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第20話 ボクと私
第20話・2 少女ふたり、戦場へ
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機関・作戦司令室。
情報班の報告を受けたセセラは、室内にすぐさま選定メンバーを集めた。
壁一面のスクリーンに映るのは、クオンとトワの現在位置を示す市街地マップ。
接触を想定した緊急対応案の赤い文字が上に記されている。
「……判断は俺が下す。出撃メンバーは、レイラとリル」
即断。
一瞬、周囲がざわついた。
「アシュラさんとラショウさんは?」
誰かが問う。セセラはモニターから目を離さずに答えた。
「戦力を温存する。あいつらは未知数すぎる。4人であたっても、仕留めきれなけりゃ被害は倍。リルとレイラなら、最小構成で必要十分」
「リルには前回の交戦データがある。レイラは龍因子の異常検出に長けてる」
その説明に、シエリも横から付け加える。
「戦術的にも、精神的にも、あの子たちが最も対応力が高い。万が一の退避も考慮して、今回はふたりだ。それが最も安全な手だろう」
そしてセセラは静かに──。
「……あのふたりなら、あいつらの素顔を引き出せる」
その言葉には、セセラ自身の確信が滲んでいた。
──そして、数分後。
レイラとリル、それぞれの個別の端末に任務通達が届けられる。
《特殊任務:都市南西商業区・再接触調査》
《対象:龍因子適合体・人型/2体》
《出撃メンバー:紫苑レイラ、紅崎リル》
《任務分類:極秘、即応》
その画面を見つめるふたりの表情は、どこか静かで、どこか決意に満ちていた。
◇
夕暮れが射し込む中、駐車中の輸送車の後部に座るレイラは小さく息を吐いていた。
隣に腰かけたリルは、何かを考えるように手元の黒い爪をじっと見つめている。
「……今回は、ふたりでなんだって」
レイラがぽつりと口を開く。
「……ああ。薊野さんから聞いた」
「アシュやラショウは待機。……万が一、に備えて。って」
「まあ、正しい判断だな」
リルは淡々と答えながら、ポケットの奥からチョコレート風味の栄養バーを取り出すと、器用に片手で封を剥いた。
「オレらなら、あいつらに届く。たぶんそれだけ、信用されてるってことだろ」
レイラはリルの横顔を見つめながら、ほんの少しだけ笑う。
「……また、会えると思ってなかったな」
「トワか?」
「うん。まさか、あんな普通に街中に出てきてるなんて」
「……クオンってのもいたな。あいつ……妙に気配が薄い。悪意も感じない。むしろ、守ろうとしてた」
リルはゆっくりと栄養バーを齧りながら続けた。
「けど、トワの方は違う。完全にオレ狙い。あれはたぶん、もう一度やりたがってる」
「……リル、無理はしないでね」
いつになく柔らかいレイラの声。
「前の時みたいに、また倒れたら……私、心臓止まるから」
「…………」
するとリルは僅かに目を伏せ──。
「倒れねえ保証なんてねーよ」
皮肉げに吐き捨てるように言う。
──しかしすぐに口角を上げると。
「じゃ……そん時はお前が人工呼吸でもしてくれや。そしたらなんか、ビックリしすぎて一瞬で蘇るかもしんねーし」
「はッ!? しっ、しないよ!」
顔を赤らめながらすぐに返されて、ふたりの間に微かな笑いが零れる。
それでも、次の瞬間には真剣な空気が戻っていた。
「……準完全龍化……、使えるんでしょ? 今は」
真っ赤な顔のままのレイラが問うと、リルは少し考えた後にコクンと小さく頷く。
「一応、使える。けど……アレは最終手段だ」
「体に……負担が?」
「当たり前だろ。あの訓練の時に受けた影響はもう回復してるけど、使えばまた倒れるかもしんねえ。そもそもアレ、死ぬほど疲れる」
レイラは静かに頷き、目を閉じた。
「……じゃあ、そこまでなる前にあの子たちを止めよう。私がいる。……一緒にいるから、きっと止められるよ」
「…………」
ふと揺れる、リルの瞳。
「……ふっ……」
しかし、それはすぐに強さに変わった。
「ガキが、生意気なんだよ……。ま、頼りにしてるぜ、相棒ちゃん」
「うん。私も。リル……頼りにしてる」
輸送車のエンジンが静かに始動する。
ふたりを乗せたその車両が、夕陽の中へと滑り出していった。
◇
都市南西・商業区中心エリア。
沈みかける夕陽が店の軒先を斜めに照らし、地面の影が長く伸びていた。
輸送車は目立たぬよう裏路地に停められ、レイラとリルが静かに降り立つ。
「目撃情報があったのは……この辺だって」
レイラは通信端末を見ながら、通りへと視線を走らせていた。
「人の数は減ってるな。ピーク過ぎで、もうすぐ閉まる店も多い。……騒ぎを起こすなら今が一番危ない時間帯だな」
リルは壁沿いを歩きながら、慎重に視線を巡らせている。
だが、そんな緊張感とは裏腹に──。
「あっ、この間のおふたり!」
聞き覚えのある明るい声が、商店の隙間から跳ねるように響いた。
レイラとリルが同時に振り向くと──そこには。
あの日と同じ衣装、同じ笑顔のまま、両手に紙袋を抱えたクオンが立っていた。
「わぁ~、また会えた! レイラさんとリルさんですよね! トワが聞いていた名前を私もちゃんと覚えたんですよ!」
「あっ、あの時は、本当に本当に申し訳ありませんでしたぁ……!」
ペコペコとお辞儀をするクオンの後ろから、ゆっくりと、あの黒い影がユラユラと現れる。
「…………」
──トワ。
今日もやはり無表情のまま。
アームカバーに隠れた手を揺らしながら、無言でレイラたちを見ていた。
(……来た)
リルは一歩前に出る。
「……お前ら、本当に街に溶け込んでやがんな」
「ふふ、ありがとうございます? ……かな?」
クオンは少し首を傾げながら、それでも敵意の無い笑みを崩さなかった。
「今日は一日中お買い物をして、もうすぐ帰るつもりだったんですけど……」
その声が、ふと弱くなる。
「……また止めに来たんですか?」
「……!」
その一言に、レイラの目が揺れた。
「……あなたたちが人を傷つける可能性があるなら、私たちは止めないといけない」
「……そう、ですか」
ほんの少しだけ曇る、クオンの笑顔──。
「……じゃあ、ボクたち、また戦う?」
不意にトワが口を開く。
その声は、レイラとリルふたりへではなく、リルだけをじっと見つめている。
「ボク、リルと、もっと戦いたい。前よりも。強く。そしたら……きっと、もっと楽しい」
リルが僅かに構え直したその時──。
「……!!」
トワの足が、地を蹴った。
「……来るッ!」
レイラの声が跳ねる。
二度目の邂逅。
これは偶然ではない。選ばれた再会。
日常を装った異形たちとの、本当の接触が再び始まろうとしていた。
耳元の無線から、すぐにセセラの声が届く。
『レイラ、リル……状況は把握した。商業区での戦闘は避けろ。民間人への被害が出る』
「……!」
『近隣に開けた公園跡地がある。そこへ誘導しろ。最優先だ』
「……了解」
レイラは即座に返答し、リルに視線を送る。
「……移動するよ。ここじゃ人が巻き込まれる」
「ったく、相変わらず無茶な任務だな……」
そうぼやきながらも、リルは既に体を前へと傾けていた。
「おい!! ガキ共こっちだ! ついてこい!!」
普段は声の小さいリルがそう張って言い放つと、すぐにレイラもリルの横に並ぶ。
「ふたりとも! こっち! ついてきて!!」
レイラとリルは商店街の脇を抜け、裏通りへと駆け出した。
トワは、ゆらりと一歩だけ前に出る。
「……ここ、狭い?」
リルは振り返りながら──。
「もっと広い方が動きやすくて、楽しいだろ?」
その言葉に、トワは何も言わなかった。
──だが、その口元に、うっすらと笑みが浮かぶのが見えた。
(……乗ってきたな)
リルの口元も僅かに吊り上がる。
その直後──。
「ま、待って~っ!!」
明らかに空気感をぶち壊すような声が後方から響いた。
レイラも振り返ると、両手に袋を抱えたまま全力疾走するクオンの姿。
「置いてかないでぇ~!! まだ話、終わってないよぉ~~!!」
レイラとリルは一瞬だけ目を見合わせ、揃って声を漏らした。
「「……来た」」
ふたりの背後で、アームカバーの少女がすうっと地を滑るように追い上げてくる。
誰よりも軽く、誰よりも静かに。
しかしその笑顔の奥に潜む殺意だけは、確かに感じ取れる。
そして4人は、陽の落ちかけた通りを駆け抜けていく。
戦いはまだ始まってすらいない。
◇
都市南西の公園跡地。
コンクリートがひび割れ、撤去されかけた遊具が錆びて立っている、誰も近寄らなくなった場所。
人気は全く無く、沈みかけた夕焼けだけが静かにその場を照らしていた。
レイラとリルが先に到着し、すぐに周囲の安全確認を終える。
「ここなら……大丈夫。一般人はいない。障害物も少ない」
「……いい場所だな。やり合うには十分だ」
その背後から、草を踏みしめる軽い足音。
──トワが静かに姿を現した。
「……来たね」
レイラとリル、ふたりが身構えると、トワはほんの僅かに首を傾けて言った。
「うん。広い場所……戦うのに、ぴったり」
──バシュッ……!
トワの腕から溢れる瘴気。
アームカバーの内側で脈打つ龍因子が、明らかに獲物に反応していた。
それとほぼ同時に、セセラからの無線が飛ぶ。
『──よく誘導したなふたりとも。偉いぞ』
短く褒められながらレイラが応答する。
「薊野さん、今回もきっとあの子は私じゃなくてリルを狙う。だから代わりに私、リルをカバーしながらあの子の龍の瘴気も見る。それでもいい?」
『そうしてくれ。今完全にあいつの龍因子が発現されている。その調査もまた任務だ』
「うん。だから無事に帰ってきたら、もっと褒めて」
『……はいはい』
軽いやり取りのようで、レイラの表情は至って真剣。
そして。
「きゃあああああ!? な、なんで!? 本気で始めちゃうの!? は、早く止めないと止めないと~~~!!」
追いついてきたクオンが、紙袋と共に両手を頭に当ててわたわたと騒ぎ出す。
「はわわっ……ひゃあ~~っ! レイラさん! リルさん! 逃げて~! って言いたいけど……ちょっと無理そう……!!」
「無理だな。あれは完全にスイッチ入ってんだろ」
リルは苦笑混じりに呟いた。
クオンは全力でレイラの背中に隠れてぷるぷると震えている。
「ちょっ、ちょっと……! とにかく、あなたは下がってて! 巻き込まれたら危ないから!」
「は、はいぃ~っ! この辺の植え込みに隠れてますう~~!!」
クオンが草むらにダイブしていくのを横目に、トワが地を蹴った。
その速度は先程より更に鋭く、明確な殺意すら孕んでいる。
「イクよ……リル……♪」
「ああ……。さあトワ、来いよ。今度こそオレがテメェを止めてみせる」
ゴキゴキと音を立てて瞬時に両腕を変化させると、ふたりの間に鋭い風が巻き起こる。
そして、今度こそ、本当の戦いが始まった。
──カッ!
石畳を蹴り上げ、トワの体が空を切る。
無表情のまま、しかしその動きには鋭い殺気が宿っていた。
「はや──!」
レイラが反応した瞬間には、既にトワの爪がリルに迫っている。
──シュバッ……!!
「ッ……!!」
鋭利な爪を紙一重で躱し、リルは低く構え直す。
(……やっぱり動きに迷いがねえ……!)
だが、その一歩先に、変化があった。
リルの足元がいつになく軽く、地を蹴った瞬間、意識と体が一体となっている感覚があった。
(なんだ? ……体が、軽い……)
体幹がぶれない。
呼吸も乱れない。
特訓の積み重ねが、今この瞬間の“集中”を研ぎ澄ませていた。
「いくぞッ……!」
反撃──。リルの爪が逆巻くようにトワの左腕へ斬りかかる。
「……!」
トワは僅かに身を引いてそれを受け流し、同時に右足で回し蹴りを放つ。
──ドッ……!!
重みのある脚が風を裂きながら、リルの腹部を掠めた。
「ぐっ……ッ!」
吹き飛ぶ直前、リルは地面を爪で裂きながら踏み留まる。
(クソ、あの足……ただの蹴りじゃねえ。完全に殺すために鍛えられてる……!)
レイラはその間隙を逃さず、トワの背後に跳び込んだ。
剣が閃き、龍因子の風を切る。
「甘く見ないで!」
──シュッ……!!
だがトワは、気配だけでその一撃を読んでいたかのように反転。
アームカバーの中から禍々しい爪が、レイラの腕を掠め──。
「……く……っ!」
切り裂かれる前に、レイラは体を捻って距離を取った。
「動き、読んでた……!? この子……やっぱり……!」
「……すごい……ふたりとも、強くなってる」
トワの口元が、また僅かに綻ぶ。
「前より……ずっと楽しい~……♪」
──バシュッ……!!
再び、トワの龍のような手が伸びてくる。
裂けた空気が弧を描き、戦場を凶暴な速度で駆けるトワ。
リルは、もう一歩深く構えを取った。
「……上等だ。ならオレも、前より強くなったのを見せてやるよ」
雷鳴のような気迫と共に──。
再び爪と爪がぶつかっていく。
情報班の報告を受けたセセラは、室内にすぐさま選定メンバーを集めた。
壁一面のスクリーンに映るのは、クオンとトワの現在位置を示す市街地マップ。
接触を想定した緊急対応案の赤い文字が上に記されている。
「……判断は俺が下す。出撃メンバーは、レイラとリル」
即断。
一瞬、周囲がざわついた。
「アシュラさんとラショウさんは?」
誰かが問う。セセラはモニターから目を離さずに答えた。
「戦力を温存する。あいつらは未知数すぎる。4人であたっても、仕留めきれなけりゃ被害は倍。リルとレイラなら、最小構成で必要十分」
「リルには前回の交戦データがある。レイラは龍因子の異常検出に長けてる」
その説明に、シエリも横から付け加える。
「戦術的にも、精神的にも、あの子たちが最も対応力が高い。万が一の退避も考慮して、今回はふたりだ。それが最も安全な手だろう」
そしてセセラは静かに──。
「……あのふたりなら、あいつらの素顔を引き出せる」
その言葉には、セセラ自身の確信が滲んでいた。
──そして、数分後。
レイラとリル、それぞれの個別の端末に任務通達が届けられる。
《特殊任務:都市南西商業区・再接触調査》
《対象:龍因子適合体・人型/2体》
《出撃メンバー:紫苑レイラ、紅崎リル》
《任務分類:極秘、即応》
その画面を見つめるふたりの表情は、どこか静かで、どこか決意に満ちていた。
◇
夕暮れが射し込む中、駐車中の輸送車の後部に座るレイラは小さく息を吐いていた。
隣に腰かけたリルは、何かを考えるように手元の黒い爪をじっと見つめている。
「……今回は、ふたりでなんだって」
レイラがぽつりと口を開く。
「……ああ。薊野さんから聞いた」
「アシュやラショウは待機。……万が一、に備えて。って」
「まあ、正しい判断だな」
リルは淡々と答えながら、ポケットの奥からチョコレート風味の栄養バーを取り出すと、器用に片手で封を剥いた。
「オレらなら、あいつらに届く。たぶんそれだけ、信用されてるってことだろ」
レイラはリルの横顔を見つめながら、ほんの少しだけ笑う。
「……また、会えると思ってなかったな」
「トワか?」
「うん。まさか、あんな普通に街中に出てきてるなんて」
「……クオンってのもいたな。あいつ……妙に気配が薄い。悪意も感じない。むしろ、守ろうとしてた」
リルはゆっくりと栄養バーを齧りながら続けた。
「けど、トワの方は違う。完全にオレ狙い。あれはたぶん、もう一度やりたがってる」
「……リル、無理はしないでね」
いつになく柔らかいレイラの声。
「前の時みたいに、また倒れたら……私、心臓止まるから」
「…………」
するとリルは僅かに目を伏せ──。
「倒れねえ保証なんてねーよ」
皮肉げに吐き捨てるように言う。
──しかしすぐに口角を上げると。
「じゃ……そん時はお前が人工呼吸でもしてくれや。そしたらなんか、ビックリしすぎて一瞬で蘇るかもしんねーし」
「はッ!? しっ、しないよ!」
顔を赤らめながらすぐに返されて、ふたりの間に微かな笑いが零れる。
それでも、次の瞬間には真剣な空気が戻っていた。
「……準完全龍化……、使えるんでしょ? 今は」
真っ赤な顔のままのレイラが問うと、リルは少し考えた後にコクンと小さく頷く。
「一応、使える。けど……アレは最終手段だ」
「体に……負担が?」
「当たり前だろ。あの訓練の時に受けた影響はもう回復してるけど、使えばまた倒れるかもしんねえ。そもそもアレ、死ぬほど疲れる」
レイラは静かに頷き、目を閉じた。
「……じゃあ、そこまでなる前にあの子たちを止めよう。私がいる。……一緒にいるから、きっと止められるよ」
「…………」
ふと揺れる、リルの瞳。
「……ふっ……」
しかし、それはすぐに強さに変わった。
「ガキが、生意気なんだよ……。ま、頼りにしてるぜ、相棒ちゃん」
「うん。私も。リル……頼りにしてる」
輸送車のエンジンが静かに始動する。
ふたりを乗せたその車両が、夕陽の中へと滑り出していった。
◇
都市南西・商業区中心エリア。
沈みかける夕陽が店の軒先を斜めに照らし、地面の影が長く伸びていた。
輸送車は目立たぬよう裏路地に停められ、レイラとリルが静かに降り立つ。
「目撃情報があったのは……この辺だって」
レイラは通信端末を見ながら、通りへと視線を走らせていた。
「人の数は減ってるな。ピーク過ぎで、もうすぐ閉まる店も多い。……騒ぎを起こすなら今が一番危ない時間帯だな」
リルは壁沿いを歩きながら、慎重に視線を巡らせている。
だが、そんな緊張感とは裏腹に──。
「あっ、この間のおふたり!」
聞き覚えのある明るい声が、商店の隙間から跳ねるように響いた。
レイラとリルが同時に振り向くと──そこには。
あの日と同じ衣装、同じ笑顔のまま、両手に紙袋を抱えたクオンが立っていた。
「わぁ~、また会えた! レイラさんとリルさんですよね! トワが聞いていた名前を私もちゃんと覚えたんですよ!」
「あっ、あの時は、本当に本当に申し訳ありませんでしたぁ……!」
ペコペコとお辞儀をするクオンの後ろから、ゆっくりと、あの黒い影がユラユラと現れる。
「…………」
──トワ。
今日もやはり無表情のまま。
アームカバーに隠れた手を揺らしながら、無言でレイラたちを見ていた。
(……来た)
リルは一歩前に出る。
「……お前ら、本当に街に溶け込んでやがんな」
「ふふ、ありがとうございます? ……かな?」
クオンは少し首を傾げながら、それでも敵意の無い笑みを崩さなかった。
「今日は一日中お買い物をして、もうすぐ帰るつもりだったんですけど……」
その声が、ふと弱くなる。
「……また止めに来たんですか?」
「……!」
その一言に、レイラの目が揺れた。
「……あなたたちが人を傷つける可能性があるなら、私たちは止めないといけない」
「……そう、ですか」
ほんの少しだけ曇る、クオンの笑顔──。
「……じゃあ、ボクたち、また戦う?」
不意にトワが口を開く。
その声は、レイラとリルふたりへではなく、リルだけをじっと見つめている。
「ボク、リルと、もっと戦いたい。前よりも。強く。そしたら……きっと、もっと楽しい」
リルが僅かに構え直したその時──。
「……!!」
トワの足が、地を蹴った。
「……来るッ!」
レイラの声が跳ねる。
二度目の邂逅。
これは偶然ではない。選ばれた再会。
日常を装った異形たちとの、本当の接触が再び始まろうとしていた。
耳元の無線から、すぐにセセラの声が届く。
『レイラ、リル……状況は把握した。商業区での戦闘は避けろ。民間人への被害が出る』
「……!」
『近隣に開けた公園跡地がある。そこへ誘導しろ。最優先だ』
「……了解」
レイラは即座に返答し、リルに視線を送る。
「……移動するよ。ここじゃ人が巻き込まれる」
「ったく、相変わらず無茶な任務だな……」
そうぼやきながらも、リルは既に体を前へと傾けていた。
「おい!! ガキ共こっちだ! ついてこい!!」
普段は声の小さいリルがそう張って言い放つと、すぐにレイラもリルの横に並ぶ。
「ふたりとも! こっち! ついてきて!!」
レイラとリルは商店街の脇を抜け、裏通りへと駆け出した。
トワは、ゆらりと一歩だけ前に出る。
「……ここ、狭い?」
リルは振り返りながら──。
「もっと広い方が動きやすくて、楽しいだろ?」
その言葉に、トワは何も言わなかった。
──だが、その口元に、うっすらと笑みが浮かぶのが見えた。
(……乗ってきたな)
リルの口元も僅かに吊り上がる。
その直後──。
「ま、待って~っ!!」
明らかに空気感をぶち壊すような声が後方から響いた。
レイラも振り返ると、両手に袋を抱えたまま全力疾走するクオンの姿。
「置いてかないでぇ~!! まだ話、終わってないよぉ~~!!」
レイラとリルは一瞬だけ目を見合わせ、揃って声を漏らした。
「「……来た」」
ふたりの背後で、アームカバーの少女がすうっと地を滑るように追い上げてくる。
誰よりも軽く、誰よりも静かに。
しかしその笑顔の奥に潜む殺意だけは、確かに感じ取れる。
そして4人は、陽の落ちかけた通りを駆け抜けていく。
戦いはまだ始まってすらいない。
◇
都市南西の公園跡地。
コンクリートがひび割れ、撤去されかけた遊具が錆びて立っている、誰も近寄らなくなった場所。
人気は全く無く、沈みかけた夕焼けだけが静かにその場を照らしていた。
レイラとリルが先に到着し、すぐに周囲の安全確認を終える。
「ここなら……大丈夫。一般人はいない。障害物も少ない」
「……いい場所だな。やり合うには十分だ」
その背後から、草を踏みしめる軽い足音。
──トワが静かに姿を現した。
「……来たね」
レイラとリル、ふたりが身構えると、トワはほんの僅かに首を傾けて言った。
「うん。広い場所……戦うのに、ぴったり」
──バシュッ……!
トワの腕から溢れる瘴気。
アームカバーの内側で脈打つ龍因子が、明らかに獲物に反応していた。
それとほぼ同時に、セセラからの無線が飛ぶ。
『──よく誘導したなふたりとも。偉いぞ』
短く褒められながらレイラが応答する。
「薊野さん、今回もきっとあの子は私じゃなくてリルを狙う。だから代わりに私、リルをカバーしながらあの子の龍の瘴気も見る。それでもいい?」
『そうしてくれ。今完全にあいつの龍因子が発現されている。その調査もまた任務だ』
「うん。だから無事に帰ってきたら、もっと褒めて」
『……はいはい』
軽いやり取りのようで、レイラの表情は至って真剣。
そして。
「きゃあああああ!? な、なんで!? 本気で始めちゃうの!? は、早く止めないと止めないと~~~!!」
追いついてきたクオンが、紙袋と共に両手を頭に当ててわたわたと騒ぎ出す。
「はわわっ……ひゃあ~~っ! レイラさん! リルさん! 逃げて~! って言いたいけど……ちょっと無理そう……!!」
「無理だな。あれは完全にスイッチ入ってんだろ」
リルは苦笑混じりに呟いた。
クオンは全力でレイラの背中に隠れてぷるぷると震えている。
「ちょっ、ちょっと……! とにかく、あなたは下がってて! 巻き込まれたら危ないから!」
「は、はいぃ~っ! この辺の植え込みに隠れてますう~~!!」
クオンが草むらにダイブしていくのを横目に、トワが地を蹴った。
その速度は先程より更に鋭く、明確な殺意すら孕んでいる。
「イクよ……リル……♪」
「ああ……。さあトワ、来いよ。今度こそオレがテメェを止めてみせる」
ゴキゴキと音を立てて瞬時に両腕を変化させると、ふたりの間に鋭い風が巻き起こる。
そして、今度こそ、本当の戦いが始まった。
──カッ!
石畳を蹴り上げ、トワの体が空を切る。
無表情のまま、しかしその動きには鋭い殺気が宿っていた。
「はや──!」
レイラが反応した瞬間には、既にトワの爪がリルに迫っている。
──シュバッ……!!
「ッ……!!」
鋭利な爪を紙一重で躱し、リルは低く構え直す。
(……やっぱり動きに迷いがねえ……!)
だが、その一歩先に、変化があった。
リルの足元がいつになく軽く、地を蹴った瞬間、意識と体が一体となっている感覚があった。
(なんだ? ……体が、軽い……)
体幹がぶれない。
呼吸も乱れない。
特訓の積み重ねが、今この瞬間の“集中”を研ぎ澄ませていた。
「いくぞッ……!」
反撃──。リルの爪が逆巻くようにトワの左腕へ斬りかかる。
「……!」
トワは僅かに身を引いてそれを受け流し、同時に右足で回し蹴りを放つ。
──ドッ……!!
重みのある脚が風を裂きながら、リルの腹部を掠めた。
「ぐっ……ッ!」
吹き飛ぶ直前、リルは地面を爪で裂きながら踏み留まる。
(クソ、あの足……ただの蹴りじゃねえ。完全に殺すために鍛えられてる……!)
レイラはその間隙を逃さず、トワの背後に跳び込んだ。
剣が閃き、龍因子の風を切る。
「甘く見ないで!」
──シュッ……!!
だがトワは、気配だけでその一撃を読んでいたかのように反転。
アームカバーの中から禍々しい爪が、レイラの腕を掠め──。
「……く……っ!」
切り裂かれる前に、レイラは体を捻って距離を取った。
「動き、読んでた……!? この子……やっぱり……!」
「……すごい……ふたりとも、強くなってる」
トワの口元が、また僅かに綻ぶ。
「前より……ずっと楽しい~……♪」
──バシュッ……!!
再び、トワの龍のような手が伸びてくる。
裂けた空気が弧を描き、戦場を凶暴な速度で駆けるトワ。
リルは、もう一歩深く構えを取った。
「……上等だ。ならオレも、前より強くなったのを見せてやるよ」
雷鳴のような気迫と共に──。
再び爪と爪がぶつかっていく。
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