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第20話 ボクと私
第20話・1 少女ふたり、お買い物
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レイラたちが人間の少女を模した龍との邂逅を果たした、翌日。
ここは、都市南西部・現商業区。
にぎやかな商店街の通り。
アーケードの下には色とりどりののぼり、雑貨屋やスイーツ店の香り、夕刻を楽しむ人々の笑い声。
その中に、あのふたりの少女が並んで歩いていた。
「見て、トワ! たい焼きの中身、あんことカスタードだけじゃなくてチョコもあるよ! 美味しそうでしょ?」
紫髪の少女──クオンが楽しげに小さな紙袋を揺らして歩いている。
手には、尻尾までしっかり詰まったたい焼き。
トワはアームカバーを着けたまま、その横で小さく答えた。
「……尻尾まで詰まってる……ふしぎ……」
「はい、トワの分!」
クオンは紙袋からもうひとつのたい焼きを取り出し、器用にトワの口元へ差し出す。
トワはそれをしばし見つめて、パクッとひとくち。
「……甘い」
「ふふ、よかった~♪」
ふたりの歩調はゆっくりで、街に馴染んでいた。
──だが、周囲の人々は知らない。
この少女たちが人間ではないということを。
「さっきのお店の人、トワのことちょっとびっくりして見てたけど……アームカバー、大きいから目立つのかな?」
「……あれ、『オバケかと思った』って、言ってた……」
「うぅ……やっぱり!? トワ、今度はもっと可愛いのにしてみない?」
「やだ」
「そ、そっかあ……」
気まずくなりそうな空気の中でも、ふたりの会話はどこかあたたかい。
トワは、クオンとは比較的会話が成立できるようだ。
「今日は、ほんとに楽しいねぇ……。昨日はぐれたときは心配したけど」
「……ボク、間違えた。道、ぜんぜん違った。広場があると思ったら……なんか静かで、暗くて……」
「……あっ、もしかして……旧商業区?」
トワはこくりと頷いた。
「……それで、あいつら、いて……邪魔だったから、壊そうと思った」
その一言に、クオンが目を丸くして立ち止まる。
「えぇ!? トワぁ~!! すぐそうなるのダメって言ったでしょ~!!」
「でも……はぐれてたし……止める人……クオン、いなかったし……」
「もう~……本当に申し訳ないことしたなぁ……! みんな、怪我とかしてないといいんだけど……」
クオンは眉をひそめながらも、トワの腕をぽんぽんと叩く。
「明日からは平和に過ごそうね。トワと一緒にいられるだけで、私は嬉しいんだから」
「……ふぅん」
「ふふっ、それじゃあ次はあっちのアイス屋さん行こ!」
「……アイス……あれも、甘い?」
「うん! 冷たくて、とろけて、すごく美味しいよ~」
「じゃあ……行ってみる」
商業区の賑わいの中、ふたりの少女の後ろ姿が小さく遠ざかっていった。
まるで、ただの女の子の日常のように。
だが、その足音の奥には、誰も知らないもうひとつの姿が眠っている。
◇
翌日。
診察室の窓辺に座るセセラは、包帯が巻かれた上半身を軽く動かしながら、タブレット端末に映る都市南西部の地図を睨んでいた。
「……まさか、アレがあんな人混みに紛れ込んでたとはな」
その後ろで、静かに頷くのはシエリ。
「完全に人間のように振る舞える龍……。生体反応ゼロ、熱量安定、目立った因子放出も無し。解析班が混乱しているのも無理はない」
「あいつらはべつに人間のフリをしてるわけじゃねえんだわ」
セセラはそう言いながら、拳を軽く握る。
「あれが素なんだよ。作られた素体ってやつだ。あの落ち着き、あの知能、あの抑制された動き……。どれも天然の龍じゃ出てこねえ。そういう構造でできてる」
その言葉に、シエリは淡々と答えた。
「……自然界の進化ではない。意図的にこの世に存在させられた龍。誰かが、実験して……人間型に適合させた」
「…………」
ふたりの間に、沈黙が落ちる。
「……あいつくらいしかいないだろうな、そんなバケモノを作れるのは」
セセラの声は低いが、確信を孕んでいた。
名前は出さない。
だが、指している者はひとり。
「次、出てきたら……躊躇はしねえ」
「レイラたちには?」
「あいつらは……今は“出てきたもの”にだけ集中させてやりたい」
すると、コンコンと扉のノック音がして、調査班の職員が顔を覗かせた。
「──失礼します。薊野さん、センサー調査の結果がまとまりました」
「おっ、いいタイミング」
「ただ……微弱……本当に微弱ではありますが、あの日のものとほぼ同じ龍因子の反応が、数キロ先の現商業区でも確認されたとのことです。そこにいた可能性は高いです」
セセラとシエリの目が交差する。
「……まだ街にいるな。あいつら、帰ってねえ」
「この龍因子反応を検出できたのも、あの日レイラさんたちが対象と交戦していただいたおかげです。それでもやっとここまでの解析です」
「……あれでようやくちょびっとだけ化けの皮が剥がれたんだな」
「ただ、あの日の旧区での調査任務とした微量の龍因子反応に関しては……あの少女のものではなく……。なにか怪しいです。まるで我々をそこに呼び寄せたかのような、意図的に流されたようにも見えます」
「…………」
少し息を細く吐きながら、セセラは立ち上がった。
「……レイラたちは疲労が残ってる。この後の調査には別班を送る」
そして伝達用の無線機に向かって発言する。
「──こちら薊野。調査班へ。都市南西、商業区の監視強化だ。カメラ、赤外線、街頭のモバイル通信記録、全部洗え。“人間の形をした龍”を見逃すな。今度こそ捕まえる」
機関内に静かに警報が灯った。
静かに、次の“接触”へと向かい始めていた。
◇
午後、商業区中心街。
活気に満ちた通りの中を、私服姿の調査班職員が数人、別々の方向に分かれて歩いていた。
『交差点から広場のベンチ付近まで、監視ログ一致範囲を拡大。今朝10時半から正午まで、通信記録の発信者に不審な履歴は無し……。何も、引っかかりがありません』
無線越しのその声に、路地裏の飲食スペースを回っていた調査員のひとりが舌打ちする。
「龍因子が微弱でも、動いてりゃ何か残すはずだろ。なのにどこにも痕跡が無い……」
商業区の入り組んだ裏通り。
ビルとビルの隙間、日陰の壁沿いを歩きながら、もうひとりの調査員がため息をつく。
「まるで存在してなかったみたいですね……。でも、先日の現場では確かに……あんな戦闘があったのに」
「薊野さんの言ってた通りか。目に見えるのに、存在しない奴って……」
そのとき──。
ひとりの調査員の耳に、微かな歌声のようなものが届いた。
「……ん?」
立ち止まり、ビルの隙間に耳を傾ける。
高く、ゆっくりとした少女の声──というより、鼻歌。
「聞こえる……微かにだが……」
声のする方向に歩を進めると、そこには──。
開いたテラス席の端で、たい焼きを頬張る少女。
水色と紫の髪、ゆるく揺れるスカート。
隣には黒い服の少女が座っている。
どちらもごく自然に、笑い合っていた。
「……ただの、買い物中の学生……?」
調査員は小さく首を傾げる。
しかし、どこかでひっかかる。
──違和感。
不意に視線を交わした瞬間、黒服の少女がジト……と見返した。
「……っ」
ぞわりと、首筋を走る冷気。
思わず目を逸らして歩き出した調査員は、無線に手を伸ばす。
「……調査班2より本部へ。対象らしき人物……“似ている個体”を発見した可能性あり。ただし、行動は極めて自然で周囲との同調率が高い。……一旦、継続監視に切り替えます」
その背後。
トワはゆっくりと、口を開いた。
「……さっきの人、調査の人かな」
「うん。たぶん……でも、今は黙っていようね。怒られちゃうから……ね?」
クオンの声は変わらず穏やかだった。
まるで普通の買い物を楽しむ、少女そのもののように。
◇
作戦司令室にてモニターの前に立つセセラは、受信した報告内容を食い入るように見ていた。
調査班から送られた写真には、広場のベンチでたい焼きを分け合う少女ふたり。
そのうちのひとり、黒い服に大きなアームカバーをつけた少女の目線が、カメラ越しにこちらを見ていた。
「……気づいてるな。これ」
セセラの横に立っていたシエリが、静かに言葉を漏らす。
「完全にね。でも、攻撃はしてこない。まるでこっちが動くのを待っているかのようだね」
「挑発か……いや、違う。観察してるのかもしれねえ」
顎に手をやり、しばし考えるセセラ。
(あのトワってガキ、リルを完全に狙ってた。戦闘嗜好、執着傾向、そしてあの変異した手……。今もまだ何かを待ってるとしたら……)
「……セセラ、動く?」
シエリの問いに、セセラは頷いた。
「……ああ。次は、こっちから仕掛ける」
即座に通信を起動する。
「──こちら薊野。都市南西商業区、現場監視を続けつつ、第2調査を展開。接触可能な距離を保ち、必要なら即応部隊へ引き渡せ。……ただし、攻撃はするな。奴らが先に動くまではな」
『了解、薊野さん』
無線の向こうで、調査員の緊張が混じる返答があった。
セセラはタブレット端末を開き、軽く叩くようにして呟く。
「観察者を観察する……今度は、こっちの番だ」
◇
その頃──。
クオンとトワは、広場から少し外れた雑貨店の前にいた。
トワはガチャ機を不思議そうに眺め、クオンは両手を合わせて笑う。
「わぁ~、可愛い指輪……! ちょっと派手だけど、トワ似合いそう!」
「……これ、戦えない。指が入らない」
「えっ……そっか、アームカバーの中……うん、まぁそれは置いといて!」
楽しげな空気の裏で、ふたりの気配が僅かに緊張を帯びた。
「……ねぇ、クオン。ボク、あの人たち、また来ると思う」
「……うん、私もそう思ってるよ」
「……やっぱり、やっつける?」
「ダメだよトワ。やっつけないって言われてるんだから。……でも……」
「でも?」
「止めるだけなら、また……してもいいかもね?」
「…………」
ふたりの会話は、風に溶けるように淡く、そして確実に火種を孕んでいる。
時刻は既に午後3時過ぎ。
都市南西・商業区中央エリアの、人通りが最も多くなる時間帯。
通行人の間に紛れるようにして、数人の私服調査員が再び配置についていた。
隊長格の男が、耳元の通信にそっと声を落とす。
「……現場到着。例の少女ふたり、依然として行動継続中。現在、商業区内を低速で巡回しながら買い物を継続。……やってることは本当に普通です」
『攻撃的兆候無し。あくまで無害に見せかけてるだけだ』
通信の向こう、セセラの声には静かな鋭さが宿っていた。
『近くの1名、接触に向かえ。話しかけてみろ。敵意を持たれない範囲でいい。もし対応に異常があれば……即座に距離を取れ』
「承知しました」
そう答えた調査員が、鞄を肩に下げたままゆっくりとふたりの少女へと歩み寄っていく。
クオンとトワは、通りの端に並んでクレープを食べていた。
「……これ、巻いてある……ふしぎ」
「それがクレープなのっ、もう何回目だっけ~?」
笑うクオン。
だが、視線はどこか空気の変化を感じ取っている。
「トワ」
「……うん。来てる」
少女たちは見ないふりをしたまま、背後から近づいてくる気配に明らかに気づいていた。
「──すみません。あの……ちょっといいですか?」
調査員がついに声をかける。
優しい口調、敬語、笑顔。敵意は全く込めていない。
クオンはパッと振り返ると──。
「あっ、こんにちは~!」
その反応は自然だった。
ほんの少しだけ目を見開いて、にこっと笑う。
「なにか、御用……ですか?」
「いえ、あの、ちょっとだけ……お話を伺いたくて……。先日、あなた方と似た方を旧商業区で見かけたという報告がありまして……女の子ふたりで危ないと……」
「ふぇっ……!? そ、そっくりさん……かも?」
クオンは明らかに狼狽えたふりをする。
──それは見事な演技だった。
「それが昨日の話なら私たち、違うところにいたよ。ね?」
トワが淡々とそれに答える。
「……そう。ボク、ひとりだとずっと迷子になる。ふたりでいるって言うなら、旧区じゃないと思う。ボクたちじゃない」
半分本当で半分嘘。
「……そ、そうでしたか。それなら大丈夫です。すみません、驚かせてしまって」
調査員は、心做しか汗をかきながら小さく頭を下げて引いた。
数歩離れた位置で、通信に声を落とす。
「……接触完了。反応、ほぼ予測通り。会話の齟齬は無し。ただしあらかじめ対策されていた可能性あり。少女たちはこちらの意図を完全に読んでいた気配があります」
『……ああ。予想通り嘘をつくのが上手い奴らだ』
セセラの声が重く響いた。
『いいか。次に会うときは、仮面を剥がす手段を持っていけ。今度こそ、素の姿で向き合ってもらう』
その言葉は、まるで宣戦布告のように無線を震わせる。
──そして再び、広場から少し離れた裏路地。
ベンチに並んで座るクオンとトワ。
手には買ったばかりの紙袋や、少し食べ残したクレープ。
「……やっぱり、調査の人だったんだね」
クオンは小さく頷きながら、困ったように笑った。
「でも、ちゃんとお話したら帰ってくれたね。よかったぁ……」
隣では、トワがクレープの残りを食べながら呟く。
「……ボク、やっつけないでよかった?」
「もちろんだよっ。ちゃんと我慢してくれてありがとうね!」
「……でも、邪魔だった。あいつらと同じだった。見てきた。判断してる目だった」
トワの声はずっと淡々としている。
だが、その言葉の端々に“次があったら迷わない”という確信が滲んでいた。
「…………」
ふっと顔を曇らせるクオン。指先で自分のスカートの裾を摘む。
「でも……私、誰もやっつけてほしくないんだよ。あの眼帯の人も、赤い髪の人も……あの人たち、すごく一生懸命だった。助け合ってて、まっすぐで……」
「……ボク、楽しかった」
トワは急に笑った。
「……リルって人だっけ、強かった。だからまた戦いたい。次はもっと強くなっててほしい。そしたら……もっとたのしい……」
クオンはその言葉に小さく息を止めたあと、微笑む。
「そっか……トワはそう思ったんだね」
ふたりの間に沈黙が落ちた。
それは気まずさではない。
価値観の違いを認め合っている、だけど重なることはない──そんな沈黙。
「……じゃあ、明日はどうしようか?」
クオンは立ち上がりながら続ける。
「今日のこと、きっとまた調べられちゃうだろうけど……。私は、誰とも争わずにいられる道があるなら、そっちを選びたいな」
「ボクは、戦えるなら……戦いたい。でも、クオンと一緒がいい」
「ふふっ、私も。ずっと一緒がいい」
ふたりは荷物を持ち、また街の中へと歩き出す。
姿こそ少女たち。
その足音の先に待つのは、優しさと戦いが交錯する運命だった。
ここは、都市南西部・現商業区。
にぎやかな商店街の通り。
アーケードの下には色とりどりののぼり、雑貨屋やスイーツ店の香り、夕刻を楽しむ人々の笑い声。
その中に、あのふたりの少女が並んで歩いていた。
「見て、トワ! たい焼きの中身、あんことカスタードだけじゃなくてチョコもあるよ! 美味しそうでしょ?」
紫髪の少女──クオンが楽しげに小さな紙袋を揺らして歩いている。
手には、尻尾までしっかり詰まったたい焼き。
トワはアームカバーを着けたまま、その横で小さく答えた。
「……尻尾まで詰まってる……ふしぎ……」
「はい、トワの分!」
クオンは紙袋からもうひとつのたい焼きを取り出し、器用にトワの口元へ差し出す。
トワはそれをしばし見つめて、パクッとひとくち。
「……甘い」
「ふふ、よかった~♪」
ふたりの歩調はゆっくりで、街に馴染んでいた。
──だが、周囲の人々は知らない。
この少女たちが人間ではないということを。
「さっきのお店の人、トワのことちょっとびっくりして見てたけど……アームカバー、大きいから目立つのかな?」
「……あれ、『オバケかと思った』って、言ってた……」
「うぅ……やっぱり!? トワ、今度はもっと可愛いのにしてみない?」
「やだ」
「そ、そっかあ……」
気まずくなりそうな空気の中でも、ふたりの会話はどこかあたたかい。
トワは、クオンとは比較的会話が成立できるようだ。
「今日は、ほんとに楽しいねぇ……。昨日はぐれたときは心配したけど」
「……ボク、間違えた。道、ぜんぜん違った。広場があると思ったら……なんか静かで、暗くて……」
「……あっ、もしかして……旧商業区?」
トワはこくりと頷いた。
「……それで、あいつら、いて……邪魔だったから、壊そうと思った」
その一言に、クオンが目を丸くして立ち止まる。
「えぇ!? トワぁ~!! すぐそうなるのダメって言ったでしょ~!!」
「でも……はぐれてたし……止める人……クオン、いなかったし……」
「もう~……本当に申し訳ないことしたなぁ……! みんな、怪我とかしてないといいんだけど……」
クオンは眉をひそめながらも、トワの腕をぽんぽんと叩く。
「明日からは平和に過ごそうね。トワと一緒にいられるだけで、私は嬉しいんだから」
「……ふぅん」
「ふふっ、それじゃあ次はあっちのアイス屋さん行こ!」
「……アイス……あれも、甘い?」
「うん! 冷たくて、とろけて、すごく美味しいよ~」
「じゃあ……行ってみる」
商業区の賑わいの中、ふたりの少女の後ろ姿が小さく遠ざかっていった。
まるで、ただの女の子の日常のように。
だが、その足音の奥には、誰も知らないもうひとつの姿が眠っている。
◇
翌日。
診察室の窓辺に座るセセラは、包帯が巻かれた上半身を軽く動かしながら、タブレット端末に映る都市南西部の地図を睨んでいた。
「……まさか、アレがあんな人混みに紛れ込んでたとはな」
その後ろで、静かに頷くのはシエリ。
「完全に人間のように振る舞える龍……。生体反応ゼロ、熱量安定、目立った因子放出も無し。解析班が混乱しているのも無理はない」
「あいつらはべつに人間のフリをしてるわけじゃねえんだわ」
セセラはそう言いながら、拳を軽く握る。
「あれが素なんだよ。作られた素体ってやつだ。あの落ち着き、あの知能、あの抑制された動き……。どれも天然の龍じゃ出てこねえ。そういう構造でできてる」
その言葉に、シエリは淡々と答えた。
「……自然界の進化ではない。意図的にこの世に存在させられた龍。誰かが、実験して……人間型に適合させた」
「…………」
ふたりの間に、沈黙が落ちる。
「……あいつくらいしかいないだろうな、そんなバケモノを作れるのは」
セセラの声は低いが、確信を孕んでいた。
名前は出さない。
だが、指している者はひとり。
「次、出てきたら……躊躇はしねえ」
「レイラたちには?」
「あいつらは……今は“出てきたもの”にだけ集中させてやりたい」
すると、コンコンと扉のノック音がして、調査班の職員が顔を覗かせた。
「──失礼します。薊野さん、センサー調査の結果がまとまりました」
「おっ、いいタイミング」
「ただ……微弱……本当に微弱ではありますが、あの日のものとほぼ同じ龍因子の反応が、数キロ先の現商業区でも確認されたとのことです。そこにいた可能性は高いです」
セセラとシエリの目が交差する。
「……まだ街にいるな。あいつら、帰ってねえ」
「この龍因子反応を検出できたのも、あの日レイラさんたちが対象と交戦していただいたおかげです。それでもやっとここまでの解析です」
「……あれでようやくちょびっとだけ化けの皮が剥がれたんだな」
「ただ、あの日の旧区での調査任務とした微量の龍因子反応に関しては……あの少女のものではなく……。なにか怪しいです。まるで我々をそこに呼び寄せたかのような、意図的に流されたようにも見えます」
「…………」
少し息を細く吐きながら、セセラは立ち上がった。
「……レイラたちは疲労が残ってる。この後の調査には別班を送る」
そして伝達用の無線機に向かって発言する。
「──こちら薊野。調査班へ。都市南西、商業区の監視強化だ。カメラ、赤外線、街頭のモバイル通信記録、全部洗え。“人間の形をした龍”を見逃すな。今度こそ捕まえる」
機関内に静かに警報が灯った。
静かに、次の“接触”へと向かい始めていた。
◇
午後、商業区中心街。
活気に満ちた通りの中を、私服姿の調査班職員が数人、別々の方向に分かれて歩いていた。
『交差点から広場のベンチ付近まで、監視ログ一致範囲を拡大。今朝10時半から正午まで、通信記録の発信者に不審な履歴は無し……。何も、引っかかりがありません』
無線越しのその声に、路地裏の飲食スペースを回っていた調査員のひとりが舌打ちする。
「龍因子が微弱でも、動いてりゃ何か残すはずだろ。なのにどこにも痕跡が無い……」
商業区の入り組んだ裏通り。
ビルとビルの隙間、日陰の壁沿いを歩きながら、もうひとりの調査員がため息をつく。
「まるで存在してなかったみたいですね……。でも、先日の現場では確かに……あんな戦闘があったのに」
「薊野さんの言ってた通りか。目に見えるのに、存在しない奴って……」
そのとき──。
ひとりの調査員の耳に、微かな歌声のようなものが届いた。
「……ん?」
立ち止まり、ビルの隙間に耳を傾ける。
高く、ゆっくりとした少女の声──というより、鼻歌。
「聞こえる……微かにだが……」
声のする方向に歩を進めると、そこには──。
開いたテラス席の端で、たい焼きを頬張る少女。
水色と紫の髪、ゆるく揺れるスカート。
隣には黒い服の少女が座っている。
どちらもごく自然に、笑い合っていた。
「……ただの、買い物中の学生……?」
調査員は小さく首を傾げる。
しかし、どこかでひっかかる。
──違和感。
不意に視線を交わした瞬間、黒服の少女がジト……と見返した。
「……っ」
ぞわりと、首筋を走る冷気。
思わず目を逸らして歩き出した調査員は、無線に手を伸ばす。
「……調査班2より本部へ。対象らしき人物……“似ている個体”を発見した可能性あり。ただし、行動は極めて自然で周囲との同調率が高い。……一旦、継続監視に切り替えます」
その背後。
トワはゆっくりと、口を開いた。
「……さっきの人、調査の人かな」
「うん。たぶん……でも、今は黙っていようね。怒られちゃうから……ね?」
クオンの声は変わらず穏やかだった。
まるで普通の買い物を楽しむ、少女そのもののように。
◇
作戦司令室にてモニターの前に立つセセラは、受信した報告内容を食い入るように見ていた。
調査班から送られた写真には、広場のベンチでたい焼きを分け合う少女ふたり。
そのうちのひとり、黒い服に大きなアームカバーをつけた少女の目線が、カメラ越しにこちらを見ていた。
「……気づいてるな。これ」
セセラの横に立っていたシエリが、静かに言葉を漏らす。
「完全にね。でも、攻撃はしてこない。まるでこっちが動くのを待っているかのようだね」
「挑発か……いや、違う。観察してるのかもしれねえ」
顎に手をやり、しばし考えるセセラ。
(あのトワってガキ、リルを完全に狙ってた。戦闘嗜好、執着傾向、そしてあの変異した手……。今もまだ何かを待ってるとしたら……)
「……セセラ、動く?」
シエリの問いに、セセラは頷いた。
「……ああ。次は、こっちから仕掛ける」
即座に通信を起動する。
「──こちら薊野。都市南西商業区、現場監視を続けつつ、第2調査を展開。接触可能な距離を保ち、必要なら即応部隊へ引き渡せ。……ただし、攻撃はするな。奴らが先に動くまではな」
『了解、薊野さん』
無線の向こうで、調査員の緊張が混じる返答があった。
セセラはタブレット端末を開き、軽く叩くようにして呟く。
「観察者を観察する……今度は、こっちの番だ」
◇
その頃──。
クオンとトワは、広場から少し外れた雑貨店の前にいた。
トワはガチャ機を不思議そうに眺め、クオンは両手を合わせて笑う。
「わぁ~、可愛い指輪……! ちょっと派手だけど、トワ似合いそう!」
「……これ、戦えない。指が入らない」
「えっ……そっか、アームカバーの中……うん、まぁそれは置いといて!」
楽しげな空気の裏で、ふたりの気配が僅かに緊張を帯びた。
「……ねぇ、クオン。ボク、あの人たち、また来ると思う」
「……うん、私もそう思ってるよ」
「……やっぱり、やっつける?」
「ダメだよトワ。やっつけないって言われてるんだから。……でも……」
「でも?」
「止めるだけなら、また……してもいいかもね?」
「…………」
ふたりの会話は、風に溶けるように淡く、そして確実に火種を孕んでいる。
時刻は既に午後3時過ぎ。
都市南西・商業区中央エリアの、人通りが最も多くなる時間帯。
通行人の間に紛れるようにして、数人の私服調査員が再び配置についていた。
隊長格の男が、耳元の通信にそっと声を落とす。
「……現場到着。例の少女ふたり、依然として行動継続中。現在、商業区内を低速で巡回しながら買い物を継続。……やってることは本当に普通です」
『攻撃的兆候無し。あくまで無害に見せかけてるだけだ』
通信の向こう、セセラの声には静かな鋭さが宿っていた。
『近くの1名、接触に向かえ。話しかけてみろ。敵意を持たれない範囲でいい。もし対応に異常があれば……即座に距離を取れ』
「承知しました」
そう答えた調査員が、鞄を肩に下げたままゆっくりとふたりの少女へと歩み寄っていく。
クオンとトワは、通りの端に並んでクレープを食べていた。
「……これ、巻いてある……ふしぎ」
「それがクレープなのっ、もう何回目だっけ~?」
笑うクオン。
だが、視線はどこか空気の変化を感じ取っている。
「トワ」
「……うん。来てる」
少女たちは見ないふりをしたまま、背後から近づいてくる気配に明らかに気づいていた。
「──すみません。あの……ちょっといいですか?」
調査員がついに声をかける。
優しい口調、敬語、笑顔。敵意は全く込めていない。
クオンはパッと振り返ると──。
「あっ、こんにちは~!」
その反応は自然だった。
ほんの少しだけ目を見開いて、にこっと笑う。
「なにか、御用……ですか?」
「いえ、あの、ちょっとだけ……お話を伺いたくて……。先日、あなた方と似た方を旧商業区で見かけたという報告がありまして……女の子ふたりで危ないと……」
「ふぇっ……!? そ、そっくりさん……かも?」
クオンは明らかに狼狽えたふりをする。
──それは見事な演技だった。
「それが昨日の話なら私たち、違うところにいたよ。ね?」
トワが淡々とそれに答える。
「……そう。ボク、ひとりだとずっと迷子になる。ふたりでいるって言うなら、旧区じゃないと思う。ボクたちじゃない」
半分本当で半分嘘。
「……そ、そうでしたか。それなら大丈夫です。すみません、驚かせてしまって」
調査員は、心做しか汗をかきながら小さく頭を下げて引いた。
数歩離れた位置で、通信に声を落とす。
「……接触完了。反応、ほぼ予測通り。会話の齟齬は無し。ただしあらかじめ対策されていた可能性あり。少女たちはこちらの意図を完全に読んでいた気配があります」
『……ああ。予想通り嘘をつくのが上手い奴らだ』
セセラの声が重く響いた。
『いいか。次に会うときは、仮面を剥がす手段を持っていけ。今度こそ、素の姿で向き合ってもらう』
その言葉は、まるで宣戦布告のように無線を震わせる。
──そして再び、広場から少し離れた裏路地。
ベンチに並んで座るクオンとトワ。
手には買ったばかりの紙袋や、少し食べ残したクレープ。
「……やっぱり、調査の人だったんだね」
クオンは小さく頷きながら、困ったように笑った。
「でも、ちゃんとお話したら帰ってくれたね。よかったぁ……」
隣では、トワがクレープの残りを食べながら呟く。
「……ボク、やっつけないでよかった?」
「もちろんだよっ。ちゃんと我慢してくれてありがとうね!」
「……でも、邪魔だった。あいつらと同じだった。見てきた。判断してる目だった」
トワの声はずっと淡々としている。
だが、その言葉の端々に“次があったら迷わない”という確信が滲んでいた。
「…………」
ふっと顔を曇らせるクオン。指先で自分のスカートの裾を摘む。
「でも……私、誰もやっつけてほしくないんだよ。あの眼帯の人も、赤い髪の人も……あの人たち、すごく一生懸命だった。助け合ってて、まっすぐで……」
「……ボク、楽しかった」
トワは急に笑った。
「……リルって人だっけ、強かった。だからまた戦いたい。次はもっと強くなっててほしい。そしたら……もっとたのしい……」
クオンはその言葉に小さく息を止めたあと、微笑む。
「そっか……トワはそう思ったんだね」
ふたりの間に沈黙が落ちた。
それは気まずさではない。
価値観の違いを認め合っている、だけど重なることはない──そんな沈黙。
「……じゃあ、明日はどうしようか?」
クオンは立ち上がりながら続ける。
「今日のこと、きっとまた調べられちゃうだろうけど……。私は、誰とも争わずにいられる道があるなら、そっちを選びたいな」
「ボクは、戦えるなら……戦いたい。でも、クオンと一緒がいい」
「ふふっ、私も。ずっと一緒がいい」
ふたりは荷物を持ち、また街の中へと歩き出す。
姿こそ少女たち。
その足音の先に待つのは、優しさと戦いが交錯する運命だった。
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