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第21話 邂逅
第21話・3 また会えたね、レイラちゃん
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休憩ラウンジの空気は、ゆるやかに落ち着いていた。
煙草の煙がゆらりと揺れる中、レイラはセセラの隣で、少し背を丸めるように座っていた。
セセラは相変わらず脚を組んだ脱力姿勢で、煙草を咥えたまま。
その沈黙を破るように、レイラがぽつりと問いかけた。
「薊野さんは、……会ったことある?」
問いの意図はすぐに伝わったらしい。
セセラは煙草を少し咥え直し、視線を天井に向けながら答えた。
「……あるよ、全然。つうか、元々ここの職員だし」
唇をツンと尖らせるように言いながら、軽く肩をすくめる。
「あ……そっか……」
レイラは頷き、小さく納得したように息を吐いた。
だが、それだけでは終わらなかった。
「……怖い人だった?」
ほんの少し、間を置いてそう尋ねる。
するとセセラは、ソファの背にぐいっと伸びながら記憶を辿った。
「……ん~~、どうだったかなぁ~~~……」
煙草の先を持ち上げ、トントンと灰を皿に落とす。
「ひとりでいる方が好きなタイプって感じだったかな。今はあんなキャピキャピしてるけど……あれ、たぶん演技じゃねえかなって思う」
「……そっか……」
レイラは再び頷いたが、心の中にはまだ消化しきれない違和感が残っていた。
──そして、ふと別の疑問が胸に浮かぶ。
「そういえば……ねえ、薊野さん……聞いていい?」
セセラは口からふわりと煙を吐きながら、指先で煙草をくるくると回しつつ、「ん」と視線だけ向けてくる。
「……薊野さんって、いつから機関にいるの?」
素朴な、けれどどこか核心に触れるような問い。
セセラは一瞬目を瞬かせ、それから肩をすくめるように笑った。
「すんげ~ガキの頃から」
「……ガキの頃から?」
レイラが少し目を丸くして聞き返すと、セセラは面倒くさそうに片手で髪をかき上げながら続ける。
「最初は先生……シエリ先生の手伝いみたいなことしかしてなかったけどな。掃除とか、本の整理とかさ。……でも、なんか年々勝手に知識がついてきて……気が付いたら『お前も職員扱いでいいだろ』ってなって」
「……へえ……!?」
「もう20年くらいここにいるわ。ありえねーよなマジで」
「そうだったんだ……!」
レイラは驚きと尊敬が入り混じったような顔で声を上げた。
「でも私、薊野さんがここにいてくれて良かった……。龍に憑かれたのは、不幸かもしれないけど……、薊野さんたちに何度も助けてもらったから……」
少し俯きながらも、レイラはぽつぽつと本音を零す。その頬はほんのり赤く染まり、どこか照れているようにも見えた。
セセラはしばらく無言のまま煙草の火を見つめていたが、やがてフッと笑う。
「言うじゃねえかよ。どいつもこいつも俺のこと好きすぎだろ~! やっぱモテるわァ俺!」
「え、あっ、でも最初は薊野さん怖くて嫌だった!」
慌てて手を振るレイラ。顔は赤いままだ。
「はいはい。後出しすんなって」
セセラは笑いながら、吸い終えた煙草を灰皿に落とすと、白衣を持って立ち上がった。
そのまま、ふわりとレイラの頭をポンと撫でる。
「じゃ、俺は家で寝直してくるわ。今日は真面目な話、しすぎた」
「え……うん。お疲れさま」
レイラは一瞬驚いたような顔をしながらも、素直に見送った。
「何かあったら、ちゃんと呼べよ。……あいつにまた会ったら、絶対教えろ」
背を向けたままセセラはそれだけ言い残して、片手をひらひらと振って休憩ラウンジを後にした。
その背中を見つめながら、レイラは少しだけ笑みを浮かべる。
(……やっぱり、薊野さんがいてくれてよかった)
静かなラウンジに、煙草の残り香が微かに残っていた。
◇
翌日。
休日の夕暮れ。
陽が落ちかけ、街は金色の光に包まれていた。
レイラは今日も完全なプライベート。
買い物の帰り道、小さなカフェで少しだけ時間を潰して──そろそろ帰ろうか、と歩き始めたところだった。
(今日も機関はそんなに忙しくないし……薊野さん、また休憩室でゴロゴロしてるんだろうな……)
ふと思い出して、くすっと笑った。
だが──。
(……あれ、ここ……)
曲がった先の道が、思ったよりも暗く、静かだった。
どうやら考え事をしていたらひとつ角を間違えたらしい。表通りよりも人気が無く、細い裏道に入ってしまっていた。
通信端末の地図を見ようかと鞄に手を伸ばしたとき──。
不意に、肩が誰かとぶつかった。
「お、おいおい、どこ見て歩いてんだよ」
「あ……すみません」
反射的に謝ったレイラだったが、その相手が睨みつけるようにこちらを見ていたことで、少し警戒心が走る。
──そして、あっという間だった。
「おい、今の見た?」
「謝ってんじゃねーか。……けど、こんなとこひとりで歩いてるってことは、ヒマなんじゃね?」
いつの間にか、周囲に数人のガラの悪い男たちが集まっていた。
細い路地に、じりじりと詰め寄るような気配。
周囲に人影はほとんど無く、逃げ道も見えない。
(……うそ……道ひとつ間違えただけで……)
「……どいてよ」
「へぇ、そんなツンケンしてさ。ちょっと話そうよ? ね? 可愛いね?」
「……興味ない」
レイラの声は冷たく短く、手は既にバッグのポケットに忍ばせた小さな護身用ナイフへと伸びていた。
──だが、街中で武器を出せば、今度はこちらが問題になる。
(……まずい。どうすれば……)
そのときだった。
「──あれ~? レイラちゃん!? 何やってるのかなあ~」
のんびりとした、けれど間違いなく聞き覚えのある声が路地に響いた。
「……ジキル、……!?」
思わず、名前が口をついて出た。
振り返る男たちの視線の先。
そこには、赤い長髪を項でまとめ、キャスケットを被った細身の男が立っている。
その存在感はやけに目立っていて、どこか場違いな程。
「は? なんだテメェ、どけよ」
「関係ねぇだろブッ殺すぞ?」
「うーん、関係ないかもしれないけど……女の子をよってたかっていじめるなんて──」
ジキルの笑顔は変わらない。
だが、サングラスの奥の目だけが凍りつくように冷たく歪んでいた──気がした。
「……ダサい人たちですねえ」
その一言で、ぞわりと空気が変わる。
「な、なんだよコイツ……!」
男たちの誰かが掴みかかろうとした、ほんの一瞬。
──ドガッ!!
乾いた音と共に、ひとりが宙を舞い、壁に叩きつけられる。
そして別のひとりが、間髪入れず顔面に拳を叩き込まれていた。折れた歯が口から飛び出し、鼻血が噴出する。
「…………!!」
ジキルの腕は細く、華奢にすら見える。
なのにその一撃は、まるで鋼のようだった。
「……ガキ共、オレを殺せるものならやってみろよ……なァ……!!」
明るい口調とは程遠い、低く冷えきった声。
残った男たちは、顔を青くして一斉に逃げていった。
──そして。
「…………龍でも、憑いてるの……?」
ぽつりと、レイラが呟く。
「…………」
ジキルは笑いながら、肩をすくめて見せた。
「さあ~? どうでしょうねえ?」
まとめた髪を揺らしながら、何事もなかったかのように歩み寄ってくる。
「大丈夫? レイラちゃん、ケガしてない?」
「……え、うん……。……助かった……」
自分でも驚くほど声が遅れて出た。
状況が飲み込めていなかった。
「じゃ、またね。気をつけてね!」
そう言って手を振ると、ジキルはそのまま表通りの方へ歩いていく。
レイラはしばらく、その場から動けなかった。
(何者なんだ、あの人……)
ふわりと現れて、ふわりと去って、まるで幻のようだった。
護身用ナイフに触れることすら忘れていた。
──けれど確かに、助けてくれた。
(……薊野さんには……助けてくれたこと、言っておくか)
胸の中に、先程より少しだけ強くなった警戒心と同時に。
ほんの僅かな安心が交錯していく。
◇
夕刻の機関。
資料室の片隅で、セセラはコーヒー片手に端末とにらめっこしていた。
「……薊野さん」
声をかけたのは、やや緊張した面持ちのレイラ。
セセラは画面から目を離さずに「んー?」と気の無い返事をしたが──。
「また、会った」
その一言に、椅子の軋む音が鳴るほど勢いよくセセラが振り向いた。
「またぁ!? マジで!?!?」
そのまま立ち上がって近寄りながら、目を見開く。
「おい、ほんとに何もされてねえよな!? 変な所に連れ込まれたりしてねえよな!?」
「な、何もされてないよ!」
レイラは目を丸くして慌てて手を振った。
「むしろ……助けてくれた……」
一瞬、場の空気が止まる。
「……『助けてくれた』?」
セセラの眉がじわりと寄ると、レイラは包み隠さず口にした。
「私……チンピラに絡まれちゃって、逃げられなくて……。そこを、偶然通りがかったジキルが……そいつらを追っ払ってくれたの」
視線を伏せながら、言葉を継ぐ。
「……また偶然……なのかな」
「…………」
腕を組み、難しい顔になるセセラ。
「……お前、つけられてるんじゃねえか?」
「……そうだとしても」
レイラはハッキリと答えた。
「敵意は、一切感じなかった。今日は……ただ、助けてくれた。だから……それを素直に感謝したいって、思った」
セセラの目が細くなる。
しばらく無言のままだったが、やがて低く呟いた。
「……まあ、それは……ある意味、俺らも感謝しなきゃいけねえところだがよ」
その言葉にはどこか、しがらみのような苦味が混じっている。
「……っ」
するとレイラが、僅かに声を荒げた。
「ねえ、薊野さん。なんでそんなに悪いように言うの? 私、確かに最初は怪しいし怖いなって思ったよ? でも……ほんとに、何もされてないんだってば」
「あ゙……?」
セセラはその言葉に、目を細めたまま内心で思う。
(……うわ、レイラもこういうめんどくせえこと言うのか)
そしてひとつ、「……チッ」と舌打ちをして──。
「……色々あったんだよ、昔。あの人、知識量は本物だけど、変わりモンだから。俺は……あんまいい印象、持ってねえの。そんだけだよ」
感情を交えず、突っぱねるように吐き捨てた。
「……!」
レイラはその反応に、少し俯いたまま──納得していないような顔でぼそりと呟く。
「……わかった」
そして、レイラはそれ以上何も言わずに背を向け、部屋を出て行った。
セセラはその背中を見送るように立ち尽くし、静かに息を吐く。
(……ジキルも、レイラも……何考えてんのか、ほんっとわかんねー……)
コーヒーをひとくち。
舌の上に残った苦味だけが、やけに重たく感じられた。
◇
廊下の窓から、橙色の陽が差し込んでいた。
人影もまばらな機関の中。
レイラはゆっくりと足を進め、小さな休憩スペースの椅子に腰を下ろす。
誰もいない。
誰も気にしない時間。
──だから、心の中の声が、静かに浮かび上がってくる。
(……私、何か間違ってるのかな)
手元には何もないはずなのに、レイラはふと自分の膝の上で指先を絡めた。
(助けてくれた。それだけのことなのに……)
目を閉じれば、あの時の光景がよみがえる。
ジキルの顔。笑顔。あの力。まるで異常なまでの強さ。
けれど、それよりも──。
(……ちゃんと、私を心配してくれた)
怖さもあった。でもそれ以上に、心に残ったのは温かさだった。
(薊野さんがあんなふうに言うなんて、ちょっと……意外だったな)
薊野セセラ──長く機関にいて、何もかもわかっているような人。
でも、ジキルに関してはまるで何かを拒むようだった。
レイラはゆっくりと目を開け、夕焼けに染まる雲を見つめる。
(……また、会うのかな)
『じゃ、またね』
そう言って微笑んだ彼の声が、脳裏にふとよぎった。
信じていいのか、警戒すべきなのか。
心のどこかで、判断を保留している自分がいた。
(……もう一度、会ってみたい)
ほんの少しだけ、そう思ってしまったことに。
「…………?!」
レイラ自身が、一番驚いていた。
◇
それから、3日後。
「おっ、レイラちゃんじゃん! ちょうどよかった~」
街の中心にあるファーストフード店の前で、またもやジキルが笑顔で手を振ってきた。
「……また偶然?」
「ほんとに偶然! オレお昼休憩中なんだ。よかったら一緒にどう?」
そう提案して自然に店の扉を開けるジキル。レイラは少し戸惑いながらも、つい足を踏み入れてしまっていた。
「好きなもの頼んでいいよ~。オレ、ポテトのLはマストなの。いっぱい食べるからレイラちゃんもじゃんじゃん食べて?」
「べっ別に、奢ってもらうつもりは……!」
「ええ~? いいじゃんいいじゃん、遠慮しないで。今日は龍の研究資金じゃなくてレイラちゃんごはん資金だから」
「……なにそれ……」
ジキルはメニュー表の前で目を輝かせながら注文を選んでいる。
「ダブルチーズバーガーのセットとナゲットと……あ、ポテトはLで……。あとシェイクも頼んじゃおうかな~」
レイラはそんなジキルの無邪気な様子を見て、つい呆気にとられていた。
(この人、本当に……薊野さんの言うような人なの?)
そしてふたりで席に着くと、ジキルはトレーの上を嬉しそうに眺めながら──。
「ここの塩加減がね、たまらんのよ」
ポテトを1本つまんで、にっこり。
「……あなた、思ってたよりずっと……普通なんだね」
「でしょ~? よく言われるよ。『ただの散歩好きなポテトおじさん』って」
「……何そのあだ名……ふっ……」
思わずレイラが吹き出しかけると、ジキルも「やっと笑ったね」と小さく囁いた。
その言葉に、レイラの頬が僅かに赤く染まる。
──そして、思った。
(……じつは、悪い人じゃないのかも……)
(でも、それなら……“あのとき”の怖さは、何だったの?)
揺れる想いの中、フライドポテトの匂いと、ジキルの飄々とした端麗な笑顔が、心の奥に小さな火を灯していた。
◇
数十分後、食事を終えファーストフード店を出たふたり。
満足気なジキルは再び、レイラに声をかけた。
「ねえ、ちょっとだけ話せる?」
「……え……?」
レイラは少し驚いた表情のまま、頷く。
ふたりが向かったのは、静かな公園。
ベンチに並んで腰かけ、ジキルは空を見上げたまま──ぽつりと呟いた。
「……君を初めて見た時、びっくりしたんだ」
「……なんで?」
「“リア”にそっくりでさ」
レイラは一瞬、息を呑む。
「リア……?」
「リルの母親。……オレの、奥さんだった人だよ」
「……!!」
その言葉に、思わず声が詰まった。
──リル、の……。
やっぱり、そうだったんだ──。
頭のどこかでは何度も予感していたこと。
でも、こうして本人の口から聞かされると、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
レイラは言葉を失ったまま、ジキルの横顔をじっと見つめる。
ジキルのその表情からは、いつもの軽さが消えていた。
「彼女は、もういない。何年も前に……、ね。どうにもならなかった」
「……そう、なんだ」
「それから、ずっと考えてた。“命”って何だろうって。人は、どうして簡単に死んじゃうんだろうって」
レイラは黙って、その声に耳を傾けている。
言葉を挟む余地が無かった。
「オレは……死に抗う力が、欲しかった」
「……それが、龍?」
ジキルはゆっくり頷く。
「龍の生命力は異常だ。憑依の仕組みも、まだまだ解明されてないけど……君みたいに“生きていられる存在”は、ほんとに奇跡だよ」
「それって……私は研究対象?」
レイラの問いに、ジキルはしばらく黙ってから──柔らかく答えた。
「……最初は、そうだった。でも今は……君自身に、興味がある」
「……どういう意味……?」
「言葉通りだよ。君が、君として生きてること。怒ったり笑ったり、強くなろうとしてること。それが……なんか、嬉しいなって思うようになったんだ」
その声には、誤魔化しの無い静かな感情があった。
レイラは少し目を伏せて、小さく呟く。
「……変な人」
「よく言われる」
ふたりの間に、風が吹き抜けた。
「でも……ありがと。私、今ならちょっとだけ、あなたの研究に協力してもいいって思える」
「……!」
ジキルは驚いたように目を見開いたあと、すぐに優しく微笑む。
「……ありがとう、レイラちゃん」
それは、亡き妻への想いと、今を生きる少女への敬意が混ざった、深い感謝だった。
しばらくして、「明日もできれば会いたいな」というジキルの言葉を承諾し、それぞれの帰路につくふたり。
(今日のことは……薊野さんに……言わなくていいか……)
レイラの切ない感情が、黄昏に溶けていった。
煙草の煙がゆらりと揺れる中、レイラはセセラの隣で、少し背を丸めるように座っていた。
セセラは相変わらず脚を組んだ脱力姿勢で、煙草を咥えたまま。
その沈黙を破るように、レイラがぽつりと問いかけた。
「薊野さんは、……会ったことある?」
問いの意図はすぐに伝わったらしい。
セセラは煙草を少し咥え直し、視線を天井に向けながら答えた。
「……あるよ、全然。つうか、元々ここの職員だし」
唇をツンと尖らせるように言いながら、軽く肩をすくめる。
「あ……そっか……」
レイラは頷き、小さく納得したように息を吐いた。
だが、それだけでは終わらなかった。
「……怖い人だった?」
ほんの少し、間を置いてそう尋ねる。
するとセセラは、ソファの背にぐいっと伸びながら記憶を辿った。
「……ん~~、どうだったかなぁ~~~……」
煙草の先を持ち上げ、トントンと灰を皿に落とす。
「ひとりでいる方が好きなタイプって感じだったかな。今はあんなキャピキャピしてるけど……あれ、たぶん演技じゃねえかなって思う」
「……そっか……」
レイラは再び頷いたが、心の中にはまだ消化しきれない違和感が残っていた。
──そして、ふと別の疑問が胸に浮かぶ。
「そういえば……ねえ、薊野さん……聞いていい?」
セセラは口からふわりと煙を吐きながら、指先で煙草をくるくると回しつつ、「ん」と視線だけ向けてくる。
「……薊野さんって、いつから機関にいるの?」
素朴な、けれどどこか核心に触れるような問い。
セセラは一瞬目を瞬かせ、それから肩をすくめるように笑った。
「すんげ~ガキの頃から」
「……ガキの頃から?」
レイラが少し目を丸くして聞き返すと、セセラは面倒くさそうに片手で髪をかき上げながら続ける。
「最初は先生……シエリ先生の手伝いみたいなことしかしてなかったけどな。掃除とか、本の整理とかさ。……でも、なんか年々勝手に知識がついてきて……気が付いたら『お前も職員扱いでいいだろ』ってなって」
「……へえ……!?」
「もう20年くらいここにいるわ。ありえねーよなマジで」
「そうだったんだ……!」
レイラは驚きと尊敬が入り混じったような顔で声を上げた。
「でも私、薊野さんがここにいてくれて良かった……。龍に憑かれたのは、不幸かもしれないけど……、薊野さんたちに何度も助けてもらったから……」
少し俯きながらも、レイラはぽつぽつと本音を零す。その頬はほんのり赤く染まり、どこか照れているようにも見えた。
セセラはしばらく無言のまま煙草の火を見つめていたが、やがてフッと笑う。
「言うじゃねえかよ。どいつもこいつも俺のこと好きすぎだろ~! やっぱモテるわァ俺!」
「え、あっ、でも最初は薊野さん怖くて嫌だった!」
慌てて手を振るレイラ。顔は赤いままだ。
「はいはい。後出しすんなって」
セセラは笑いながら、吸い終えた煙草を灰皿に落とすと、白衣を持って立ち上がった。
そのまま、ふわりとレイラの頭をポンと撫でる。
「じゃ、俺は家で寝直してくるわ。今日は真面目な話、しすぎた」
「え……うん。お疲れさま」
レイラは一瞬驚いたような顔をしながらも、素直に見送った。
「何かあったら、ちゃんと呼べよ。……あいつにまた会ったら、絶対教えろ」
背を向けたままセセラはそれだけ言い残して、片手をひらひらと振って休憩ラウンジを後にした。
その背中を見つめながら、レイラは少しだけ笑みを浮かべる。
(……やっぱり、薊野さんがいてくれてよかった)
静かなラウンジに、煙草の残り香が微かに残っていた。
◇
翌日。
休日の夕暮れ。
陽が落ちかけ、街は金色の光に包まれていた。
レイラは今日も完全なプライベート。
買い物の帰り道、小さなカフェで少しだけ時間を潰して──そろそろ帰ろうか、と歩き始めたところだった。
(今日も機関はそんなに忙しくないし……薊野さん、また休憩室でゴロゴロしてるんだろうな……)
ふと思い出して、くすっと笑った。
だが──。
(……あれ、ここ……)
曲がった先の道が、思ったよりも暗く、静かだった。
どうやら考え事をしていたらひとつ角を間違えたらしい。表通りよりも人気が無く、細い裏道に入ってしまっていた。
通信端末の地図を見ようかと鞄に手を伸ばしたとき──。
不意に、肩が誰かとぶつかった。
「お、おいおい、どこ見て歩いてんだよ」
「あ……すみません」
反射的に謝ったレイラだったが、その相手が睨みつけるようにこちらを見ていたことで、少し警戒心が走る。
──そして、あっという間だった。
「おい、今の見た?」
「謝ってんじゃねーか。……けど、こんなとこひとりで歩いてるってことは、ヒマなんじゃね?」
いつの間にか、周囲に数人のガラの悪い男たちが集まっていた。
細い路地に、じりじりと詰め寄るような気配。
周囲に人影はほとんど無く、逃げ道も見えない。
(……うそ……道ひとつ間違えただけで……)
「……どいてよ」
「へぇ、そんなツンケンしてさ。ちょっと話そうよ? ね? 可愛いね?」
「……興味ない」
レイラの声は冷たく短く、手は既にバッグのポケットに忍ばせた小さな護身用ナイフへと伸びていた。
──だが、街中で武器を出せば、今度はこちらが問題になる。
(……まずい。どうすれば……)
そのときだった。
「──あれ~? レイラちゃん!? 何やってるのかなあ~」
のんびりとした、けれど間違いなく聞き覚えのある声が路地に響いた。
「……ジキル、……!?」
思わず、名前が口をついて出た。
振り返る男たちの視線の先。
そこには、赤い長髪を項でまとめ、キャスケットを被った細身の男が立っている。
その存在感はやけに目立っていて、どこか場違いな程。
「は? なんだテメェ、どけよ」
「関係ねぇだろブッ殺すぞ?」
「うーん、関係ないかもしれないけど……女の子をよってたかっていじめるなんて──」
ジキルの笑顔は変わらない。
だが、サングラスの奥の目だけが凍りつくように冷たく歪んでいた──気がした。
「……ダサい人たちですねえ」
その一言で、ぞわりと空気が変わる。
「な、なんだよコイツ……!」
男たちの誰かが掴みかかろうとした、ほんの一瞬。
──ドガッ!!
乾いた音と共に、ひとりが宙を舞い、壁に叩きつけられる。
そして別のひとりが、間髪入れず顔面に拳を叩き込まれていた。折れた歯が口から飛び出し、鼻血が噴出する。
「…………!!」
ジキルの腕は細く、華奢にすら見える。
なのにその一撃は、まるで鋼のようだった。
「……ガキ共、オレを殺せるものならやってみろよ……なァ……!!」
明るい口調とは程遠い、低く冷えきった声。
残った男たちは、顔を青くして一斉に逃げていった。
──そして。
「…………龍でも、憑いてるの……?」
ぽつりと、レイラが呟く。
「…………」
ジキルは笑いながら、肩をすくめて見せた。
「さあ~? どうでしょうねえ?」
まとめた髪を揺らしながら、何事もなかったかのように歩み寄ってくる。
「大丈夫? レイラちゃん、ケガしてない?」
「……え、うん……。……助かった……」
自分でも驚くほど声が遅れて出た。
状況が飲み込めていなかった。
「じゃ、またね。気をつけてね!」
そう言って手を振ると、ジキルはそのまま表通りの方へ歩いていく。
レイラはしばらく、その場から動けなかった。
(何者なんだ、あの人……)
ふわりと現れて、ふわりと去って、まるで幻のようだった。
護身用ナイフに触れることすら忘れていた。
──けれど確かに、助けてくれた。
(……薊野さんには……助けてくれたこと、言っておくか)
胸の中に、先程より少しだけ強くなった警戒心と同時に。
ほんの僅かな安心が交錯していく。
◇
夕刻の機関。
資料室の片隅で、セセラはコーヒー片手に端末とにらめっこしていた。
「……薊野さん」
声をかけたのは、やや緊張した面持ちのレイラ。
セセラは画面から目を離さずに「んー?」と気の無い返事をしたが──。
「また、会った」
その一言に、椅子の軋む音が鳴るほど勢いよくセセラが振り向いた。
「またぁ!? マジで!?!?」
そのまま立ち上がって近寄りながら、目を見開く。
「おい、ほんとに何もされてねえよな!? 変な所に連れ込まれたりしてねえよな!?」
「な、何もされてないよ!」
レイラは目を丸くして慌てて手を振った。
「むしろ……助けてくれた……」
一瞬、場の空気が止まる。
「……『助けてくれた』?」
セセラの眉がじわりと寄ると、レイラは包み隠さず口にした。
「私……チンピラに絡まれちゃって、逃げられなくて……。そこを、偶然通りがかったジキルが……そいつらを追っ払ってくれたの」
視線を伏せながら、言葉を継ぐ。
「……また偶然……なのかな」
「…………」
腕を組み、難しい顔になるセセラ。
「……お前、つけられてるんじゃねえか?」
「……そうだとしても」
レイラはハッキリと答えた。
「敵意は、一切感じなかった。今日は……ただ、助けてくれた。だから……それを素直に感謝したいって、思った」
セセラの目が細くなる。
しばらく無言のままだったが、やがて低く呟いた。
「……まあ、それは……ある意味、俺らも感謝しなきゃいけねえところだがよ」
その言葉にはどこか、しがらみのような苦味が混じっている。
「……っ」
するとレイラが、僅かに声を荒げた。
「ねえ、薊野さん。なんでそんなに悪いように言うの? 私、確かに最初は怪しいし怖いなって思ったよ? でも……ほんとに、何もされてないんだってば」
「あ゙……?」
セセラはその言葉に、目を細めたまま内心で思う。
(……うわ、レイラもこういうめんどくせえこと言うのか)
そしてひとつ、「……チッ」と舌打ちをして──。
「……色々あったんだよ、昔。あの人、知識量は本物だけど、変わりモンだから。俺は……あんまいい印象、持ってねえの。そんだけだよ」
感情を交えず、突っぱねるように吐き捨てた。
「……!」
レイラはその反応に、少し俯いたまま──納得していないような顔でぼそりと呟く。
「……わかった」
そして、レイラはそれ以上何も言わずに背を向け、部屋を出て行った。
セセラはその背中を見送るように立ち尽くし、静かに息を吐く。
(……ジキルも、レイラも……何考えてんのか、ほんっとわかんねー……)
コーヒーをひとくち。
舌の上に残った苦味だけが、やけに重たく感じられた。
◇
廊下の窓から、橙色の陽が差し込んでいた。
人影もまばらな機関の中。
レイラはゆっくりと足を進め、小さな休憩スペースの椅子に腰を下ろす。
誰もいない。
誰も気にしない時間。
──だから、心の中の声が、静かに浮かび上がってくる。
(……私、何か間違ってるのかな)
手元には何もないはずなのに、レイラはふと自分の膝の上で指先を絡めた。
(助けてくれた。それだけのことなのに……)
目を閉じれば、あの時の光景がよみがえる。
ジキルの顔。笑顔。あの力。まるで異常なまでの強さ。
けれど、それよりも──。
(……ちゃんと、私を心配してくれた)
怖さもあった。でもそれ以上に、心に残ったのは温かさだった。
(薊野さんがあんなふうに言うなんて、ちょっと……意外だったな)
薊野セセラ──長く機関にいて、何もかもわかっているような人。
でも、ジキルに関してはまるで何かを拒むようだった。
レイラはゆっくりと目を開け、夕焼けに染まる雲を見つめる。
(……また、会うのかな)
『じゃ、またね』
そう言って微笑んだ彼の声が、脳裏にふとよぎった。
信じていいのか、警戒すべきなのか。
心のどこかで、判断を保留している自分がいた。
(……もう一度、会ってみたい)
ほんの少しだけ、そう思ってしまったことに。
「…………?!」
レイラ自身が、一番驚いていた。
◇
それから、3日後。
「おっ、レイラちゃんじゃん! ちょうどよかった~」
街の中心にあるファーストフード店の前で、またもやジキルが笑顔で手を振ってきた。
「……また偶然?」
「ほんとに偶然! オレお昼休憩中なんだ。よかったら一緒にどう?」
そう提案して自然に店の扉を開けるジキル。レイラは少し戸惑いながらも、つい足を踏み入れてしまっていた。
「好きなもの頼んでいいよ~。オレ、ポテトのLはマストなの。いっぱい食べるからレイラちゃんもじゃんじゃん食べて?」
「べっ別に、奢ってもらうつもりは……!」
「ええ~? いいじゃんいいじゃん、遠慮しないで。今日は龍の研究資金じゃなくてレイラちゃんごはん資金だから」
「……なにそれ……」
ジキルはメニュー表の前で目を輝かせながら注文を選んでいる。
「ダブルチーズバーガーのセットとナゲットと……あ、ポテトはLで……。あとシェイクも頼んじゃおうかな~」
レイラはそんなジキルの無邪気な様子を見て、つい呆気にとられていた。
(この人、本当に……薊野さんの言うような人なの?)
そしてふたりで席に着くと、ジキルはトレーの上を嬉しそうに眺めながら──。
「ここの塩加減がね、たまらんのよ」
ポテトを1本つまんで、にっこり。
「……あなた、思ってたよりずっと……普通なんだね」
「でしょ~? よく言われるよ。『ただの散歩好きなポテトおじさん』って」
「……何そのあだ名……ふっ……」
思わずレイラが吹き出しかけると、ジキルも「やっと笑ったね」と小さく囁いた。
その言葉に、レイラの頬が僅かに赤く染まる。
──そして、思った。
(……じつは、悪い人じゃないのかも……)
(でも、それなら……“あのとき”の怖さは、何だったの?)
揺れる想いの中、フライドポテトの匂いと、ジキルの飄々とした端麗な笑顔が、心の奥に小さな火を灯していた。
◇
数十分後、食事を終えファーストフード店を出たふたり。
満足気なジキルは再び、レイラに声をかけた。
「ねえ、ちょっとだけ話せる?」
「……え……?」
レイラは少し驚いた表情のまま、頷く。
ふたりが向かったのは、静かな公園。
ベンチに並んで腰かけ、ジキルは空を見上げたまま──ぽつりと呟いた。
「……君を初めて見た時、びっくりしたんだ」
「……なんで?」
「“リア”にそっくりでさ」
レイラは一瞬、息を呑む。
「リア……?」
「リルの母親。……オレの、奥さんだった人だよ」
「……!!」
その言葉に、思わず声が詰まった。
──リル、の……。
やっぱり、そうだったんだ──。
頭のどこかでは何度も予感していたこと。
でも、こうして本人の口から聞かされると、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
レイラは言葉を失ったまま、ジキルの横顔をじっと見つめる。
ジキルのその表情からは、いつもの軽さが消えていた。
「彼女は、もういない。何年も前に……、ね。どうにもならなかった」
「……そう、なんだ」
「それから、ずっと考えてた。“命”って何だろうって。人は、どうして簡単に死んじゃうんだろうって」
レイラは黙って、その声に耳を傾けている。
言葉を挟む余地が無かった。
「オレは……死に抗う力が、欲しかった」
「……それが、龍?」
ジキルはゆっくり頷く。
「龍の生命力は異常だ。憑依の仕組みも、まだまだ解明されてないけど……君みたいに“生きていられる存在”は、ほんとに奇跡だよ」
「それって……私は研究対象?」
レイラの問いに、ジキルはしばらく黙ってから──柔らかく答えた。
「……最初は、そうだった。でも今は……君自身に、興味がある」
「……どういう意味……?」
「言葉通りだよ。君が、君として生きてること。怒ったり笑ったり、強くなろうとしてること。それが……なんか、嬉しいなって思うようになったんだ」
その声には、誤魔化しの無い静かな感情があった。
レイラは少し目を伏せて、小さく呟く。
「……変な人」
「よく言われる」
ふたりの間に、風が吹き抜けた。
「でも……ありがと。私、今ならちょっとだけ、あなたの研究に協力してもいいって思える」
「……!」
ジキルは驚いたように目を見開いたあと、すぐに優しく微笑む。
「……ありがとう、レイラちゃん」
それは、亡き妻への想いと、今を生きる少女への敬意が混ざった、深い感謝だった。
しばらくして、「明日もできれば会いたいな」というジキルの言葉を承諾し、それぞれの帰路につくふたり。
(今日のことは……薊野さんに……言わなくていいか……)
レイラの切ない感情が、黄昏に溶けていった。
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