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コヨタ

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第27話 あたたかい家

第27話・5 宣戦布告は突然に

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 翌朝──。

 龍調査機関の屋外敷地。
 カツ、カツ、と乾いた靴音が施設前の敷石を鳴らしていた。

 黒いキャスケット帽を目深に被った男が、まるで散歩でもしてきたかのような軽い足取りで機関のインターホンの前に立つ。

 その男──ジキル。

 今日はサングラスをしていなかった。
 赤く縦に裂けた瞳孔が露わになったその眼差しは、どこか遊び心と薄気味悪さを含んでいた。

 ──ピンポーン……

 インターホンが鳴る。

『──こちら、龍調査機関です。どのようなご用件でしょうか?』

「こんにちわぁ。所長さんか……薊野くん、いますか? できれば、おふたり共」

『……大変恐れ入りますが、関係者以外の方は、お立ち寄りをご遠慮いただいております』

「『ジキルって人が来てます~』って、伝えてください。そしたら、一発でわかると思うんで」

 口調は軽やか。
 だがその名を聞いた受付担当の職員の声色が、一瞬で強張ったのは言うまでもなかった。

 ──そして大人しく待つこと数分。

 施設の裏扉が勢いよく開かれ、そこから現れたのは──明らかに表情を引き締めたシエリ。

 そして、を纏ったセセラ。
 足早にジキルへと詰め寄ると──。

「テメェッ!! 何のつもりでここに来やがった!!」

 怒号と共に、その勢いのままジキルの胸ぐらを掴み上げた。

「やだなあ~、朝からそんな怒んないでよ。……あ、薊野くん、今日も元気そうでなにより」

 ジキルは相変わらずの調子でにっこりと微笑む。
 そして、今までサングラスで隠されていたその瞳を見たセセラは目を見開いた。

「……ッ……!!」

(……縦に裂けた、瞳孔……)

(リルと、全く同じじゃ……!?)

 一瞬だけ、動揺が走る。
 だがすぐにそれを怒りで塗り潰した。

「テメェ……レイラに接触しただけじゃねえ……! あいつを怪我させたのも、お前らだろが!! リルのことも……!! どれだけテメェのせいであいつらが傷付いたと思ってんだよッ!!!」

 セセラの怒鳴り声は、いつもの軽口とは別人のように激しい。

「…………!」

 シエリもそのあまりの激昂ぶりに、間に入ることすらできないでいる。

 そしてジキルは怒鳴るその声に耳を傾けるようにして、それでも柔らかく微笑んだ。

「うん……怒るのも無理ないと思うよ。でもね、今日は別にケンカ売りに来たわけじゃないんだ。……ちょっと、お願いがあって」

「あ゙ァ゙!? 今さら何を──ッ」

「旧・第三研究区画……って所、知ってるかな? 所長さんはわかりますよね? ……あそこ、もう誰も使ってないよね。……今後、そこを使ってと思ってるんだ」

「…………ッ……!!」

 シエリもセセラも、眉をひそめる。

機関そっちが調査に来るなら、それで成立。Z.EUSこっちから先には手は出さない。……今後は、そっちもそれなりの覚悟で来てよ」

 その目は、冗談では済まされない冷徹な光を放っていた。

「……セセラ、離せ」

 シエリはジキルを解放するようセセラに命じる。

「……ッ先生……!!」

 と、シエリに目線だけ寄越すセセラ。
 しかしシエリは再び──。

「……離せ……私が話す」

 声音に凄みを足す。

「…………!」

 セセラは「……わかったよ……」と舌打ちをしながら返し、ジキルから手を離した。
 そのギラつく視線はジキルに向けたまま。

 シエリは暫し無言で、鋭くジキルを観察していた。その幼い姿の奥に、決して侮れない思考が渦巻いているのが読み取れる。

 ジキルは、ちらりとシエリに目を向けた。

「……ジキル、何を企んでいる」

 やっと口を開いたシエリに、ジキルは答えた。

「……企む? いや、なーんも。ただ、舞台装置として便利だなって思っただけですよ。オレらと、そっちの精鋭と……ちゃんと戦いたいなって。……フェアに」

 その言葉に反応するセセラ。

「『フェア』……? テメェ今更何言って──」

「だってほら、今まではオレらが送り込んでただけでしょ? だからさ、次はちゃんとオレたちが相手する」

 ジキルの声は淡々としていたが、瞳は紅く妖しく光っていた。
 その瞳孔に、セセラはほんの一瞬、またリルの面影を見てしまう。

 ──否、違う。
 確かに似ているが、その奥にあるものは全くの別物だ。

「……ッ」

 奥歯を噛み締めるセセラ。

「……ふざけんなよ……どの口でフェアなんて言えんだよ、テメェは……ッ!!」

「……セセラ」

 シエリが再びセセラを制し、目線はジキルの方へ。

「……本当に要件はそれだけか?」
  
「うん、まあ。皆に伝えといてくれればそれでいいですよ。場所と、意思と……あとは、あなたたちの判断に任せる。来るかどうかは自由」

 尚もジキルは落ち着いた声音で続ける。

「べつに来なくてもいい。準備が必要ならそれからでもいい。オレはオレで、いつまででも待てますから」

 そしてジキルは「じゃ、お返事、待ってます」と言いながら、立ち去ろうと背を向けた。

「おい……!!!」

 セセラは拳を握り、今にも掴みかかりそうな勢いだったが、シエリが静かに首を横に振る。

「……いい加減にしておけセセラ。今ここで暴れても、得るものはない」

 ジキルは背を向けたまま、最後に一言だけ──。

「……リルには、とくによろしく伝えといて。あの子はきっと、あの場所に来たいと思うだろうから」

 そう残して、不穏な余韻と共にジキルは去っていった。

 赤い長髪が彩るその背を見届けながら「……旧・第三研究区画……」と眉間を指で押さえるシエリの横。

「何なんだよ……朝っぱらからクソムカつく……ッ……!!」

 セセラは不快感を露わにしていた。


 ◇


 キーボードのカタカタという打鍵音と、時折鳴る電話の音。
 昼の業務の空気に混ざって、異常なほど頻繁にカチ、シュボッ……というライターの音が響いていた。

「……また吸ってる」

「え、さっきの昼休憩で2本吸ってなかった?」

「今で7本目……」

 廊下の窓際で煙を吐いているセセラを見ながら、ひそひそと囁き合っている職員たち。

 セセラは喫煙スペースの椅子に座り、脚を組んだまま天井を見つめていた。
 いつもの飄々とした雰囲気は影を潜め、顔つきはどこか刺々しい。

 煙草の先に目をやりながら、静かに心の中で一言。

(……フェア、だとよ。全部ぶっ壊してきた奴が……今更どの口で……)

 ──『殺すぞ』、とまでは言わない。
 だが、が背中から滲んでいる。

 そこへ若い職員が書類を差し出そうと、恐る恐るそっと近づいた。

「あ、あの……薊野さん、こちら本日分の解析報告です……」

「あァ? ……ああ……悪い、受け取るわ」

 セセラは片手で受け取るが、目線は明らかに書類ではなく、窓の向こう。遥か遠くを睨んでいた。

 職員が去ったあとも、煙草は減り続ける。

(……待ってるって言ったな。……ならこっちも……準備してやらなきゃな)

 その口元には皮肉にも似た、笑みとも怒りともつかぬ表情が薄く浮かんでいた。

(……ジキル……テメェがそう言うなら、上等だ)

 今日、龍の発生は無さそうだったが、機関の空気は静かにざわついている──。

 しばらくすると、静かな廊下に運動後の軽やかな足音が響き始めた。

 リハビリを終えたレイラが、職員たちとすれ違いながら歩いている。

(腕……多分もう大丈夫……!)

 そう思った矢先。

 廊下の先、喫煙スペースで煙草を咥えたまま窓の外を睨むセセラを見つけた。

「……あ」

 レイラは思わず小さく声を漏らす。
 そのまままっすぐ、セセラの元へと歩いていく。

 通路の脇では、何人かの職員が書類を抱えつつその様子を見ていた。

「おいおい……今の薊野さんに近づかない方が……」

「休憩中から煙草のペースヤバいんだって……あ、今8本目いった……!」←ずっと数えてる

「……止めた方が……いや、もう行ってる……!」

 その誰もが、戦々恐々としてレイラの背中を見送った。

 レイラはそんな事を知る由も無く、まっすぐに近づいていつもと変わらぬ柔らかな声をかける。

「薊野さん、おつかれさま」

 レイラ、ニコッ……。

 職員たち、ヒエーーッ……。

 しかしセセラは、煙を吐き出しながら顔だけ少し動かして──。

「……ん、おつかれ」

 返したのは、感情をほとんど感じさせない低い声。
 煙越しのその目は、何か別のものを考えているようにも見える。

 レイラは一瞬、表情を曇らせた。

「……あ、……ごめんなさい、今……悪かった……?」

 その問いにセセラは一拍置いてから首を横に振る。

「べつに」

 短い返事。
 しかしその中には、どこか釘を刺すような硬さがあった。

 レイラはしばらく黙ってから、ほんの少しだけ胸元に手を添えながら口を開く。

「……あの……、腕、私もう大丈夫みたい。明日からは任務も大丈夫だから……迷惑かけて、ごめんなさい……それだけ、伝えておきたくて」

 震え気味の言葉に、セセラの視線がようやくレイラへときちんと向けられる。
 煙草を咥えたままのその顔は、今までよりも少しだけ──柔らかく。

「……お、治った? ……そか、良かった。リハビリ頑張ったもんな」

 レイラの頬に、僅かにほっとしたような色が浮かぶ。
 しかし、セセラの目の奥にはまだ影が残っていた。

「……じゃ、私戻るね」

 そう言って踵を返しかけたレイラだったが、振り返るようにして付け加えた。

「……薊野さん……、あ……あんまり無理しすぎないでね」

「…………」

 何も言わなかったセセラ。

 ただ、ほんの少しだけ、レイラの背中に向けて煙を吐いた。

 その煙は夕焼けの色をほんの少しだけ帯びて、天井へと消えていく。


 ◇


 翌日。

 光をほとんど通さない、ブリーフィングルームの重厚な防音扉が静かに閉じられた。
 室内は、朝の冷気を帯びたような張り詰めた空気に包まれている。

 壁の大型モニターには、現在は使用されていない広大な施設の外観と内部構造が映し出されていた。

 そこに──。

 レイラ、リル、アシュラ、ラショウの4人が着席していた。
 一行の前には、シエリとセセラが立つ。

 セセラは煙草を咥えておらず、代わりに指先でペンをくるくると回している。
 シエリは椅子に腰かけると、穏やかに口を開いた。

「皆、集まってくれてありがとう。……早速だが、今日話すのはある場所についてのことだ」

 モニターの画像が切り替わる。
 広大な地下空間に複雑な通路が広がっている図。

 セセラが前へ出て、ペンを指し棒代わりにしながら──。

「これが、旧・第三研究区画。Z.EUSが本格活動を始めるより前、ジキルが所属していたという“前身の研究団体”が使ってた場所だ」

「……!」

 レイラの眉が僅かに動いた。

「……ジキルの?」

 リルは腕を組んで、険しい顔でモニターを睨んでいる。
 アシュラとラショウも、緊張を隠さずその図面を目で追っていた。

「もう10年近く使われてなかったらしいが……機関ウチも過去に、ここの内部構造のデータだけなら調査したことがある。……そしてジキル本人から、『今後はここで会おう』と連絡があった」

 セセラの言葉に、全員の目が揃って驚きに染まる。

「本人から……!?」

 目を見開いたレイラ。

「向こうが明言したってことは、罠の可能性も当然高い。でも裏を返せば、ここを戦場にする気でいるってことだ」

 静かにシエリが続ける。

「ジキルの目的は今なお不明瞭だ。だが……これまで送り込まれてきた龍は、人工的に作られた異質なものばかりだった。そして、奴はこう言っていた。……『もう、実力で勝負しよう』と」

 小さく鼻を鳴らすリル。

「……勝負だァ? ナメたこと言ってくれんな、あの野郎」

 リルの反応にもセセラは無表情のまま。
 ただ、淡々と情報を続ける。

「旧・第三研究区画は、老朽化してるが地下はかなり広い。一般人の立ち入りは無く、周囲の監視も機関が手配済み。向こうの思惑に乗る形になるが、場所としてはこちらが利用しやすい」

 そこにアシュラが尋ねた。

「……つまり、今後の戦闘はこの場所での直接交戦が主になる、という理解で良いですか?」

 頷いて答えるのは、シエリ。

「その通り。これまでのように龍の出現を待つのではなく、踏み込んでいく戦いが始まる」

 一瞬の静寂──。

 静けさの中でラショウが、僅かに声を震わせながら口を開いた。

「……それって、危険すぎる……。でも、皆で行動していくんですよね……?」

 その問いにはセセラが答えた。

「そうなるだろうな。お前ら4人は最前線だ。……正直、誰かが欠ければ戦力的にもメンタル的にもキツくなる」

「…………っ……」

「だからこそ、確認しておきたい。……やれるか?」

「…………」

 レイラ、リル、アシュラ、ラショウ──。
 4人の瞳が、次第に揃って強い光を宿していく。

「……うん」

 まっすぐな声で答えるレイラ。

「もちろん」

 静かに声に力を込めるアシュラ。

「……ヤバけりゃオレひとりでも行く」

 呟くリル。

 そしてラショウは、小さく笑った。

「うん。私だって、皆を守りたいよ」

「…………」

 4人の意志を確かに聞いたシエリ。

「……決まりだね。話が早くて助かる……キミたちは本当に優秀だ。一人一人が尊い」

 シエリの言葉が落ちたその場に、緊張の糸がぴんと張る。

 一拍置いて、セセラが口元だけでふっと笑った。

「……あーあ、しっかりやれよ? 先生がここまで言うなんてレアだぜ?」

 シエリが座る椅子の背もたれに手をかけながら、セセラは少しだけ真顔に戻る。

「さて、次。……施設に関してだが……」

 再びモニターが切り替わると、3Dで再現された旧・第三研究区画の構造が浮かび上がった。

「廃施設には、実験体の残留がある可能性が高い。ジキルが処理しなかったか、処理できなかったか、あるいは……あえて幽閉したままにしていたか」

 アシュラの眉がぴくりと動く。ラショウは息を呑んだ。

「加えて、仕掛けもあると思え。トラップ、ガス、映像演出、心理的揺さぶり……何でもあり得る。あいつはそういうを喜ぶタイプだ」

 セセラの言葉に、レイラは指を握りしめる。

「……やっぱり……ジキルって……」

 小さな声に、横目でレイラを見たリル。
 その目は静かに、しかし確かに怒りを湛えていた。

「とはいえ、俺たち機関もただ傍観するわけじゃねえ」

 一歩前に出ながらセセラは続ける。

「出撃時は中継を常時繋ぐ。有事の際は強制帰還。医療班は常に待機。お前らの服には小型カメラを装着して位置情報も管理。……つまり、そこは今までと変わらねえ」

 言い切ったあと、視線をラショウへと向けた。
 ラショウは不安げではあるものの、しっかりと頷く。

 そのとき──。

「……逃げたら、追いかけてこないかな」

 ぽつりと呟いたレイラ。
 その言葉には、ジキルへの恐怖というよりも、外部への被害を懸念する気持ちが滲んでいる。

 セセラは一瞬だけ考えてから答えた。

「相手による、としか言えねえな。ただ……退くときは全力で退け。死ぬ気で逃げろ」

 アシュラは静かに頷く。

「……了解。その際は、必ず妹たちを背負ってでも退きます」

「兄様……」

 ラショウは小さく兄の袖を握った。

 そこに、再びシエリの声が落ちる。

「出撃は、キミたちの準備ができ次第……。いつでもいい。……だけど私は、早く決着をつけたい」

 静かながら、芯の強さを孕んだ声だった。

「自然発生の龍に加え、ジキルのような存在までをひとつひとつ調査していては、キリがない。……だから、。あの狂気も、あの執念も」

 そして──。

 あの気高い所長がレイラたちに向かって、深く一礼した。

「…………!!」

 皆が驚愕する中シエリは顔を上げ、見せたその表情は──凛としている。

「これは、“私”から、“キミたち”への依頼である」

 まっすぐに見据えるその小さな眼差しには、言葉を超えた重みが宿っていた。

 レイラは一度大きく息を吸い込んでから、頷く。

「……うん、先生。私……行くよ。絶対に負けない」

 リルも続けた。

「……任せときな、先生。薊野さんも」

 アシュラは迷いの無い声音で──。

「仲間たち……いや、この世界のために」

 その隣、ラショウは不安を乗り越えるように。

「……大丈夫、皆で行けば、絶対に……!」

 ──決戦の幕が、ゆっくりと開き始めていた。




 第27話 完










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