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コヨタ

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第21話 邂逅

第21話・1 初めまして、レイラちゃん

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 女悪魔のような龍──クオントワを討った翌日午後の龍調査機関。

 曇天の灰色が差し込む中、広い作戦会議室には複数の報告資料と映像記録が並べられていた。

「……これが、最終記録です」

 スクリーンに映されたのは、クオントワの出現、そして崩壊の瞬間。
 画面が砂のように崩れていくその映像を前に、誰も言葉を発せなかった。

「異常値は確かに確認されましたが……今なお、あの個体に類する“反応”は観測されていません」

 そう口にしたのは、解析班職員のひとり。
 冷静に報告書を読み上げる声に、僅かな安堵と警戒が入り混じっていた。

「つまり……」

です。クオントワ以降、新たな龍の発生は確認されていません」

 部屋の中央、モニターを睨みつけていたセセラが小さく舌を打つ。

「静かすぎる……。なあ、先生……。あれって本当に自然発生のイレギュラーだったのか?」

「……違うと思っている」

 そう答えたシエリは手にしていた記録端末を閉じ、隣に座るセセラへとまっすぐに向き直った。

「クオントワは生まれたのではない。。私たちが扱っている既知の龍とは構造が違いすぎる」

「誰かの手によって、だよな?」

「そう、としか考えられない」

 その一言に、室内の空気が僅かに引き締まる。

「……だとすれば、あれは警告でもあったのかもしれない。『こんなこともできるんだよ』っていうね」


 ◇

 会議は粛々と終了──。

 セセラとシエリは会議室を出てもなお、廊下を歩きながら会話を続けていた。

「龍を人工的に創り出すなんてさ……相変わらずふざけた話だな」

「……ただのおふざけで済まないのが厄介だね」

「マジでそれ。……で、肝心のふたりは?」

「安定している。リルの再生力は想定以上、でも精神は消耗が激しい。レイラも危うい状態だったけど……」

 シエリは少しだけ声を和らげる。

「……あの子は、ギリギリのところで自分を守りきった。今は、深く休んでいるだけ」

 ──そして、療養室。

 ベッドの上、穏やかに二度寝をしているレイラと、うつ伏せの姿勢ですやすやと眠るリル。

 カーテン越しの光が淡く注ぐ中、生きて帰ってきたふたりの静かな寝息が、微かな生命の証として響いていた。

「リルくん……レイラちゃん……」

 扉の外、そっと様子を見にきたラショウ。
 誰にも気づかれぬように微笑んで呟く。

「……ほんと、無茶ばっかりするんだから……」

 その声は涙ではなく、誇りに近かった。

 しかし、“創られた龍”という輪郭だけが──静かに、確かに、浮かび上がっていた。


 ◇


 ──時は進み、数日後。

 日が傾き始めた黄昏時。
 夕焼けに染まる空の下で、レイラは静かに立っていた。

「…………」

 ──そこは、数日前に激戦の爪痕を残した公園跡地。
 今や封鎖されたその一角は、機関によって再調査の対象となっていた。

(……この辺りだけ、未だにクオントワの“龍因子反応”が微弱に確認されたって報告があった)

(……どうして? もうあの龍は……いないのに)

 体調はようやく落ち着いてきたばかり。
 リルもまだ療養中で、今回はレイラ単独での探索だった。

 今回は軽い探索・調査。中継は繋がれていない。
 多少の不安はあったが、ブレードの柄に添えた指先は冷静で、気配を探る視線には迷いが無かった。

(……空気が淀んでる。風も、音も……止まってる)

 異様な静けさ。
 まるで、あの戦いの残響が今もこの場を支配しているかのようだった。

 ──そして。

 かつて、あの女悪魔と対峙した広場の中心にレイラが歩を進めた──その時だった。

「……こんにちは~、レイラ、ちゃん」

「ッ!!?」

 朗らかな声が、不意に背後から降ってくる。

 驚きながらレイラは即座に振り返った。

 そこにいたのは、見覚えの無い男。
 黒いキャスケットの下で束ねられた赤い長髪が夕陽に揺れ、切れ長の瞳は深紅に光っている。

「……!?」

「あっ、突然声かけちゃってごめんなさい」

 軽く謝罪するその男の瞳──。
 瞳孔は異様に縦長で、口元には獣じみた犬歯が覗いていた。

 だが、その笑顔はあまりに人懐こく、同時に掴み所が無かった。

「……誰……どうして、私の名前を」

 レイラは剣の柄を握り警戒を強めると、男は両手を上げておどけたように肩をすくめる。

「まぁまぁ、そんな物騒なもの持たないでよ。取って食うわけじゃないんだし」

「……信用できない。……こんな所にいて、私の名前を知っていて……」

「フフ……、オレ、ジキルっていうの。君のこと……ずっと前から知ってるんだ」

「……は?」

 男──ジキルは、幻のように音も無く近づいてくる。

「……っ」

 その一歩一歩は、不自然なほど静かで──。

「驚いたなぁ。まさか憑依を受けたまま正気を保ってる子がいるなんてね」

「……!!」

 レイラの瞳が鋭く光った。

「……ッ、龍のことを、知って……?」

「もちろん。のことも、のことも──全部、調べ尽くしてる」

「……『リル』?」

 その名が出た瞬間、レイラの指先に更に力がこもる。
 ジキルはレイラのその様子を見ても、にっこりと微笑んで首を傾けた。

「うん。あの子は……オレの宝物だったんだ。ほんの少し前まではね」

「……だった?」

「オレは死んだってことにしてもらった。こっちも色々事情があってさ」

「……!!」

 レイラの瞳が見開かれ、口が開く。
 一瞬で──察した。

「……嘘……っ、リルの父親は、死んだって聞いた」

「だーかーら、そういうことになってるんだって。オレ嫌われてるから」

 ジキルの瞳が一瞬、冷たく細められる。
 それは今までの朗らかさとは明らかに異なる、底知れぬ狂気の色だった。

「君たちの“生存例”は、オレにとっては奇跡なんだよ」

「…………ッ……」

「ねえ、レイラちゃん。君の中の龍──君自身は、あれに喰われそうになったこと、あるでしょ?」

「……!!」

 レイラは無言のまま、剣を抜く。

「……あなた、何が目的……?!」

「目的?」

 ジキルは楽しげに目を細め、さらに一歩、レイラに顔を近づけた。
 眉目秀麗なその顔立ちが、逆に恐ろしくもある。

「……“龍の命”を、人の命に換える。それができるなら──死なんて、超えられると思わない?」

「ッ、そんなこと……誰にも許されない」

「フフッ……それを誰が決めたの?」

 ピンと張り詰めた空気。
 ジキルの笑みに渦巻くものは、紛れも無く“執着”だった。

「また会おうね、レイラちゃん。今度はもっと楽しい話ができるといいな」

 そう言い残すと、ジキルはスラッとレイラに背を向けて歩き出す。

 空気に溶けるように、この場を去っていった。

「…………ッ……」

 広場に残されたレイラは、立ち尽くしたまま動けない。

 握り締めた剣の柄に、微かな震えが走っていた。


 ◇


 龍調査機関・報告室。

 まだ落ち着かぬ表情でレイラが席に座ると、セセラとシエリが向かい合うように腰を下ろした。

 室内のモニターには、レイラが調査していた公園跡地の座標データと、最新の龍因子反応ログが表示されている。

「…………」

 ──だが今、注目されているのはそこではなかった。

「……レイラ。お前が遭遇したっていう、その男の名前……本当に『ジキル』と名乗ったのか?」

 静かに訊ねたのはセセラ。
 その声には、明らかな動揺が滲んでいた。

 隣のシエリもレポートを握った小さな手をピタリと止めている。

 レイラは戸惑いながらも、頷いた。

「うん……。妙に朗らかで……でも、底が見えない感じの人だった。私の名前も、リルのことも、知ってた……」

「……リルのことも……」

「『憑依されたまま正気を保ってる子がいるなんて』って……」

 言いながら、レイラの指先が無意識に揺れる。
 あの男の笑顔がまだどこか、頭から離れない。

 シエリは一拍置いてから、低く呟いた。

「……ジキル。あの男は、かつてこの機関に在籍していた研究員だよ」

「えっ……?」

「今は、もういない。……だけど、今でも“要注意人物”として名を残してはある」

 目を見開くレイラ。

「じゃあ……正真正銘の、関係者……」

「ただし、それ以上のことは話せない」

 僅かに視線を伏せたシエリ。その目線の動きを見たレイラは、とても追求をしようとは思えなかった。

 そこで、「それとな……レイラ」と間に入るセセラ。
 その声が一段低くなったかと思うと──。

「約束しろよ」

 冗談の色の無い目が鋭くなり、念を押すように。

「そいつの名を、リルの前では口にするな」

「ッ……!!」

 見開かれたレイラの目が揺れる。

(やっぱり……リルの……)

 自分でも口にしたくない言葉が、胸の奥から滲み出しそうになるのを必死に堪えていた。

 だが、セセラもシエリもそれ以上は何も言わなかった。
 レイラの視線の奥にあるものがどれほど鋭く、痛みを伴っていようとも、触れられなかった。

 やがて沈黙を破るようにセセラが息を細く吐き、小さく聞く。

「……会って、少し話をしただけだな?」

「え……う、うん」

 レイラは少し驚いたようにセセラを見た。

 今自分の目の前にいる大人の目は、真剣で、それでいてどこか“心配している”色が混ざっていた。

 その眼差しに戸惑い、レイラは息を呑む。

「…………」

 ──が、すぐにセセラは自分の表情に気づいたように顔を逸らし、軽く笑ってみせた。

「……あー、いや、あの人、初対面だろうが急に話しかけてくるタイプだしさ。ちょっと難しい話したりすることあるからさぁ、大丈夫だったかなって思ったんだよ」

 わざとらしく笑うでもなく、けれどどこか誤魔化すような声色。

 レイラはその態度に、ほんの僅かな違和感を覚えた。

(……嘘は……ついてない)

(けど、薊野さん……、何かを……隠してる……?)

 だが、それを問うことはできなかった。
 なぜなら──自分の胸の奥でも、あの“ジキル”という存在に対する、説明できない嫌悪と恐怖が渦巻いていたから。

「……なんか……怖かった。あの人」

 レイラがぽつりと呟いたとき、セセラの指が一瞬だけピクリと動いた。

 しかしセセラは、ただ静かに頷く。

「……それでいい。その感覚は、忘れない方がいい」

 空気が重く、鈍く張り詰めたまま、誰もそれ以上言葉を発さなかった。

 それぞれの胸に、言葉にならない予感だけを残して。

「じゃ……、私はこれで。報告は……以上」

 レイラは立ち上がり、軽く一礼して報告室を後にした。

 ガチャンと扉が閉まる。
 その瞬間、それまで張りつめていた空気が、ひとつ息を詰まらせるように沈んだ。

「……まさか、ジキルあいつが出てくるとはな……」

 セセラは低く呟く。

「…………マジかよ…………」

 椅子に深く背を預けると、右手で眉間を押さえながら、心底うんざりした顔をしていた。

「ここを狙ったわけじゃねえ。たまたま……それとも“気まぐれ”か。どっちにしても悪趣味だ」

 シエリは小さな手で書類を捲ることもなく、ただじっとモニターを見つめていた。

「ジキルの活動が姿レベルにまで表出するとは、予想外だね。……しかもよりによって、レイラの前に」

 その声には、小さな見た目にそぐわない程の冷徹さが宿っている。

「……あいつがどこまで把握しているかはわかんねえ。けど、あの言い方……リルの存在に、まだ執着してる。そう見て間違いねぇだろ」

「レイラの前では何も語らなかったがね……ジキルが動いたとなれば……周辺の監視を強化すべきだ」

 セセラは一度だけ、しかし確かに深く頷いた。

「そんで……リルには……。絶対に、まだを聞かせちゃダメだ……絶対……」

「……当然。今のあの子には、刃にすらなりかねない名前だ」

 それから暫く、ふたりの間に沈黙が落ちた。
 ただ、ジキルという名の影だけが、ゆらりと機関の奥深くに忍び込んでいくように感じられた。


 ◇


 その頃。
 廊下をひとり歩くレイラは、自分の胸の鼓動がまだ落ち着かないことに気づいていた。

(……ジキル……あの人……本当に何者……?)

 心の中で、小さく呟く。
 不意に、腰に差したままの剣の柄に触れた指先が、ギュッと強く握られた。

 握り締めたのは、“もしもの時”のための冷静な反射──。

 ──ではなかった。

 これは、恐怖だった。

 背筋に這い上がってくる、説明のつかない寒気。
 “あれ以上、近づいてはいけない”と、本能が警鐘を鳴らしていた。

(リル……)

 ふと、思考がそこへ辿り着いた瞬間、胸が苦しくなる。

(……傷付けたくない)

 自分自身にも、リルにも。

 そのまま、レイラは小さく息を吸い込み、前を向いて歩き出した。

 ──だが、ジキルという男の影は、もう既に深く心に刻まれ始めていた。



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