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コヨタ

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第27話 あたたかい家

第27話・4 紅崎くんが強すぎる

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 リルが地を蹴ると、枯れ枝を砕くような音と共に白銀の霧が散った。
 その勢いのまま、黒く龍化した右腕を振り上げ、ルファへと肉薄──。

 だが。

「ぅふふっ」

 ルファの指先が軽く動いた瞬間、まるで風が反転するような奇妙な重力の捻れが発生。
 リルの腕は寸前で押し返され、軌道を逸らされる。

(……反応、はえぇな)

(つか、何だ……今の? 空気がひん曲がったみてえな……)

 リルはすぐに体勢を整え、後ろに跳び距離を取った。
 足元にはうっすらと赤黒い瘴気が浮き、龍因子がじわじわと全身に巡っているのがわかる。

「リルくん、遅いよ」

 ルファが囁くと同時にその背の骨翼が大きくしなり、風を切った。


 ◇


 中継が繋がれている機関のモニター室──。

「……っ、接触開始を確認! 紅崎くんは既に腕を龍化させています!」

「敵の反応速度、通常の龍を上回ってますね。……この龍、ただの残党じゃないですよ……」

「データでは龍因子の濃度……高いです。構造も、独自に進化を遂げているように見えます」

「…………」

 セセラは映像の中のリルを見つめながら、口元に手を当てていた。

「……重力制御系か、もしくは空間圧力操作……このタイプ、初だな……。いよいよだぞ」

 隣の職員が不安げにセセラへ視線を送る。

「薊野さん……今のところ、リルくんの反応は?」

「安定してる。……態度にも、焦りは無い。冷静だ」

 画面の中で、リルは再び飛び出した。

「クソガキが……二度目はェぞ」

 鋭く吐き捨て、今度は突進と見せかけてフェイント。
 直後、地を蹴った反動で横に滑り込むようにして回り込み、龍の爪を叩き込む──!

「う!!」

 ルファの細い体が吹き飛び、木々を数本なぎ倒して転がった。

 しかしすぐに起き上がり、口元には血を滲ませながらも──。

「……ふふ、やっぱり本物だ。……やっぱり、好き」

 リルは目を細めて睨みつける。

「……何だよそれ」

 その視線は鋭く、それでいてどこか戸惑いも滲んでいた。

 そして、リルの赤い龍爪が再び閃く。空気を裂く鋭音と共に霧が砕け飛ぶ。
 だがルファは、信じ難いほどの柔軟性で回避した。

「今のは……惜しいね?」

 ルファの背から再展開した骨翼が一閃。
 咄嗟に姿勢を落として避けたリルの側頭部をかすめ、数本の髪が宙に舞う。

「ッ……!」

 リルはそのまま跳躍し、空中で体を反転させながら左足を地に打ち下ろした。

 ──ドガッ……!!

 その一撃は足元から衝撃波を生み、ルファの足元の地形を削る。

「……!!」

(こいつ、戦い慣れてやがる……!)

 息を吐きつつ、意識を集中させるリル。

 背中に、瘴気が纏わりつくように集まり始める。
 龍の翼のようなマントが一際膨らみ、やがて質量を持って変形した。

「……準完全龍化……か……?」

 モニター室では、セセラが唸るように声を漏らす。

「いや、準龍まではいかねえ……背部構造変化……翼の出現までだ。飛行準備……もしくは空間制圧に移るぞ。リルのバイタルは今どうなってる」

「は、はい! 生体反応、安定しています! 意識も明確! 紅崎くん、完全に制御下にあります!」

 返答を受けたセセラは、少しだけ身を乗り出して画面に近づいた。

「よし……行け、リル」


 ◇


 ──霧が割れる。

 バサッ……と舞い上がったリル。背と一体化したマントは瘴気に覆われ変質し、禍々しい翼が展開された。
 両腕には鋭く大きな真っ赤な爪と、黒く硬質な甲殻と鱗が覆う。

 人間のシルエットを保ったまま腕と背中は龍因子に浸されている状態。

「……クククッ」

 高所から見下ろすリルの瞳からは、赤い残光が揺れている。

「──っ!」

 ルファの目が一瞬だけ見開かれた。

「ふふっ……さあ、来て……リル。もっと見せ──」

 言い終わる前に、降下する勢いのまま目に見えぬ速さでリルの爪が目前に迫る。

「えッ──?」

 一撃。二撃。三撃。

「ぎゃッ……!!」

「……来いっつったのは、そっちだろうがよ」

 ──モニター室に緊張が走る。

「速度上昇! 接近、格闘戦に完全移行!」

「敵側、防戦一方です!」

 戦場にて、リルの猛攻に押されていくルファ。

「やっぱり……キミ、強い……ッ……!」

 ルファの呟きは、歓喜にすら近かった。

 しかし、リルの手は止まらない。
 相手が人間の少女の姿だろうと、関係無い。

「……つえーに決まってんだろッ……?」

 そしてリルの右爪が、ついに──。

 ──ズバァッ……!!

 ルファの腹部を深く裂いた。

「……ッ、きゃ──……っ」

 ルファの体が宙を舞い、地に叩き付けられ、砂塵が舞い上がる。

「……ぐ……!!」

 うつ伏せの状態で起き上がろうとするルファ。

 ──しかし。

「寝てろよ」

 リルはとどめを刺すように、背中に向けて掌底を上から叩き込んだ。

「……ぁがッ……ァ……」

 その衝撃にルファは白目を剥く。

 ──戦場とモニター室。
 その両方を、しばしの沈黙を包んだ。

「…………」

 沈黙を裂くように、セセラが低く、しかし確信を持って呟く。

「……決まったな」

 うつ伏せで倒れたルファの体から、煙のような瘴気がふわりと立ち昇る。
 その小さな背中は浅く波打っていて、まだ意識を保っているようだ。

 リルはそれをただ、見下ろしていた。

「……もう動けねえだろ」

 その声は冷淡ではないが、容赦も無い。
 リルの瞳は確かに、討伐対象としてその存在を見つめていた。

 だが──。

「……ふふ……っ、……うん……」

 地に伏せながら、ルファは笑った。

「やっぱり……リルくん、強い……強くて、怖くて、でも……優しかった」

「……は?」

 予期せぬ言葉にリルは片眉を上げる。
 ルファの顔は土と血でぐしゃぐしゃだったが、目だけはまっすぐにリルを見上げていた。

「ボクね、わかってるんだ。ボクは、どこかの誰かを模して作られた、“何か”で……。でも、痛いのも、苦しいのも、嬉しいのも、全部あって……」

「それって、生きてるってことなんだよね……?」

「…………」

 リルは何も言わない。冷たく見下ろしているだけ。

「でも、ボクみたいな本来生まれなかったはずの作り出された命は、このまま生きてちゃいけないって、……どこかで、わかってた」

「…………」

「だから、ね……ありがとう、リルくん。ボクが、ボクでいられるうちに、終わらせてくれて……」

 ──その瞬間。

 ルファの体が、静かに崩れ始める。

「……ボクも、欲しいな……帰る場所……。あたたかい、家……」

 まるで、細かい砂になっていくように──。

「……!」

 モニター室でも異変を察知する。

「生体反応、急速に消失……いや、消滅していきます!」

 セセラはそれを見届けながら、低く呟いた。

「……自然の法に背いた命だ。自然には還れねえよ。……完全にこの世から、消えたな」

 ──リルは崩れゆくルファを、最後まで見送っていた。

「…………」

 そしてその場に、静寂だけが残される。

「……死に様まで、変な奴だったな」

 リルは、深く息を吐くと──。

「……聞こえるか。任務終了。帰る」

 そう無線へと、短く告げた。

 機関側では、すぐに救護班と輸送車の出動が手配される。
 セセラは立ち上がりながら、肩を回した。

「リル、強すぎだろ……。帰ってきたら、またメッチャ細かい検診してやるか?」

 その表情には、少し安堵の色が浮かんでいる。


 ◇


 リルは、ほんの一瞬だけ空を見上げた。

 微かに残る瘴気が、空気に混ざって消えていく。その目で追いながら、口元でぼそりと呟いた。

「……あの野郎……」

 目を細め、奥歯を噛み締める。

(趣味わりぃモンばっか作りやがって……)

 あの少女の姿。
 あの言葉。
 あの命。

 リルの脳裏に、言葉を残して消えていったルファの顔が焼き付いていた。

(生まれてきたことが不幸だと、最初から決まってるようなモンを……)

 龍化を解いた拳を握り込む。
 その爪が自分の掌を僅かに掘り込んでいた。

「……お前が作ったモンは、オレが全部、壊してやるよ。……クソ親父がよ」

 リルの吐いた言葉は誰に届くわけでもないが、それでも確かに宣戦布告のように荒野に残された。

 ──そこへ。

「紅崎くん!」

 遠くから微かに聞こえる輸送車のエンジン音。
 救護班の男性職員が駆け寄ってくる。

 ヘルメット姿の職員が真っ先にリルに手を伸ばすが、リルはその手を軽く振り払った。

「……大丈夫だ、歩ける。少し疲れただけだ」

「でも体表温度が……! 熱もあるでしょう……!」

「じゃあ喉が渇いた。水が欲しい」

「あっ……はい! お水ですね……!」

 水を受け取るリル。
 一気に半分ほど流し込むと、息をつく。

 その口元に、微かな疲労と、僅かな満足感が滲んでいた。

 救護班職員もほっとしたように笑って──。

「ふふふ、紅崎くん……細かい問診があるみたいですよ。先程医療班が作らされてました、問診票」

「……だりいな……」

 リルは天を仰ぎ、もうひとくち、水を飲んだ。

 壊された少女の命を、黙って背負ったままリルは輸送車に乗り込み帰還していく。

 リルが輸送車と共に帰還したのは、日が落ちてしばらく経った頃だった。


 ◇


 施設入口のカーゲートが開かれた奥で、待機しているのは迎えの職員たち。

 輸送車の扉から、リルがふらりと現れる。
 衣服は汚れ、所々血が滲んでいたが、その表情は案外静かだった。

「おかえり、リル」

 真っ先に声をかけるセセラ。
 片手を白衣のポケットに突っ込み、もう片方の手には冷えた缶のお茶。

「ほら、疲れたろ」

「……ふ、ありがと。気が利くな……」

 リルは受け取ったお茶の缶を頬に当てて、少しだけ目を閉じた。
 セセラはその顔をしばし見て、やがて小さく肩をすくめる。

「今のとこ、暴走の兆候は見られねえな。因子も安定してる。……にしても、すげえじゃん。今回は圧勝だったな」

「……まあな」

 セセラはリルの歩調に合わせるようにして並び、ふたり揃って医療棟へと向かった。

 その道すがら、廊下の先で誰かが立っている。

「リルっ!」

 リルの耳に届いたその声──レイラ。
 リハビリを終えたばかりの体に羽織を重ね、駆けつけていた。

「……無事で、よかった……!」

 瞳には安堵が溢れている。

「レイラ……」

 リルは少しだけ目を細めると──。

「……ただいま」

「……!」

 たったその言葉が、レイラの胸にじんわりと染み込んでいく。

「おかえり……」

 静かな廊下に、その言葉だけが残った。

 セセラは静かに背後へ引き下がり、ふたりに少し距離を空けてやっている。

(……ま、こういう時間くらいは、な)

 そう心の中で呟いて、缶のお茶を自分の口にも運んだ。

 今夜、機関は平穏だ。

 ──しかし次なる波は、静かに忍び寄っていた。


 ◇


 鈍い蛍光灯の光が金属質の壁を照らすこの部屋は、Z.EUSゼウス研究区画の一室──。

「……はあ~……」

 その空間でため息をついた赤い髪の男──ジキル。

 椅子にだらしなく腰掛け、机に頬杖をついていた。
 足は無造作に組まれており、その姿勢からは飽き飽きとした空気が漂っている。

「こっちばっかりの、なんか飽きてきたー」

 気怠げな声。
 不規則に揺れる長い赤髪が、まるで煙のように宙で揺蕩う。

「……煙草ちょーだいスカル」

 すぐ近くに控える銀髪の男──スカルはその言葉に小さく息をついたように見えた。

「…………」

 だがそれは音にならず、ただ指がスッとポケットへ伸びる。

「……何本目ですか。もうすぐ無くなりますよ」

 呟くようにして言いながらも、スカルは1本の煙草を取り出し、ライターと共に差し出した。

「ありがとー、相変わらず優しぃねえ」

 ジキルはにっこりと笑いながら火をつける。
 炎が瞬き、白煙がゆっくりと昇った。

「ねえ……もう殆ど使ってない元研究施設あるじゃん。『』。……あそこ使おうよ」

「…………」

 スカルの視線が少しだけ動く。

「あそこは……現在は閉鎖されています。外装も崩れているはず」

「地下は無事でしょ。オレが作ったんだから、そんなヤワな作りなわけないよ」

「…………」

「……ね、もう向こうのデータも十分集まったしさ。ここからはさ、単純な実力勝負といこうよ」

 そう言って、ジキルは椅子を傾けて宙を仰いだ。

 ──煙草を咥えた口元に、不敵な笑みが浮かぶ。

「オレ、べつに一般人を攻撃したいとか、暴力で支配したいとか、そういうわかりやすく悪役な思想って無いの。だからもうさ、オレらと龍調査機関は今後、そこでだけぶつかるようにしたいわけ」

 言葉に一切の激情は無い。
 ただ、静かに、淡々と。それでいて冷たい。

「…………」

 スカルもまた、自らの煙草に火をつけ、静かに吸い込んだ。

「……あそこに、相手を誘い込むつもりですか」

「うん。物もそんなに残ってないし広いし、戦闘しやすい。何より……機関の連中、場所さえ伝えておけば調査名目で勝手に来るだろう。……面白いよね」

 ふと、目を細めるジキル。

「次はオレが仕掛ける。『来いよ』って、ちゃんとお知らせも出してさ。……それで来るようなら、もう、避けようがないよね。だって向こうも戦いに来るんだから」

 吐き出された煙が、白い霧となって部屋にたなびく──。

 その顔にはもう、先程まで不貞腐れてた気まぐれな研究者の面影は無い。

 そこにあるのは、理想に染まりきった狂気の天才の本気の瞳だった。

「さぁて……準備しよっか。オレも行こうかな、久々に。……ね?」

「…………」

 スカルは何も答えず、ただ静かに頷くだけ──。




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