけど、目は通すから。できるなら、また会いたいな』
「……っ……」
レイラは思わず、小さく笑った。
「……こっちも……友達だって、……思ってるよ」
そう呟きながら、小さく返信をすると──端末をそっとポケットにしまう。
──そして、その頃。
暗い部屋の中、キイはモニターの青い光に照らされながら、手元の端末でレイラからのメッセージを読み返していた。
『私もまた、話せたらいいな』
「……っ」
その表情は誰にも見せたことのないような、少しだけ、哀しげな笑み。
「……怒られるんだよ、ほんとに。こういうの、誰かが見てたら……」
ぽつりと呟いたキイは小さく息を吸って、端末を伏せて目を閉じる。
風の無い部屋で、少年の気配はゆっくりと、霞のように沈んでいった。
キイの人間としての時間は、またしばらく止まる。
◇
夜。
機関の屋上にて、セセラとシエリが無言で並び立っていた。
空に浮かぶ月はぼんやりと霞み、冷たい風がふたりの服の裾を揺らす。
セセラはまだ上半身の痛みがありそうだが、歩けている。幸い、重傷には至っていない。
「……あれは、“誰かの手で作られた龍”だった。間違いねえ」
低く話すセセラ。
「……自然発生じゃねえのは明白だ。他者の手が介入してる」
シエリもまた、目を細めて言葉を放った。
「……あんなものを生み出せる者など、限られている。だが、証拠が無い以上、まだ誰とも言い切れない」
「……言い切れねえけど、俺、あいつしか思いつかねえんだよ」
風が吹き抜ける。
沈黙がしばし続き、やがてセセラが口を開いた。
「……でもよ、俺が見たあの少女たち、あのクオンとトワって言ってた奴ら。片方は変に強くて、片方は変に優しくて……でもふたり共何も知らねえみたいな顔してて……」
「……ふむ」
「……あれ、もし兵器として作られたもんだとしたら……」
セセラの拳が、ポケットの中で強く握られる。
「……いよいよ洒落にならねえ」
月は何も語らず、ただ白くふたりを見下ろしていた。
◇
翌朝。
龍調査機関・訓練棟の裏手。
澄んだ空の下、軽い足音と風を切る気配が交差していた。
「リルッ、右から──!」
「……!」
レイラの声に応じ、リルは素早く側面へステップを切り、支給された爪型の武具を振るう。
模擬戦の標的──龍の疑似体が閃光と共に弾け飛んだ。
「ふぅ……ちょっとは動けるようになってきたかも」
「だな。……ま、まだ完調って感じじゃねえけど」
リルは腕を回しながらも、どこか気持ちよさそうな顔をしていた。
龍化は制限されているため、完全なパフォーマンスではないが、それでも体を動かすことで思考が晴れる。
レイラは額の汗を指で払うと、ふっと笑った。
「午後から任務……何かあるかも。……何となく、そんな気がするよ」
近くのベンチでは、ラショウが短剣の手入れをしながら小さく頷いていた。
「私も、少し聞いてる。今回は調査メインって聞いたけど……念のため、武装は忘れないでと」
「ふぅん……調査、ね」
リルは空を見上げながら呟く。
「調査任務って名目で、結局戦闘に巻き込まれるパターン、何回目だよ」
「……きっと、何回でもあるんだろうね」
静かに答えるレイラ。
「それでも……行かなきゃいけない。誰かがまた龍に巻き込まれる前に、止めなきゃいけないから」
その声には、少しずつ、強い意思が宿り始めていた。
リルは横目でそれを見ながら──。
「…………」
何かを言いかけて──やめた。
「……んじゃ、オレも準備だけはしておくか」
そう言ってベンチに腰を落とすと、それを見たラショウが笑う。
「……じゃあ、私はお茶の準備をしてくるね!」
「それ本気?」
「うん、真剣」
訓練場には少しの笑い声が戻り、空気がほんの少しだけ、穏やかに緩んだ。
──しかしその背後。
任務予定表の裏には、解析班からの一通の報告書が届いていた。
《都市南西部にて微弱な因子反応。活動パターン不明。対象は非戦闘型の可能性があるが、事前調査を推奨》
それは、次なる異常への入り口にすぎない。
◇
午後の頃合い。
レイラたちは、装備と通信端末の最終チェックを行っていた。
出発先は、都市南西部にある小規模な商業地区。微弱な龍因子反応が検出されたという場所だ。
『とくに危険性は確認されていないが、対応班は複数に分かれて接近しろ。状況に応じて即時撤退も許可する』
無線からセセラの指示が飛ぶ。
音声だけだが、その声にはまだ少し疲労が滲んでいた。
「薊野さん……ちゃんと寝てるのかな」
レイラが呟くと、リルが肩をすくめる。
「まーた無茶してるんだろ、あの人。怪我してるくせによ……。ああ見えて根性は体育会系だし」
「……心配だよね」
ラショウの声には優しさが込められている。
「兄様も心配してた。薊野さんが無理して倒れたら、次は誰がみんなを守るんだって」
「それ、リルにそっくりそのまま言ってあげて」
「えっ、なんでオレ?」
「だって無理するの、だいたいリルじゃん」
「……っは~……なんも言えねぇ」
そんなやり取りをしている間に、準備を終えた輸送車のゲートが開いた。
「よし、行こっか」
レイラが一歩前に出ると──。
「調査任務、ね。龍がいなければ、それでいい。でも……もしいたら」
その目が、鋭く光る。
「逃さない。どんな姿でも、どんな目的でも、止めよう」
「かっけー……」
「今の……かっこよかった」
ラショウとリルが声を揃えて言うと、レイラは小さく照れて咳払いをひとつ。
「……う、うるさいなぁ! ……行くよ」
3人を乗せた輸送車が発進する。
夕焼けに染まる空の下で、静かな街並みへと向かう車体。
その先に、あの少女たちが待つ場所があるとは、まだ誰も知らなかった。
強い圧迫感が急激に緩み、セセラは肺へ酸素が戻るのを実感する。
「ッ、はあッ……、はっ……!! ゔ、ゲホッ……、けほッ……!! ゴホッ……!!」
激しい咳と共に呼吸を取り戻したその刹那。
「……あ、クオン」
トワはセセラに跨ったまま顔だけを振り返り、ぬるりと目を細めた。
現れたのは、またひとりの少女だった。
紫から水色へと流れるグラデーションの髪。
和服と洋服を融合させたような風変わりな衣装。
その場にはいなかったはずの少女──クオンが、まるで全てを知っていたかのように姿を現した。
「トワ、ダメでしょう!」
クオンは怒った顔でぷりぷりしながらトワに歩み寄る。
すると、あの鉛のように重かった圧を生み出していたトワを、まるで布団を引き剥がすようにふわりと持ち上げてセセラの体から引き離した。
「は、はぁ……ッ……」
ようやく自由になったセセラは、仰向けのまま大きく呼吸する。
しかし、上半身の痛みと肺を潰されかけた本能からの恐怖で、頭の整理が追いつかない。
クオンはそんなセセラに駆け寄ると、まるで仲間の心配をするように──。
「大丈夫ですか!? お怪我はありま……、あっ、ありそうですね! どうしよう~!」
「……っ、は……? なに、何なんだお前……」
「で、でも私たちじゃ何もできないし……えーと、えーと……!」
焦った様子でぐるぐると手を振りながら、クオンはひとつ提案をする。
「あ! お兄さん、何か連絡が取れるものはありますか!? それで助けを呼んでください! 私たちには構わず!」
「……あ゙ァ……?」
敵なのか味方なのか、全くわからないその発言。
なのに、声も瞳も純粋に心配しているようにしか見えない。
(……なんだ……?)
セセラの視界が揺れる。
痛みと混乱で、意識がどこか遠くに引き込まれそうだった。
「トワ、行くよぉ~。もう本当に、今日は……!」
クオンはトワのアームカバーの端をつまみ、そのまま引きずるように出口の方へ歩き出す。
「本当に、申し訳ございませんでしたあ~! お気を付けてお帰りください~!」
まるでバイト中の謝罪のような軽さでそう言い残し、ふたりの少女は去っていった。
「…………」
取り残されたセセラは、床に倒れたままぼんやりと天井を見つめる。
(……何だったんだ……?)
(でもまあ……とりあえず、助かった……のか)
体の痛みに加えて、殺されるかもしれなかったという命の危機で力の入らない手が、スラックスのポケットに入った通信端末を探る。
「あ、おつかれ……。わりぃ……ちょっと、急なんだが……来てほしい所が──」
呼吸を乱しながら震える声で、輸送班と救護班へ自身の居場所を伝達した。
それが、機関と“人間に酷似した龍たち”との、正式な接触記録の第一号となる。
◇
翌朝。
龍調査機関・本部の緊急対策会議室。
大型スクリーンには、セセラの負傷報告書と映像記録から再構成された事件の要点が映し出されていた。
「薊野さんの発見時、記憶・意識は明瞭。龍と思しき人型存在との接触を報告」
「“人間の姿をした龍”……正確には、“龍因子適合率が極限まで高い存在”と考えられます」
解析班の統括職員が口を開く。
「問題は……その存在の探知ができないという点です」
静寂が落ちた会議室。
「……どういう意味だ?」
誰かの疑問に、解析班職員は苦い顔で答える。
「先日の成れの果てやワイバーンのような、異質な上位種を含む従来の龍種には、ほぼ必ず特殊生体波が観測されていました。ですが今回の件に関しては、対象の出現記録が一切残っていない」
「映像データ、赤外線、熱反応、龍因子センサー……全て反応ゼロです」
「……それじゃ、感知不能ってことか」
「はい。薊野さんの報告によれば、対象は明確に龍因子を有しており、しかも極めて高い攻撃力を持っています」
「しかし、その生体反応は完全に人間と同等……否、それ以上に人間的であるがゆえ、既存の探知手段全てをすり抜けています」
スクリーンに映し出される、セセラがスケッチしたふたりの少女の図。
ひとりはおそらく無表情の少女、もうひとりはおそらく和装をした笑顔の少女。
……絵のクオリティは、誰もツッコミはしなかった。
「出処は?」
「不明です。薊野さんも『突如出現した』と記しており……あえて言えば、彼女たちは指示で動いていたと推察されます」
その言葉に、会議室の空気が重くなる。
「つまり……あの子たちの背後に、何者かがいる」
「はい。そして……薊野さんの言葉を借りるなら──」
解析班職員は、報告書の一文を読み上げた。
「……『あいつらは、人間の顔をした完全な龍だった。もしこの先、同じものが複数体現れた場合、今の機関の警戒網は全て役に立たねえ』……とのこと」
静まり返った室内に、誰も反論の言葉を出せない。
それほどに、今回の事件は世界の裏側を開けてしまったのだった。
◇
──医療棟。
セセラは救護室のベッドでタブレット端末を操作していた。
負傷しても仕事はする。彼はそんな男だ。
酸素マスクは既に外され、上半身は包帯で固定されているが──。
「……いつッ……!!」
まだ動く度に、肋骨が軋む。
「…………っ、……はあ…………」
(……まさか、あそこまでとはな)
目を閉じれば思い出す。
あの小柄な少女の、鉄のような圧力。
あの笑顔の少女の、不気味な純粋さ。
(……あいつらは人間の“演技”すらしてなかった)
(……でも、それが余計に人間らしく見えたのが……ムカつく)
──コンコンッ……
ふと、扉がノックされる。
入ってきたのはレイラだった。
「……薊野さん……!」
「ああ……。悪ぃな、見舞いに来させちまって」
レイラは顔をしかめてベッドの横に立つ。
「そんな……悪いなんて……! でも……」
言葉を詰まらせるレイラ。
だが、思い切って尋ねた。
「キイに……会ったんだよね?」
「…………」
セセラの視線が動く。
一瞬、返す言葉を迷ったが──。
「……ああ……会ったよ。超絶元気そうだったぜ」
「そう……だったんだ……」
レイラは、少しだけホッとしたように──それでいて不安げに目を伏せる。
「私……同い年の友達って言ったけど……間違ってたのかな」
「…………」
その言葉に、セセラは何も言わずに天井を見上げた。
口を開けば、“あの時の記憶”が全部溢れそうだった。
だが、それでも言わなかった。
「……正しいとか間違いとか、今は気にすんな。誰にだってわかんねえもんはあるだろ」
「……うん」
レイラは、そっと微笑む。
だがその目は、どこか遠くを見ていた。
そして同じ頃──。
機関の情報班では、セセラの報告に基づいた極秘ファイルがひとつ開かれていた。
《分類:未登録龍体候補》
《外見:ヒト型(女性型/2体)》
《検出不可》
《出処:不明》
《背後組織:未確認》
《コードネーム:一時保留》
ファイルの一番下には、緊急対応優先度《A+》の赤い警告が灯っている。
その赤い光が点滅する度、何かが静かに動き出そうとしていることを示していた。
◇
その日の夕方。
龍調査機関の空気の良い中庭。
風が頬を撫で、木々の葉や草地を優しく揺らす。
そこにレイラが静かに余暇時間を過ごしていた。
──ふと見た通信端末を手に、ぽつりと呟く。
「……あ、返信……来てる……!」
そこには、あの怪談キッズからのメッセージ。
『久しぶり。レイラも元気? 龍について色々聞きたいんだけど、あんまり聞きすぎると不吉だって怒られちゃったから、違う話をしよう。今日何があった、とか、そういう他愛ない話』
「…………」
『ボク、キミとずっと友達でいたいと思ってる。ボク最近忙しくて中々返信できないかもしれないけど、目は通すから。できるなら、また会いたいな』
「……っ……」
レイラは思わず、小さく笑った。
「……こっちも……友達だって、……思ってるよ」
そう呟きながら、小さく返信をすると──端末をそっとポケットにしまう。
──そして、その頃。
暗い部屋の中、キイはモニターの青い光に照らされながら、手元の端末でレイラからのメッセージを読み返していた。
『私もまた、話せたらいいな』
「……っ」
その表情は誰にも見せたことのないような、少しだけ、哀しげな笑み。
「……怒られるんだよ、ほんとに。こういうの、誰かが見てたら……」
ぽつりと呟いたキイは小さく息を吸って、端末を伏せて目を閉じる。
風の無い部屋で、少年の気配はゆっくりと、霞のように沈んでいった。
キイの人間としての時間は、またしばらく止まる。
◇
夜。
機関の屋上にて、セセラとシエリが無言で並び立っていた。
空に浮かぶ月はぼんやりと霞み、冷たい風がふたりの服の裾を揺らす。
セセラはまだ上半身の痛みがありそうだが、歩けている。幸い、重傷には至っていない。
「……あれは、“誰かの手で作られた龍”だった。間違いねえ」
低く話すセセラ。
「……自然発生じゃねえのは明白だ。他者の手が介入してる」
シエリもまた、目を細めて言葉を放った。
「……あんなものを生み出せる者など、限られている。だが、証拠が無い以上、まだ誰とも言い切れない」
「……言い切れねえけど、俺、あいつしか思いつかねえんだよ」
風が吹き抜ける。
沈黙がしばし続き、やがてセセラが口を開いた。
「……でもよ、俺が見たあの少女たち、あのクオンとトワって言ってた奴ら。片方は変に強くて、片方は変に優しくて……でもふたり共何も知らねえみたいな顔してて……」
「……ふむ」
「……あれ、もし兵器として作られたもんだとしたら……」
セセラの拳が、ポケットの中で強く握られる。
「……いよいよ洒落にならねえ」
月は何も語らず、ただ白くふたりを見下ろしていた。
◇
翌朝。
龍調査機関・訓練棟の裏手。
澄んだ空の下、軽い足音と風を切る気配が交差していた。
「リルッ、右から──!」
「……!」
レイラの声に応じ、リルは素早く側面へステップを切り、支給された爪型の武具を振るう。
模擬戦の標的──龍の疑似体が閃光と共に弾け飛んだ。
「ふぅ……ちょっとは動けるようになってきたかも」
「だな。……ま、まだ完調って感じじゃねえけど」
リルは腕を回しながらも、どこか気持ちよさそうな顔をしていた。
龍化は制限されているため、完全なパフォーマンスではないが、それでも体を動かすことで思考が晴れる。
レイラは額の汗を指で払うと、ふっと笑った。
「午後から任務……何かあるかも。……何となく、そんな気がするよ」
近くのベンチでは、ラショウが短剣の手入れをしながら小さく頷いていた。
「私も、少し聞いてる。今回は調査メインって聞いたけど……念のため、武装は忘れないでと」
「ふぅん……調査、ね」
リルは空を見上げながら呟く。
「調査任務って名目で、結局戦闘に巻き込まれるパターン、何回目だよ」
「……きっと、何回でもあるんだろうね」
静かに答えるレイラ。
「それでも……行かなきゃいけない。誰かがまた龍に巻き込まれる前に、止めなきゃいけないから」
その声には、少しずつ、強い意思が宿り始めていた。
リルは横目でそれを見ながら──。
「…………」
何かを言いかけて──やめた。
「……んじゃ、オレも準備だけはしておくか」
そう言ってベンチに腰を落とすと、それを見たラショウが笑う。
「……じゃあ、私はお茶の準備をしてくるね!」
「それ本気?」
「うん、真剣」
訓練場には少しの笑い声が戻り、空気がほんの少しだけ、穏やかに緩んだ。
──しかしその背後。
任務予定表の裏には、解析班からの一通の報告書が届いていた。
《都市南西部にて微弱な因子反応。活動パターン不明。対象は非戦闘型の可能性があるが、事前調査を推奨》
それは、次なる異常への入り口にすぎない。
◇
午後の頃合い。
レイラたちは、装備と通信端末の最終チェックを行っていた。
出発先は、都市南西部にある小規模な商業地区。微弱な龍因子反応が検出されたという場所だ。
『とくに危険性は確認されていないが、対応班は複数に分かれて接近しろ。状況に応じて即時撤退も許可する』
無線からセセラの指示が飛ぶ。
音声だけだが、その声にはまだ少し疲労が滲んでいた。
「薊野さん……ちゃんと寝てるのかな」
レイラが呟くと、リルが肩をすくめる。
「まーた無茶してるんだろ、あの人。怪我してるくせによ……。ああ見えて根性は体育会系だし」
「……心配だよね」
ラショウの声には優しさが込められている。
「兄様も心配してた。薊野さんが無理して倒れたら、次は誰がみんなを守るんだって」
「それ、リルにそっくりそのまま言ってあげて」
「えっ、なんでオレ?」
「だって無理するの、だいたいリルじゃん」
「……っは~……なんも言えねぇ」
そんなやり取りをしている間に、準備を終えた輸送車のゲートが開いた。
「よし、行こっか」
レイラが一歩前に出ると──。
「調査任務、ね。龍がいなければ、それでいい。でも……もしいたら」
その目が、鋭く光る。
「逃さない。どんな姿でも、どんな目的でも、止めよう」
「かっけー……」
「今の……かっこよかった」
ラショウとリルが声を揃えて言うと、レイラは小さく照れて咳払いをひとつ。
「……う、うるさいなぁ! ……行くよ」
3人を乗せた輸送車が発進する。
夕焼けに染まる空の下で、静かな街並みへと向かう車体。
その先に、あの少女たちが待つ場所があるとは、まだ誰も知らなかった。
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真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
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