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第27話 あたたかい家
第27話・2 まさかの混浴?
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「…………んんっ!? なにこれ……お、美味しっ……!!」
レイラはひとくち頬張った瞬間、思わず声を上げた。
「もう殆どリルくんが作ってたんだよね!」
ラショウはニコニコしながら、さっきからおかわりを繰り返している。
「この煮物信じられんくらい美味い……。あと、味噌汁の出汁、上品すぎる……」
アシュラも静かに感動を噛みしめていた。ちょっとだけ悔しそうな顔で。
リョウラはもはや感涙寸前。
「ううう、リル……お前……お前って奴は……っ! これは“魂を持った料理”だよ……っ!」
当のリルはというと、静かにご飯を咀嚼中。
「……オレ、別に何も特別なことはしてねえぞ。普通に作っただけだし」
「いや普通じゃないよ!? むしろなんで今まで隠してたの!? こんな……」
箸を握り締めて身を乗り出すレイラ。
「……えっ、待って。もしかして『満腹にならない』って言ってたのって……」
「うん」
リルはごくりとお茶を飲んでから続ける。
「オレ、龍化でめちゃくちゃ腹減るから。その度買い食いしてたら金が無くなるだろ。だから自分で作るようになった。ひとりでやってたら慣れたってだけ」
「でも、こうやって人の分まで作れるのって……すごくない?」
「……まあ、今は……お前らと食ってるだけで、ちょっと満たされる気はしてる」
「…………!」
その言葉に、レイラはそっと箸を止めた。
「ん? なんだよ、急に黙って」
「……いや、うん……なんでもない。ふふっ」
リルの、少し照れたような目線の外し方が、なんだか愛しかったのだ。
そしてラショウがちょっと照れくさそうに──。
「リルくん……私ね、今度リルくんと一緒にお菓子作りしたいな……。どうかな?」
「お、お菓子って作ったことねえけど……まあ、いいよ」
「やったあ!」
アシュラはその様子を見ながら、ひと息。
「……いい夜だな」
リョウラも腕を組み、しみじみと呟く。
「これだよ、これ。俺が帰ってきたかった理由は……。やっぱり家族はこうでなくっちゃな」
その言葉に誰もが思わず微笑んだ。
傷だらけの体も、心の痛みも、今だけは温かな食卓に包まれて、確かに満たされていた。
◇
静かな夜の夕食後。
湯呑みを片手に、ぽかぽかとした顔で微笑んでいるレイラ。
「本当に美味しかった……リルありがとう! なんだか、機関の社員食堂で働いたらいいのにって思っちゃった」
「やだよ。めんどくせえ」
あまりにも即答すぎて、アシュラが吹き出す。
「ふふふっ……リル、即答かよ。あの食堂、注文多そうだしな」
リルは肩をすくめながら「あれでよく回ってんなって思う」と続け、レイラは「いやそれは私もちょっと思ってた……」と笑い合った。
そのとき。
「…………」
ふと、『機関』という単語にリョウラの眉が少し動く。
「そうだ……リル。最近の機関暮らしは、どうだ?」
問いかけは穏やかだったが、視線はまっすぐ。
まさに、父としての眼差し。
リルは少し黙ってから、ゆっくりと答えた。
「……クソ暇な時はとことん暇で、クソ忙しい時は寝る間も無いくらい忙しい。……まあ、そんな感じ」
そして一拍置いて、目線を落とす。
「体のことだったら……なんとか、大丈夫。我ながら、しぶとくできてる」
その答えにラショウがほっと息をついたのが、レイラの隣で伝わった。
「……でもな」
リルは声のトーンを少し落とした。
「どうしてもぶん殴りてえヤツがいるんだけどさ……そいつの元へ行くには、まだ……力が足りねえ、気がしてる」
「……!」
リルの言葉に、場が少しだけ静まり返る。
その中でアシュラが、静かに手元の茶を口にしながら声を出した。
「……きっとその時は、来るんだろう」
リルはすぐには何も言わず、視線だけをアシュラに向けたあと──。
「……まあ……言われなくてもわかってるよ。オレもそうだろうなって、ずっと考えてる」
リョウラはそれを聞いて、満足気に頷いた。
「それでこそ、だ。自分の怒りの使い道を見誤らずにいろ。今のしぶといお前なら、もう少しだけ遠くまで行ける」
「……ん」
少しだけ目を細めて、湯呑みを傾けるリル。
レイラはその横顔を見つめながら、(……リルは、ちゃんと前を見てる)と、胸の中がじんと熱くなるのを感じていた。
◇
──夜の静けさがしっとりと降りた頃。
湯気がふわりと立ちこめる、広々とした檜造りの浴室。
レイラは引き戸をガラリと開けて、脱衣所へと足を踏み入れた。
「……わぁ……」
脱衣所からチラリと覗いた浴室は家庭用にしては高い天井、岩風呂のような装飾が施された大きな浴槽。
ほんのり香る木と入浴剤の匂いに包まれて、レイラは自然とため息が零れる。
(……ラショウが『お風呂どうぞ』って言ってたけど……これって……)
広くてまるで、旅館の浴場のような雰囲気。
レイラはそこで、『入浴中の方は札を裏返してください』と書かれた案内の紙と立て札の存在に気がついた。
(お客さん用かな?)
「…………」
(……べつに他にお客さんとかいないし……大丈夫……だよね?)
そう思って立て札に触れることなく、脱いだ服を畳むと、そっと浴室の扉を開ける。
視界を白く染めるほどふわっと広がる湯気。
モコモコでフワフワの泡を堪能しながら髪と体を洗い終え、湯に足を沈めた。
(ふぁあああ……気持ちいいいい……)
岩風呂を模した湯船の縁に手をかけて、肩まで浸かったその瞬間。
──ガラッ……
「……あ?」
「え?」
声と共に開いた扉。
湯気でよく見えないが、声でわかる。
そこにいたのは、リル。
「……あっ、あ!? えっ、えええええええっ!!??」
叫ぶレイラの声が裏返り、咄嗟に湯の中に顎ギリギリまで沈んだ。
「ちょっ、なっ、なんで!?!?」
「……あー、わりい、気が付かなかった」
「えっ、あっ、それはごめん……!?!? っていうか出ないの!? わ、私いるけど!!??」
リルは「べつに……まあ気になるならタオルだけ巻いとくわ」と無関心。
「……うそ、こ、混浴だよこれ……、いや、別にリルが嫌なわけじゃないけどっ、でも、でも……! は、恥ずかし……!!」
「……落ち着け。見てねえから。つーか、何も見えてねえから」
と、リルはシャワーを頭から被った。
レイラが先程堪能した泡に包まれリルも髪と体を淡々と洗い終え、レイラがいても十二分な広さのある湯船へザバザバ入っていく。
「……ちょ、ちょっとは気にしないの……!?」
というレイラの問いに、リルはやっとどこか居心地悪そうな反応を示した。
「……あー……」
レイラは頬を赤らめたまま、目線を伏せてぽつり。
「……あなた、全然平気なんだね。……こういうの」
「いや、別に平気じゃねえよ」
「え?」
「一応びっくりしてる。……心臓、うるせえし。たぶん今、お前に聞こえてんじゃねえかな」
「っ……」
レイラの顔が、カーッと一気に赤く染まる。
「そ、それ、今の反則だから!! そういうこと言うのが一番ダメだから!! だったら出ればいいのに! なんで出ないの!?」
「……なんで、だろな。出んのもめんどくせえって思ったらべつにいいかなって」
「……ぜ、絶対見ないでよ」
リルは片目を伏せて、「……わりぃ」とだけ。
しばらくして、ふたりは入浴剤で真っ白に染まった湯に肩まで浸かりながら──。
「……でも、まあ……あったかいね」
「……ああ。……悪くねえよな、たまにはこういうのも」
まだ驚きを胸に残しつつもレイラは目を閉じる。
リルはぼんやりと天井を見ながら呟いた。
「……湯船にゆっくり入れるのも、案外久しぶりかもな。戦場帰りは基本シャワーだし」
「わかる……私も大浴場まで行く余裕無くて、いつもシャワーで済ませちゃうから……こんなにあったかいのに浸かると、ちょっと泣きそうになる」
「……疲れてんだな、お前も」
「うん……でも、リルもでしょ」
「オレはもう、バケモノ補正でどうにかなってんだろ」
「だからバケモノじゃないって」
即座に言い返すレイラ。
リルは少し驚きながら目を向けると、レイラの瞳はまっすぐだった。
「リルはリルでしょ。しぶとくできてるって自分で言ったじゃん」
その言葉に、リルはふっと目を細める。
「……あーあ。風呂ん中で説教されるとはな」
「説教じゃないよ」
そう言って、レイラは湯の中で自分の右腕をそっと見つめる。
湯気の中、しばらく言葉も無く、ただ静かな音だけが湯船を満たしていた。
やがてレイラがぽつりと。
「……もう少し、こうしてたいなあ」
「……オレも」
まるで、どこか遠くの旅先に来たような、静かで温かな夜だった。
◇
──少し時間を戻して。
場所は浴室前の廊下。
「……ふふ、これで今夜はレイラちゃんも少しは体が温まるはず……」
湯上がりの準備を整えてくれていたラショウが、廊下を静かに歩いていた。
(あれ? レイラちゃん、お風呂入るとき……立て札に気が付いてくれたかな……)
(そういえば……リルくんはいつお風呂入るって言ってたかな……)
「…………あれ…………」
──その瞬間。
「……あっ、あ!? えっ、えええええええっ!!??」
廊下の奥から響いてきた、どう考えてもレイラの声。
ピタリと足を止めたラショウの額に、冷や汗がツー……と流れる。
「…………ま、まさか……」
急いで立て札を確認しようと脱衣所へ向かうラショウ。
そこにはしっかり『入浴中』と書かれた札と、傍には雑に置かれたリルの衣服。
そして、少し離れた目立たない場所にレイラの衣服があった。
(……えっ、うそでしょ……レイラちゃん札に気がつかなくて……!? リルくん入ってきちゃった……!?)
(でも今は札が出てて、あっ、これはリルくんが札を立てて……!?)
(まさか今……、混浴……っ!? あのふたりが……!?!?)
ぐるぐる思考でラショウの手が震える。
(あわわ……だ、大丈夫かな……ちゃんと湯気、出てるよね……!? 何も、何も起きてないよね!?)
そわそわしながらその場をくるくる歩き始めた。
(……でも、ちょっと……ちょっとだけ、近くに行ってみようかな……っ)
こっそり風呂場の方へ近づき──。
中からほんのりと聞こえるのは、リルの声。
「……心臓、うるせえし。たぶん今、お前に聞こえてんじゃねえかな」
「──!?!?!?」
ラショウ、動きが止まる。
そのまま無言でスーッと後退していった。
(……な、なんか、すごいことになってる……)
(でも……今は……、そっとしておこう……)
そう心に誓い、顔を真っ赤にしながらひとり戻っていくのだった。
◇
ぱたぱたぱたっ……と勢いよく居間へ走り込んできたのは、頬を真っ赤に染めたラショウ。
「パ、パパ! 兄様! たいへん、大変だよ……っ!」
「おお~どうしたどうしたァ~!? お腹でも痛くなっちゃったか!? んん!?」
「ん、レイラかリルか……どっちか何かやらかしたか?」
椅子に座っていたリョウラとアシュラが、同時に首を傾げて見やる。
ラショウは小さく口をすぼめ、声を潜めながら答えた。
「れ、レイラちゃんと……リルくんが……、お風呂で……っ、ふたりで……っ、ばったり……!」
一瞬、時間が止まる。
その直後──。
「……あっはははははははは!!!」
「マジかよ!! 風呂で!? ふたりが!? はははははっ!!」
リョウラとアシュラ、声を揃えて大爆笑!!
「よりによって、なんで風呂場でそんなすれ違いが起こるんだよ! あいつら漫画か!」
「リルもリルで引き返せばいいのに、そのまま入ってっちゃったのかよ!?」
「いや~あいつ、ウチに来ると気が抜けすぎなんだよ! 相手は年頃の女の子だってのになんにも気にしないんだからなあ!」
「リルそういえばどっか行ったなとは思ってたけど部屋に戻ってったとかじゃないのかよ!! 」
どっちがどっちのセリフかわからないほどの騒ぎっぷり。
バンバン机を叩きながら笑うリョウラ、床に手をついて肩を震わせて笑うアシュラ。
親子揃って笑いのツボが同じなようだ。
その隣で、ラショウは頬を押さえて俯き気味。
「も、もう……! ああレイラちゃん……ビックリしただろうな……大丈夫かな……何で私の方が恥ずかしくなってるの……!?」
リョウラとアシュラはそんなラショウの様子を見てまたさらに爆笑し──。
「あはははっ、ラショウまで顔真っ赤になっちゃって! 可愛いなあ~~!」
「風呂上がりは麦茶でも出してやるかな。レイラが無言だったらお前がフォローしてやれよ~? ふふふふふっ」
と、和気藹々。
西城家、今日も平和です。
──やがてふわりと湯気を纏ったようなレイラとリルが、廊下を並んで歩いてくる。
リルは髪を乾かしたばかりのようで、肩に掛かったタオルを持て余すようにぐしゃりと掴みながら無表情。
一方レイラはというと──。
「…………」
バスタオルを抱きしめたまま、顔を真っ赤にして視線が定まっていない。
「……らしょ……おふろ、ありがと……」
目をぐるぐると回しながら、ラショウの方へなんとかお礼を伝えるレイラ。
「あ……う、ううん! ゆっくりできた……なら、いいけど……! でも、ゆっくりできてないよね!? あ、あんな……あんな……」
ラショウも慌てた様子でおろおろ。
(想像するだけで恥ずかしいよぉぉぉ……!)
と、むしろラショウの方が火照っている。
アシュラはそんな様子を横目で見ながら、リルに声をかけ歩み寄った。
「なあリル……お前、レイラが先に入ってたんだったら引き返せよ……かわいそうに……」
苦笑しながらリルの頭を軽くコツン。
「イテ……」
リルは小さく呻くように反応しながら、肩をすくめた。
「……待ってる時間がダルいだろ。オレらこのあと戻んなきゃいけねえんだから、あんまり遅いと報告が面倒になる」
全く悪びれた様子のない、いつも通りの低体温ボイス。
「そ、そうかもしれねえけど、でもお前な……!」
と、アシュラが言いかけたところで──。
「ほらほら、ふたり仲良くお風呂上がりは冷たい麦茶~~~! いや、温かい方がいいかぁ? それとも牛乳~~~!?」
元気よく割り込んできたのは、リョウラ。
「パパ、騒ぎすぎ……!」
とラショウが止めにかかるが、リョウラはレイラにニコッと満面の笑顔。
「レイラちゃん、驚いたよな~。で、リルが慌ててないのがまたオカシイっていうか……でもま、女の子なのに悪かったなあ。あまり気にしないでな」
「き、気にしないっていうか、気にしろっていうか……!!!」
レイラの顔は再び真っ赤に。
それを見て、アシュラが一言ぽつり。
「……やっぱり、レイラ……かわいそうだったな」
リルはちらりとレイラを見て、「……悪い」と小さく呟いた。
でもそれだけ。
なのにその言葉はどこか不器用な優しさに満ちていて、レイラは「あっ……」と声を飲み込んだ。
(ああもう……なんで、そんな顔する……)
心の中でバンバンと何かが暴れている。
そんな平和でちょっと騒がしく、そして微笑ましい夜が、西城家には静かに更けていく。
◇
「荷物、忘れ物ないか?」
アシュラは戸を開けながら、レイラとリルの背に声をかける。
機関へと戻ろうとするふたりの姿に、玄関に立つ家族が集まっていた。
「うん、大丈夫」
頷くレイラ。先程までの混浴事件(?)の名残はもう無く、表情は清々しい。
リルも無言で頷いた。
「リルくん、レイラちゃん。また余裕のある日はいつでも帰って来てね」
ニコニコと包み込むような笑顔のラショウ。
「……ああ」
リルはそっけなく見えるが、それが彼なりの『また帰る』の意志表明。
「レイラちゃんの腕が完治したら、今度は一緒にトランプでもしようね」
ラショウの提案にレイラは「ふふ……っ、ありがとう」と微笑む。
「ふたりとも! 次来た時には……パパが特製ハンバーグ作っちゃうからね!!」
リョウラのテンションは夜でもいつも通りMAX。ドンとリルの背を軽く叩いた。
「わっ……」
レイラは驚いてリルの肩を支えるように手を添える。
「……親父さんのハンバーグ毎回火事寸前で怖ぇんだよ」
ジト目で呟くリル。リョウラは「それが香ばしさの秘密!」とドヤ顔。
そして最後にアシュラがふたりを見送りながら声をかけた。
「じゃあ、またな。任務じゃ無理すんなよ、ふたりとも」
「うん」
「……じゃな」
夜風が心地よく吹く門をくぐり、レイラとリルは並んで歩き出す。
その背に、見送る西城家の温かな視線が静かに注がれていた──。
レイラはひとくち頬張った瞬間、思わず声を上げた。
「もう殆どリルくんが作ってたんだよね!」
ラショウはニコニコしながら、さっきからおかわりを繰り返している。
「この煮物信じられんくらい美味い……。あと、味噌汁の出汁、上品すぎる……」
アシュラも静かに感動を噛みしめていた。ちょっとだけ悔しそうな顔で。
リョウラはもはや感涙寸前。
「ううう、リル……お前……お前って奴は……っ! これは“魂を持った料理”だよ……っ!」
当のリルはというと、静かにご飯を咀嚼中。
「……オレ、別に何も特別なことはしてねえぞ。普通に作っただけだし」
「いや普通じゃないよ!? むしろなんで今まで隠してたの!? こんな……」
箸を握り締めて身を乗り出すレイラ。
「……えっ、待って。もしかして『満腹にならない』って言ってたのって……」
「うん」
リルはごくりとお茶を飲んでから続ける。
「オレ、龍化でめちゃくちゃ腹減るから。その度買い食いしてたら金が無くなるだろ。だから自分で作るようになった。ひとりでやってたら慣れたってだけ」
「でも、こうやって人の分まで作れるのって……すごくない?」
「……まあ、今は……お前らと食ってるだけで、ちょっと満たされる気はしてる」
「…………!」
その言葉に、レイラはそっと箸を止めた。
「ん? なんだよ、急に黙って」
「……いや、うん……なんでもない。ふふっ」
リルの、少し照れたような目線の外し方が、なんだか愛しかったのだ。
そしてラショウがちょっと照れくさそうに──。
「リルくん……私ね、今度リルくんと一緒にお菓子作りしたいな……。どうかな?」
「お、お菓子って作ったことねえけど……まあ、いいよ」
「やったあ!」
アシュラはその様子を見ながら、ひと息。
「……いい夜だな」
リョウラも腕を組み、しみじみと呟く。
「これだよ、これ。俺が帰ってきたかった理由は……。やっぱり家族はこうでなくっちゃな」
その言葉に誰もが思わず微笑んだ。
傷だらけの体も、心の痛みも、今だけは温かな食卓に包まれて、確かに満たされていた。
◇
静かな夜の夕食後。
湯呑みを片手に、ぽかぽかとした顔で微笑んでいるレイラ。
「本当に美味しかった……リルありがとう! なんだか、機関の社員食堂で働いたらいいのにって思っちゃった」
「やだよ。めんどくせえ」
あまりにも即答すぎて、アシュラが吹き出す。
「ふふふっ……リル、即答かよ。あの食堂、注文多そうだしな」
リルは肩をすくめながら「あれでよく回ってんなって思う」と続け、レイラは「いやそれは私もちょっと思ってた……」と笑い合った。
そのとき。
「…………」
ふと、『機関』という単語にリョウラの眉が少し動く。
「そうだ……リル。最近の機関暮らしは、どうだ?」
問いかけは穏やかだったが、視線はまっすぐ。
まさに、父としての眼差し。
リルは少し黙ってから、ゆっくりと答えた。
「……クソ暇な時はとことん暇で、クソ忙しい時は寝る間も無いくらい忙しい。……まあ、そんな感じ」
そして一拍置いて、目線を落とす。
「体のことだったら……なんとか、大丈夫。我ながら、しぶとくできてる」
その答えにラショウがほっと息をついたのが、レイラの隣で伝わった。
「……でもな」
リルは声のトーンを少し落とした。
「どうしてもぶん殴りてえヤツがいるんだけどさ……そいつの元へ行くには、まだ……力が足りねえ、気がしてる」
「……!」
リルの言葉に、場が少しだけ静まり返る。
その中でアシュラが、静かに手元の茶を口にしながら声を出した。
「……きっとその時は、来るんだろう」
リルはすぐには何も言わず、視線だけをアシュラに向けたあと──。
「……まあ……言われなくてもわかってるよ。オレもそうだろうなって、ずっと考えてる」
リョウラはそれを聞いて、満足気に頷いた。
「それでこそ、だ。自分の怒りの使い道を見誤らずにいろ。今のしぶといお前なら、もう少しだけ遠くまで行ける」
「……ん」
少しだけ目を細めて、湯呑みを傾けるリル。
レイラはその横顔を見つめながら、(……リルは、ちゃんと前を見てる)と、胸の中がじんと熱くなるのを感じていた。
◇
──夜の静けさがしっとりと降りた頃。
湯気がふわりと立ちこめる、広々とした檜造りの浴室。
レイラは引き戸をガラリと開けて、脱衣所へと足を踏み入れた。
「……わぁ……」
脱衣所からチラリと覗いた浴室は家庭用にしては高い天井、岩風呂のような装飾が施された大きな浴槽。
ほんのり香る木と入浴剤の匂いに包まれて、レイラは自然とため息が零れる。
(……ラショウが『お風呂どうぞ』って言ってたけど……これって……)
広くてまるで、旅館の浴場のような雰囲気。
レイラはそこで、『入浴中の方は札を裏返してください』と書かれた案内の紙と立て札の存在に気がついた。
(お客さん用かな?)
「…………」
(……べつに他にお客さんとかいないし……大丈夫……だよね?)
そう思って立て札に触れることなく、脱いだ服を畳むと、そっと浴室の扉を開ける。
視界を白く染めるほどふわっと広がる湯気。
モコモコでフワフワの泡を堪能しながら髪と体を洗い終え、湯に足を沈めた。
(ふぁあああ……気持ちいいいい……)
岩風呂を模した湯船の縁に手をかけて、肩まで浸かったその瞬間。
──ガラッ……
「……あ?」
「え?」
声と共に開いた扉。
湯気でよく見えないが、声でわかる。
そこにいたのは、リル。
「……あっ、あ!? えっ、えええええええっ!!??」
叫ぶレイラの声が裏返り、咄嗟に湯の中に顎ギリギリまで沈んだ。
「ちょっ、なっ、なんで!?!?」
「……あー、わりい、気が付かなかった」
「えっ、あっ、それはごめん……!?!? っていうか出ないの!? わ、私いるけど!!??」
リルは「べつに……まあ気になるならタオルだけ巻いとくわ」と無関心。
「……うそ、こ、混浴だよこれ……、いや、別にリルが嫌なわけじゃないけどっ、でも、でも……! は、恥ずかし……!!」
「……落ち着け。見てねえから。つーか、何も見えてねえから」
と、リルはシャワーを頭から被った。
レイラが先程堪能した泡に包まれリルも髪と体を淡々と洗い終え、レイラがいても十二分な広さのある湯船へザバザバ入っていく。
「……ちょ、ちょっとは気にしないの……!?」
というレイラの問いに、リルはやっとどこか居心地悪そうな反応を示した。
「……あー……」
レイラは頬を赤らめたまま、目線を伏せてぽつり。
「……あなた、全然平気なんだね。……こういうの」
「いや、別に平気じゃねえよ」
「え?」
「一応びっくりしてる。……心臓、うるせえし。たぶん今、お前に聞こえてんじゃねえかな」
「っ……」
レイラの顔が、カーッと一気に赤く染まる。
「そ、それ、今の反則だから!! そういうこと言うのが一番ダメだから!! だったら出ればいいのに! なんで出ないの!?」
「……なんで、だろな。出んのもめんどくせえって思ったらべつにいいかなって」
「……ぜ、絶対見ないでよ」
リルは片目を伏せて、「……わりぃ」とだけ。
しばらくして、ふたりは入浴剤で真っ白に染まった湯に肩まで浸かりながら──。
「……でも、まあ……あったかいね」
「……ああ。……悪くねえよな、たまにはこういうのも」
まだ驚きを胸に残しつつもレイラは目を閉じる。
リルはぼんやりと天井を見ながら呟いた。
「……湯船にゆっくり入れるのも、案外久しぶりかもな。戦場帰りは基本シャワーだし」
「わかる……私も大浴場まで行く余裕無くて、いつもシャワーで済ませちゃうから……こんなにあったかいのに浸かると、ちょっと泣きそうになる」
「……疲れてんだな、お前も」
「うん……でも、リルもでしょ」
「オレはもう、バケモノ補正でどうにかなってんだろ」
「だからバケモノじゃないって」
即座に言い返すレイラ。
リルは少し驚きながら目を向けると、レイラの瞳はまっすぐだった。
「リルはリルでしょ。しぶとくできてるって自分で言ったじゃん」
その言葉に、リルはふっと目を細める。
「……あーあ。風呂ん中で説教されるとはな」
「説教じゃないよ」
そう言って、レイラは湯の中で自分の右腕をそっと見つめる。
湯気の中、しばらく言葉も無く、ただ静かな音だけが湯船を満たしていた。
やがてレイラがぽつりと。
「……もう少し、こうしてたいなあ」
「……オレも」
まるで、どこか遠くの旅先に来たような、静かで温かな夜だった。
◇
──少し時間を戻して。
場所は浴室前の廊下。
「……ふふ、これで今夜はレイラちゃんも少しは体が温まるはず……」
湯上がりの準備を整えてくれていたラショウが、廊下を静かに歩いていた。
(あれ? レイラちゃん、お風呂入るとき……立て札に気が付いてくれたかな……)
(そういえば……リルくんはいつお風呂入るって言ってたかな……)
「…………あれ…………」
──その瞬間。
「……あっ、あ!? えっ、えええええええっ!!??」
廊下の奥から響いてきた、どう考えてもレイラの声。
ピタリと足を止めたラショウの額に、冷や汗がツー……と流れる。
「…………ま、まさか……」
急いで立て札を確認しようと脱衣所へ向かうラショウ。
そこにはしっかり『入浴中』と書かれた札と、傍には雑に置かれたリルの衣服。
そして、少し離れた目立たない場所にレイラの衣服があった。
(……えっ、うそでしょ……レイラちゃん札に気がつかなくて……!? リルくん入ってきちゃった……!?)
(でも今は札が出てて、あっ、これはリルくんが札を立てて……!?)
(まさか今……、混浴……っ!? あのふたりが……!?!?)
ぐるぐる思考でラショウの手が震える。
(あわわ……だ、大丈夫かな……ちゃんと湯気、出てるよね……!? 何も、何も起きてないよね!?)
そわそわしながらその場をくるくる歩き始めた。
(……でも、ちょっと……ちょっとだけ、近くに行ってみようかな……っ)
こっそり風呂場の方へ近づき──。
中からほんのりと聞こえるのは、リルの声。
「……心臓、うるせえし。たぶん今、お前に聞こえてんじゃねえかな」
「──!?!?!?」
ラショウ、動きが止まる。
そのまま無言でスーッと後退していった。
(……な、なんか、すごいことになってる……)
(でも……今は……、そっとしておこう……)
そう心に誓い、顔を真っ赤にしながらひとり戻っていくのだった。
◇
ぱたぱたぱたっ……と勢いよく居間へ走り込んできたのは、頬を真っ赤に染めたラショウ。
「パ、パパ! 兄様! たいへん、大変だよ……っ!」
「おお~どうしたどうしたァ~!? お腹でも痛くなっちゃったか!? んん!?」
「ん、レイラかリルか……どっちか何かやらかしたか?」
椅子に座っていたリョウラとアシュラが、同時に首を傾げて見やる。
ラショウは小さく口をすぼめ、声を潜めながら答えた。
「れ、レイラちゃんと……リルくんが……、お風呂で……っ、ふたりで……っ、ばったり……!」
一瞬、時間が止まる。
その直後──。
「……あっはははははははは!!!」
「マジかよ!! 風呂で!? ふたりが!? はははははっ!!」
リョウラとアシュラ、声を揃えて大爆笑!!
「よりによって、なんで風呂場でそんなすれ違いが起こるんだよ! あいつら漫画か!」
「リルもリルで引き返せばいいのに、そのまま入ってっちゃったのかよ!?」
「いや~あいつ、ウチに来ると気が抜けすぎなんだよ! 相手は年頃の女の子だってのになんにも気にしないんだからなあ!」
「リルそういえばどっか行ったなとは思ってたけど部屋に戻ってったとかじゃないのかよ!! 」
どっちがどっちのセリフかわからないほどの騒ぎっぷり。
バンバン机を叩きながら笑うリョウラ、床に手をついて肩を震わせて笑うアシュラ。
親子揃って笑いのツボが同じなようだ。
その隣で、ラショウは頬を押さえて俯き気味。
「も、もう……! ああレイラちゃん……ビックリしただろうな……大丈夫かな……何で私の方が恥ずかしくなってるの……!?」
リョウラとアシュラはそんなラショウの様子を見てまたさらに爆笑し──。
「あはははっ、ラショウまで顔真っ赤になっちゃって! 可愛いなあ~~!」
「風呂上がりは麦茶でも出してやるかな。レイラが無言だったらお前がフォローしてやれよ~? ふふふふふっ」
と、和気藹々。
西城家、今日も平和です。
──やがてふわりと湯気を纏ったようなレイラとリルが、廊下を並んで歩いてくる。
リルは髪を乾かしたばかりのようで、肩に掛かったタオルを持て余すようにぐしゃりと掴みながら無表情。
一方レイラはというと──。
「…………」
バスタオルを抱きしめたまま、顔を真っ赤にして視線が定まっていない。
「……らしょ……おふろ、ありがと……」
目をぐるぐると回しながら、ラショウの方へなんとかお礼を伝えるレイラ。
「あ……う、ううん! ゆっくりできた……なら、いいけど……! でも、ゆっくりできてないよね!? あ、あんな……あんな……」
ラショウも慌てた様子でおろおろ。
(想像するだけで恥ずかしいよぉぉぉ……!)
と、むしろラショウの方が火照っている。
アシュラはそんな様子を横目で見ながら、リルに声をかけ歩み寄った。
「なあリル……お前、レイラが先に入ってたんだったら引き返せよ……かわいそうに……」
苦笑しながらリルの頭を軽くコツン。
「イテ……」
リルは小さく呻くように反応しながら、肩をすくめた。
「……待ってる時間がダルいだろ。オレらこのあと戻んなきゃいけねえんだから、あんまり遅いと報告が面倒になる」
全く悪びれた様子のない、いつも通りの低体温ボイス。
「そ、そうかもしれねえけど、でもお前な……!」
と、アシュラが言いかけたところで──。
「ほらほら、ふたり仲良くお風呂上がりは冷たい麦茶~~~! いや、温かい方がいいかぁ? それとも牛乳~~~!?」
元気よく割り込んできたのは、リョウラ。
「パパ、騒ぎすぎ……!」
とラショウが止めにかかるが、リョウラはレイラにニコッと満面の笑顔。
「レイラちゃん、驚いたよな~。で、リルが慌ててないのがまたオカシイっていうか……でもま、女の子なのに悪かったなあ。あまり気にしないでな」
「き、気にしないっていうか、気にしろっていうか……!!!」
レイラの顔は再び真っ赤に。
それを見て、アシュラが一言ぽつり。
「……やっぱり、レイラ……かわいそうだったな」
リルはちらりとレイラを見て、「……悪い」と小さく呟いた。
でもそれだけ。
なのにその言葉はどこか不器用な優しさに満ちていて、レイラは「あっ……」と声を飲み込んだ。
(ああもう……なんで、そんな顔する……)
心の中でバンバンと何かが暴れている。
そんな平和でちょっと騒がしく、そして微笑ましい夜が、西城家には静かに更けていく。
◇
「荷物、忘れ物ないか?」
アシュラは戸を開けながら、レイラとリルの背に声をかける。
機関へと戻ろうとするふたりの姿に、玄関に立つ家族が集まっていた。
「うん、大丈夫」
頷くレイラ。先程までの混浴事件(?)の名残はもう無く、表情は清々しい。
リルも無言で頷いた。
「リルくん、レイラちゃん。また余裕のある日はいつでも帰って来てね」
ニコニコと包み込むような笑顔のラショウ。
「……ああ」
リルはそっけなく見えるが、それが彼なりの『また帰る』の意志表明。
「レイラちゃんの腕が完治したら、今度は一緒にトランプでもしようね」
ラショウの提案にレイラは「ふふ……っ、ありがとう」と微笑む。
「ふたりとも! 次来た時には……パパが特製ハンバーグ作っちゃうからね!!」
リョウラのテンションは夜でもいつも通りMAX。ドンとリルの背を軽く叩いた。
「わっ……」
レイラは驚いてリルの肩を支えるように手を添える。
「……親父さんのハンバーグ毎回火事寸前で怖ぇんだよ」
ジト目で呟くリル。リョウラは「それが香ばしさの秘密!」とドヤ顔。
そして最後にアシュラがふたりを見送りながら声をかけた。
「じゃあ、またな。任務じゃ無理すんなよ、ふたりとも」
「うん」
「……じゃな」
夜風が心地よく吹く門をくぐり、レイラとリルは並んで歩き出す。
その背に、見送る西城家の温かな視線が静かに注がれていた──。
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