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第27話 あたたかい家
第27話・3 任務は突然に
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翌日──。
龍調査機関、午前のリハビリルーム。
「はい、レイラちゃん! もう少しで1周! あと3歩──はい、ゴール!」
「……ふぅっ……」
合図と共にレイラはゆっくりと足を止める。
右腕のリハビリは、可動域の確認も兼ねた最終段階に入っていた。
「リハビリ、順調ですね。もう今日か明日には完全に現場復帰も視野に入れられそうですよ」
補助していた医療班の女性職員がにっこりと笑う。
レイラも息を整えながら「ありがとうございます」と会釈した。
(……よかった。本当に、よくここまで戻ってこられた)
腕をゆっくり上げる──。
スムーズに動く。
少しずつ、少しずつ。
──そして、同じ頃。
「……この座標、前回見受けられたものと微妙に違うんですよね。小規模とはいえ連続しています」
「…………」
リルは戦闘班のデータ担当職員と画面を覗き込んでいた。
表情は真剣だが、どこか落ち着いた空気が漂う。
「調査の必要、ありそうですね。隊を送るには早いですが……」
「……単独での接近調査なら、オレが今からでも行ける。準備しといて」
「……了解しました。……助かります……! 薊野さんにも報告入れておきます」
◇
──リハビリ後、時刻は午後に差し掛かるところ。
場所は中央棟の廊下。
「薊野さん、ちょっといい?」
「ん? なに」
セセラは電子資料を片手に歩いていたが、レイラに呼び止められ視線を向ける。
ニコッと愛らしい笑顔のレイラ。
「あの、仕事とは関係無いんだけど……昨日ね、すごく楽しかったんだ。リョウラさんが元気で優しくて、アシュもやっぱり素敵で、ラショウは……もう、可愛くて」
「へぇ~~~、仲良すぎだろお前ら」
「それでね、リルが……料理、すっごく上手だったの」
セセラは意外そうに眉を上げる。
「えっ、リルが? え、マジで? あいつが料理? まじ?」
「うん。すごく手際がよくて、全部美味しくて……皆びっくりしてたよ。私も、びっくりしちゃって……」
ぽそりと笑みを漏らすレイラ。
そしてふと──。
「あ……」
その後のこと……つまり、風呂のことを不意に思い出してしまう。
「ん?」
セセラが首を傾げると、レイラは目を逸らしながら「あっ、いや、なんでもないっ」と慌てて手を振った。
「……っ、ということがあって、楽しかったんだ。おかげで今日のリハビリ、気合い入ったよ!」
「…………」
明らかに何か隠している。わざとらしい笑顔まで貼り付けて。
セセラのいじわるセンサーが完璧に反応すると、口元がゆっくりと吊り上がった。
「はああああ~!? おいおいおいおいなんだそれ! なんかあっただろ、ぜってえなんかあっただろ! なあ教えろって!! おもしれえから絶対!!」
「ちょっ、ちょっと、やめて薊野さん! 声大きいってば!!」
「マジで気になるぞ!? 俺のいじわるセンサーが言ってる! お前絶対なんか爆弾抱えてる!」
「ち、ちがっ……ほんとになんでもない!!」
(……事故とはいえリルとお風呂入ったなんて、言えないってば……!)
廊下に響くセセラの騒ぎ声。
レイラは周囲の職員たちがチラチラとこちらを見ていることに気づき、更に真っ赤になっていく。
そして。
「お前が言わねえなら、リルに聞いてくるわ! じゃ!」
「え゙ッ!! ちょ、待って待って! やめて薊野さん!!」
レイラが慌てて手を伸ばすも、時既に遅し。
しかしセセラは走ってなどいない。
この男、こういう時の足は本当に速いのだ。
ただ、音も無く、風のように素早く──。
◇
「りるりる、お前昨日なんかあった?」
「……ん?」
資料エリアにて、リル。声をかけられた瞬間、肩にグイッと片腕を回される。
背後から急接近してきたセセラが張り付いてきた。
「……なんだ……メシ、久々に自分で作って……初めて他人に食わせたことかな」
「いやいや、正直それもメッチャ気になるけど、そっちは後回しでいい。そのあとだよそのあと! なんかあった? とくにレイラ!!」
セセラは完全に離さない構え。
リルは一度「…………あー…………」と小さく息を吐き、めんどくさそうに続けた。
(アレか……この人相手に黙ってる方がダルいな)
「……風呂行ったら先にレイラが入ってた……っつうのは、あった」
その瞬間──。
「きゃあ~~~~ッ!!」
眼鏡に触れないギリギリの位置で顔を片手で覆い、セセラは甲高い声を上げる。館内中に響きそうな勢いだった。
「薊野さんの好きそうな話だな」
「マジでそういうの大ッ好き。マジでありがとうございます」
「……べつになんもねえよ。見てないし見られてもない……まあ、ちょっと今思えば悪いことしたなとは思うけどな」
リルは僅かに視線を泳がせながらそう言葉を漏らす。
セセラはニヤニヤとした笑みを止めることなく、リルの肩から腕を外すと正面に回り込み──。
「レイラの反応がめっちゃわかりやすかったんだよな~。や~~っぱそういうことだったか~」
「……なあ、これ……あとであいつに怒られたりしねえよな?」
「んー、たぶん怒られるね。俺のせいで。ま、しゃーねえよな!」
「……あんた、ほんとに性格悪いよな……」
「自覚済みだし! 俺が聞きたかったこと聞けたから満足満足!」
そしてセセラは満面の笑みでターンし、そのまま上機嫌でレイラのもとへと戻っていった。
残されたリルはひとり、ぽつんと呟く。
「……やっぱ、昨日は色々と濃かったな……。あ、薊野さんに聞きてえことあるんだった」
◇
セセラが戻ってきたとき、レイラは今まさに踵を返そうとしていたところだった。
……まるで逃げるように。
「お~いレイラちゃん?」
「うわっ……!」
ビクッと肩を跳ねさせ、振り返るレイラ。
「聞いたからな~~~? 全部! リル、言ってくれたよ、風呂事件!」
「~~~~~っっ!! 薊野さんのバカッ!!!」
レイラは顔を真っ赤にしながらぷいっと背を向けた。セセラは後ろからニヤニヤ。意地が悪い。
「お前さ~、もうちょっと顔に出すの抑えな? 全部バレバレだったぞ」
「……べっ、別に、何も無かったんだから……っ、ほんとに! ただ、ちょっとだけビックリしただけで……っ」
「ほ~~~ん……それだけ? ふ~~~~~ん?」
「やめてよもう……! リルが悪いんだよ!」
そんなやり取りが続いていた、そのとき──。
「……あ、つうか薊野さん──」
背後から聞こえたのは、当の本人・リルの声だった。
「あ、りるりる~。まだネタ追加してくれる感じ~?」
「……ちげーよ」
リルは資料ファイルを数枚持っていて、それをセセラに手渡す。
「さっき、戦闘班のデータ職員と話してたんだけど……この座標、前回のやつと微妙にズレてる」
「…………ん」
セセラは渡された紙に視線を落とし、すぐに表情を引き締めた。
「……連続してる、か。……穏やかじゃねえ動きだな」
「単独での接近調査なら、オレが行ける。あっちで準備頼んどいた」
「……なるほど。連携ありがとなリル。お前の勘とデータの突き合わせ、案外当たるからな……」
顎に手をやりながらセセラは地図に目を走らせる。
「この件、俺が上に提出しておくわ。しっかし……のんびり休みが続くと思ってたらお前から動いてくれるとはなァ」
「……オレも、そう思ったよ。けど今は……動きたい気分なんだ」
その言葉に、レイラは思わずリルの横顔を見た。
少し目を伏せていたが、表情は穏やかで、芯に何かを決めた者の静けさがある。
「……気をつけてね、リル」
「……うん。ま、なんとかなるだろ」
そんなやり取りの横で、セセラは地図と数枚の資料ファイルを握りながら──。
(……この連続座標、何かあるな……)
──この件は緊急任務として、早急に出撃命令が発令された。
およそ2時間後、戦闘班の控え室。
「…………」
ロッカーから装備を整えたリルが姿を現す。
龍因子が赤く走る黒いマントを羽織り、ブーツをトントンと鳴らし履き具合を確かめた。
「……あとは、現地座標確認して出るだけか」
リルが呟いたタイミングで、背後からセセラの声が届く。
「よう、準備万端って顔してんな。……ほんとにひとりで行く気か?」
リルは振り向かず答える。
「ひとりで行ける。だから行く」
セセラは頬を掻きながら「……お前、頑固だよな」と呆れ顔。
しかし、その瞳には心配と同時にどこか誇らしさも浮かんでいた。
「……了解。ルートは既に確保済み。輸送車は15分後に出る。俺はその間に医療班にクソめんどい問診表作らせておくから。ちゃんと帰ってきて書けよ」
「あ? だる……」
そう答えつつリルは鼻を鳴らしながら、笑うように目を細める。
「……心配、どーも」
その言葉を受けたセセラはリルの背中を軽く叩くと──。
「行ってこい。……ただし、無理だけはすんなよ。お前の居場所は、ちゃんと機関にもあるんだからな」
リルは何も言わなかったが、その足取りは以前よりも遥かに軽かった。
◇
調査指定区域──。
郊外の山間部、日没前の霧が立ちこめる山林。
その奥へと黒い輸送車が静かに停車した。扉が開き、リルが地に降り立つ。
(……湿ってるな。視界も悪い)
足元の岩を踏みしめながら、リルは周囲の匂いを嗅ぐように空気を吸い込んだ。
(瘴気……微弱だが、確かにある。近くにいる)
リルはゆっくりと、岩場を下っていくと──。
「やぁ、こんにちは」
「……!」
軽やかな声が、唐突に響いた。
視界の先。崖のような高台に、ひとつの影が立っている。
白い髪に白い皮膚、異様なほど細い体躯。
瞳は虚ろに淡く輝き、どこか人間とも獣ともつかぬ──“何か”。
それは確かに、龍だった。
だが、姿はまるで人間の少女。
「……ボクは、ルファっていうの」
少女の姿をした龍──ルファはふわりと白い髪をなびかせながら、リルに正面から向き合ったまま目を細めた。
「……やっぱり、来たんだね。……紅崎リルくん」
その声は、幼くもどこか大人びている。
まるで何かを知っている者の口ぶりだった。
「……は?」
リルは名を呼ばれた瞬間、キッとルファを睨む。
「……名乗った覚えはねえんだけどな。テメェ何者だ」
にこりと笑うルファ──。
「ううん、名前は知ってるの。あの人が、キミのこと話してたから」
「あの人……?」
ピクリと反応するリルの眉。
喉の奥に──微かな殺気が生まれた。
「キミ、強いんでしょ? この前の戦い、ボク、見てたよ。レイやリウよりも、ずっと強かったね」
「…………!」
リルの目が、確信したように鋭く細まる。
「……なんだよ、またその手のふざけたのか。……ジキルの差し金だな」
その名を聞いたルファは、少しだけ首を傾げた。
「ううん。ジキルって人から作り出されたのは確かだけど、ボクは今、ジキルの命令で動いてるわけじゃないよ。あの人、今ちょっと……怒ってるし」
「……あ゙ァ……?」
「実験は失敗、龍因子模倣個体も全滅……って、すごく苛立ってた。でもね、ボクは……ちゃんと残された最後の実験体として、証明しなくちゃいけないの」
両手を前に広げるルファ。
「龍って、なんだろう? 人間って、なんだろう? どこまでなら混ざれるの? どこまでならわかり合えるの?」
「…………」
「ねえ、教えてよリル……。キミは、どっちだと思う?」
リルの喉奥で、低く唸るような息が漏れた。
「……試す気かよ、オレを」
ルファはにっこりと、しかし悲しげに微笑む。
「うん。ねえ、ボクを壊せる? キミが、ボクを壊せるほどのバケモノなら、安心できるんだ……」
その瞬間。
ルファの背中から翼の骨だけのような奇妙な構造体がボキボキと音を立ててせり出した。
腕の皮膚がブツブツと膨れ、赤黒い鱗へと変わっていく。
「……!」
リルは即座に構えると──。
「……上等だよ。安心させてやるよ、クソガキ」
今にも爆ぜるような張り詰めた空気が、霧の中に震えた。
リルの背から風が巻き起こる。
マントがはためき、足元の地面が僅かにひび割れる。
「なぁ……ひとつだけ教えてやるよ。オレはもう、迷わねえ。テメェらみてえな成れの果ては……ぶちのめす」
ルファはその言葉に「わぁ……素敵」と手を叩いた。
「じゃあ、見せてよ。本物の“紅崎リル”の力ってやつを……!」
リルの両腕が音を立てて変化を始める。甲殻が浮かび、赤く鋭い爪が露出した。
そして──。
「……お望み通り、テメェがくたばるまで見せてやるよ」
一閃。
山林を割るようにして、リルが地を蹴った。
少女の姿をした龍──ルファも、嬉しそうに口角を吊り上げながら異形の爪を生やし、迎撃体勢に入る。
──戦闘、開幕。
龍調査機関、午前のリハビリルーム。
「はい、レイラちゃん! もう少しで1周! あと3歩──はい、ゴール!」
「……ふぅっ……」
合図と共にレイラはゆっくりと足を止める。
右腕のリハビリは、可動域の確認も兼ねた最終段階に入っていた。
「リハビリ、順調ですね。もう今日か明日には完全に現場復帰も視野に入れられそうですよ」
補助していた医療班の女性職員がにっこりと笑う。
レイラも息を整えながら「ありがとうございます」と会釈した。
(……よかった。本当に、よくここまで戻ってこられた)
腕をゆっくり上げる──。
スムーズに動く。
少しずつ、少しずつ。
──そして、同じ頃。
「……この座標、前回見受けられたものと微妙に違うんですよね。小規模とはいえ連続しています」
「…………」
リルは戦闘班のデータ担当職員と画面を覗き込んでいた。
表情は真剣だが、どこか落ち着いた空気が漂う。
「調査の必要、ありそうですね。隊を送るには早いですが……」
「……単独での接近調査なら、オレが今からでも行ける。準備しといて」
「……了解しました。……助かります……! 薊野さんにも報告入れておきます」
◇
──リハビリ後、時刻は午後に差し掛かるところ。
場所は中央棟の廊下。
「薊野さん、ちょっといい?」
「ん? なに」
セセラは電子資料を片手に歩いていたが、レイラに呼び止められ視線を向ける。
ニコッと愛らしい笑顔のレイラ。
「あの、仕事とは関係無いんだけど……昨日ね、すごく楽しかったんだ。リョウラさんが元気で優しくて、アシュもやっぱり素敵で、ラショウは……もう、可愛くて」
「へぇ~~~、仲良すぎだろお前ら」
「それでね、リルが……料理、すっごく上手だったの」
セセラは意外そうに眉を上げる。
「えっ、リルが? え、マジで? あいつが料理? まじ?」
「うん。すごく手際がよくて、全部美味しくて……皆びっくりしてたよ。私も、びっくりしちゃって……」
ぽそりと笑みを漏らすレイラ。
そしてふと──。
「あ……」
その後のこと……つまり、風呂のことを不意に思い出してしまう。
「ん?」
セセラが首を傾げると、レイラは目を逸らしながら「あっ、いや、なんでもないっ」と慌てて手を振った。
「……っ、ということがあって、楽しかったんだ。おかげで今日のリハビリ、気合い入ったよ!」
「…………」
明らかに何か隠している。わざとらしい笑顔まで貼り付けて。
セセラのいじわるセンサーが完璧に反応すると、口元がゆっくりと吊り上がった。
「はああああ~!? おいおいおいおいなんだそれ! なんかあっただろ、ぜってえなんかあっただろ! なあ教えろって!! おもしれえから絶対!!」
「ちょっ、ちょっと、やめて薊野さん! 声大きいってば!!」
「マジで気になるぞ!? 俺のいじわるセンサーが言ってる! お前絶対なんか爆弾抱えてる!」
「ち、ちがっ……ほんとになんでもない!!」
(……事故とはいえリルとお風呂入ったなんて、言えないってば……!)
廊下に響くセセラの騒ぎ声。
レイラは周囲の職員たちがチラチラとこちらを見ていることに気づき、更に真っ赤になっていく。
そして。
「お前が言わねえなら、リルに聞いてくるわ! じゃ!」
「え゙ッ!! ちょ、待って待って! やめて薊野さん!!」
レイラが慌てて手を伸ばすも、時既に遅し。
しかしセセラは走ってなどいない。
この男、こういう時の足は本当に速いのだ。
ただ、音も無く、風のように素早く──。
◇
「りるりる、お前昨日なんかあった?」
「……ん?」
資料エリアにて、リル。声をかけられた瞬間、肩にグイッと片腕を回される。
背後から急接近してきたセセラが張り付いてきた。
「……なんだ……メシ、久々に自分で作って……初めて他人に食わせたことかな」
「いやいや、正直それもメッチャ気になるけど、そっちは後回しでいい。そのあとだよそのあと! なんかあった? とくにレイラ!!」
セセラは完全に離さない構え。
リルは一度「…………あー…………」と小さく息を吐き、めんどくさそうに続けた。
(アレか……この人相手に黙ってる方がダルいな)
「……風呂行ったら先にレイラが入ってた……っつうのは、あった」
その瞬間──。
「きゃあ~~~~ッ!!」
眼鏡に触れないギリギリの位置で顔を片手で覆い、セセラは甲高い声を上げる。館内中に響きそうな勢いだった。
「薊野さんの好きそうな話だな」
「マジでそういうの大ッ好き。マジでありがとうございます」
「……べつになんもねえよ。見てないし見られてもない……まあ、ちょっと今思えば悪いことしたなとは思うけどな」
リルは僅かに視線を泳がせながらそう言葉を漏らす。
セセラはニヤニヤとした笑みを止めることなく、リルの肩から腕を外すと正面に回り込み──。
「レイラの反応がめっちゃわかりやすかったんだよな~。や~~っぱそういうことだったか~」
「……なあ、これ……あとであいつに怒られたりしねえよな?」
「んー、たぶん怒られるね。俺のせいで。ま、しゃーねえよな!」
「……あんた、ほんとに性格悪いよな……」
「自覚済みだし! 俺が聞きたかったこと聞けたから満足満足!」
そしてセセラは満面の笑みでターンし、そのまま上機嫌でレイラのもとへと戻っていった。
残されたリルはひとり、ぽつんと呟く。
「……やっぱ、昨日は色々と濃かったな……。あ、薊野さんに聞きてえことあるんだった」
◇
セセラが戻ってきたとき、レイラは今まさに踵を返そうとしていたところだった。
……まるで逃げるように。
「お~いレイラちゃん?」
「うわっ……!」
ビクッと肩を跳ねさせ、振り返るレイラ。
「聞いたからな~~~? 全部! リル、言ってくれたよ、風呂事件!」
「~~~~~っっ!! 薊野さんのバカッ!!!」
レイラは顔を真っ赤にしながらぷいっと背を向けた。セセラは後ろからニヤニヤ。意地が悪い。
「お前さ~、もうちょっと顔に出すの抑えな? 全部バレバレだったぞ」
「……べっ、別に、何も無かったんだから……っ、ほんとに! ただ、ちょっとだけビックリしただけで……っ」
「ほ~~~ん……それだけ? ふ~~~~~ん?」
「やめてよもう……! リルが悪いんだよ!」
そんなやり取りが続いていた、そのとき──。
「……あ、つうか薊野さん──」
背後から聞こえたのは、当の本人・リルの声だった。
「あ、りるりる~。まだネタ追加してくれる感じ~?」
「……ちげーよ」
リルは資料ファイルを数枚持っていて、それをセセラに手渡す。
「さっき、戦闘班のデータ職員と話してたんだけど……この座標、前回のやつと微妙にズレてる」
「…………ん」
セセラは渡された紙に視線を落とし、すぐに表情を引き締めた。
「……連続してる、か。……穏やかじゃねえ動きだな」
「単独での接近調査なら、オレが行ける。あっちで準備頼んどいた」
「……なるほど。連携ありがとなリル。お前の勘とデータの突き合わせ、案外当たるからな……」
顎に手をやりながらセセラは地図に目を走らせる。
「この件、俺が上に提出しておくわ。しっかし……のんびり休みが続くと思ってたらお前から動いてくれるとはなァ」
「……オレも、そう思ったよ。けど今は……動きたい気分なんだ」
その言葉に、レイラは思わずリルの横顔を見た。
少し目を伏せていたが、表情は穏やかで、芯に何かを決めた者の静けさがある。
「……気をつけてね、リル」
「……うん。ま、なんとかなるだろ」
そんなやり取りの横で、セセラは地図と数枚の資料ファイルを握りながら──。
(……この連続座標、何かあるな……)
──この件は緊急任務として、早急に出撃命令が発令された。
およそ2時間後、戦闘班の控え室。
「…………」
ロッカーから装備を整えたリルが姿を現す。
龍因子が赤く走る黒いマントを羽織り、ブーツをトントンと鳴らし履き具合を確かめた。
「……あとは、現地座標確認して出るだけか」
リルが呟いたタイミングで、背後からセセラの声が届く。
「よう、準備万端って顔してんな。……ほんとにひとりで行く気か?」
リルは振り向かず答える。
「ひとりで行ける。だから行く」
セセラは頬を掻きながら「……お前、頑固だよな」と呆れ顔。
しかし、その瞳には心配と同時にどこか誇らしさも浮かんでいた。
「……了解。ルートは既に確保済み。輸送車は15分後に出る。俺はその間に医療班にクソめんどい問診表作らせておくから。ちゃんと帰ってきて書けよ」
「あ? だる……」
そう答えつつリルは鼻を鳴らしながら、笑うように目を細める。
「……心配、どーも」
その言葉を受けたセセラはリルの背中を軽く叩くと──。
「行ってこい。……ただし、無理だけはすんなよ。お前の居場所は、ちゃんと機関にもあるんだからな」
リルは何も言わなかったが、その足取りは以前よりも遥かに軽かった。
◇
調査指定区域──。
郊外の山間部、日没前の霧が立ちこめる山林。
その奥へと黒い輸送車が静かに停車した。扉が開き、リルが地に降り立つ。
(……湿ってるな。視界も悪い)
足元の岩を踏みしめながら、リルは周囲の匂いを嗅ぐように空気を吸い込んだ。
(瘴気……微弱だが、確かにある。近くにいる)
リルはゆっくりと、岩場を下っていくと──。
「やぁ、こんにちは」
「……!」
軽やかな声が、唐突に響いた。
視界の先。崖のような高台に、ひとつの影が立っている。
白い髪に白い皮膚、異様なほど細い体躯。
瞳は虚ろに淡く輝き、どこか人間とも獣ともつかぬ──“何か”。
それは確かに、龍だった。
だが、姿はまるで人間の少女。
「……ボクは、ルファっていうの」
少女の姿をした龍──ルファはふわりと白い髪をなびかせながら、リルに正面から向き合ったまま目を細めた。
「……やっぱり、来たんだね。……紅崎リルくん」
その声は、幼くもどこか大人びている。
まるで何かを知っている者の口ぶりだった。
「……は?」
リルは名を呼ばれた瞬間、キッとルファを睨む。
「……名乗った覚えはねえんだけどな。テメェ何者だ」
にこりと笑うルファ──。
「ううん、名前は知ってるの。あの人が、キミのこと話してたから」
「あの人……?」
ピクリと反応するリルの眉。
喉の奥に──微かな殺気が生まれた。
「キミ、強いんでしょ? この前の戦い、ボク、見てたよ。レイやリウよりも、ずっと強かったね」
「…………!」
リルの目が、確信したように鋭く細まる。
「……なんだよ、またその手のふざけたのか。……ジキルの差し金だな」
その名を聞いたルファは、少しだけ首を傾げた。
「ううん。ジキルって人から作り出されたのは確かだけど、ボクは今、ジキルの命令で動いてるわけじゃないよ。あの人、今ちょっと……怒ってるし」
「……あ゙ァ……?」
「実験は失敗、龍因子模倣個体も全滅……って、すごく苛立ってた。でもね、ボクは……ちゃんと残された最後の実験体として、証明しなくちゃいけないの」
両手を前に広げるルファ。
「龍って、なんだろう? 人間って、なんだろう? どこまでなら混ざれるの? どこまでならわかり合えるの?」
「…………」
「ねえ、教えてよリル……。キミは、どっちだと思う?」
リルの喉奥で、低く唸るような息が漏れた。
「……試す気かよ、オレを」
ルファはにっこりと、しかし悲しげに微笑む。
「うん。ねえ、ボクを壊せる? キミが、ボクを壊せるほどのバケモノなら、安心できるんだ……」
その瞬間。
ルファの背中から翼の骨だけのような奇妙な構造体がボキボキと音を立ててせり出した。
腕の皮膚がブツブツと膨れ、赤黒い鱗へと変わっていく。
「……!」
リルは即座に構えると──。
「……上等だよ。安心させてやるよ、クソガキ」
今にも爆ぜるような張り詰めた空気が、霧の中に震えた。
リルの背から風が巻き起こる。
マントがはためき、足元の地面が僅かにひび割れる。
「なぁ……ひとつだけ教えてやるよ。オレはもう、迷わねえ。テメェらみてえな成れの果ては……ぶちのめす」
ルファはその言葉に「わぁ……素敵」と手を叩いた。
「じゃあ、見せてよ。本物の“紅崎リル”の力ってやつを……!」
リルの両腕が音を立てて変化を始める。甲殻が浮かび、赤く鋭い爪が露出した。
そして──。
「……お望み通り、テメェがくたばるまで見せてやるよ」
一閃。
山林を割るようにして、リルが地を蹴った。
少女の姿をした龍──ルファも、嬉しそうに口角を吊り上げながら異形の爪を生やし、迎撃体勢に入る。
──戦闘、開幕。
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怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
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