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第24話 こんにちは、リル
第24話・4 VS.もどき共
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濃緑の樹海を、紅と黒の影が駆ける。
草木の葉を弾き、風を裂き、泥を踏みしめながら進むその影は──リル。
周囲には、異常なほど静かな空気が流れていた。
生き物の気配すら、ほとんど感じられない。
(……気持ち悪ィくらい静かだな)
肩を回し、首を傾けて骨を鳴らす。
マントの内側がふわりと翻り、脚元の草を揺らした。
その時──。
『──リル、聞こえるか』
無線から聞き慣れたセセラの声が飛んできた。
『現在、対象区域の瘴気反応は更に増大中。擬似個体の活動も活性化している。接近は慎重にな』
「……りょ」
『……無理してねえか?』
リルはその問いにしばし無言で耳に手を当て、短く、明瞭に返す。
「……大丈夫。緊張も興奮もしてねえよ」
その声に、迷いも怒りも無かった。
(オレがここにいるのは、殺らなきゃ気が済まねえからだ)
『了解。接近を継続してくれ。通信は常時繋いだまま……無理は、すんなよ』
セセラの声に、リルは「……わかってる」と低く返す。
(あいつら──擬似個体……)
(どんなツラして出てくんのか、見せてもらおうじゃねえか)
──そして、その時だった。
前方、靄が立ち込める谷間の先。
一際濃い瘴気の塊が、異様な静けさの中で形を取りつつある。
「……!」
“それ”は、まるで人影のように、地の底から滲み出るように現れていた。
リルの赤い瞳が、それを捉える。
「…………いたな」
そして静かに、鋭く息を吐き出した。
「──行くぜ、コピー共」
足元を、赤黒い龍の因子が這うように広がっていく。
靄の向こう──現れたふたりの少女。
ひとりは淡い水色の髪に、手には剣。
もうひとりは鋭い赤い瞳に、漆黒に染まった手と爪。
擬似レイラと、擬似リル。
その姿を見て、リルは確かに“何か”を感じた。
(……女のオレ、ってとこか……)
皮肉にも、どこか完成された自分たちの姿がそこにあった。
だが──。
リルは挑発するように口元を吊り上げる。
「……マジで似てんな、オレがメスガキになったらあんな感じかよ。でも、ちょっと……顔がキレイすぎじゃね? 笑えねえっての」
レイとリウは何も言わない。
ただ、無機質な視線でリルを見つめたまま、一歩ずつ地を踏みしめる。
リルはスッと、右腕の袖を捲って軽く挙げると──。
──ゴギッ……!!
鈍い音と共に、リルの右腕が変化を始めた。赤黒い鱗が走り、指先の爪が鋭く変質する。
龍化、右腕のみ発動。
「来いよ……オレがオリジナルだぜ」
「…………」
レイの足が地を蹴った。
まるで風そのもののような軌道で、一瞬でリルの間合いに踏み込む。
しかし──。
「遅ぇな……」
リルの体はもう動いていた。
僅かに身を反らし、レイの斬撃を紙一重で回避。
そして、反撃。
右腕を旋回させ──龍化した爪が、レイの腹部に迫る。
だが、その一撃をリウが真横から入り込み防いだ。
──キィィィィン……!
金属が擦れるような音。
リウの腕もまた龍のもの。まるで盾のようにリルの爪を受け止めた。
リルは腕を引き、距離を取る。
「へぇ……やっぱオレそっくりだな。攻防の連携、タイミング、癖……模倣ってだけじゃねえ……」
一歩後退しながらも、リルの目は冴えていた。
(──けど、模倣じゃオレに勝てねえだろ)
目の奥に、じわりと熱が灯る。
冷静でいながらも、確かにリルの中にあるのは──怒りではなく闘志。
そして、殺意。
「その顔面、笑えなくなるくらいブッ壊してやるよ……もどき共が」
レイとリウが、無言で再び構えた。
「……!」
次の瞬間、三者の殺気が一点に収束する。
風が、止まる。
「──殺す」
そして。
衝撃と閃光が、森を貫いた。
リウが一歩踏み込むと同時に、レイが再びリルの死角に滑り込む。
「チッ……邪魔くせえ……」
リルは瞬時に体を捻り、龍化した右腕を回転させるように振るった。
だが、リウの膝蹴りが腰を打ち、体勢が崩れる。
「……は?」
(なんだ? ……急に速い……)
次の瞬間、レイが鋭く突き攻撃を放つ──!
「──させるかよッ!!」
リルの左手が即座にレイの手首を掴み、そのまま地面に叩きつけるように背負い投げをかける。
レイの体が地面を跳ねたその一瞬を狙って、リルはリウへ拳を放った。
──ゴッ!!
重い音と共にリウの顔面が殴られ、ひとつ後ろへ飛ぶ。
しかし──。
「……あ゙?」
違和感を覚えるリル。
吹き飛ばされたはずのリウの口元──。
笑っている。
(なんだ今の……)
思考が追いつくより早く、レイが再び間合いに入ってきた。
(こっちの動き、完璧に読まれてるな……)
まるで、全てを見透かすような目。
連携は緻密、無駄が無い。
(……でも、怖くねえ)
逆に、リルの目に光が宿る。
「オレ……お前らに勝ったら、ちょっとは自分を許せんのかなァ……!」
龍の力が腕を這い、背筋に熱が走った。
再び、3つの影が衝突し、風が唸り、地が砕ける。
レイの剣がリルの頬を掠め、切り傷が走る。
しかしリルは怯まない。
「……ぜってえ止まんねえからな」
龍化した右腕が地を抉り、リウの防御をこじ開けた。
──ドガァッ!!
リウの腹部に拳が入り、赤黒い瘴気が飛び散る。
「……ククッ……」
続けて、リルの眼が閃いた。
不敵な笑みを浮かべながら全身の姿勢を低く沈め、地を蹴り飛ばす──!
「……!!」
風がうねる。
視界が揺らぐ程の速さ。
リルが狙うは、レイ。
レイは確かにレイラに似ている。
けれど──。
(似てるからこそ、あいつとは違うって証明してやる……!!)
迫る爪。
それでもレイは動じず、その攻撃を迎え撃つように、微かに口角を上げていた。
──衝突の直前。
「ッ……!?」
リルが感じた違和感──。
(……今の反応……、まさか自我が……?)
次の瞬間、レイの動きが激変する。
「……ッ!!」
直線的だった動きが、軽やかに、そして不規則にうねり、まるで──レイラのように。
(おいおい……完全な模倣じゃねえか)
リルの表情が、少しずつ強張っていく。
(こいつら……気色悪すぎるだろ……!!)
そのときだった。
──ズシャアッ!!!
龍の瘴気を纏ったリウがリルの背後に回り込み、爪を突き立てようとしていた。
「……クソがッ!!」
リルは寸前で振り向き、右腕の龍爪で応戦する。
爪と爪が激しくぶつかり合い、火花を散らした。
「……でもな。オレは、オレだ。……お前らの元なんだよ!!」
リルの咆哮が、瘴気を吹き飛ばす。
その闘志は、冷静さを保ちつつも、明らかな怒りの色を帯び始めていた。
リルの背筋を走る熱が、更に強くなる。
脈動する龍因子が皮膚の内側でうねり、脳を覚醒させるように圧を与えていた。
「…………ッ……!」
呼吸が浅くなる。
一瞬だけ膝を折ったリルの脚部を、赤黒い瘴気が包み込んでいった。
ズルズルと、衣服ごと喰らうように這い──鈍い音を立てながら、脚部が赤黒く変質する。
膝下は鋭く爪の伸びた龍の脚──骨も関節も、戦闘に最適化されていく。
同時に、左腕にも硬質な鱗がせり上がってきた。
「……ククッ……ァハハッ……!」
腕、そして脚部は既に龍の装甲。
背には龍因子が練られたマントと瘴気が反応を起こし、大きな翼のような瘴気が顕現。
頭部には両耳の上辺りにそれぞれ1本ずつ、硬い角が出現する。
その全身はまさに、龍と人の中間。
「ァ゙ハハハッッ……」
歯を剥き出しにして笑うリル。
その瞳は深く赤く、ギラついていた。
「……これはマネできねえだろ、ガキ共……!」
「…………」
レイとリウが並び立つ。
それでもリルは余裕を崩さない。
「オレは……オレ自身のために戦う。テメェらには負けねえ」
その一歩は、瘴気の地面を踏み砕くほど重く──しかし、制御されていた。
機関のモニター室では職員たちが固唾を呑んで見守っている。
「おおっ……脚部まで……!」
「暴走せず完全に制御できてる……! リルくん、すごいですね……!」
「戦闘部隊は一瞬でやられたのに……やっぱり特別なんだな」
「一時期、正直ちょっと怖いって思ってたけど……でも今は……本当に心強い……!」
「リルくん、カッコいいなあ……。僕、憧れちゃいます」
「……俺もあんな風に、クールになりたい……」
称賛と感嘆の声が飛び交うモニター室。
「…………」
セセラは無言でその様子を眺めていたが──。
(……リルは、ちゃんと……受け入れられてる)
職員たちの笑顔を見て、胸の奥がじわっと熱くなる。
そしてどこか我慢ができなくなったようなセセラは、鼻で笑いながら口元を緩めた。
「おい……お前ら今更何言ってんだよ? たりめーだろ、リルはガキの頃から俺がずっと見てやってんだ。俺に似てカッケーに決まってんだろが! 俺に似て!」
お得意のドヤ顔。
そしてポン、と無線用のマイクに指をかける。
「なあリル、ぜってえ帰ってこいよ。お前のファンがたくさんいるぜ」
──そう、無線越しに響いたセセラの声。
リルは何も返さなかった。
だが、その口元。
その口元には。
ほんの僅かだが、確かに笑みが浮かんでいた。
敵──レイとリウ。
どちらも、確かに“擬似個体”とはいえ、自身の動きを完全にトレースしてくるわけでも、読みやすいわけでもない。
だが──。
(……妙だな)
龍化が進んだリルの視線が、ふと戦闘の間に向けられる。
レイとリウ、彼女たちの動きには躊躇いが一切無い。
まるで──。
(訓練された兵士……いや、プログラムされたみてえだな……)
蹴り上げられる地面、走る動線、力の加減。
どれも完璧すぎる。
強いというより──最初から戦うために調整されたような違和感。
(……オレの動き、見て覚えたとかじゃねえな。……最初から“コピーデータ”か……?)
次の瞬間。
「……!」
リウの攻撃は明らかに鋭さを増していた。
──ズシャッ……!!
掠めた爪が、リルの龍化した肩を裂く。
しかし、その動作にリルは眉ひとつ動かさない。
「……お前、ちょっと焦ってんじゃね?」
「…………」
リルは、ニヤリと口を吊り上げた。
目を鋭く細めると──今度はリルの方から、一気に踏み込む。
「なぁ……出来損ない」
「……!」
その言葉に、リウの視線が揺れた。
瞬間。
リルの鋭い掌底がリウの腹部を捉える──!
──ドゴッ!!
リウの体が派手に吹き飛ぶ。
直後、レイがすかさずカバーに入り、その身を受け止めた。
「……仲いいじゃねぇかよ。兄妹か? 恋人か? そもそもテメェら人間か?」
問いかけるようにニタつくリル。
だがその内心は、完全に“討伐”へと切り替わっていた。
──一方、モニター室。
「動きが変わった……!? 擬似リルの個体反応が上昇しています!」
「リルくんは……冷静だ、冷静に捌いてる……!」
「いや……逆に、相手の戦術を崩しにかかってる……駆け引きに持ち込んでるんだ……!」
その中、セセラはやや前のめりに画面を睨みつけていた。
「いいぞ……リル……。そのまま、お前のやり方で崩せ」
職員たちが固唾を呑む中、戦場の均衡が──今ゆっくりと傾き始めている。
──風は、濁っていた。
リルの爪がまたひとつ、リウの肩を裂く。
擬似体は倒れず、痛覚も無視し、ただ黙々と再構築された動きで襲いかかる。
(……つまんねぇな)
そう思いかけた──その時。
「──こんにちは、リル」
「……!?」
場の空気が変わった。
その言葉は、笑顔のように柔らかく、罠のように不気味で──明らかにこれまでと違う感情のある声だった。
言葉を発したのは、擬似レイラ──レイ。
リルの視線がピクリと揺れる。
「……今更『こんにちは』かよ。もうだいぶ殴り合ってんのに」
レイはニコッと笑った。
その笑みは、あまりにもレイラに似ている。
しかしその目は、感情ではなくプログラムで動いているようにしか見えなかった。
「だって……やっと話す許可が出たから。ね、リウ?」
「……ん」
もう1体──リウが黙って頷く。
その仕草までもが、レイラとリルを思わせる。
だが、似て非なるもの。
「……何のマネだ」
リルは唸るように問いかけた。
「マネ……? 違うよ。私たちは、リルとレイラ……? を素材にしたんだって。ジキル様が教えてくれたよ」
ジキル様──。
「……ッ……!」
その名が出た途端、リルの表情に明確なイラつきが見えた。
「すごいよね、オリジナルって」
その口ぶりに、明確な意志が宿っている。
それが、生まれたままの模造品ではなく、ジキルの意図で個を持ち始めた存在であることを証明していた。
「気持ち悪ィな……。オレと、あいつの……何を見て、何をコピーしたってんだ」
「うーん……全部?」
レイが楽しげに言ったその瞬間──。
リルの背後、リウが一気に距離を詰めてくる。
(油断させるための“会話”──!)
すぐさま振り返り、龍化した腕でガード。
──ズドン!!
衝撃で、地面にヒビが走った。
「……ッ!!」
「私たち、試されてるんだ。あなたに勝てば、もっと進化できるかもしれないって。ね?」
レイの笑みが、にじり寄る。
「ねえリル……人間って、どうやって苦しむの?」
「痛みって、どこまでなら壊れないの?」
「怒りって、誰のため??」
「生きてるって、なあに???」
次々と浴びせられる問い。
言葉のひとつひとつが、まるでリルの芯に向かって杭を打ち込むようだった。
モニター室のセセラが、苦い顔を浮かべる。
「……揺さぶってきてるな。完全に、リルの反応と心理を研究してる……」
リルは──それでも笑った。
「……あー……なるほどな、ジキル」
上げた口角から除く、鋭い牙。
「テメェ……オレに人間か龍か、選ばせたいんだろ……」
風が吹く。龍の瘴気が暴れ、空気が重く染まっていく。
「だったら、いいぜ」
リルが、腕を、脚を、瘴気で赤黒く光らせながら構え直した。
「……人間のままテメェらをブッ壊してやるよ」
その目はまだ冷静だったが、奥に確かに、燃えるような怒りと──悲しみが揺れている。
◇
激戦は続く。
灼けるような風の中で、3体が舞っていた。
──そして、一瞬。
リウの動きが突如また変わった。
「……!」
地を滑るように踏み込み、リルの視界から消える。
「ッ!?」
(……消え──)
そして視界の端で、レイが刃を振り上げていた。
セセラの無線が飛ぶ。
『リル! 右……ッ!!』
「──ッ!! くそッ……!」
避ける間も無かった。
──ズバッ……!!
「……ッッ!!」
肉と骨と空気が裂ける音。
リルの右腕が、肩から先ごと──吹き飛んだ。
「……ぁ゙、が、っ……!!」
激痛に表情が歪む。
ブシュッと大量に血が噴き出し、赤黒く染まった地面に──切断されたと同時に龍化が解けた右腕が落ちた。
機関のモニター室も、一瞬にして空気が冷える。
『……ゔッ……、り、リル……!』
無線から聞こえる、嘔気を堪えるセセラの声。
「……ぐッゔぅ゙ゔ……!!!」
玉のような冷や汗を浮かべて、歯を食いしばりながら唸り声を上げるリル。
レイの目は感情無くそれを見下ろし、リウが背後から追い討ちを狙う。
だが──。
「……っナメんなクソガキどもがァッ!!!」
痛みに呻きながらも、リルは龍化した脚を振り上げ、リウの蹴りを弾き返した。
その勢いで地面を跳ねて後方へと跳躍──同時に、転がっていた自分の右腕を回収する。
「はあ、はあ……、っ、クソが……!!」
咄嗟に、再接合処理に入る。
瘴気の制御と因子の練り合わせ。
骨の軸を組み、筋繊維を繋げ、皮膚を閉じていく。
数十秒もかからない。
「……ッ……ゔ……!!」
これが、紅崎リルという人型龍の再生能力。
だが──。
「……吹き飛んだ腕を、くっつけられるのが『人間』なの?」
その問いは、レイの冷たい笑みと共に放たれた。
「……っ……!」
リルの手が、一瞬止まる。
(……人間か……?)
気色悪い、バケモノ──。
幼い頃、何度も何度も言われてきた。
それでも──。
それでも。
「だったらテメェら、腕千切られたら泣いて大騒ぎしろよ! 人間としてやってこうとするならなァ!!」
リルは接合を完了し、拳を握りしめた。
その右腕が、再び龍化し音を立てて動く。
ギリッ……と奥歯を噛みしめたリルの目には、怒りと──ほんの僅か、迷いの揺らぎが映っていた。
セセラはモニター越しに唇を噛む。
「……っ、……この揺さぶりは、今のあいつの精神に悪ィ……」
「でも……戦えてます! リルくん……強い……!」
職員たちの声が飛び交う中、リルの拳がまた空を裂いた。
「ガキ共教えてやるよ……! オレは人間で龍だ……!!」
「どっちでもあって、どっちでもねえ……それの何が悪いってんだよ!!」
その叫びは、レイにもリウにも届かない。
だが、モニター越しに見ていた仲間たちには、確かに響いていた。
草木の葉を弾き、風を裂き、泥を踏みしめながら進むその影は──リル。
周囲には、異常なほど静かな空気が流れていた。
生き物の気配すら、ほとんど感じられない。
(……気持ち悪ィくらい静かだな)
肩を回し、首を傾けて骨を鳴らす。
マントの内側がふわりと翻り、脚元の草を揺らした。
その時──。
『──リル、聞こえるか』
無線から聞き慣れたセセラの声が飛んできた。
『現在、対象区域の瘴気反応は更に増大中。擬似個体の活動も活性化している。接近は慎重にな』
「……りょ」
『……無理してねえか?』
リルはその問いにしばし無言で耳に手を当て、短く、明瞭に返す。
「……大丈夫。緊張も興奮もしてねえよ」
その声に、迷いも怒りも無かった。
(オレがここにいるのは、殺らなきゃ気が済まねえからだ)
『了解。接近を継続してくれ。通信は常時繋いだまま……無理は、すんなよ』
セセラの声に、リルは「……わかってる」と低く返す。
(あいつら──擬似個体……)
(どんなツラして出てくんのか、見せてもらおうじゃねえか)
──そして、その時だった。
前方、靄が立ち込める谷間の先。
一際濃い瘴気の塊が、異様な静けさの中で形を取りつつある。
「……!」
“それ”は、まるで人影のように、地の底から滲み出るように現れていた。
リルの赤い瞳が、それを捉える。
「…………いたな」
そして静かに、鋭く息を吐き出した。
「──行くぜ、コピー共」
足元を、赤黒い龍の因子が這うように広がっていく。
靄の向こう──現れたふたりの少女。
ひとりは淡い水色の髪に、手には剣。
もうひとりは鋭い赤い瞳に、漆黒に染まった手と爪。
擬似レイラと、擬似リル。
その姿を見て、リルは確かに“何か”を感じた。
(……女のオレ、ってとこか……)
皮肉にも、どこか完成された自分たちの姿がそこにあった。
だが──。
リルは挑発するように口元を吊り上げる。
「……マジで似てんな、オレがメスガキになったらあんな感じかよ。でも、ちょっと……顔がキレイすぎじゃね? 笑えねえっての」
レイとリウは何も言わない。
ただ、無機質な視線でリルを見つめたまま、一歩ずつ地を踏みしめる。
リルはスッと、右腕の袖を捲って軽く挙げると──。
──ゴギッ……!!
鈍い音と共に、リルの右腕が変化を始めた。赤黒い鱗が走り、指先の爪が鋭く変質する。
龍化、右腕のみ発動。
「来いよ……オレがオリジナルだぜ」
「…………」
レイの足が地を蹴った。
まるで風そのもののような軌道で、一瞬でリルの間合いに踏み込む。
しかし──。
「遅ぇな……」
リルの体はもう動いていた。
僅かに身を反らし、レイの斬撃を紙一重で回避。
そして、反撃。
右腕を旋回させ──龍化した爪が、レイの腹部に迫る。
だが、その一撃をリウが真横から入り込み防いだ。
──キィィィィン……!
金属が擦れるような音。
リウの腕もまた龍のもの。まるで盾のようにリルの爪を受け止めた。
リルは腕を引き、距離を取る。
「へぇ……やっぱオレそっくりだな。攻防の連携、タイミング、癖……模倣ってだけじゃねえ……」
一歩後退しながらも、リルの目は冴えていた。
(──けど、模倣じゃオレに勝てねえだろ)
目の奥に、じわりと熱が灯る。
冷静でいながらも、確かにリルの中にあるのは──怒りではなく闘志。
そして、殺意。
「その顔面、笑えなくなるくらいブッ壊してやるよ……もどき共が」
レイとリウが、無言で再び構えた。
「……!」
次の瞬間、三者の殺気が一点に収束する。
風が、止まる。
「──殺す」
そして。
衝撃と閃光が、森を貫いた。
リウが一歩踏み込むと同時に、レイが再びリルの死角に滑り込む。
「チッ……邪魔くせえ……」
リルは瞬時に体を捻り、龍化した右腕を回転させるように振るった。
だが、リウの膝蹴りが腰を打ち、体勢が崩れる。
「……は?」
(なんだ? ……急に速い……)
次の瞬間、レイが鋭く突き攻撃を放つ──!
「──させるかよッ!!」
リルの左手が即座にレイの手首を掴み、そのまま地面に叩きつけるように背負い投げをかける。
レイの体が地面を跳ねたその一瞬を狙って、リルはリウへ拳を放った。
──ゴッ!!
重い音と共にリウの顔面が殴られ、ひとつ後ろへ飛ぶ。
しかし──。
「……あ゙?」
違和感を覚えるリル。
吹き飛ばされたはずのリウの口元──。
笑っている。
(なんだ今の……)
思考が追いつくより早く、レイが再び間合いに入ってきた。
(こっちの動き、完璧に読まれてるな……)
まるで、全てを見透かすような目。
連携は緻密、無駄が無い。
(……でも、怖くねえ)
逆に、リルの目に光が宿る。
「オレ……お前らに勝ったら、ちょっとは自分を許せんのかなァ……!」
龍の力が腕を這い、背筋に熱が走った。
再び、3つの影が衝突し、風が唸り、地が砕ける。
レイの剣がリルの頬を掠め、切り傷が走る。
しかしリルは怯まない。
「……ぜってえ止まんねえからな」
龍化した右腕が地を抉り、リウの防御をこじ開けた。
──ドガァッ!!
リウの腹部に拳が入り、赤黒い瘴気が飛び散る。
「……ククッ……」
続けて、リルの眼が閃いた。
不敵な笑みを浮かべながら全身の姿勢を低く沈め、地を蹴り飛ばす──!
「……!!」
風がうねる。
視界が揺らぐ程の速さ。
リルが狙うは、レイ。
レイは確かにレイラに似ている。
けれど──。
(似てるからこそ、あいつとは違うって証明してやる……!!)
迫る爪。
それでもレイは動じず、その攻撃を迎え撃つように、微かに口角を上げていた。
──衝突の直前。
「ッ……!?」
リルが感じた違和感──。
(……今の反応……、まさか自我が……?)
次の瞬間、レイの動きが激変する。
「……ッ!!」
直線的だった動きが、軽やかに、そして不規則にうねり、まるで──レイラのように。
(おいおい……完全な模倣じゃねえか)
リルの表情が、少しずつ強張っていく。
(こいつら……気色悪すぎるだろ……!!)
そのときだった。
──ズシャアッ!!!
龍の瘴気を纏ったリウがリルの背後に回り込み、爪を突き立てようとしていた。
「……クソがッ!!」
リルは寸前で振り向き、右腕の龍爪で応戦する。
爪と爪が激しくぶつかり合い、火花を散らした。
「……でもな。オレは、オレだ。……お前らの元なんだよ!!」
リルの咆哮が、瘴気を吹き飛ばす。
その闘志は、冷静さを保ちつつも、明らかな怒りの色を帯び始めていた。
リルの背筋を走る熱が、更に強くなる。
脈動する龍因子が皮膚の内側でうねり、脳を覚醒させるように圧を与えていた。
「…………ッ……!」
呼吸が浅くなる。
一瞬だけ膝を折ったリルの脚部を、赤黒い瘴気が包み込んでいった。
ズルズルと、衣服ごと喰らうように這い──鈍い音を立てながら、脚部が赤黒く変質する。
膝下は鋭く爪の伸びた龍の脚──骨も関節も、戦闘に最適化されていく。
同時に、左腕にも硬質な鱗がせり上がってきた。
「……ククッ……ァハハッ……!」
腕、そして脚部は既に龍の装甲。
背には龍因子が練られたマントと瘴気が反応を起こし、大きな翼のような瘴気が顕現。
頭部には両耳の上辺りにそれぞれ1本ずつ、硬い角が出現する。
その全身はまさに、龍と人の中間。
「ァ゙ハハハッッ……」
歯を剥き出しにして笑うリル。
その瞳は深く赤く、ギラついていた。
「……これはマネできねえだろ、ガキ共……!」
「…………」
レイとリウが並び立つ。
それでもリルは余裕を崩さない。
「オレは……オレ自身のために戦う。テメェらには負けねえ」
その一歩は、瘴気の地面を踏み砕くほど重く──しかし、制御されていた。
機関のモニター室では職員たちが固唾を呑んで見守っている。
「おおっ……脚部まで……!」
「暴走せず完全に制御できてる……! リルくん、すごいですね……!」
「戦闘部隊は一瞬でやられたのに……やっぱり特別なんだな」
「一時期、正直ちょっと怖いって思ってたけど……でも今は……本当に心強い……!」
「リルくん、カッコいいなあ……。僕、憧れちゃいます」
「……俺もあんな風に、クールになりたい……」
称賛と感嘆の声が飛び交うモニター室。
「…………」
セセラは無言でその様子を眺めていたが──。
(……リルは、ちゃんと……受け入れられてる)
職員たちの笑顔を見て、胸の奥がじわっと熱くなる。
そしてどこか我慢ができなくなったようなセセラは、鼻で笑いながら口元を緩めた。
「おい……お前ら今更何言ってんだよ? たりめーだろ、リルはガキの頃から俺がずっと見てやってんだ。俺に似てカッケーに決まってんだろが! 俺に似て!」
お得意のドヤ顔。
そしてポン、と無線用のマイクに指をかける。
「なあリル、ぜってえ帰ってこいよ。お前のファンがたくさんいるぜ」
──そう、無線越しに響いたセセラの声。
リルは何も返さなかった。
だが、その口元。
その口元には。
ほんの僅かだが、確かに笑みが浮かんでいた。
敵──レイとリウ。
どちらも、確かに“擬似個体”とはいえ、自身の動きを完全にトレースしてくるわけでも、読みやすいわけでもない。
だが──。
(……妙だな)
龍化が進んだリルの視線が、ふと戦闘の間に向けられる。
レイとリウ、彼女たちの動きには躊躇いが一切無い。
まるで──。
(訓練された兵士……いや、プログラムされたみてえだな……)
蹴り上げられる地面、走る動線、力の加減。
どれも完璧すぎる。
強いというより──最初から戦うために調整されたような違和感。
(……オレの動き、見て覚えたとかじゃねえな。……最初から“コピーデータ”か……?)
次の瞬間。
「……!」
リウの攻撃は明らかに鋭さを増していた。
──ズシャッ……!!
掠めた爪が、リルの龍化した肩を裂く。
しかし、その動作にリルは眉ひとつ動かさない。
「……お前、ちょっと焦ってんじゃね?」
「…………」
リルは、ニヤリと口を吊り上げた。
目を鋭く細めると──今度はリルの方から、一気に踏み込む。
「なぁ……出来損ない」
「……!」
その言葉に、リウの視線が揺れた。
瞬間。
リルの鋭い掌底がリウの腹部を捉える──!
──ドゴッ!!
リウの体が派手に吹き飛ぶ。
直後、レイがすかさずカバーに入り、その身を受け止めた。
「……仲いいじゃねぇかよ。兄妹か? 恋人か? そもそもテメェら人間か?」
問いかけるようにニタつくリル。
だがその内心は、完全に“討伐”へと切り替わっていた。
──一方、モニター室。
「動きが変わった……!? 擬似リルの個体反応が上昇しています!」
「リルくんは……冷静だ、冷静に捌いてる……!」
「いや……逆に、相手の戦術を崩しにかかってる……駆け引きに持ち込んでるんだ……!」
その中、セセラはやや前のめりに画面を睨みつけていた。
「いいぞ……リル……。そのまま、お前のやり方で崩せ」
職員たちが固唾を呑む中、戦場の均衡が──今ゆっくりと傾き始めている。
──風は、濁っていた。
リルの爪がまたひとつ、リウの肩を裂く。
擬似体は倒れず、痛覚も無視し、ただ黙々と再構築された動きで襲いかかる。
(……つまんねぇな)
そう思いかけた──その時。
「──こんにちは、リル」
「……!?」
場の空気が変わった。
その言葉は、笑顔のように柔らかく、罠のように不気味で──明らかにこれまでと違う感情のある声だった。
言葉を発したのは、擬似レイラ──レイ。
リルの視線がピクリと揺れる。
「……今更『こんにちは』かよ。もうだいぶ殴り合ってんのに」
レイはニコッと笑った。
その笑みは、あまりにもレイラに似ている。
しかしその目は、感情ではなくプログラムで動いているようにしか見えなかった。
「だって……やっと話す許可が出たから。ね、リウ?」
「……ん」
もう1体──リウが黙って頷く。
その仕草までもが、レイラとリルを思わせる。
だが、似て非なるもの。
「……何のマネだ」
リルは唸るように問いかけた。
「マネ……? 違うよ。私たちは、リルとレイラ……? を素材にしたんだって。ジキル様が教えてくれたよ」
ジキル様──。
「……ッ……!」
その名が出た途端、リルの表情に明確なイラつきが見えた。
「すごいよね、オリジナルって」
その口ぶりに、明確な意志が宿っている。
それが、生まれたままの模造品ではなく、ジキルの意図で個を持ち始めた存在であることを証明していた。
「気持ち悪ィな……。オレと、あいつの……何を見て、何をコピーしたってんだ」
「うーん……全部?」
レイが楽しげに言ったその瞬間──。
リルの背後、リウが一気に距離を詰めてくる。
(油断させるための“会話”──!)
すぐさま振り返り、龍化した腕でガード。
──ズドン!!
衝撃で、地面にヒビが走った。
「……ッ!!」
「私たち、試されてるんだ。あなたに勝てば、もっと進化できるかもしれないって。ね?」
レイの笑みが、にじり寄る。
「ねえリル……人間って、どうやって苦しむの?」
「痛みって、どこまでなら壊れないの?」
「怒りって、誰のため??」
「生きてるって、なあに???」
次々と浴びせられる問い。
言葉のひとつひとつが、まるでリルの芯に向かって杭を打ち込むようだった。
モニター室のセセラが、苦い顔を浮かべる。
「……揺さぶってきてるな。完全に、リルの反応と心理を研究してる……」
リルは──それでも笑った。
「……あー……なるほどな、ジキル」
上げた口角から除く、鋭い牙。
「テメェ……オレに人間か龍か、選ばせたいんだろ……」
風が吹く。龍の瘴気が暴れ、空気が重く染まっていく。
「だったら、いいぜ」
リルが、腕を、脚を、瘴気で赤黒く光らせながら構え直した。
「……人間のままテメェらをブッ壊してやるよ」
その目はまだ冷静だったが、奥に確かに、燃えるような怒りと──悲しみが揺れている。
◇
激戦は続く。
灼けるような風の中で、3体が舞っていた。
──そして、一瞬。
リウの動きが突如また変わった。
「……!」
地を滑るように踏み込み、リルの視界から消える。
「ッ!?」
(……消え──)
そして視界の端で、レイが刃を振り上げていた。
セセラの無線が飛ぶ。
『リル! 右……ッ!!』
「──ッ!! くそッ……!」
避ける間も無かった。
──ズバッ……!!
「……ッッ!!」
肉と骨と空気が裂ける音。
リルの右腕が、肩から先ごと──吹き飛んだ。
「……ぁ゙、が、っ……!!」
激痛に表情が歪む。
ブシュッと大量に血が噴き出し、赤黒く染まった地面に──切断されたと同時に龍化が解けた右腕が落ちた。
機関のモニター室も、一瞬にして空気が冷える。
『……ゔッ……、り、リル……!』
無線から聞こえる、嘔気を堪えるセセラの声。
「……ぐッゔぅ゙ゔ……!!!」
玉のような冷や汗を浮かべて、歯を食いしばりながら唸り声を上げるリル。
レイの目は感情無くそれを見下ろし、リウが背後から追い討ちを狙う。
だが──。
「……っナメんなクソガキどもがァッ!!!」
痛みに呻きながらも、リルは龍化した脚を振り上げ、リウの蹴りを弾き返した。
その勢いで地面を跳ねて後方へと跳躍──同時に、転がっていた自分の右腕を回収する。
「はあ、はあ……、っ、クソが……!!」
咄嗟に、再接合処理に入る。
瘴気の制御と因子の練り合わせ。
骨の軸を組み、筋繊維を繋げ、皮膚を閉じていく。
数十秒もかからない。
「……ッ……ゔ……!!」
これが、紅崎リルという人型龍の再生能力。
だが──。
「……吹き飛んだ腕を、くっつけられるのが『人間』なの?」
その問いは、レイの冷たい笑みと共に放たれた。
「……っ……!」
リルの手が、一瞬止まる。
(……人間か……?)
気色悪い、バケモノ──。
幼い頃、何度も何度も言われてきた。
それでも──。
それでも。
「だったらテメェら、腕千切られたら泣いて大騒ぎしろよ! 人間としてやってこうとするならなァ!!」
リルは接合を完了し、拳を握りしめた。
その右腕が、再び龍化し音を立てて動く。
ギリッ……と奥歯を噛みしめたリルの目には、怒りと──ほんの僅か、迷いの揺らぎが映っていた。
セセラはモニター越しに唇を噛む。
「……っ、……この揺さぶりは、今のあいつの精神に悪ィ……」
「でも……戦えてます! リルくん……強い……!」
職員たちの声が飛び交う中、リルの拳がまた空を裂いた。
「ガキ共教えてやるよ……! オレは人間で龍だ……!!」
「どっちでもあって、どっちでもねえ……それの何が悪いってんだよ!!」
その叫びは、レイにもリウにも届かない。
だが、モニター越しに見ていた仲間たちには、確かに響いていた。
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※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。
※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。
※2022/10/25 完結まで投稿しました。
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