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第22話 心
第22話・4 親友
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西城家に到着し、門扉の前に立ったリルはほんの少しだけ深呼吸をした。
門を開け、庭を横切る。
久しぶりの石畳、手入れの行き届いた松の枝が出迎えてくれる。
そして──玄関の扉が、静かに開いた。
「リルくん!」
ラショウが玄関からぱっと顔を出し、駆け寄ってくる。
「……よ。……ただいま」
「うん、おかえりなさい!」
無邪気に笑って出迎えるラショウの姿に、リルの顔が微かに緩んだ。
「おーいラショウ、靴飛ばすな! 滑るぞ」
奥からアシュラの声も飛んできて。
リルはその声を聞いた途端、なんとも言えない懐かしさに胸を締めつけられる。
「……あーこれこれ……戻ってきたって感じがする」
声にならない独り言が、庭の風に乗って消えていった。
──静かな時間が、今、始まる。
午後の西城家、庭から入る風が襖を揺らしていた。
卓袱台の上には、出しっぱなしの湯呑みと、途中で開かれたままの新聞。
和室には静けさが満ちている。
ラショウは「ちょっと買い出しに行ってくるね~」と明るく声をかけ、靴の音を響かせながら出ていった。
残されたのは、アシュラとリル。
「…………」
縁側から庭を眺めるアシュラ。
リルは卓袱台に肘をつきながら、ぼんやりと湯呑みを回していた。
そしてふと、ぽつりと。
「……オレ、そんな元気無いように見える?」
「……ん……?」
アシュラは驚いた顔はせず、しばし風に揺れる枝の音を聞きながら、考える素振りを見せる。
そして、率直に答えた。
「……元気があるか無いかって言われたら、無いように見えるな」
「…………」
リルは一瞬だけ瞬きをし、それから息をひとつ小さく吐く。
「……そか……、悪いな」
アシュラはその言葉に、フッと笑った。
「何も悪いことなんかねえよ。むしろお前がテンション超高くて大騒ぎしてたら、そっちの方が不可思議だろ」
「……確かに」
リルの口元が、ほんの少しだけ持ち上がる。
それは本物の笑みとは言い難い、けれど確かに緩んだ瞬間だった。
アシュラは縁側に座り直すと、何かを思い出したように告げる。
「あ、そうだ。……このあと父上、帰ってくるってさ。夕方頃には戻るって連絡があった」
「……親父さんが?」
リルは少し驚いたように顔を上げた。
「……久しぶりだな……」
それだけ言って、再び目を伏せる。
──そして、その目はどこか遠くを見ていた。
(……父親、か……)
赤黒く染み込んだ過去。
もう知らなかった頃には戻れない。
それでも、誰かに言うには──まだ胸が苦しかった。
アシュラは、そのリルの横顔をそっと見る。
だが──何も言わなかった。
ただ静かに、いつも通りの距離で、そこにいる。
リルはアシュラが何も問わないことに、ほんの少し救われていた。
畳の上に射し込む光が、ふたりの間をやさしく包む。
◇
その頃──。
深緑の森を、軽やかに駆け抜ける大きな影がひとつ。
枝を踏む音も殆ど立てず、巨躯をものともせず宙を舞う姿は、まるで忍者か──もしくは野生の獣そのもの。
「は~~っくしょんっ!」
(……っと! う~ん! やっぱり帰ると空気が違うな~!)
豪快なくしゃみとともに、男は森を蹴った。
このご機嫌な男──西城リョウラ。
アシュラとラショウの実父であり、かつては西城家の当主として名を馳せた剣士。
現在は当主の座を息子に譲り、表舞台を離れて龍とは別の特異生物──『狐』の研究と調査に身を置いている。
190cm程の背丈に鍛え上げられた肉体、アシュラたちの白髪よりも深い色の銀髪。
そして口元は布で隠され、その表情は目元からしか伺えない。忍装束とミリタリー風の軽装を融合させたような、特徴的な装備に身を包んでいる。
腰には2本の刀──双刀。
年齢を感じさせぬ動きと、どこか少年のような笑みを携えた大男だった。
「早く帰って、皆の顔見なきゃ♪」
そのウキウキとした独り言が森に溶ける、ほんの一瞬──。
「…………」
足が、止まった。
「……?」
前方、木漏れ日の中に黒い帽子を被った人影が立っている。
項の位置で結ばれた赤い髪を揺らし軽く手を振る、妙に自然な立ち姿。
「…………っ……!」
──何より、見た瞬間に感じたおぞましさ。
「……嘘だろ……」
リョウラの声が、笑いを失う。
「ジキル……、か?」
懐かしい顔立ち。
それは、リョウラと幼なじみであり、親友と呼んだ男──。
西城を恐れずに接してくれ、共に育ち、語り合った人物。
しかし。
ある日突然理由も告げず、己の子を捨て──失踪した。
それが目の前にいる、あのジキルだった。
「……久しぶり、リョウちゃん。元気そうだね!」
変わらぬ声。
変わらぬ笑み。
「…………!!!」
だが、リョウラは次の瞬間、腰から2本の刀を抜いていた。
──風が、止まる。
「……お前……そのツラで、よく俺の前に現れやがったな」
「えー、久しぶりに会ったのに、なんでそんな物騒なの?」
「ジキルのツラした何かだろうがよ!」
刃先を向けながら、リョウラは目を鋭くさせる。
眼光だけが覗くその表情に、かつての笑顔は無い。
「……直感でわかるんだよ。昔の、お前じゃない。人でもない」
「…………」
ジキルは一瞬だけ目を細め、そして肩をすくめるように笑った。
「酷いなァ……親友だったのに」
「だった、な。あの頃は。だが今は違う」
怒気が混ざるリョウラの声。
「お前がリルをどうしたか……俺は全部、聞かされたぞ。子供を実験に使って、好き勝手やって、よくもそれでのうのうと生きてやがるな」
「……そっか、やっぱバレちゃってたんだ」
「当然だろうがッ!」
怒声と同時、リョウラは地を蹴った。
轟音と共に振り下ろされた斬撃は、風を裂き、木々を吹き飛ばす勢いを持っている。
ジキルは、軽やかに一歩だけ後ろへ。
寸でのところで避けながら、首を傾げた。
「……リョウちゃん、君、ちょっと狐に影響されすぎてない?」
その腕から、赤黒い瘴気が立ち昇る。
「……!!」
皮膚が変質し、指先は鋭く、鱗を帯び始めた。
龍のような異形の腕が、バキバキと音を立てて姿を現す。
まるで、リルのような龍化──。
「狐より龍の方がイイよ。ほら……オレ、ちゃんと進化してるよ?」
「ッ、ふざけるな……!」
リョウラの刃が再び走る。
木々は裂け、土は抉れ──かつての親友同士であったふたりの影が、森の中で火花を散らす。
「…………ッ」
(──これはもう、ただの再会じゃない)
リョウラは確信していた。
これは過去との決別。
友を、“人間ではなくなった存在”として認めざるを得ない試練。
──西城リョウラと、紅崎ジキル。
交わるはずのなかった2本の人生が。
今、静かに、そして確実に交錯しようとしていた。
「何故、あんなことをした……ジキル!!」
「こんな世界は、壊さなきゃいけないんだよ!!」
声は叫びでも怒号でもない。
むしろ楽しげですらあった。
しかし、その奥に潜むのは、確かな痛み。
狂気。
執念。
そして、底知れぬ──悲しみ。
「オレは希望になりたいんだ」
「希望?」
リョウラの声は怒りに震えていた。
「……お前の言う希望は、誰も救わないぞ!!!」
刃と爪が、雷鳴のように衝突する。
──親友同士が並び立つはずだった未来は、ここで完全に決別された。
「ァ゙ははハハハッ……!」
ジキルは急に大声で笑い出す。
森にこだまするその声は、かつての静かな天才研究者のものとは思えぬほど歪んでいた。
「昔さぁ! オレたちこうしてよく戦いごっこで遊んだよなァ!!」
「……ッ!!」
「あれって今遊んでも楽しいもんなんだね!!」
その狂気の中に、壊れてしまった懐かしさが滲んでいた。
禍々しい龍の瘴気がジキルの周囲を這う。
皮膚の下を何かが蠢き、骨が鳴り、形が変わっていく。
「ほら、見てよ……! 人間の体もさ、ここまで進化できるんだよ」
背には突き出した骨のような瘴気の塊。
まるで翼の芯だけが体から飛び出したような異形のシルエット。
それに沿って揺れる霊気は、明らかに龍の意匠だった。
「…………!」
(……もう、完全に向こう側か……)
リョウラは唇を引き結び、次の一撃に集中する。
「……たとえお前がどんな異形に成り果てようと、俺の刀は通じるぞッ!」
──ズバッ……!!
「…………!!」
一閃。
ジキルの腹部に、斬撃が走った。
「……えっ」
赤黒い血が滲み出し、ジキルはふらりと一歩後退する。
しかしそのリョウラの刀は浅い──。
だが確かに肉を裂いていた。
「……うわ、うそ。リョウちゃん、ほんとに当ててくるんだ……」
笑いが一転し、ジキルの表情から楽しげな色が一気に抜けていく。
その声は、どこか戸惑っているようにも聞こえた。
「バケモノ、か……オレのこと、そんなふうに……」
ぽつぽつと零す声に、微かな寂しさが滲む。
「……やっぱり、君もオレの敵なんだね」
ジキルは深手でもない傷口を押さえながら、背を向けた。
「……またね、リョウラ。この世界がどう変わるか、ちゃんと見ててね」
そう言い残し、不貞腐れたように森の奥へと霧のように姿を消していく。
突然の邂逅。
突然の戦闘。
そして、突然の終戦。
「…………」
残されたリョウラは肩を上下させながらも、じっとその場に立ち尽くしていた。
(……ジキル……)
(あれが今の……お前か)
直前までの激闘が嘘であったかのような静かさで、2本の刀を納める。
その表情には、怒りの奥に──どうしようもなく哀しいものが浮かんでいた。
「……どうして、そうなってしまった……」
だが、その問いを投げる相手は既に、遠くへ去っていた。
リョウラは深く呼吸し直すと、西城家の方角に視線を移す。
「アシュラ……ラショウ……、……リル……」
3人の名を静かに噛み締めるように呼びながら、西城家歴代最強の剣士は足を返して再び森を走り始めた。
“帰るべき理由”が、待っている。
◇
「…………はー…………」
木立の奥へと姿を消したジキルは、静まり返った森の中でため息をつきながらふらりと足を止めた。
龍化は既に解いていたが、腹にはまだリョウラの刀がめり込んだ時の衝撃がじわりと残っている。
痛みは全く無い。
しかし、押し殺すように息を吐きながら、ジキルはひとり──静かに口元だけで笑った。
(……バケモノ、か)
ゆっくりと右手を上げ、自らの頬に触れる。
その指先は僅かに震えていた。
顔を傷つけられたわけではない。
だが、あの男が放った一撃は──腹よりも、胸の奥を強く打っていた。
(……そうだよなあ。確かにもう……傍から見たら、オレは人間じゃないもんな)
血のように赤く光る瞳が、森の影の中で淡く揺れる。
笑っていたはずの口元が、少しずつ歪み、狂気ではなく寂しげな色を帯びていく。
(……あいつの攻撃……昔と違って、ちゃんと重かったな)
ふと蘇る、幼い日の記憶。
あの頃。
西城家の庭先で、泥だらけになりながらふたりでよく遊んでいた。
誰よりもまっすぐで、力に誠実で──。
……たぶん、世界で唯一、『本当のオレ』に対等だった存在。
(……あのままでいられたら、良かったのかもな……)
ほんの一瞬。
そんな思いが胸を掠め──。
「……!」
すぐにジキルは首を横に振った。
(やめろよ、今更……。オレが選んだ道だろ)
その手が、ぐっと拳を握る。
(やめられるわけ、ないだろ……)
顔を上げた瞳には、再び赤黒い光が宿っていた。
(次は……誰に会いに行こうかな)
唇に笑みを浮かべる。
だがその笑みには、あの頃の“本当の笑顔”の影はもう無かった。
軽やかに、けれど深く。
傷からの出血を押さえることもせず、ジキルはまた森の奥へと歩き出した。
──もう、迷いは無い。
門を開け、庭を横切る。
久しぶりの石畳、手入れの行き届いた松の枝が出迎えてくれる。
そして──玄関の扉が、静かに開いた。
「リルくん!」
ラショウが玄関からぱっと顔を出し、駆け寄ってくる。
「……よ。……ただいま」
「うん、おかえりなさい!」
無邪気に笑って出迎えるラショウの姿に、リルの顔が微かに緩んだ。
「おーいラショウ、靴飛ばすな! 滑るぞ」
奥からアシュラの声も飛んできて。
リルはその声を聞いた途端、なんとも言えない懐かしさに胸を締めつけられる。
「……あーこれこれ……戻ってきたって感じがする」
声にならない独り言が、庭の風に乗って消えていった。
──静かな時間が、今、始まる。
午後の西城家、庭から入る風が襖を揺らしていた。
卓袱台の上には、出しっぱなしの湯呑みと、途中で開かれたままの新聞。
和室には静けさが満ちている。
ラショウは「ちょっと買い出しに行ってくるね~」と明るく声をかけ、靴の音を響かせながら出ていった。
残されたのは、アシュラとリル。
「…………」
縁側から庭を眺めるアシュラ。
リルは卓袱台に肘をつきながら、ぼんやりと湯呑みを回していた。
そしてふと、ぽつりと。
「……オレ、そんな元気無いように見える?」
「……ん……?」
アシュラは驚いた顔はせず、しばし風に揺れる枝の音を聞きながら、考える素振りを見せる。
そして、率直に答えた。
「……元気があるか無いかって言われたら、無いように見えるな」
「…………」
リルは一瞬だけ瞬きをし、それから息をひとつ小さく吐く。
「……そか……、悪いな」
アシュラはその言葉に、フッと笑った。
「何も悪いことなんかねえよ。むしろお前がテンション超高くて大騒ぎしてたら、そっちの方が不可思議だろ」
「……確かに」
リルの口元が、ほんの少しだけ持ち上がる。
それは本物の笑みとは言い難い、けれど確かに緩んだ瞬間だった。
アシュラは縁側に座り直すと、何かを思い出したように告げる。
「あ、そうだ。……このあと父上、帰ってくるってさ。夕方頃には戻るって連絡があった」
「……親父さんが?」
リルは少し驚いたように顔を上げた。
「……久しぶりだな……」
それだけ言って、再び目を伏せる。
──そして、その目はどこか遠くを見ていた。
(……父親、か……)
赤黒く染み込んだ過去。
もう知らなかった頃には戻れない。
それでも、誰かに言うには──まだ胸が苦しかった。
アシュラは、そのリルの横顔をそっと見る。
だが──何も言わなかった。
ただ静かに、いつも通りの距離で、そこにいる。
リルはアシュラが何も問わないことに、ほんの少し救われていた。
畳の上に射し込む光が、ふたりの間をやさしく包む。
◇
その頃──。
深緑の森を、軽やかに駆け抜ける大きな影がひとつ。
枝を踏む音も殆ど立てず、巨躯をものともせず宙を舞う姿は、まるで忍者か──もしくは野生の獣そのもの。
「は~~っくしょんっ!」
(……っと! う~ん! やっぱり帰ると空気が違うな~!)
豪快なくしゃみとともに、男は森を蹴った。
このご機嫌な男──西城リョウラ。
アシュラとラショウの実父であり、かつては西城家の当主として名を馳せた剣士。
現在は当主の座を息子に譲り、表舞台を離れて龍とは別の特異生物──『狐』の研究と調査に身を置いている。
190cm程の背丈に鍛え上げられた肉体、アシュラたちの白髪よりも深い色の銀髪。
そして口元は布で隠され、その表情は目元からしか伺えない。忍装束とミリタリー風の軽装を融合させたような、特徴的な装備に身を包んでいる。
腰には2本の刀──双刀。
年齢を感じさせぬ動きと、どこか少年のような笑みを携えた大男だった。
「早く帰って、皆の顔見なきゃ♪」
そのウキウキとした独り言が森に溶ける、ほんの一瞬──。
「…………」
足が、止まった。
「……?」
前方、木漏れ日の中に黒い帽子を被った人影が立っている。
項の位置で結ばれた赤い髪を揺らし軽く手を振る、妙に自然な立ち姿。
「…………っ……!」
──何より、見た瞬間に感じたおぞましさ。
「……嘘だろ……」
リョウラの声が、笑いを失う。
「ジキル……、か?」
懐かしい顔立ち。
それは、リョウラと幼なじみであり、親友と呼んだ男──。
西城を恐れずに接してくれ、共に育ち、語り合った人物。
しかし。
ある日突然理由も告げず、己の子を捨て──失踪した。
それが目の前にいる、あのジキルだった。
「……久しぶり、リョウちゃん。元気そうだね!」
変わらぬ声。
変わらぬ笑み。
「…………!!!」
だが、リョウラは次の瞬間、腰から2本の刀を抜いていた。
──風が、止まる。
「……お前……そのツラで、よく俺の前に現れやがったな」
「えー、久しぶりに会ったのに、なんでそんな物騒なの?」
「ジキルのツラした何かだろうがよ!」
刃先を向けながら、リョウラは目を鋭くさせる。
眼光だけが覗くその表情に、かつての笑顔は無い。
「……直感でわかるんだよ。昔の、お前じゃない。人でもない」
「…………」
ジキルは一瞬だけ目を細め、そして肩をすくめるように笑った。
「酷いなァ……親友だったのに」
「だった、な。あの頃は。だが今は違う」
怒気が混ざるリョウラの声。
「お前がリルをどうしたか……俺は全部、聞かされたぞ。子供を実験に使って、好き勝手やって、よくもそれでのうのうと生きてやがるな」
「……そっか、やっぱバレちゃってたんだ」
「当然だろうがッ!」
怒声と同時、リョウラは地を蹴った。
轟音と共に振り下ろされた斬撃は、風を裂き、木々を吹き飛ばす勢いを持っている。
ジキルは、軽やかに一歩だけ後ろへ。
寸でのところで避けながら、首を傾げた。
「……リョウちゃん、君、ちょっと狐に影響されすぎてない?」
その腕から、赤黒い瘴気が立ち昇る。
「……!!」
皮膚が変質し、指先は鋭く、鱗を帯び始めた。
龍のような異形の腕が、バキバキと音を立てて姿を現す。
まるで、リルのような龍化──。
「狐より龍の方がイイよ。ほら……オレ、ちゃんと進化してるよ?」
「ッ、ふざけるな……!」
リョウラの刃が再び走る。
木々は裂け、土は抉れ──かつての親友同士であったふたりの影が、森の中で火花を散らす。
「…………ッ」
(──これはもう、ただの再会じゃない)
リョウラは確信していた。
これは過去との決別。
友を、“人間ではなくなった存在”として認めざるを得ない試練。
──西城リョウラと、紅崎ジキル。
交わるはずのなかった2本の人生が。
今、静かに、そして確実に交錯しようとしていた。
「何故、あんなことをした……ジキル!!」
「こんな世界は、壊さなきゃいけないんだよ!!」
声は叫びでも怒号でもない。
むしろ楽しげですらあった。
しかし、その奥に潜むのは、確かな痛み。
狂気。
執念。
そして、底知れぬ──悲しみ。
「オレは希望になりたいんだ」
「希望?」
リョウラの声は怒りに震えていた。
「……お前の言う希望は、誰も救わないぞ!!!」
刃と爪が、雷鳴のように衝突する。
──親友同士が並び立つはずだった未来は、ここで完全に決別された。
「ァ゙ははハハハッ……!」
ジキルは急に大声で笑い出す。
森にこだまするその声は、かつての静かな天才研究者のものとは思えぬほど歪んでいた。
「昔さぁ! オレたちこうしてよく戦いごっこで遊んだよなァ!!」
「……ッ!!」
「あれって今遊んでも楽しいもんなんだね!!」
その狂気の中に、壊れてしまった懐かしさが滲んでいた。
禍々しい龍の瘴気がジキルの周囲を這う。
皮膚の下を何かが蠢き、骨が鳴り、形が変わっていく。
「ほら、見てよ……! 人間の体もさ、ここまで進化できるんだよ」
背には突き出した骨のような瘴気の塊。
まるで翼の芯だけが体から飛び出したような異形のシルエット。
それに沿って揺れる霊気は、明らかに龍の意匠だった。
「…………!」
(……もう、完全に向こう側か……)
リョウラは唇を引き結び、次の一撃に集中する。
「……たとえお前がどんな異形に成り果てようと、俺の刀は通じるぞッ!」
──ズバッ……!!
「…………!!」
一閃。
ジキルの腹部に、斬撃が走った。
「……えっ」
赤黒い血が滲み出し、ジキルはふらりと一歩後退する。
しかしそのリョウラの刀は浅い──。
だが確かに肉を裂いていた。
「……うわ、うそ。リョウちゃん、ほんとに当ててくるんだ……」
笑いが一転し、ジキルの表情から楽しげな色が一気に抜けていく。
その声は、どこか戸惑っているようにも聞こえた。
「バケモノ、か……オレのこと、そんなふうに……」
ぽつぽつと零す声に、微かな寂しさが滲む。
「……やっぱり、君もオレの敵なんだね」
ジキルは深手でもない傷口を押さえながら、背を向けた。
「……またね、リョウラ。この世界がどう変わるか、ちゃんと見ててね」
そう言い残し、不貞腐れたように森の奥へと霧のように姿を消していく。
突然の邂逅。
突然の戦闘。
そして、突然の終戦。
「…………」
残されたリョウラは肩を上下させながらも、じっとその場に立ち尽くしていた。
(……ジキル……)
(あれが今の……お前か)
直前までの激闘が嘘であったかのような静かさで、2本の刀を納める。
その表情には、怒りの奥に──どうしようもなく哀しいものが浮かんでいた。
「……どうして、そうなってしまった……」
だが、その問いを投げる相手は既に、遠くへ去っていた。
リョウラは深く呼吸し直すと、西城家の方角に視線を移す。
「アシュラ……ラショウ……、……リル……」
3人の名を静かに噛み締めるように呼びながら、西城家歴代最強の剣士は足を返して再び森を走り始めた。
“帰るべき理由”が、待っている。
◇
「…………はー…………」
木立の奥へと姿を消したジキルは、静まり返った森の中でため息をつきながらふらりと足を止めた。
龍化は既に解いていたが、腹にはまだリョウラの刀がめり込んだ時の衝撃がじわりと残っている。
痛みは全く無い。
しかし、押し殺すように息を吐きながら、ジキルはひとり──静かに口元だけで笑った。
(……バケモノ、か)
ゆっくりと右手を上げ、自らの頬に触れる。
その指先は僅かに震えていた。
顔を傷つけられたわけではない。
だが、あの男が放った一撃は──腹よりも、胸の奥を強く打っていた。
(……そうだよなあ。確かにもう……傍から見たら、オレは人間じゃないもんな)
血のように赤く光る瞳が、森の影の中で淡く揺れる。
笑っていたはずの口元が、少しずつ歪み、狂気ではなく寂しげな色を帯びていく。
(……あいつの攻撃……昔と違って、ちゃんと重かったな)
ふと蘇る、幼い日の記憶。
あの頃。
西城家の庭先で、泥だらけになりながらふたりでよく遊んでいた。
誰よりもまっすぐで、力に誠実で──。
……たぶん、世界で唯一、『本当のオレ』に対等だった存在。
(……あのままでいられたら、良かったのかもな……)
ほんの一瞬。
そんな思いが胸を掠め──。
「……!」
すぐにジキルは首を横に振った。
(やめろよ、今更……。オレが選んだ道だろ)
その手が、ぐっと拳を握る。
(やめられるわけ、ないだろ……)
顔を上げた瞳には、再び赤黒い光が宿っていた。
(次は……誰に会いに行こうかな)
唇に笑みを浮かべる。
だがその笑みには、あの頃の“本当の笑顔”の影はもう無かった。
軽やかに、けれど深く。
傷からの出血を押さえることもせず、ジキルはまた森の奥へと歩き出した。
──もう、迷いは無い。
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精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
空色のサイエンスウィッチ
コーヒー微糖派
SF
『科学の魔女は、空色の髪をなびかせて宙を舞う』
高校を卒業後、亡くなった両親の後を継いで工場長となったニ十歳の女性――空鳥 隼《そらとり じゅん》
彼女は両親との思い出が詰まった工場を守るため、単身で経営を続けてはいたものの、その運営状況は火の車。残された借金さえも返せない。
それでも持ち前の知識で独自の商品開発を進め、なんとかこの状況からの脱出を図っていた。
そんなある日、隼は自身の開発物の影響で、スーパーパワーに目覚めてしまう。
その力は、隼にさらなる可能性を見出させ、その運命さえも大きく変えていく。
持ち前の科学知識を応用することで、世に魔法を再現することをも可能とした力。
その力をもってして、隼は日々空を駆け巡り、世のため人のためのヒーロー活動を始めることにした。
そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになる。
魔法の杖に腰かけて、大空を鳥のように舞う【空色の魔女】と。
※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。
※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。
※2022/10/25 完結まで投稿しました。
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