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コヨタ

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第21話 邂逅

第21話・4 似てるんだよ、レイラちゃん

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 ──夕陽に染まる龍調査機関。

 落ち着いた雰囲気の談話室で、セセラはコーヒーの入ったカップを片手にソファへ身を投げていた。
 その向かいではシエリが紅茶を口にしながら、書類を捲っている。

 やや沈黙気味な空気。

 ──そんな中で、セセラがふと呟いた。

「……なあ、先生……」

「うん?」

「……レイラってさ……なんか……最近、ちょっと変じゃね?」

 紅茶を持つシエリの手が止まる。

「どんなふうに?」

「いや、別に大した話じゃねえんだけどさ……。なんかこう、気が抜けてるっつーか、妙に落ち着いてるっつーか……。あいつ、今までならもうちょっとだろ?」

「…………ふむ」

 シエリは顎に指を添えて、少しだけ考える素振りを見せた。

「……それ、悪い意味での落ち着き? それとも、何かに気を取られている?」

「後者、かなあ」

 セセラは曖昧に答えながら、背もたれに深く寄りかかる。

「言葉で説明すんの難しいんだけどさ。……目の奥が遠いっていうか。今そこにいて、頭はちょっと違う場所にいるって感じ。……なんか考えてんだよ。ずっと」

「……ジキル?」

「…………」

 シエリの問いは静かだった。
 そしてセセラはため息混じりに笑う。

「はあ……やっぱ、そっち考えるよな。あの人と接触してから……レイラ、何か飲み込んでるように見えるんだよ」

「レイラ本人は何も言っていないのかい?」

「言うわけねーよ。今のあいつ、自分の感情を誰かに渡すの、ちょっと躊躇ってる感じするしな」

 シエリはしばらく黙っていたが、やがてそっと紅茶を置いて、窓の外に視線を向けた。

「……人はね、変化そのものより、“変化を隠そうとするとき”に違和感を残すものだよ」

「なるほどね……言い得て妙だな」

 セセラはぼんやりと笑ったが、その目はどこか真剣だ。

「レイラが何を感じてるのかは、俺にはわかんねえ。でも──どんな相手でも、には人間は心を許しちまうんだよ。たとえそれが……どんな過去を持っていても、な」

「……だからこそ、怖いのだ。正しさの中で育ってきた子が、初めて“正しさ以外の選択肢”に手を伸ばす時が来ると思うとね」

「……っ」

 その言葉に、セセラは黙る。

 答えを出すには、まだ少し早すぎた。
 だがふたりの中に、確かに芽生えた感覚だけが、ゆっくりと積もっていた。


 ◇


 その日の任務も無く、街から帰還したレイラ。簡単な報告を済ませたあと、沈みかかった夕陽に照らされる廊下を歩いていた。

 何気なく休憩ラウンジの前を通りかかると──。

「おっ、ちょうどいいところにいた」

 中からひょこっと顔を出したのは、セセラだった。
 片手にはコンビニ袋。ラウンジのソファには食べかけの焼きそばパンと缶コーヒー。

「帰ってきたばっか? ちょっとだけお兄さんと話そーぜ」

「……別にいいけど」

「さんきゅー。ひとりでメシ食ってても暇だったもんで」

 少し警戒しつつも、ソファの端にレイラは腰を下ろす。
 セセラはすぐには何も言わず、ぐいっと缶コーヒーを呷ると──。

「……ふう……。で? 今日も何かあった?」

「え?」

「いや、ほら。散歩中とか。道端で犬に吠えられるとか、鳥にフン落とされるとか、チンピラに絡まれるとか、赤い髪のおっさんに声かけられるとか──」

「ちょ、最後のやつ……」

 思わずレイラがツッコむと、セセラは「そっかー、やっぱ何もなかったかー」と腕を組みながらやけにあっさりした顔だ。

「……別に、普通だったよ」

「普通かぁ」

 そしてニヤッと笑うセセラ。
 食べかけだった焼きそばパンを手に取り、それをあっという間に食べ終えると──。

「なんか最近、妙にお前の『普通』が怪しい気がしてな」

「……なにそれ、失礼だなぁ……」

 そう言いつつも、レイラは目線を少し逸らす。

「…………」

 セセラは、すかさずその仕草を見逃さなかった。

「……まあ、いいんだけどよ。今んとこ元気そうだし。なんかあったとしても、俺が無理に聞く話じゃねえしな」

「…………っ……」

 レイラは少しだけ戸惑ったようにセセラを見た。
 いつもならうざったいくらいグイグイ聞いてくるくせに、今のセセラはなぜか妙に引いている。

「ただな」

 と、セセラは缶コーヒーを持ったまま、ゆっくり続けた。

「何かあるなら、あんまりひとりで抱え込むなよ。お前さ、黙ってりゃバレねーと思ってるかもしんねえけど、案外バレてっから」

「っ……」

 思わず、レイラの喉が鳴る。

「別に今言えとは言わねえし、言いたくねえならそれでもいい。ただ……。それだけは言っとくわ」

「……うん」

 レイラは静かに頷いた。
 それ以上は、何も言わなかった。

 セセラは立ち上がり、空になったコーヒーの缶をゴミ箱に放り込みながら軽く手を振る。

「じゃ、俺はもう1個パン買いに行ってくるから。おつかれぃ~」

「行ってらっしゃい……」

 レイラはその背を見送りながら、小さく息を吐いた。

(……バレてる、か)

 胸の奥──ほんの僅かな罪悪感が、微かに揺れる。

 ◇


 ──深夜。
 照明の落ちた龍調査機関・資料室。

 PCパソコンの画面だけが静かに光を放っている。
 その前に座っていたのは──セセラ。

 エナジードリンクの缶を片手に、モニターに表示された地図とスケジュール表を眺めていた。

(……やっぱ、変わってんな)

 レイラの公式な外出記録や任務ログに、明らかな異常は無い。
 だが、セセラは“数値”と併せて、“感覚”でも読み取る人間だった。

 手元のタブレット端末のメモアプリには、最近のレイラの行動で気になったことが箇条書きされている。

 ・やけに出かける日が増えた
 ・帰ってきた後のテンションが平常より低いか、逆に妙に穏やか
 ・先生との会話を避け気味
 ・俺に何か隠してる目をしてる
 ・「何も無い」って言う時ほど、なんかある
 ・クソガキ度がちょっとアップ

「…………」

 セセラは前髪をかき上げて、ふぅと煙草の代わりにため息を吐いた。

(ったく……俺の勘が外れてりゃそれでいいんだよ。でも──)

 そしてタブレット端末の画面を切り替え、あるひとりの男の名を呼び出す。

 ──“ジキル:旧・龍因子研究班所属”。

(……あんたの名前が脳裏にチラついてしょうがねえ)

 画面をゆっくりなぞりながら、セセラは旧ログからジキルの過去の出入り記録や、所在不明となる以前の勤務日誌を拾い出していく。

「…………」

 ──いつ見ても、龍に対する執着心、好奇心が異常だと思わされる文面。

(レイラ……、たぶん……気づいてんだろ)

(あいつが、リルの──)

「……ッ」

 心の中で、言いかけた。

 思考に焦りは無い。だが、このまま放っておく気にもなれなかった。

「あの野郎の顔……チラッと……見に行くか」

 ぽつりと呟いたその一言は、まだ独り言に過ぎない。
 だが、それが近い未来──“セセラが渦中のジキルに直接会いに行く”ことへと繋がる、最初の一歩だった。

 PCを閉じ、最後にもう一度だけレイラの最近の記録を眺める。
 そしてセセラは、苦い笑みを浮かべた。

(ほんと、お前ら……俺の手に負えるタマじゃねーよ……)

 夜の静けさの中、資料室を出たセセラの足音だけが、廊下に響いていった。


 ◇


 ──翌日。

 約束通り、待ち合わせ場所に現れたジキルに案内され、レイラは彼の研究所へと足を運んだ。

(……普通のビル……?)

 街の外れ、少し古びた商業区の一角。
 外観は白い外壁にグレーの扉、どこにでもあるような事務所ビルのようで、研究施設というにはあまりに“目立たなさすぎた”。

「案外、普通の研究施設なんだね」

 レイラがそう言うと、ジキルはカードキーをかざしながら振り返った。

「でしょ? 見た目はね。でも中身は……ちょっと刺激的かも」

「……そういう言い方、やめてくれる?」

「え~、期待させたかっただけなのに」

 冗談めかすように言いながら、ジキルは軽やかに扉を開ける。

 中は空調が効いており、白を基調とした廊下が奥まで伸びていた。
 無機質で静か。だが、どこか息苦しいような“閉ざされた空気”が、ほんのりと肌に纏わりつく。

(……本当に、“普通”の施設……?)

 レイラは無意識に歩調を僅かに緩めていた。

 ──そんな時だった。

「…………」

 ジキルが、ふと足を止める。

「……レイラちゃん。ひとつ、話しておきたいことがあるの」

「…………え?」

 レイラは緊張したように立ち止まり、ジキルを見上げた。

「リルのことだよ」

「……!」

 その名前に、レイラの背筋がピンと張る。

「……あの子に龍を封じたのは、オレだって言ったら、怒る?」

 ──あまりにもあっさりと。

「……え……!!?」

 そして、淡々と。

「……ッ、なに……?」

 目を見開いたレイラ。
 信じたくない言葉に、胸の奥がざわつく。

 しかしジキルはいつもの柔らかな笑みを崩さず、当たり前のように語り出した。

「当時はね、まだ実験も不完全でさ。でも、龍に憑かれてたのもあって、自分の子どもなら……もしかしたら耐えられるかもしれないって思ったんだ」

 ごく自然に、軽い思い出話のように。

「……ッ、やだ……そんなの……」

 言葉が震えるレイラ。膝が、ほんの少し揺れた。

「……やだ? リルは“被検体”。オレが残した記録もあるよ。まあ、結果的に失敗作だけどね」

「……失敗……っ……作……?」

「うん。あと数年もすれば、あいつは人間としての自我を失うだろうね。龍の影響で。それは成功とは言えない……」

「…………ッ……!!」

「ま、あの頃はまだオレ、慣れてなかったからさ。実験に」

 冗談のように、自嘲しながら。

「だから、当初とは違う方向性で観察しようと思って。人間としての自我を失ってもいい、という方向でね。それであれば失敗作というのは一旦保留だ」

「……!!」

 レイラの目が更に大きく見開かれ、瞳が揺れる。
 言葉にならない悲鳴が、喉の奥で凍りついた。

「……っ、……自分の、子供を……人体実験に使ったの……?」

 ようやく絞り出した声は、掠れていた。

 ジキルは小さく首を傾げるようにして──それでも、笑顔のまま答える。

「そうだよ? 何かおかしい?」

「……っ、あなた……狂ってる……!!」

 その瞬間、堰を切ったようにレイラは叫んだ。

 声が震える。目元が熱くなる。

 胸が押し潰されそうな怒りと、信じたくなかった現実に、体中の感情が悲鳴を上げていた。

「リルは、自分の存在に苦しんでるんだよ!? あなたが……その原因だったなんて……!!」

「ふうん……そうなんだ。苦しんでるのかァ……」

 ジキルの声は、どこまでも他人事だった。

 共感も、後悔も、感じられない。
 ただただ、無邪気な顔で。

「……ッ……!」

 レイラの手が、無意識にポケットの中の護身用ナイフへと伸びる。

 しかし──。

(今は、まだ……ここでやるべきじゃない……)

 僅かに震えた指が、柄を掴んだまま止まった。

 力が、足りない。
 証拠も、覚悟も。

 ──でも、この男は。

「怒ってる顔も、リアにそっくりだね」

「……ッ!!!」

 その言葉に、レイラの怒りは再び爆発しそうになる。
 ジキルはそれを、まるでような目で見ていた。

「嫁にさ、そっくりなの。ずっと見ていたい」

 ジキルのそれは、狂気。
 純粋で、研ぎ澄まされた──

 その異常さを垣間見せたまま、続ける。

「レイラちゃん。あの子、リルはね、生きたまま龍を封じられた。死者に憑依するよりもずっと、ずっと危険なことだった。でも、あいつなら耐えられるって思ったんだ」

「……っ……」

「でもね、はやっぱり不完全だったみたいだ。自制が効かないこともあるし、使いすぎれば。あいつは将来的に、ただの龍として暴走するかもしれない」

「…………!!」

「人の形を保てなくなって、ね」

 レイラの唇がわなわなと震えた。

 ──そして、震える声で。

「……それでも……リルは、リルだよ……!」

「…………」

 その言葉を聞いたジキルは──。

「フフ…………ッ……」

 にこやかに目を細める。

「あんな人間でも龍でもねェ失敗作と、それでも友達でいたいのかよ?」

「黙れッ!!!」

 怒声と共にレイラがナイフを抜き、ジキルへと飛びかかった──その瞬間。

「……止まれ」

 突如響いた、低く抑揚の無い冷たい声。

「!?」

 そして、どこからともなく銀色の髪をした男が、レイラの前に飛び出るように現れる──。



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