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コヨタ

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第20話 ボクと私

第20話・5 少女ふたり、終結

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 ──龍調査機関・モニター室。

 レイラの覚醒に、空気が変わっていた。

「レイラさんの出力値が上昇……!? これは……制御できるのか!?」

「肩口のオーラ……! 部位別に分離した龍因子!? いや、違う……! これはです……!」

 職員たちの声に、シエリが静かに声を放つ。

「適応……、龍因子とレイラ自身の精神が、拮抗している……!」

「じゃあ、まだ制御できてるってことか?」

 後ろから覗き込みながら問うのはセセラ。
 その問いにシエリは小さく頷く。

「……今は。けれど、これ以上……あの子の精神力が落ちれば完全に呑まれる。レイラは、綱渡りの上で戦っている……!」

 画面の中、レイラはブレードを構え直した。

「……私は、あなたみたいな存在を──見逃せない……ッ!!」

 蒼白い龍の瘴気オーラが更に膨れ上がる。
 その刃先が、再びクオントワをまっすぐに指した。

 ──ズルッ……

 その中で、地に這うように伏していた準龍リルの爪が土を引っ掻く音が鳴る。
 腕や背からは濃い赤黒い血が流れ、翼も裂けたままだ。

 だが──雷で焼け爛れたその肉が、ゆっくりと盛り上がり始める。

 ジュゥ……と再生する音。
 焼かれた皮膚が再び閉じ、筋肉が噛み合い、傷が回復していく。

「……ッ……グル゙ル゙ル゙ッ……!!」

 準龍リルの頭が、ギリッ……と持ち上がると──。

「……グォオ゙オ゙ォ゙ォ゙ア゙ァァア゙ア゙ア゙アッ!!!」

 怒り、興奮、闘志、全てが綯い交ぜになった凄まじい龍の咆哮が轟いた。
 直後、翼がバッと開き、空へ向けて跳躍。

 飛翔と共に、その口元からは鋭く光る牙が露わになる。

 まさに──龍。

「リル……!!」

 レイラは歯を食いしばりながら、再び剣を構え駆け出す。

 ──そして、リルの攻撃と同時に突撃。

 レイラはクオントワの脚部に向けて剣を振るう。炎のように溢れる龍力が、レイラの身体能力を底上げしていく。

「……はあっ、はあ……!!」

 呼吸が荒くなるが構わない。
 レイラはひたすら地上で刃を振り続けた。

 空中ではリルが空を裂き、爪が閃き、牙が咬み付く。
 クオントワの左腕、右脇腹、喉元──。

 次々に斬り裂かれ、悪魔の肉が裂け、血が噴き出す。

「──ッ!!」

 艶やかな女の顔が、苦悶に歪んだ。

「お前……さっきの“仕返し”のつもりかしら……ッ!!」

 クオントワは声を張り上げながら、無作為に雷を落とし始める。

 ──バチィィン! バチバチッ!!
 ──ドゴォォンッ!!!

「くう……ッ!!」

 嵐のような落雷。
 周囲一帯を焦がすつもりで荒らしてくる。その動きは、明らかに雑になっていた。

(怒ってる……! 冷静じゃない……!!)

 レイラはそう見切った。

 そしてレイラの体から溢れる蒼白いオーラは、既に肩だけでなく──。
 背後に展開した霊的なのような存在を形作っていた。

 翼の先には5本の指のような部位が現れ、そのひとつひとつが意思を持つように蠢いている。

 しかし──モニター室では、リルの準完全龍化時以上に険しい表情を見せるセセラの姿があった。

「……レイラ……?」

 モニターを向いたまま見開かれていたその瞳。
 隣にいたシエリも一瞬息を呑むが、硬直するセセラの様子を察して意識を呼び戻すように声をかける。

「……セセラ」

「…………ッ……」

「セセラ」

「……っ、……あ、……ごめん、なに……?」

 セセラの赤色の瞳がようやくシエリへと向けられた。
 だが、その瞳は僅かに揺れている。

「……レイラなら、大丈夫だ。龍化が急激に進行しているのは確かだが、暴走の兆候は無い」

「…………」

「……私は信じるぞ」

 ──そして、戦場。

「リル! もう一度私を抱えて!!」

 飛翔を続けるリルに向かって、地上から放たれるレイラの叫び。

「……!!!」

 準龍リルは吠えることも拒むこともせず、地へと急降下。
 地上にいるレイラを龍の剛腕で軽々と拾い上げると、そのままレイラを抱えて翼を羽ばたかせる。

 ──間違いなく、準完全龍化リルと意思の疎通を図ることができていた。

「リル! ありがとう!!」

 そう言いながらリルの腕から跳び上がるレイラの両肩からは──まるで第3、第4の腕のようなオーラ。
 その先端に構えられた爪が、クオントワの腕を抑え込み──。

「うあ゙ああああ!!」

 ──シュバッ!!

 次の瞬間、レイラが真上からの一閃。

 同時に──。

「ガァ゙ア゙ア゙アァア゙アァア゙アアッ!!!」

 レイラが放たれたことで再び自由になった両腕を用いて、リルは飛行しながら猛攻を繰り出し続ける。

 剣の斬撃と爪の斬撃が交差していく──!

 ──バシュッ!!
 ──ズバッ……!!!

「ァァァアッ!!!」

 クオントワが叫ぶ。
 急所である喉を掠める一撃に、背中がぐらりと崩れる。

 レイラの目は燃えていた。
 左目からは、まるで蒼い炎のようにオーラが吹き出し──。

「フーッ……フーッ……!!」

 しかし、それは苦痛の呼吸ではなかった。

 それは、を研ぎ澄ますための制御。
 力に呑まれないように、今の自分を踏み留めるための、レイラなりの祈りのような呼吸だった。

「対象──『クオントワ』の反応が落ち始めています! 明らかに連撃の効果が!」

「リルくんも……回復速度、異常です……! 何度落ちても、戻ってくる……!!」

 モニター室では混乱と歓声の渦の中、シエリがそっと祈るように言葉を零す。

「……敵も未知数だが、こちらもまた、未知数だ。私はずっと信じるよ。レイラとリルの帰還を」

 静かに、そして確かな希望が、室内を包んでいた。

 ──戦場。
 レイラとリルは、もう迷わない。

 この異形の龍を、“止める”──。

 その意志だけが、鋭く揃っていた。

「……この私がァ……ッ!!」 

 クオントワの声が震える。
 その美しく整った顔が、初めて恐怖に染まっていた。

 上空から滑空してくる準完全龍化のリル。
 その牙と爪が交差し、赤い残光を引いて閃いた。

 ──ドシュッ!!!

 巨大で鋭利な爪が、クオントワの胸元に深く食い込むように叩き込まれる。

「グ……ァ……あァ……!」

 更に、地を駆け抜けるレイラの蒼白い刃と霊体の爪が、クオントワの脚を斬り刻み続けた。

「リル!!」

 そして見上げながらリルを呼ぶと、降下するリルの伸ばされた腕に再び力強く引き寄せられる。
 レイラはリルに抱えられたまま剣を構え、宙へと上昇する勢いに乗せて脇腹から喉元へ──そして顔面を抉るように斬り上げた。

 ──ズバァッ!!!

「……ギッ、イ……!!!」

 瞬間、クオントワの蒼い血が飛び散り、その巨躯が崩れ始める。

「ア……アァァアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 ──それは女の、悲鳴とも、怨嗟とも、快楽ともつかない、奇怪で哀しい絶叫。

 モニター室含めその場にいた誰もが、息を詰めた。

「ァア゙ア゙アァア゙ア゙ア……!!!」

 崩れる。

 崩れる。

 クオントワの体が、まるで干からびた人形のように。

 ボロボロと崩れていく。

「お゙、覚えてッいなさいお゙チビさんたち……! 悪魔は……もうひとりいるのよ……ッ!!!」

 肌が、翼が、鱗が、肉が。
 塵のように空に舞い──風に攫われるように、

「……フーッ…………フーッ…………!!」

「グル゙ル゙ッ…………ル゙ル゙…………」

 何も残らない。

 クオンの面影も、トワの気配も、無い。

 そこにはもう、何も無かった。

 ──静寂。

 そして、リルの腕から離れたレイラはふらりと地へ降りると──。

「…………ッ……」

 剣を落とす。

 カランと剣が地に落ちる音が響くと、そのまま膝をついた。
 苦しそうに肩を揺らしながらも、ゆっくりと口を開く。

「……リル……っ、……終わった、ね…………」

 リルもまた、地上に降り立っていた。
 準完全龍化は自力でかれ始めている。

「……はッ、っ、はあ……はあ……ッ……! しんどい……!!」

 呼吸は荒いが、翼が砕け爪が崩れ、そのまま倒れるように膝をついたその姿は──。

 龍ではなく、人間のリルだ。

「…………」

「……っ……」

 ふたりは、ゆっくりと、視線を交わす。

 どちらも言葉は無い。
 だが、全てを理解していた。

「……ふふ……」

 微かに、レイラが笑った。

 そして──。

「…………ッ……」

 そのまま静かに。

 ぱたん、と倒れた。

 リルもまた、目を閉じて──。

「う、……ぁ゙…………」

 崩れ落ちるように。

 ふたりの体が地に横たわった時。
 戦場にようやく、本当の静寂が戻った。

 ──激戦、終結。

 静まり返った、公園跡地。

 地面は雷で焦げ、土は踏み荒らされ、しかし今は風の音しか聞こえない。

 レイラとリルの体は、そこに並ぶように倒れていた。
 戦闘による傷、精神の極限、そして龍化による反動──全てがふたりの体に重くのしかかっていた。

「龍反応……消失。完全に消えました!」

「紅崎リル、紫苑レイラ──両名ともに意識喪失、生命反応確認。重度の疲労と龍因子消耗と推測!」

 モニター室では職員の声が飛び交う。
 セセラは通信機に手をかけ、既に動いていた。

「……こちら薊野。地点E-29、討伐完了。敵性反応無し。現場の安全を確認した。救護班と輸送班、今すぐ送ってくれ。急げ」

『……了解、輸送班を現地へ急行させます!』

 そしてシエリは椅子からゆっくりと立ち上がると、手を胸元で組みながら──画面のそのふたりをじっと見つめていた。

「……あの子たちは、本当に……勝ったんだね」

 小さな所長の声は震えていなかった。
 だが、どこか胸の奥が熱くなるような、そんな静かな感情がその場を包んでいた。

 通信を終えたセセラはシエリの背後に立ちながら、目元を微かに細める。

「……先生……よかったな」

 そしてそのまま背後から、シエリの両方のほっぺたを手の平でムニムニとやるセセラ。

 一見すると、唐突なイチャイチャ。

 ──しかし。

「……セセラ、怖かったな?」

「…………」

 彼のその子供のような行動は、極度の緊張状態から解放された反動から来るものであることをシエリは知っていた。


 ◇


 月光が戦場を照らす頃。
 レイラとリルの元へ、ようやく誰かが駆け寄ろうとしている。

 ──バタバタッ……

 ふたりの傍に着地したのは、軽量化された黒い機関輸送機ドクターヘリ
 側面が自動的にスライドし、そこから降り立ったのは数名の救護班と警戒要員。

「紅崎リル、紫苑レイラ──意識無し! 外傷多数、ただし致命傷は無し!」

「龍化痕は収束傾向! すぐに固定搬送を!」

 即座に展開されたストレッチャーに、レイラが丁重に──しかし迅速に乗せられる。

 眠るレイラの顔は、苦しげではない。
 ただ、戦いきった者の安堵と疲弊に満ちていた。

 リルもまた、複数の隊員に支えられながら静かに担がれ、その細い体からは未だ龍の瘴気が微かに立ち昇っていた。

「心拍安定──だが、今はそっとしておくべきだな……」

 機体内部に運び込まれたふたり。

 レイラを載せたストレッチャーが固定された瞬間。
 小さな光が、一瞬だけレイラの肩口のオーラとして揺れ──。

 スッ……とすぐに消えた。

「……やっぱり。ギリギリで、力を手放してる」

 それを見た医療班の職員が、神妙な面持ちで呟く。


 ◇


 龍調査機関・医療棟。

 搬送されたふたりのベッドが静かに並べられたのは、もう何度も利用した静かな病室。

 心拍モニターが規則正しい音を刻み、酸素や栄養点滴が淡々と作動している。

 その中──。

「…………」

「……リルくん、レイラちゃん……」

 そっと扉を開けて現れたのは、アシュラとラショウだった。

 ラショウは両手を胸元で重ねながら、ふたりの姿をじっと見つめる。

「本当に、よく……帰ってきてくれたね……」

 その声は震えていた。
 決壊寸前の涙を、でもまだ堪えるように。

「……すごいよ、お前ら」

 アシュラの声も静かで、そしてどこか誇り高そうな声色。

 ──ふたりは、静かに眠っていた。

 でも確かにそこに、生きて、帰ってきていた。


 ◇


 ──翌朝。

 窓の外はすっかり朝の色。
 柔らかい陽の光と室内の蛍光灯が、穏やかな空気と共に静かに灯っていた。

 ──ピッ……ピッ……

 一定のリズムを刻む心拍モニター。
 その音と共に、ゆっくりとレイラの瞼が震え出す。

「……ん…………」

 重い瞼を開け、視界に最初に入ってきたのは天井のぼやけた光と、包帯を巻かれた自分の手。

「……私……生きて……」

 一瞬、脳裏にあの悪魔のような影──クオントワの声が蘇ったが、もうそれは遠く、霞の中にあるようだった。

(リル……)

 無意識に隣へ視線を向けた、その時。

 ──ゴソッ……

 寝返りのように、隣のベッドから音がした。

「……ん、……っつぅ……」

 その掠れた声と共に、リルがゆっくりと体を起こしかけ──。
 一瞬、頭に手を当ててぐらついたが、それでもしっかりと目を開けた。

「…………」

 レイラと視線が合う。

 ──沈黙。

 言葉は、無かった。

 だが、互いの目に浮かんだ感情は、「無事だったんだ」という、たったひとつの確かなもの。

 ゆっくりと口を開くレイラ。

「……帰ってきたね、私たち」

「…………」

 リルは、声を出せないでいた。
 だが、微かに笑って、コクンと頷く。

 それだけで、十分だった。

 ふたりの戦いは終わり、今はただ、静かな帰還の時間が流れている。

 トワとクオンという異質の存在、そしてクオントワが最期に放った『悪魔はもうひとりいる』という言葉。

 しかし今は、それらを気にしている時間ではなかった。

(……トワ……クオン…………)

 それでも、レイラの手には包帯と共に、自分と同い年くらいの少女を手にかけた感覚が生々しく刻み込まれている。

 あの時──クオンが両手で持っていた買い物袋には、トワと一緒に食べるためのお菓子や、トワとお揃いにする為に選んだ可愛らしいアクセサリーなどが沢山詰まっていた。

 無邪気な買い物袋はあの戦場に放置されたまま。

 持ち主はもうどこにも、いない。




 第20話 完












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