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第19話 風邪引きたちの騒動
第19話・6 戦うために生まれた♪
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都市南西部。
かつて賑わっていたが、今は再開発待ちとなっている旧商業区。
アーケードの骨組みが朽ち始め、古びた看板が風に軋む。
「……ちょっと不気味な雰囲気だね」
輸送車を降りたレイラが、周囲を見渡しながら声を漏らした。
「人が住んでた痕跡はあるのに……今はまるで、ゴーストタウンだな」
指で埃の積もったガチャ機をつつきながら、そう呟くリル。
「商業区ごとに再整備が進んでるから、ここはもう無人なんだって。でも、近くの住宅地から“変な声”や“幻覚”のような報告がいくつか出てる」
ラショウは持ってきた資料を確認しながら説明した。
「つまり、“見えない龍”の仕業かもしれないってことかな」
「……見えない、って……、……え、オバケ…………?」
「違うよリル……反応が弱すぎて、センサーが拾えないらしいよ。でも、人の目には見えちゃう……って、よくあるパターン」
3人は通信機を確認しながら、緩やかにエリア内を歩き始める。
舗装が剥げかけた路面を踏みしめ、静かに、慎重に。
「ねえ……空気、重くない?」
ふと、不安げにラショウが立ち止まる。
「風は吹いてんのに、息苦しいな……。気のせいってやつじゃねえ」
リルは顎を上げて、空の曇りを見た。
「龍因子の気配が無いわけじゃない。ただ……どこにいるのか、全然掴めねえな」
レイラも立ち止まり、目を閉じる。
空気の流れ、地面の鼓動。
「…………」
微かに、何かが──ある。
「……感じる。薄いけど、確かに……いる」
突如、通信機からノイズが走った。
『──……っ、レイラ隊、聞……えるか。応答せよ。こっちは調査班第二班……』
「通信……乱れてる?」
「位置バグってんのか……? なんだこれ……」
その瞬間だった。
──カララ……カラララ……
遠くの路地裏で、缶が転がるような乾いた音が鳴った。
「……!!」
レイラたちは、同時に動きを止める。
「……今、誰かいた?」
「いや、見えなかった……けど、いた気がする」
どこかで、確かに“何か”が動いている。
それは、見えない龍か。
あるいは──人の皮を被った龍か。
緊張感がじわじわと3人を包み始めていた。
すぐに乾いた音が止んだ路地裏。
静けさが戻ったかに思えた次の瞬間──。
「……誰?」
その声は、真横から聞こえた。
「!!」
3人が一斉に振り向くと──そこに、いた。
水色から紫へと染まる髪。黒いノースリーブに、すっぽりと腕を覆う異様なアームカバー。
感情の見えない、ジト目の少女。
──トワ。
無表情のまま、トワはレイラたちに向かって歩いてくる。
「……キミたち、誰?」
その声に、リルの背筋がピクリと跳ねた。
「おい……こいつ……」
「え……?」
レイラとラショウが警戒を強める。
「うん……感じる。何か……すごく変な気配」
「違う、ただの変じゃねえ……」
睨みながら一歩前に出たリル。
「この重さ、この感じ……龍だ、こいつ……!」
リルの言葉と同時に、トワも一歩踏み出す。
その動作はまるで夢の中のように、芯の無い軌道で揺れていた。
「ボク、用事があったんだけど……でも、キミたち……ちょっと、邪魔かも」
次の瞬間。
──ド ン ッ !!!
トワの細い体からは想像もできないスピードで、空気が弾ける。
「……来るよッ!!」
ラショウがレイラを引き、リルが受け止めようとするが──。
──ドッ……!!
衝撃と共に、リルの腕が一瞬押し返される。
「っ……な……!」
トワのアームカバーの中から覗いた手。
それは、まるでリルの龍化した腕のような、それでいてもっと原初的で危うい形をしていた。
「──なっ……んだ、これ……!」
リルの目が揺れる。
その時。
レイラたちへ無線が届いた。
『状況判断により、リルの龍化制限を解除』
セセラの指示だった。
その短い許可が、今のリルを突き動かす。
「……いいのかよ、薊野さん」
リルの目が僅かに細くなった、その瞬間──。
──バシュ……ッ!!
赤黒い瘴気が手のひらを包み、皮膚が裂けるような龍化の熱が走る。
「久しぶりのコレが実戦かよ……マジで勘弁しろよな……!」
そう言いながらも牙が露わに、瞳孔が更に細く、手には鱗と甲殻。そして爪が大きく赤く尖っていく。
「リル……!」
異形と異形が、対峙する。
「……来いよ」
龍化した両手を構えながら、リルが足元を削る勢いで踏み込もうとした──その瞬間。
「……わかった……じゃあ……ボク……」
トワの顔が──。
「殺るね♪」
にい……と歪んだ。
無表情だった目が、うっすらと笑っている。
口角が上がるその表情には、喜怒哀楽のいずれでもない、純粋な快楽の色が宿っていた。
「強いの……見つけちゃった♪」
そして、空気が爆ぜる。
「ッ!!」
トワの体が瞬間移動したかのように一閃。
狙いは──リル。
「っ、ぐッ……!」
トワの爪と龍化した拳が交差する。
リルが受け止めたのは、重みと速さの両方を備えた一撃。
「ふふふ…………」
「……何が可笑しいんだよッ……!!」
リルの声が叫びに変わる。
だがトワは、無傷のまま笑顔を崩さない。
「キミとヤるの、楽しそうだったから……」
その声は明らかに“戦いを楽しんでいる者”のそれだった。
リルの反撃が始まる。
斬撃の連打がトワを包囲しようとするが──。
「……よけるね♪」
軌道を滑るように逸らしながら、トワはすれ違いざまに一撃を返す。
「……!!」
その度、風が重くなる。
空気が粘性を帯びるかのような異常な圧。
「レイラちゃんッ! 後衛に!」
ラショウはレイラの腕を引きつつ、短剣を逆手に構える。
「私たちが突っ込んでも、きっと通らない……っ、リルくんが狙われてる!」
「……いや、私たちも戦う!!」
叫ぶレイラ。
「でも無理はしないよ……! 今は、支援に回る……!」
その言葉に、ラショウは小さく頷いた。
リルとトワの攻防は、完全にふたりの世界に突入していた。
「……アハ……もっと、殺ろうよ……♪ もっともっと、ふたりで……へとへとになるまで♪」
「……ッ、……グル゙ル゙ルッ……!!」
「んは♡ イイ声……、もっと聞かせて? ……一緒に、最後は一緒に、ふたりで果てよぉ……♪」
その可愛らしい声に、笑顔のままの悪意が滲み出す。
(こいつ……! 戦うために生きてるようなヤツかよ……!)
牙を剥くリル。両腕が更に深く龍化していく。
火花が散り、戦場は完全に本気へと移行した。
リルとトワの交戦が続く中、周囲の空気は明らかに異質なものへと変わっていた。
(……速……ッ……!)
リルは歯を食いしばりながらも、一撃一撃を確実に捌いていく。
トワの攻撃は直線的だが、重く、速い。
そして──止まらない。
「わぁ……すごい、まだ動けるんだ……」
トワは無表情のまま、まるで感心するような声を漏らす。
「じゃあ、もっとイケるよね? ボク、もっとヤりたいな……♪」
「…………ッ……!」
(……ムカつく……! 戦ってる相手の反応を楽しんでんのか……!!)
リルの脳裏に、あの異様な上位種の龍たちの姿が蘇る。
だがそれ以上に、“人間に近すぎる存在”が今、自分の目の前にいる。
「ラショウ、援護を」
戦いの渦の中、短く告げるレイラ。
その目は既に、冷静な戦士のものになっていた。
「私は龍因子の動きだけを見て、リルの補佐に徹する。ラショウ、あなたは接近した瞬間に一撃入れて。……少しでも隙を作る」
「了解!」
短剣を構え直すラショウ。
このふたりの連携も、ここまでの戦いの中で培われてきた。
「…………」
トワがその気配に気づき、ふわりと横に跳ねるように距離を取る。
「……ふぅん。なんか、増えてきた……。じゃあ、みんな相手してもいいの?」
その問いに、リルが低く唸った。
「上等だ。だが、お前の相手はオレだ。オレが止める」
そして、再び飛び込む。
トワはそれを迎え撃つように、笑みを浮かべて拳を構える。
「……うん……楽しくなってきたかも♪」
爆ぜる衝撃。
破裂したような龍因子の波が、周囲の空気を一気に撥ね飛ばす。
その瞬間、ラショウが飛び込み、レイラが龍因子の流れを読み、戦場は刻一刻と崩壊の気配を孕みはじめていた。
──ガンッ!!!
再び衝突。
リルの龍化した爪と、トワの異形の腕がぶつかり合い、鈍い火花が散る。
「……楽しい……楽しいなぁ……」
息ひとつ乱れぬまま、トワの顔が更に綻んだ。
あどけない顔立ちに、狂気の笑みが滲んでいる。
「もっとボクと戦って? ……ねえ、もっと、もっと……」
その言葉と共に、アームカバーから完全に晒された手が、より禍々しい変異を始める。
黒く膨れ上がる甲殻、関節の捻れた骨、竜の爪を思わせる鉤状の指。
「…………!!」
リルは歯を食いしばった。
「ッ……オレが、止める……!」
背後では、レイラが戦いの流れを読みながらも、顔を強張らせる。
(……おかしい、この龍因子……膨れ上がってる)
「ラショウ! 引いて!」
「でもリルくんが──!」
「リルも引いて!! 今のあれを受けたら……!」
──ドンッ!!!
トワの動きが鋭く跳ね上がる。
今までとは段違いの殺意が、ぶつかりかけた──。
その瞬間。
「待って~!!」
この場にいる誰のものでもない声が、空気ごと戦場を引き裂いた。
「!?」
全ての動きがピタリと止まる。
トワの手が空中で止まり、顔だけが、そちらを振り向いた。
「……あ、クオン」
わたわたと駆け寄ってきたのは、紫から水色へと流れる髪の少女──クオン。
和ゴスな服に身を包み、焦ったような、または困ったような表情を浮かべていた。
「トワ……ダメでしょう、勝手に戦っちゃ……!」
ぷくっと頬を膨らませたクオンが、ぷんすかとトワに近付く。
すると、あの爆発寸前の空気が奇跡のようにスッと収束していった。
「……!?」
リルはその場に膝をつきながら、肩で息をしつつ呟く。
「……なんだ? ……誰だ……」
戦場に吹き抜ける風だけが、クオンの袖を揺らしていた。
「皆さんお怪我は……あっ、大きいものは無さそうですね! よかった~!」
クオンはパタパタと走り寄りながら、レイラたちに朗らかに微笑みかける。
あの狂気に満ちていた空気が嘘のように、花のような声が戦場に落ちた。
「本当に申し訳ございませんでしたぁ……! この子には、キツく叱っておきますので……!」
ぴょん、と跳ねるようにしてトワのアームカバーを摘まみ上げると──。
「それでは私たちは、失礼します~!」
そのままふたりは、風のように軽やかにその場を去っていった。
まるで、何事も無かったかのように。
「…………」
「…………」
「…………」
残されたレイラたち3人は──呆然。
「……え、今の、何……?」
目を見開いた顔で、ぽつりと呟いたラショウ。
リルは地面に手をついたまま、何度もぶつけ合った爪と腕を振るわせる。
「……あいつ、ここ最近見た中でも……別格でヤバそうな気がする」
その声には、確かな恐怖と、何より実感が滲んでいた。
ラショウはすぐに膝をつき、リルの龍化が解けかけた手元に駆け寄る。
「リルくん……大丈夫? 手、腫れてる……」
「大丈夫じゃねえよ……なんなんだよ、あいつら……」
レイラは少し離れた場所で、通信端末を取り出しながら──。
「……報告しなきゃね」
しかし、その手が。
「…………」
ほんの一瞬だけ止まる。
(なんか……)
ふたりの少女の顔が脳裏に浮かぶ。
あの無表情な顔。
そして、それを止めた優しいもうひとりの少女の声。
(…………キイに……)
(……似てたような気がする……)
レイラの瞳が曇天を映す。
「…………」
風が吹いた。
どこか、遠くから。
龍の調査は、静かに、次の幕へと進み始めている。
第19話 完
かつて賑わっていたが、今は再開発待ちとなっている旧商業区。
アーケードの骨組みが朽ち始め、古びた看板が風に軋む。
「……ちょっと不気味な雰囲気だね」
輸送車を降りたレイラが、周囲を見渡しながら声を漏らした。
「人が住んでた痕跡はあるのに……今はまるで、ゴーストタウンだな」
指で埃の積もったガチャ機をつつきながら、そう呟くリル。
「商業区ごとに再整備が進んでるから、ここはもう無人なんだって。でも、近くの住宅地から“変な声”や“幻覚”のような報告がいくつか出てる」
ラショウは持ってきた資料を確認しながら説明した。
「つまり、“見えない龍”の仕業かもしれないってことかな」
「……見えない、って……、……え、オバケ…………?」
「違うよリル……反応が弱すぎて、センサーが拾えないらしいよ。でも、人の目には見えちゃう……って、よくあるパターン」
3人は通信機を確認しながら、緩やかにエリア内を歩き始める。
舗装が剥げかけた路面を踏みしめ、静かに、慎重に。
「ねえ……空気、重くない?」
ふと、不安げにラショウが立ち止まる。
「風は吹いてんのに、息苦しいな……。気のせいってやつじゃねえ」
リルは顎を上げて、空の曇りを見た。
「龍因子の気配が無いわけじゃない。ただ……どこにいるのか、全然掴めねえな」
レイラも立ち止まり、目を閉じる。
空気の流れ、地面の鼓動。
「…………」
微かに、何かが──ある。
「……感じる。薄いけど、確かに……いる」
突如、通信機からノイズが走った。
『──……っ、レイラ隊、聞……えるか。応答せよ。こっちは調査班第二班……』
「通信……乱れてる?」
「位置バグってんのか……? なんだこれ……」
その瞬間だった。
──カララ……カラララ……
遠くの路地裏で、缶が転がるような乾いた音が鳴った。
「……!!」
レイラたちは、同時に動きを止める。
「……今、誰かいた?」
「いや、見えなかった……けど、いた気がする」
どこかで、確かに“何か”が動いている。
それは、見えない龍か。
あるいは──人の皮を被った龍か。
緊張感がじわじわと3人を包み始めていた。
すぐに乾いた音が止んだ路地裏。
静けさが戻ったかに思えた次の瞬間──。
「……誰?」
その声は、真横から聞こえた。
「!!」
3人が一斉に振り向くと──そこに、いた。
水色から紫へと染まる髪。黒いノースリーブに、すっぽりと腕を覆う異様なアームカバー。
感情の見えない、ジト目の少女。
──トワ。
無表情のまま、トワはレイラたちに向かって歩いてくる。
「……キミたち、誰?」
その声に、リルの背筋がピクリと跳ねた。
「おい……こいつ……」
「え……?」
レイラとラショウが警戒を強める。
「うん……感じる。何か……すごく変な気配」
「違う、ただの変じゃねえ……」
睨みながら一歩前に出たリル。
「この重さ、この感じ……龍だ、こいつ……!」
リルの言葉と同時に、トワも一歩踏み出す。
その動作はまるで夢の中のように、芯の無い軌道で揺れていた。
「ボク、用事があったんだけど……でも、キミたち……ちょっと、邪魔かも」
次の瞬間。
──ド ン ッ !!!
トワの細い体からは想像もできないスピードで、空気が弾ける。
「……来るよッ!!」
ラショウがレイラを引き、リルが受け止めようとするが──。
──ドッ……!!
衝撃と共に、リルの腕が一瞬押し返される。
「っ……な……!」
トワのアームカバーの中から覗いた手。
それは、まるでリルの龍化した腕のような、それでいてもっと原初的で危うい形をしていた。
「──なっ……んだ、これ……!」
リルの目が揺れる。
その時。
レイラたちへ無線が届いた。
『状況判断により、リルの龍化制限を解除』
セセラの指示だった。
その短い許可が、今のリルを突き動かす。
「……いいのかよ、薊野さん」
リルの目が僅かに細くなった、その瞬間──。
──バシュ……ッ!!
赤黒い瘴気が手のひらを包み、皮膚が裂けるような龍化の熱が走る。
「久しぶりのコレが実戦かよ……マジで勘弁しろよな……!」
そう言いながらも牙が露わに、瞳孔が更に細く、手には鱗と甲殻。そして爪が大きく赤く尖っていく。
「リル……!」
異形と異形が、対峙する。
「……来いよ」
龍化した両手を構えながら、リルが足元を削る勢いで踏み込もうとした──その瞬間。
「……わかった……じゃあ……ボク……」
トワの顔が──。
「殺るね♪」
にい……と歪んだ。
無表情だった目が、うっすらと笑っている。
口角が上がるその表情には、喜怒哀楽のいずれでもない、純粋な快楽の色が宿っていた。
「強いの……見つけちゃった♪」
そして、空気が爆ぜる。
「ッ!!」
トワの体が瞬間移動したかのように一閃。
狙いは──リル。
「っ、ぐッ……!」
トワの爪と龍化した拳が交差する。
リルが受け止めたのは、重みと速さの両方を備えた一撃。
「ふふふ…………」
「……何が可笑しいんだよッ……!!」
リルの声が叫びに変わる。
だがトワは、無傷のまま笑顔を崩さない。
「キミとヤるの、楽しそうだったから……」
その声は明らかに“戦いを楽しんでいる者”のそれだった。
リルの反撃が始まる。
斬撃の連打がトワを包囲しようとするが──。
「……よけるね♪」
軌道を滑るように逸らしながら、トワはすれ違いざまに一撃を返す。
「……!!」
その度、風が重くなる。
空気が粘性を帯びるかのような異常な圧。
「レイラちゃんッ! 後衛に!」
ラショウはレイラの腕を引きつつ、短剣を逆手に構える。
「私たちが突っ込んでも、きっと通らない……っ、リルくんが狙われてる!」
「……いや、私たちも戦う!!」
叫ぶレイラ。
「でも無理はしないよ……! 今は、支援に回る……!」
その言葉に、ラショウは小さく頷いた。
リルとトワの攻防は、完全にふたりの世界に突入していた。
「……アハ……もっと、殺ろうよ……♪ もっともっと、ふたりで……へとへとになるまで♪」
「……ッ、……グル゙ル゙ルッ……!!」
「んは♡ イイ声……、もっと聞かせて? ……一緒に、最後は一緒に、ふたりで果てよぉ……♪」
その可愛らしい声に、笑顔のままの悪意が滲み出す。
(こいつ……! 戦うために生きてるようなヤツかよ……!)
牙を剥くリル。両腕が更に深く龍化していく。
火花が散り、戦場は完全に本気へと移行した。
リルとトワの交戦が続く中、周囲の空気は明らかに異質なものへと変わっていた。
(……速……ッ……!)
リルは歯を食いしばりながらも、一撃一撃を確実に捌いていく。
トワの攻撃は直線的だが、重く、速い。
そして──止まらない。
「わぁ……すごい、まだ動けるんだ……」
トワは無表情のまま、まるで感心するような声を漏らす。
「じゃあ、もっとイケるよね? ボク、もっとヤりたいな……♪」
「…………ッ……!」
(……ムカつく……! 戦ってる相手の反応を楽しんでんのか……!!)
リルの脳裏に、あの異様な上位種の龍たちの姿が蘇る。
だがそれ以上に、“人間に近すぎる存在”が今、自分の目の前にいる。
「ラショウ、援護を」
戦いの渦の中、短く告げるレイラ。
その目は既に、冷静な戦士のものになっていた。
「私は龍因子の動きだけを見て、リルの補佐に徹する。ラショウ、あなたは接近した瞬間に一撃入れて。……少しでも隙を作る」
「了解!」
短剣を構え直すラショウ。
このふたりの連携も、ここまでの戦いの中で培われてきた。
「…………」
トワがその気配に気づき、ふわりと横に跳ねるように距離を取る。
「……ふぅん。なんか、増えてきた……。じゃあ、みんな相手してもいいの?」
その問いに、リルが低く唸った。
「上等だ。だが、お前の相手はオレだ。オレが止める」
そして、再び飛び込む。
トワはそれを迎え撃つように、笑みを浮かべて拳を構える。
「……うん……楽しくなってきたかも♪」
爆ぜる衝撃。
破裂したような龍因子の波が、周囲の空気を一気に撥ね飛ばす。
その瞬間、ラショウが飛び込み、レイラが龍因子の流れを読み、戦場は刻一刻と崩壊の気配を孕みはじめていた。
──ガンッ!!!
再び衝突。
リルの龍化した爪と、トワの異形の腕がぶつかり合い、鈍い火花が散る。
「……楽しい……楽しいなぁ……」
息ひとつ乱れぬまま、トワの顔が更に綻んだ。
あどけない顔立ちに、狂気の笑みが滲んでいる。
「もっとボクと戦って? ……ねえ、もっと、もっと……」
その言葉と共に、アームカバーから完全に晒された手が、より禍々しい変異を始める。
黒く膨れ上がる甲殻、関節の捻れた骨、竜の爪を思わせる鉤状の指。
「…………!!」
リルは歯を食いしばった。
「ッ……オレが、止める……!」
背後では、レイラが戦いの流れを読みながらも、顔を強張らせる。
(……おかしい、この龍因子……膨れ上がってる)
「ラショウ! 引いて!」
「でもリルくんが──!」
「リルも引いて!! 今のあれを受けたら……!」
──ドンッ!!!
トワの動きが鋭く跳ね上がる。
今までとは段違いの殺意が、ぶつかりかけた──。
その瞬間。
「待って~!!」
この場にいる誰のものでもない声が、空気ごと戦場を引き裂いた。
「!?」
全ての動きがピタリと止まる。
トワの手が空中で止まり、顔だけが、そちらを振り向いた。
「……あ、クオン」
わたわたと駆け寄ってきたのは、紫から水色へと流れる髪の少女──クオン。
和ゴスな服に身を包み、焦ったような、または困ったような表情を浮かべていた。
「トワ……ダメでしょう、勝手に戦っちゃ……!」
ぷくっと頬を膨らませたクオンが、ぷんすかとトワに近付く。
すると、あの爆発寸前の空気が奇跡のようにスッと収束していった。
「……!?」
リルはその場に膝をつきながら、肩で息をしつつ呟く。
「……なんだ? ……誰だ……」
戦場に吹き抜ける風だけが、クオンの袖を揺らしていた。
「皆さんお怪我は……あっ、大きいものは無さそうですね! よかった~!」
クオンはパタパタと走り寄りながら、レイラたちに朗らかに微笑みかける。
あの狂気に満ちていた空気が嘘のように、花のような声が戦場に落ちた。
「本当に申し訳ございませんでしたぁ……! この子には、キツく叱っておきますので……!」
ぴょん、と跳ねるようにしてトワのアームカバーを摘まみ上げると──。
「それでは私たちは、失礼します~!」
そのままふたりは、風のように軽やかにその場を去っていった。
まるで、何事も無かったかのように。
「…………」
「…………」
「…………」
残されたレイラたち3人は──呆然。
「……え、今の、何……?」
目を見開いた顔で、ぽつりと呟いたラショウ。
リルは地面に手をついたまま、何度もぶつけ合った爪と腕を振るわせる。
「……あいつ、ここ最近見た中でも……別格でヤバそうな気がする」
その声には、確かな恐怖と、何より実感が滲んでいた。
ラショウはすぐに膝をつき、リルの龍化が解けかけた手元に駆け寄る。
「リルくん……大丈夫? 手、腫れてる……」
「大丈夫じゃねえよ……なんなんだよ、あいつら……」
レイラは少し離れた場所で、通信端末を取り出しながら──。
「……報告しなきゃね」
しかし、その手が。
「…………」
ほんの一瞬だけ止まる。
(なんか……)
ふたりの少女の顔が脳裏に浮かぶ。
あの無表情な顔。
そして、それを止めた優しいもうひとりの少女の声。
(…………キイに……)
(……似てたような気がする……)
レイラの瞳が曇天を映す。
「…………」
風が吹いた。
どこか、遠くから。
龍の調査は、静かに、次の幕へと進み始めている。
第19話 完
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これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
空色のサイエンスウィッチ
コーヒー微糖派
SF
『科学の魔女は、空色の髪をなびかせて宙を舞う』
高校を卒業後、亡くなった両親の後を継いで工場長となったニ十歳の女性――空鳥 隼《そらとり じゅん》
彼女は両親との思い出が詰まった工場を守るため、単身で経営を続けてはいたものの、その運営状況は火の車。残された借金さえも返せない。
それでも持ち前の知識で独自の商品開発を進め、なんとかこの状況からの脱出を図っていた。
そんなある日、隼は自身の開発物の影響で、スーパーパワーに目覚めてしまう。
その力は、隼にさらなる可能性を見出させ、その運命さえも大きく変えていく。
持ち前の科学知識を応用することで、世に魔法を再現することをも可能とした力。
その力をもってして、隼は日々空を駆け巡り、世のため人のためのヒーロー活動を始めることにした。
そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになる。
魔法の杖に腰かけて、大空を鳥のように舞う【空色の魔女】と。
※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。
※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。
※2022/10/25 完結まで投稿しました。
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