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コヨタ

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第24話 こんにちは、リル

第24話・1 俺はお前を見失わない

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 薄曇りの朝──。

 龍調査機関内は普段と変わらぬ静けさに包まれていた。しかしその空気の裏には、誰もが感じ取れるが漂っている。

「……はあ……」

 モニター室にてセセラは、缶コーヒーを片手に静かに映像を見つめていた。表情には、憂鬱な色。
 画面には、昨日確認された擬似体の映像が流れている。

「……擬似レイラは間違いなく戦い方まで再現してる可能性が高い。感情の起伏すら似てるように見える」

「擬似リルも、だね」

 と、呟くように言葉を重ねたのはシエリ。
 その目に映る映像を、小さな所長も静かに見つめていた。

「なあ、先生。……Z.EUSゼウス……ジキルの組織ってことで間違いねえんだわ」

「だろうな。……あの男に、それだけの技術と知識があるという証左だね」

 シエリの声は冷静だったが、内心の焦りは滲んでいる。

 セセラはコーヒーをひとくち飲んでから、小さく呟いた。

「……リルもレイラも、今は戦える状態じゃねえ。どうするよ」

「答えは簡単。……戦わせない」

「つってもあいつらは、に会いに来るつもりだぞ。否応なくな」

 その言葉が落ちた直後──。

 タッタッタ……と軽やかな足音が廊下に響いた。
 モニター室の扉が軽いノックのあと開かれる。

「──おはようございます。西城アシュラ、です」

「……!」

 セセラとシエリふたりが声の方へ振り向く。

 白髪はくはつに整った装い、快活な眼差しを持つ青年──アシュラが立っていた。

「おはよう。よく来てくれたね」

「ようアシュラ、お前が自分から機関に出向いてくるなんて……雪でも降るか?」

「突然すみません……父上が戻ってきてる今、俺もじっとしていられなかったんです」

 やれやれと肩をすくめるセセラ。

「……リルとレイラのことだろ」

「はい。……正直、心配で仕方がない。リルは帰ってこなかったし、話に聞いた擬似体が存在する以上、彼らは絶対に狙われる」

「…………」

「俺は……彼らの盾になる覚悟でここに来ました」

 力のあるアシュラの言葉に、シエリはゆっくりと頷いた。

「キミのような戦力がいてくれるのは助かる。だが、ルールを破ってキミを出撃させることはできない。……それでも、傍にいるだけで心の支えになる人もいる」

「ならば、まずは彼らの傍にいさせてください。戦いではなく、仲間として」

 静かに、しかし強い意志を持ったアシュラの声。シエリとセセラは一瞬だけ視線を交わす。

 そして、セセラがコーヒーを掲げながら答えた。

「ま、そういうのは嫌いじゃねえ。……今日はあったかい飲み物くらいなら奢ってやるよ」

「ありがたいですが……結構です。代わりに、役に立てる仕事をいただければ」

「…………」

 そのまっすぐな言葉に、セセラはふっと笑う。

「じゃあ……まずは、レイラのリハビリに付き添いな。腕の上がり具合見てやってくれ」

「……はい」

 瞬間、アシュラの目が僅かに和らいだ。

 扉が再び閉まる音が響くと、セセラは小さく息を吐く。

「さーて……心強い“兄貴分”が来てくれたことだし。あとは、肝心の“あのふたり”の心がどう動くか……だな」

 映像モニターには、停止したままの擬似体の映像が映っていた──。


 ◇


 窓から射し込む朝の光に照らされ、レイラはリハビリマットの上で静かに呼吸を整えていた。

 右腕には簡易なサポーターが巻かれ、以前よりも可動域が増えているのが自分でもわかる。

「…………ふう……っ……」

(……まだ、ちょっと痛む。でも……動かせる)

 その隣。
 動きに目を光らせながら軽くタオルを持って待機していたのは、アシュラだった。

「角度、悪くない。反動つけてないのが偉いな。もう少し、可動域伸ばしていこう」

「……言い方が先生っぽいんだけど……」

 レイラがぼやくと、アシュラは苦笑しながら少しだけタオルを肩にかけ直す。

「薊野さんに言われたんだ。見てやってくれって」

「うん……」

「……前、俺な、『真面目な顔して見舞いも行かねぇとこあるだろお前は』って言われたことあってさ。……家のことが忙しかったんだ、悪かったなぁ……」

「……ぷっ、薊野さん意地悪だから言いそう」

 小さく吹き出すレイラに、アシュラも「だろ?」と笑う。

「……あ」

 ふと、アシュラがやや顔を傾けた。

「そうだ……俺の父に会えたみたいだな」

「え? ……うん」

 動きながら、レイラはほんの少しだけ頬を赤らめる。

「どうだった? でっかいからビックリしただろ」

「うん……大きかった……、ていうか、全部が大きかった。声も言動も……背中も」

「ふふふっ……! だろうなあ。俺でも見上げるくらいだからな。昔から、あの人が現れるだけで周囲の空気変わったよ。一見ちょっと怖いと思う」

 冗談めかして笑うアシュラの横で、レイラはしみじみと呟いた。

「でも、優しい人だった。……強くて、優しいって、すごいと思う」

「…………」

 その言葉に、アシュラの笑みが柔らかくなる。

「ありがとう。きっと父上も喜ぶよ。……お前みたいな子にそう言ってもらえたらな」

 そのまま静かに肩を並べ、しばしレイラのリハビリを見守るアシュラ。

 その視線は、どこか兄のような、あるいは戦友のような温かさに満ちていた。


 ◇


 リハビリルームを出たふたりは、しばらく並んで廊下を歩いていた。

 照明の落ち着いた光に包まれ、談話室の方からは職員たちの談笑がほんのり聞こえてくる。
 だがレイラの口元は、どこか迷っているように閉じたままだった。

 そんなレイラの様子に気づいたアシュラが、横目でちらりと覗き込む。

「……ん? どうかした?」

 レイラは少し肩をすくめ、歩きながらぽつりと口を開いた。

「……あの日のこと……ずっと、お礼を言わなきゃって思ってたんだけど……言えてなかったなって」

「…………!」

 アシュラの足が僅かに止まる。レイラもそれに気づいて立ち止まり、アシュラの方をまっすぐ見上げた。

「……助けてくれて、ありがとう。あの時……本当に怖くて、痛くて、何もできなかった。アシュが来てくれなかったら……って、今でも思う」

 レイラの言葉には、感謝と、ほんの少しの悔しさが滲んでいる。

「…………」

 アシュラは一瞬、何か言葉を探すように視線を泳がせたあと──ふっと微笑んだ。

「……生きてたから、いいんだ。それだけだよ」

「でも……」

「いいよ。それ以上は、言わないで」

 優しいアシュラの声。
 それでいて、まっすぐで──。

「お前がまたこうして歩いてて、リハビリしてて、俺に礼を言ってる。それで十分だよ」

「…………」

 レイラは目を伏せ、そしてまた顔を上げる。

「……うん」

 アシュラは軽くレイラの頭に手を伸ばすような仕草をしたが、触れることはせず、そのまま手を引っ込めた。

「さて……薊野さんにちゃんと付き添ってきたぞって報告しないとな。下手したらまた何か言われる」

「……ふふっ。確かに」

 ふたりはまた歩き出す。
 穏やかな沈黙と、互いを思いやる空気が、背中を押していた。


 ◇


 レイラとアシュラが廊下を歩きながら談笑していると、角を曲がった先──ソファに深く腰を沈めている男の姿が見えた。
 
 それは白衣の裾を膝にかけて脚を投げ出し、タブレット端末を片手に仏頂面をしているセセラ。

「……あ」

 レイラが声を漏らすと、気がついたセセラも視線を上げ、ふたりを見つける。

「あー、ちょうどよかった。リハビリ、ちゃんと終えたか?」

「うん。……だいぶ痛みも慣れてきたよ」

 レイラが答えると、セセラはわざとらしく目を細めた。

「……ほ~~ん? アシュラが付き添ったからって、張り切りすぎて無茶してねえだろうな」

「薊野さんこそ。こんなとこでお仕事? ……サボってるんじゃないの?」

 少し睨むように返すレイラ。セセラは「はいはい」と手をひらひらさせて誤魔化す。

「で、アシュラ、どうだった? リハビリ付き添い」

「悪くなかったです。……レイラの方がよっぽどしっかりしてます。俺の方が気を使われてる気がしたくらいです」

「お前、それ言ったら付き添いの立場ねえじゃねえかよ!」

 セセラはケラケラ笑いながらタブレットを閉じて立ち上がった。

「ま、レイラが元気そうでなにより。……調子良さそうでも、勝手に抜け出して遠出とかすんなよ?」

「しないよ……」

 レイラはむくれたようにそっぽを向く。

 アシュラはその様子を見て笑いながら、「……このやり取り、妙に落ち着くな」と呟いた。

「…………」

 そしてセセラは最後にひとつ、僅かに真剣な目つきでレイラを見る。

「……焦んなくていいからな。お前はよくやってる」

「……!」

 その言葉に、レイラはほんの少し驚いたように目を見開いたあと──小さく、でも確かに頷いた。

 レイラとの軽口も一段落し、ふとアシュラが静かに口を開く。

「……薊野さん、リルに会わせてもらうことはできますか?」

 唐突に振られたその問いに、セセラの表情がほんの少しだけ固くなった。

「……リルに?」

「はい。ここ最近……少し様子が違っているのはわかっています。無理は承知の上ですが、直接話してみたい」

 セセラはしばらく無言でアシュラを見つめる。

「…………」

 だがやがて、ふっと目を細め白衣の裾を軽く直すと小さく息をついた。

「……ま、正直あいつの今の状態だと、無闇に人を近づけたくねえってのはあるけどよ。……でも、お前なら大丈夫かもしれねえな」

「ありがとうございます」

「ちょうど今、ひとりで資料部屋の隅にいるはずだ。……長居はすんなよ。無理そうだったら引け」

「……はい」

 アシュラは深く頭を下げ、その場を離れた。


 ◇


 資料閲覧室。

 機関の奥まった部屋。薄明るい照明のもと、資料棚の隅の椅子にリルはじっと腰を下ろしていた。

 肘を膝に乗せ、組んだ指の間から床を見下ろすような姿勢。

「…………」

 気配を察したのか、リルは扉の方に目を向ける。

「……アシュラ」

「よお」

 アシュラは軽く手を挙げて近づいてくる。だが、リルはそのまま視線を逸らした。

「……機関の許可か?」

「ああ。薊野さんが出してくれた。リルに話がしたいって言ったら、『ちょっとだけ』ってな」

「…………」

 リルは答えずに、しばらく沈黙する。

 その空白に耐えるように、アシュラは静かに椅子を引いてリルの隣に腰を下ろした。

「……お前がひとりになりたいのはわかってる。でも、俺はお前が何も言わないまま壊れてくのは見たくないんだよ」

「……ッ……」

 ようやくアシュラの方に顔を向けるリル。

「……オレ、そんなヤバそうに見えんの?」

「見えるよ」

 アシュラのその一言は、冗談ではなかった。

 だが、どこか優しくて、リルの心に僅かに届くものがあった。

「……だよな」

 リルは乾いた笑いをひとつだけ零し、そしてまた前を向く。

「お前に、何ができるわけでもねえってのは、わかってる……」

「…………」

「……でも、今だけはこうしててくれよ」

「……!」

 アシュラは言葉を返さず、ただ隣に座ったまま。その言葉を静かに受け止めていた。

 静かに揺れる照明。

 リルの俯いた顔に、蛍光灯の鈍い光が落ちる。

 アシュラはその横顔を、まるで壊れものでも見るかのように、じっと静かに見ていた。

「……なあ」

 そこでリルが、ぽそっと口を開く。

「オレってさ……人間のつもりでいたけど、違ったみたいだ」

「……それ、レイラにも言ったのか?」

「…………」

 リルは答えなかった。だがその沈黙が、何よりの肯定。

 アシュラは少しだけ口を歪める。

「お前は昔からさ……黙って全部、自分ひとりで処理しようとする」

 図星を突かれたように、肩を小さく震わせたリル。

「……だって、誰かに見せたって、何かが変わるわけじゃねえだろ。つれえもんは、つれえまんまだし、オレの中身が人間じゃないのも、変わんねえ」

「……変わらないかもしれない。だけどな」

 言葉を切らずに続ける。

「お前が何者でも、俺にとっては……あの家で一緒に飯食って、くだらないことで張り合って、雨の日にびしょ濡れで帰ってきた、お前は……お前だよ」

「……っ……」

「リル。お前の中の何かが人間じゃなくなっても、お前という存在を人間扱いするかどうかは……周囲じゃなくて、自分が決めるもんだろ」

 その言葉に、リルは喉の奥を小さく鳴らした。

「……オレは……自分を……気持ち悪いって、思ってる。……怖いし……わかんなくなる。ときどき、自分の声が他人の声に聞こえるくらい……わかんなくなるんだよ」

「わからなくなってもいい。そういう時は、俺に聞け」

「…………」

 アシュラの声は、決して強くない。
 だが、何よりも重かった。

「お前が“お前じゃない”って思ったときも……俺は、ちゃんとお前を見てるから」

「…………ん……」

 暗かったリルの瞳に、ようやく小さな光が戻っていた。
 言葉にはならない何かが、喉元までせり上がる。けれど、それはまだ涙にはならなかった。

「……なあ……アシュラ。……もしも、オレが……本当に、完全に人間じゃなくなったらさ……」

「それでも、俺は“お前”を知ってる。変わらない」

「……っ」

 リルの唇が僅かに震える。

「……お前って、ほんと、変わんねぇよな……」

「当たり前だ。俺はずっと西城アシュラだからな」

 ほんの僅か。ほんの僅かに、リルの表情が緩んだ。
 それが、どれほど長い時間ぶりだったかは誰も知らない。

「……かっけえ、マジで」

「ふふ、どんどん言ってくれ」

 そして、その隣に寄り添う親友アシュラは、今日も変わらずまっすぐだった。



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