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コヨタ

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第20話 ボクと私

第20話・3 少女ひとり?享楽

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 無造作に振るわれたトワの踵の一撃が地面を抉った。
 宙に跳ね上がったコンクリートの破片が散り、視界を一瞬曇らせる。

「リルっ!」

 レイラの警告とほぼ同時、破片の陰からトワの龍の手が襲いかかった。

「……!!」

 しかし、リルの体は既に動いていた。
 僅かな躊躇も無く、的確なタイミングで体を滑らせ──逆にその手の下へ潜り込む。

「……あめぇよッ!」

 爪が弧を描き、トワの肘の内側へ鋭く打ち込まれた。

 ──ガッ……!

 乾いた衝突音。

「……!」

 トワは一歩、後退する。

「リル、今の……見えてたの?」

 レイラのその問いに、リルはふっと息を吐いた。

「見えてるよ」

 驚いてリルを見るレイラ。
 その視線の先──リルの瞳が微かに赤く、淡く発光していた。

「……?!」

 その光は、瞳の中心だけを照らし出すように発されている。
 周囲の残光は、動きに合わせて軌跡のように尾を引いていた。

(……目、光ってる……?)

 レイラは即座に理解する。
 それは戦闘中の異常ではなく、制御された力だ。

(感知……してるんだ、リル……敵の動きを!)

 そして加速するトワの動き。
 今度は龍の手だけではなく、膝と足先を連動させた鋭い連撃。

 しかし、リルは全てを見切っていた。

 一撃、二撃──全てを僅かなステップと捌きでいなし、反撃を織り交ぜる。

「お前、楽しいんだろ……? オレもだ。は、楽しくてしょうがねぇよ」

 リルの動きは美しさすらを感じさせる程、無駄が無かった。

(このままなら、押せる……!)

 レイラがそう思った瞬間、ブレードを手にトワの死角へと跳び込んでいく。

「……今ッ!」

 ──シュバッ……!

 風を裂く一閃。
 トワは直前でレイラの斬撃に気づき、再び後方へ跳ねる。

「……ァハ、楽しいね、ほんとに……♪」

 その声は確実に上気していた。
 トワにとって、これはただの戦闘ではなく、だった。

 レイラの目も鋭さを増し、リルの瞳は更に強く赤く──。

 静かに、戦場が燃え上がっていく。

 トワの手が地面を叩き、粉塵が再び舞い上がった。
 風圧に飛ばされそうになりながらも、リルは僅かに口元を吊り上げる。

(……見える)

 トワの気配が動く度、リルの瞳に赤い残光がすっと走る。
 その軌道をなぞるように、リルの体は呼吸のように自然に反応していた。

「ほらどうした……ッ……!」

「……!」

 すぐに背後へ回り込むリルの動きに、トワは振り返るが一瞬遅れる。

 その頬を、リルの鋭い爪が掠め──。

 ──スパッ……!!

 細い一線が、血と共に肌に切り傷を描いた。

 だが、トワはまるで気にする様子も無く、にい……と笑みを浮かべる。

「……すごいね。やっぱりキミ、♪」

 地面を蹴り、リルの腹部を狙う低い回し蹴りが放たれる。

 しかし、その攻撃も読まれていた。

 リルは体を沈め、地面を滑るようにしてトワの懐へ潜り込み──。

あめぇって言ってんだろ……!」

 カウンターの一撃を叩き込もうとした、その瞬間。

 ──ドンッ!!

 トワの振り下ろされた手が、力一杯にリルを押し返す。

「くっ……!!」

 リルは跳ねるように距離を取りながら、奥歯を噛みしめた。

(普通じゃねえ……攻撃は大振りのくせに、反応速度が異常すぎる)

「リル、大丈夫!?」

 剣を携えたまま駆け寄るレイラ。

「なんとかな。でも……あいつ、手も足もバケモンだ。気ィ抜いたら終わる」

「じゃあ、私がその“気を抜かせる隙”作るよ」

 レイラは瞳に鋭い光を宿らせながら──。

「連携する。私でもを作る事くらいは……!」

「…………」

 そしてリルは口角を上げて頷く。

「……いいね。なら、できるかもな」

 そのやり取りを、トワは微笑みながら見つめていた。

「ふたりとも、すごい。うれしい。もっと強くなって。もっともっと、楽しくして……♪」

 トワの瞳には戦闘への渇きが宿る。

 戦場の空気は、尚も熱を上げ続ける。

 その中心で、今──。
 “ふたりの連携”が放たれようとしていた。

「いくよ、リル!」

 レイラの声が風を裂く。
 剣を構え、リルと正面を挟むようにトワを挟撃する形で走り出した。

「来て来て……♪」

 トワが呟いた瞬間、地を蹴る音と空気が重なり合い、三者の間に雷のような緊張が走る。

(ここだ!)

 レイラは瞬間的に右手で剣を振りかぶると同時に──左手をそっと自らの眼帯へと伸ばした。

 ──スルッ……

 眼帯の固定が外される。

「……!!」

 露わになる左目。そこにはレイラの龍因子が淡く光りながら渦巻き、空気すら僅かに震わせた。

 周囲の風が逆巻く。
 レイラの髪が揺れ、目元に宿るその力が、まるでオーラのように全身へ纏い始める。

「これは……」

 トワがピタリと動きを止めた。

 そのまま、レイラをじっと見つめる。
 目線が“戦闘”から“観察”へと、僅かに移った。

(……効いてるな)

 リルはすぐに気づく。
 これまで一直線に自分だけを狙っていたトワが、初めて横を見た。

「いいぞレイラ……! 気を取られてるうちに……!」

「うん、今だ!」

 レイラの剣が地を滑り、斜めからトワの死角へと切り込む。

 トワがハッと振り向いた時には、既に──。

 ──ガキィィン!!

 剣がトワのアームカバーの表面に炸裂。
 防がれたが布は裂かれ、トワの体が僅かに崩れる。

「……今の、何……」

 トワが初めて警戒したように呟いたその隙に、リルは既に地面を蹴っていた。

「──レイラ、上出来」

「任せた!」

 次の連撃が放たれる──!

 戦局は、ついに均衡から逆転へと傾き始めていた。

「うう……」

 トワの体勢が崩れた、その瞬間。

「──ッらァ゙ッ!!」

 リルの爪が渾身の力で振るわれた。

 ──ズバッ……!!!

 トワのアームカバーの一部が更に裂け、内側の禍々しい鱗と、鋭く変形した指が覗く。

「……!」

 大きく目を見開いたトワ。

 そのまま数歩後退する──これまで無かった、明確なの動き。

「決まった!」

 声を上げるレイラ。同時に剣を構え直す。

「……ッ、はあ……!!」

 リルは荒い息を吐きながら、少し距離を詰めながらニヤリと笑った。

「どうした、楽しいんだろ? まだってねえよな? もうちょい付き合ってもらうぜ……!」

「……すごい……すごいすごい……!」

 肩を小さく震わせるトワ。
 その顔に浮かんだのは──。

「……もっともっと、本気でってもいい……?」

 微笑とも、恐怖とも、期待とも取れる、狂気の入り混じった笑顔。

「ボクの中の奥の奥が、ね……疼いて、ギューってなって、今とっても楽しそうなの」

(……来る)

 リルとレイラの体が自然と構え直る。

 空気がまた一段と重くなり、草がざわりと揺れたその瞬間──。

「や、やだ~~~~~~~っ!!!」

 ──ずざざざっ!!

 物陰から飛び出したクオンが、頭を抱えながら転げるように駆け出した。

「こ、こわいこわいこわいっ!! なんか空気が変わったのわかる~!! ひゃあああ~っ!!」

 その緊張感の無さに、レイラとリルの一瞬の集中が砕けそうになる。

「クオン……なんで今、出てくるの」

「無理~っ! なんかトワが本気出しそうなのわかる~っ!? やばいってぇ~~!!」

「……こいつ……マジで敵じゃねえな……」

 リルが呆れたように言葉を吐いたその時、トワの気配が再び濃くなった。

「…………」

 まっすぐリルへと向けられる視線。

「そろそろ、ボクの全部……見たい?」

 微笑みのまま、トワの背中からふわりと瘴気が立ちのぼる。
 指先が更に龍のように変異し、骨の軋むような音と共に濃くなる気配。

「……もっと、強くなれる気がする。ねえリル……見てて……」

 その声は淡々としているのに、どこか浮かれたように揺れていた。
 目の奥に宿る戦闘への悦びは、もはや隠されていない。

 しかし。

「だめーっ! ほんとに! 喧嘩はやめてーっ!!」

 バッとクオンがトワの前に。

「トワ~~~!! もう~~~っ!! なんでそうすぐ戦うの~~~っ!!」

「…………」

 レイラもリルも思わず固まる。

「クオン……そこ、出ないで、危ない……!」

「わかってるよ~~っ! でも、トワが止まらないんだもん~~!」

 クオンはバタバタとトワの腕にしがみつこうとするが、トワはするりと身を躱し全く意に介していない。

「……クオン、だめ。今イイところ。ボク、楽しいんだよ……♪」

「たのしくないよーっ!! リルさんもレイラさんも迷惑してるでしょ!? お願いだからやめてよ~~~っ!!」

「……むぅ」

 トワは小さく唸ったような声を漏らし、ほんの少しだけ足を止める。
 だがその目は、リルを見たまま──一切逸れていない。

「クオンどいて。今、ボク、強い相手とる時間なの。止めないで」

「わあああああん!! もお~~~~~!!」

 クオンが地面にへたり込むのと同時、トワがまた一歩、前へ。

「……オレも見えてきた気がすんだよ。ってやつがな」

 リルが深く構え直す──。

「レイラ、次。一気にいくぞ……!」

「うん!」

 楽しげに笑ったまま、瘴気を身に纏うトワ──。
 リルとレイラは、今度こそ止めるために動き出した。

 ──ガンッ!!

 剣と龍の腕がぶつかる音が、火花と共に響く。レイラは跳躍しながら再び体勢を立て直した。

「ッ、私じゃ完全には通せない……!」

「でも効いてるぞ」

 リルの声には確かな手応えがあった。
 動きには迷いが無く、瞳には赤い残光が走り続ける。

「お前、さっきより動き鈍ってんだよ……楽しいのはオレも一緒だが、に頼りすぎたな、トワ」

「……ううん、違うよ。これは、の方が、前に出てきてるだけ……」

 不意に、トワが静かに答える。
 その言葉には、これまでのような淡さと違う、どこか“悪魔”のような濁りが含まれていた。

「……見たいでしょ? ボクがどこまで、強くなれるのか」

 ──ドンッ!!

 空気が爆ぜる。
 トワの足元から吹き上がる瘴気の波。

 地面が抉れ、草木がざわつく。

「……!?」

 ボロボロのアームカバーの中で、変異した指が更に蠢いているのが見えた。

「……っ、このままじゃ、まずい!」

 レイラは剣を構えながら、両目を細める。

「リル……!」

「わかってる」

 ふたりが並び立ち──リルが一気に加速した。

 ──バシュッ!!

 足元を掠める風。
 リルの爪がトワに迫り、レイラがその真逆からすれ違いざまに追撃する。

 連携──。
 ふたりの動きは、もはや“戦術”ではなく“呼吸”になっていた。

「……うれしい……こんなに、楽しいの、はじめて……!」

 トワは受け止めながら、傷付きながら、目を見開き口角を上げた笑顔を崩さない。

「ァハハっ……♪」

 その表情のまま、更に加速していく。
 ──だが、その瞳の奥に浮かぶ微かな“歪み”に、レイラは気がついた。

「……!」

(もしかして……)

(制御できなくなりかけてる?)

 戦いは、確実に臨界に近づいている。

「リル! 次で決めよう!」

「……了解」

 ふたりの攻勢が、一瞬の隙を穿とうと交差する──!

 ──ズバッ……!!

「!!」

 風を切る音が重なった。
 リルの爪が閃光のように迫り、トワは即座に腕で受け止める。

 火花が散り、力と力が拮抗する一瞬。

 だがレイラがその隙を逃さない。剣が弧を描き、トワの背後から突き抜けるように振るわれた。

「──ッ!」

 トワは反転し、剣を弾こうと脚を振り上げる。
 しかし、レイラは弾かれる寸前に身を沈め、その刃はトワの脇腹を掠めていた。

「ぐうう……!」

 続くリルの連撃。瘴気が唸りを上げ、爪と脚技が連続して叩き込まれる。

 それでも──。
 
 それでも。トワは笑う。

「もっと……もっと……!!」

 その笑みは高揚と、そして僅かな焦燥に揺れていた。

 リルとレイラの動きは速すぎて、もはや視線で追えない。
 トワの周囲に残像が幾重にも交錯し、轟音と衝撃波が地を抉る。

「だああああッ!!」

「ッ!!」

 レイラの声と共に、一瞬の連携が決まった。
 リルの爪がトワの動きを止め、その背後からレイラの剣が突き抜ける。

 ──トワの胸に、焼くような痛みが走った。

「……あ゙……」

 そして笑みを浮かべたまま後ずさる──。
 だがその瞳は、確かに揺らいでいた。

「……楽しい……けど……」

 膝が沈む。

「……痛い……」

 その体がついに地に伏す──。

「…………!」

 土煙がゆっくりと広がり、戦場に静寂が戻っていった。
 微かに漂うトワの瘴気が風に流れ、消えていく。

「……っ、……リル……」

「…………」

 静かに晴れていく土煙。
 うつ伏せに倒れ伏したトワの体の周囲には、微かに瘴気の残り香が漂っていた。

 レイラは呼吸を整えつつも、まだ油断はしていない。
 剣を下ろさぬまま、じっとトワの様子を見守っていた。

「……あんだけ食らったら、動けねえよな」

 リルがぽつりと呟く。
 爪に残った返り血を軽く振るい、姿勢を戻す。

 ──その時だった。

「トワ~~~~~~~!!!」

 けたたましく駆け寄ってきたのは、言うまでもなくクオン。

「ああ~! だから喧嘩はダメって言ったのにぃ~~~!!」

 ズザザッと膝から滑り込み、トワの傍にしゃがみ込む。
 その顔には恐怖も怯えもない。
 あるのはただ、純粋な──

「わぁあ……お腹とか腕とか、こんなに怪我して……! うーん、あっ!? ああ~っ! おふたり共ほんとに申し訳ございませんでしたっ!!」

 振り返って、レイラたちにぺこぺこと頭を下げる。

「あのっ! お怪我は……ちょっとありそうですね!? すっ、すみません~! この子、言っても聞かなくて~~っ!!」

 リルはぽかんとした顔で。

「……やっぱ、敵じゃねえよな……」

「……うん。敵っていうか、なんか……お姉ちゃん?」

 レイラの言葉に、思わずリルが吹き出しかけた。

「とりあえず……もう戦うつもりはないみたいだね。……今のところは」

 剣をようやく納めるレイラ。
 クオンは何も警戒せず、うつ伏せで倒れているトワの頬をそっと指でつついていた。

「トワ~……? 起きて……?」

 その瞬間だった。

 ──ピクッ……

 倒れていたトワの指先が、一瞬、僅かに痙攣したように動く。

 クオンは気づかず、ただそっと笑いかけた。

「もう、無茶しすぎだよ……。ちゃんと、ごめんなさいしなきゃだよ~」

 しかし──リルとレイラの視線は、鋭くその“微細な変化”を捉えている。

 そして。

『──生体反応、残ってる』

 低く耳に届くセセラからの無線。

「……!」

(……まだ、終わってない……)

 再び走る緊張の中、を警戒するように、ふたりは顔を見合わせた。

 立ち込める砂煙と、沈黙。
 誰もが息を呑んだまま動けずにいた中──。

「……ッ!」

 トワの体が、ゆらりと揺れた。
 クオンも慌てて立ち上がり、レイラとリルが同時に身構える。

「動いた……!」

「リル、構えて!」

 トワは立ち上がるも顔は伏せたまま。表情は見えない。
 しかしその手の指先が僅かに動いたかと思えば──。

 ──ズブッ……!!

 隣にいたクオンの腹部を──。

「……あ……?」

 刃物のようなトワの爪がいとも容易く、縦に貫いていた。

「クオン……!?」

「な……!?」

 リルとレイラの目が見開かれる。

 機関のモニター室でも空気が一気に張り詰めた。



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