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コヨタ

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第27話 あたたかい家

第27話・1 西城家で料理対決?

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 暖かな陽射しが障子越しに広がる居間で、ラショウが穏やかな笑顔を見せていた。
 その手には湯呑みがあり、台所では湯を沸かす音が心地良く響いている。

「ねえ、兄様。レイラちゃん、もうほとんど腕治ったみたいだね」

「ん、ああ。もう復帰は近いって話だったな」

 アシュラは茶菓子を盆に並べながら頷いた。
 その様子を見て、ラショウはふわりと笑みを深める。

「だったら、またみんなでうちでお茶したいな。リルくんも呼んで……パパも、せっかく帰ってきてるし」

 ちょうどそのとき、廊下の向こうから「おーい! ラショ~、急須どこだっけー!?」という父・リョウラの豪快な声が聞こえ、兄妹はくすりと笑い合った。

「もう、パパ……」

「はは、相変わらずだな」

 こうしてまた、西城家に静かで温かな団欒の気配が戻りつつあった。


 ◇


 訓練を終えたレイラは、額に浮いた汗をタオルで拭いながら龍調査機関の廊下を歩いていた。
 軽く息を整えたその姿は、以前よりもしっかりと力が戻ってきていることを感じさせる。

 すると前方から、ラフな格好のリルが歩いてきた。表情は落ち着いており、どこか涼しげ。

「……おつかれ」

「リル……おつかれさま。そっちはどうだった?」

「ん、軽めの身体調整。そっちの訓練よりはラクしてる方だろ」

 ふたりが並んで歩き始めた時、レイラの通信端末が短く振動した。それとほぼ同時に、リルの端末も通知を表示する。

 画面には、ラショウからのメッセージ。

『お疲れさま! もし良かったら、うちでお茶でもどう? リルくんの体調も、レイラちゃんの怪我もだいぶ善くなったって聞いて、どうかなって!』

 レイラは小さく「ふふっ」と微笑む。

「ラショウ、相変わらず気配り上手だね」

「……あいつらしいな」

 リルはレイラの横顔をちらりと見て、ふと尋ねた。

「……あれ……お前、親父さんと会ったことあるんだっけ」

「あ……えっと、あるよ。少しだけだけど、お話もさせてもらった。薊野さんに紹介されて……」

「……んじゃ、大丈夫か。あの人、一見おっかねえからな。体格ヤバいし。初見は大体みんなビビる」

 レイラは首を横に振って、柔らかく微笑む。

「ううん。……すごく優しいって印象に残ってるよ。アシュとラショウのお父さんなんだなって思った。また、お会いできたらいいなって……ちょうど思ってたとこだったから、嬉しい」

「…………」

 少しだけ緩むリルの目元。

「……そっか」

「うん」

 しばらく無言で並んで歩いたあと、リルが肩をひとつすくめて──。

「……ま、行くか。お茶ってより、オレはなんか甘いもん狙いだけどな」

「えっ、また? リル、甘党だよね……意外と」

「うるせ。疲れたときゃ糖分だろ」

 くすくすと笑いながら、レイラはリルの横を歩き続ける。

 こうしてふたりは西城家へと向かうことを決めた。

 リハビリも、訓練も、検査も、任務も無い時間。
 ふたりはそれが、どれだけあたたかい時間かを知っている。


 ◇


 西城家の門をくぐった瞬間、懐かしく、どこか安心感のある空気がレイラとリルを包んだ。

 玄関まで続く石畳を歩くと、先に気がついたのは──ラショウ。

「レイラちゃん! リルくん!」

 玄関から顔を出したラショウがぱっと明るい笑顔で駆け寄ってくる。

「よう、ラショウ。連絡どうもな」

「いえいえ! ふたりともお疲れさま。レイラちゃん、腕もう大丈夫そうでよかった……!」

「うん……まだちょっと重い感じはあるけど、もう大丈夫。ありがとう」

 そんなやり取りの最中、奥から重みのある足音が響いた。

「お~~! レイラちゃん! よく来てくれたね~~~!」

 姿を現したのは、筋骨隆々の男──リョウラ。

 今日は口元を隠す布も無く、素顔。

 その顔に走る、巨大な引っかき傷。
 顔のほぼ半分を干渉し痛々しく走る4本の傷跡は、鼻ごと巻き込んで唇の上を斜めに裂きながら顎まで伸びていた。

 レイラはその姿を見た瞬間──。

「……!」

 一瞬だけ、息を止めてしまう。

(わ……おっきい傷……!)

 同時に、あの日──機関に来てくれたリョウラの姿を思い出す。その時は、確かに口元を布で覆っていた。

(……あれって……、この傷を見せないためだったんだ)

 一瞬の驚きはあったが、すぐにレイラの中に腑に落ちるものがあった。
 それは、誰かを怖がらせたくなかった、という優しさからくるものだと直感した。

 リョウラはレイラに向かって、朗らかな声を響かせる。

「やっ! あー……っと、お久しぶりだな! この間はちゃんと話せんかったけど……元気そうで何より!」

「リョウラさん……!」

 礼儀正しく頭を下げるレイラ。

「先日は、ありがとうございました。あの時、少しだけでしたけど……お話できて、すごく嬉しかったんです」

「おおお~~~ッ、それは嬉しいねぇ! うんうん、俺もだよ~! リルのことも、任せっぱなしになっちゃって……ありがとね。君がいてくれたから、リルも今ここにいる」

 少し真面目なトーンになったリョウラの大きな手が、まるで父親のようにぽんとレイラの頭に置かれた。

 レイラは(やっぱり、お、大きいな……)と少しびっくりしながらも、その手のあたたかさと優しさに安心する。

「さあさあ、上がれ上がれ~! 今日はお茶だけじゃ済まんぞ~! なんか甘いもんも用意しといたからね!」

 横にいたリルはその言葉に小さく反応。

「……甘いもん、あんのかよ。最高じゃん」

「でしょ~!? パパ、リルくんのために買ってきてくれたんだ~!」

 と笑うラショウに、リョウラが「たまにはパパにも何か買ってほしいぞ~」と苦笑しながらも、どこか微笑ましい空気に満たされていた。

 こうしてレイラとリルは、西城家のあたたかな団欒へと足を踏み入れていく──。

「あっ、そうだ! れ、レイラちゃん! ゴメンね!? 俺の傷……怖いよね!? ほら、口元……ほら、ちょっと痛々しいかもって……!」

 玄関から上がって早々、リョウラが慌てたように手で口元を隠した。
 まさかの言葉に、レイラはドキッと肩を跳ねさせる。

「えっ!? あ、いや、そんな……!」

 ブンブンと首を振るレイラの声は真剣そのもので、リョウラの目をまっすぐに見つめた。

「怖いなんて、全然……! むしろ、過酷な現場にいたのかな、って……勝手に想像しちゃいました。それでもここに居るリョウラさん、やっぱり……強いんだなって」

「……!」

 その言葉にリョウラは目を見開くが、次の瞬間には気まずそうに笑って──。

「いやいや、そんなんじゃないんだよぉ~。あれはちょっと、ヘマしちゃってね……」

「……ヘマ?」

「すごくワガママな狐がいてさ。そいつが急に機嫌悪くなるもんだから、叱ってやろうと思ったら……ガリッて。いやぁ~痛かった~!」

「……きつね?」

 と、聞き慣れない生物の名前を繰り返すレイラ。
 すると廊下の奥から現れたアシュラが横から補足するように話し出す。

「狐っていうのは、龍とはまた異なるなんだ。……この辺りは龍の出現が多いけど、少し離れた地域には、狐の存在が確認されてる」

 レイラは「へえ……!」と目を丸くして聞き入った。
 続けてアシュラは、少し懐かしむように。

「昔はこの辺りでもよく見かけたって聞いてるよ。……でも今は個体数が減ってるみたいだ。西城家は、龍じゃなくてその“狐”と精通してきた家系なんだよ。化け狐やら伝承やら、そういう話もある」

「きつね……狐かぁ……」

 レイラはポツリと呟く。

 想像上の生き物とも違う、また龍とも異なる特異な生き物。

(私の知らない、別の“異形”……)

 リョウラはニコッと笑って、レイラの思考をやわらかく解いた。

「可愛いんだよ、奴らは。……でも、少しだけ、暴れん坊な子もいるんだよな~、ほんっとに。……なあ? アシュラ?」

「まあ、父上の前では特にね」

「なんでだろうな~? 俺そんな怖くないのに~~?」

 笑い合う親子。

 そんな中でラショウも「パパは狐さんにも好かれちゃうんだよね~」と、嬉しそうに笑っている。

 リルはといえば、少し離れたところで静かに聞いていたが、ふと、笑いを堪えるように口を押さえた。

「……龍も狐も……つか狐の女も、親父さんの相手するの大変そうだな」

「なーんだよーリルぅ~! それ、褒め言葉だと思っとくからなー!」

 和やかな空気が広がり、どこか懐かしい匂いが鼻をくすぐる。


 ◇


 西城家の縁側に、茶葉のいい香りと湯気がふわりと広がってきた。

「はい、こちらどうぞ~。熱いから気をつけてね」

 ラショウが丁寧に淹れたお茶を盆に乗せて、居間に続く縁側へと運んでくる。
 薄緑の湯呑みに注がれた香ばしいお茶。脇には、手作りの小さな羊羹と干菓子。

 リョウラは「おお~~すごいな! ラショウは本当に偉いなあ……!」と感涙気味に受け取り、ぺこりとお辞儀してから湯呑みを手にした。

「ラショウ……すごい、旅館の女将さんみたい……」

 とレイラが感心するように呟くと──。

「ふふ……旅館なんてとんでもない。でも、レイラちゃんにそう言ってもらえるの、なんだか嬉しいな」

 照れ笑いを浮かべるラショウ。

 レイラもそっと湯呑みを受け取り、少しだけ右腕をかばいながら口元に運ぶ。

「……おいしい……っ」

 それはどこか、懐かしい味がした。

 その隣、リルも無言で湯呑みに口をつけていたが──。

「……あつッ……」

「おいおい、大丈夫かよリル」

 と、アシュラが眉を寄せた。

「いや……思ったより熱くて、つい……。でも美味いよ」

 ぽそりと答えるリルは妙に素直で、アシュラは「……そうか」と肩をすくめて笑う。

 レイラはそんなリルをちらりと見て、目を細めた。

(……最近のリル、前より柔らかい表情が増えた気がする……)

 皆の顔をゆっくりと見渡していたリョウラは、しみじみとしたように──。

「こうして皆が同じ空間で、同じものを飲んで笑ってると……すごく落ち着くね。西城家って、いい家だなあ~いいなあ~って改めて思うよ」

「親父さんだって西城だろ」

 リルが即ツッコミ。

「ははっ、言われてみればそうだった!」

 皆が自然に笑う。
 空気がゆっくりと、やわらかくほどけていく。

 するとラショウがふと、小さく手を叩いて思い出したように声を出した。

「そうだ、今度は私、お団子も作ってみようと思ってて! リルくん、レイラちゃん、お団子は好き?」

「……嫌いじゃねえよ」

 そうリルが答えると、レイラは「お団子、いいね……! 今度は私も何か作って持ってきたいな」と微笑んだ。

 ──風が、すっと吹き抜ける。
 茜色に染まろうとする空。虫の音がそっと耳に触れた。

(こんな時間が、ずっと続けばいいのに)

 そんな願いを、誰もが胸の奥に、ほんの少しだけ秘めながら──。
 温かなお茶会は、まだしばらく続いていった。

 その中で、アシュラは縁側で湯呑みを置きながら、ふと提案する。

「なあ、夕飯もウチで食っていきなよ。せっかく集まったんだしさ」

 その言葉に、レイラは咄嗟に両手を小さく振って遠慮の姿勢を見せた。

「えっ、そんな! なんでも食べさせてもらっちゃって悪いよ……!」

 ……が、その隣。

「おう、そうする」

 即答したのはリルだった。

 レイラは「り、リル……」と驚いたようにリルを見やるが、リルはきょとんとした顔で返す。

「べつにオレはここも家みてえなモンだし、普通だろ?」

「……あ、……うん……まあ、そうか」

 納得するしかないレイラ。

(今のリルのきょとん顔……悔しいけどちょっと、可愛かったな……)

(……やっぱり、ここが落ち着くんだろうな……)

 アシュラはふたりのやり取りを見て、満足げに微笑んだ。

「んじゃ、決まりだな」

 そして、リョウラとラショウ。ふたり同時に満面の笑顔で、「やった~!」と小さく手を合わせて喜んでいる。

 ──だがその空気を切り裂くように、アシュラが唐突にリルに振った。

「よしリル、今日は頑張ろうな」

「……あ? 何が?」

 僅かに片目を上げ、口を半開きにするリル。

 アシュラは爽やかな笑みでとどめを刺した。

「いつもラショウばかりに任せて悪いだろ? だから今日は俺とお前が夕飯担当。今決めた」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 全員揃ってポカン。

 レイラは思わず(……アシュは何でもこなせそうだけど、リル、料理なんかできるの……!?)と内心ざわめく。

(全然想像できないんだけど……!)

 脳裏には──うっかり包丁で指を切って騒ぐリル。
 塩と砂糖を間違えるリル。鍋の中身を黒焦げにするリル……など、沢山の『料理下手リル劇場』が上映されていた。

 だが──。

「まあ、たまにはいいか」

 と、思いのほかすんなり受け入れるリル。

「え……!? リル、料理できるの!?」

 レイラが思わず口にすると、リルは普段通りのボソッとした口調で答えた。

「……食っても食っても腹減る時があってさ。仕方ねえからそういう時は自分で作ってる。そしたら、なんか勝手に覚えた」

「わあっ……!」

 ぱあっと目が輝くラショウ。

「昔の話だろ?」

 アシュラが軽口を叩くと、リルはニヤッとして──。

「……じゃ、アシュラ……勝負でもするか? どっちが旨いモン作れるか」

「おっ、いいな……! お前の本気、見せてもらおうじゃねえか」

 アシュラとリルのぶつかる視線に、バチバチと火花が走る……ように見えた。

 リョウラは両手を叩いてニッコリ。

「いや~最高だね! じゃあ俺はジャッジ役ということで♪」

「わ、私も手伝うよ!」

 とレイラは立ち上がろうとするが──。

「レイラちゃんは休んでて! 今日はお客さんなんだから」

 ニコニコしながらレイラを手で制するラショウ。

「……そ、そう……? なんか、悪いな……」

 レイラは大人しく、そっと座り直すのだった。


 ◇


 夕刻。
 広々とした台所にふたりの男が立つ。

「さて……じゃあ、軽くやるか」

 袖をまくって、にこやかに包丁を持つアシュラ。
 リルも爪の長さを短く整えてから、ゆっくりと袖をまくる。そして、冷蔵庫の前へ。

 開始の合図も無いまま、調理開始バトルスタート

 ──最初に動いたのはリル。

 冷蔵庫を開けて食材を取り出す。
 その動きはまるでプログラミングされた機械のように無駄が無く、迷いも無い。

 鶏肉を手に取り、下味を付け、サッと小麦粉を振る。
 玉ねぎは刃を通す間も無く綺麗な薄切りに。
 その手元は音を立てず、滑るように流れる。

(……え?)

 アシュラ、一瞬手を止めた。

(……なんだ今の包丁さばき……!?)

 フライパンに油を引き、温度を一瞬で見極めるリル。

「アシュラ、あれ取って」

「え、ああ、これ?」

「いや、それじゃない。そっち。あと、湯沸かしておいて。火は強め」

「……お、おう」

 言われるがまま動き始めるアシュラ。
 気付けば補佐に回っていることに、内心で動揺する。

(……な、何でだ? 俺の方が料理してる回数は多いはず……)

「それ、野菜の水切っといて。あと、この肉はひっくり返すなよ。まだ触んなくていい」

「……お前、人に指示すんの上手くなったな……?」

「……あ? なんだそれ」

 リルの手は止まらない。
 煮物の火加減、魚と鶏肉の焼き加減、味噌汁の味の調整や盛り付けの色彩バランス──。

 センスがずば抜けている。

 ラショウが廊下からひょこっと顔を出した。

「……あれ? 兄様、何してるの? 手伝ってるの?」

「いや……えっと、違う、これは……」

 返答に詰まるアシュラをよそに──。

「ちょうどいいところに来たわ。ラショウ、この皿出しといて。あとデザートも。冷蔵庫の下段の右な」

「えっ、うん……!?」

 リルの声は相変わらず無感情気味だが、その声に兄妹が自然と動く。


 ◇


「……俺、たぶんリルに料理の弟子入りするかもしれん」

 アシュラはしみじみ呟いた。

 完成した料理の香りが広がる。

 炊き立てのご飯、温かい味噌汁。
 出汁が染みた煮物、パリパリに焼き上げた焼き魚、香ばしい鶏の照り焼き。
 ふんわりとした卵焼きに、見た目にも美しい小鉢の数々──。

 食卓には色とりどりの品が並んでいた。

「……え? これ、リルが全部作ったの?」

 レイラが目をまん丸にして聞く。

「……いや、俺も頑張ってたんだけどな……」

 とアシュラが肩を落としていたところで、リョウラが嬉しそうに手を合わせた。

「いやあ~、食べる前から幸せだ! リル! お前って奴は!!」

「は、はやく食べよう! ね! いただきます!!」

 やや興奮気味のラショウの声に全員が続き、賑やかに夕食が始まった。

 リルは一言。

「……うまくできてるといいけどな」

 それは珍しく、自分に向けた小さな願いだった。



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