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コヨタ

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第28話 開戦

第28話・4 支え合う気持ち

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 翌朝──。
 目覚めた時、窓の外はもう白み始めていた。

「…………」

 セセラは何も見えないながら天井を見つめ、そのまましばらく動けずにいる。

 布団の中、隣では温もりと浅く寝息を立てる気配。

 ──ラルト。

 昨夜の出来事が曖昧な夢のように思えて、しかし現実として、肌に残る温度がそれを否定していた。

 ふたりとも、一糸纏わぬ姿で眠っていたことも、その証。

「……朝か……」

 呟いた声は掠れている。だが気分は悪くない。

 いつもなら朝の始まりは、頭痛とコーヒーの苦味からだった。
 だけど今日は、妙に静かで。

 ──気まずい。

 しかし、それと同じくらいに、安心している自分がいた。

「…………」

 隣で動きがある。

「……ん、……朝?」

 目覚めたラルトは目を細めながらセセラを見た。

「……ああ、おはよ。たぶんもうすぐ、職員が動き出す時間じゃねえかな」

「ふふ……薊野さんって、朝はやっぱり無駄に真面目だよねえ」

「朝からうるせえな……」

 ボソッと返された声に、笑うラルト。

「…………」

 そして、しばしの静寂。

 その中、ラルトが柔らかく続ける。

「ね……後悔、してないよ。昨夜のこと」

「……俺もしてねえよ」

 セセラの声に迷いは無かった。
 ただ、その後に少し付け加えるように──。

「……でも、なんか変な気分ではあるな。お前とこんな風に朝を迎えるの、何年ぶりだよ」

「3年と……ちょっと」

「正確かよ」

 少しだけ笑い合う。

 その笑い声に、過去の気まずさも、悲しみも、少しずつ薄れていくような気がした。

 ラルトは布団を被り直しながら、小さく問う。

「……あと5分だけ、こうしてていい?」

「……3分」

「じゃあ4分」

「交渉すんな。……好きにしろ」

 ──小さな温もりが、そこにあった。


 ◇


 数十分後、身支度を整え終えたラルトは靴を履き、ドアノブに手をかける。

 その背に、同じく着替え終えたセセラがぽつりと。

「また……な。何かあったら相談しに来いよ……何でも」

「…………!」

 ラルトは驚いたように目を見開いて──すぐに、静かに笑った。

「……ありがと。……ふふ、薊野さんの仕事増やしちゃうねえ」

「慣れっこだよ。……他の職員に見つかんねえよう、気を付けろよ」

「うん。じゃ、また」

 ラルトはそっとドアを開け、朝の廊下へと消えていった。

 ──それからまた数十分後。

 いつも通りの白衣に袖を通し、セセラは解析室の扉を開ける。

 既に一部の解析班や医療班の職員たちが集まり始めていた。

「おはようございます、薊野さん!」

「データのまとめ、これで合ってるか確認を──」

「昨日の任務、調査班の方から報告が──」

 次々に声が飛び交う。
 席に着くも無くセセラはそれをひとつひとつ、的確に捌いていく。

 その姿に、昨夜の面影はもうほとんど残っていない。

 だが──。
 ほんの一瞬だけ。

 机の脇にコーヒーを置くと、誰も見ていないタイミングで窓の外をぼんやり見やる。

 その瞳は、少しだけ柔らかかった。

「……仕事すっかあ」

 コーヒーをひとくち啜り、セセラは席へと腰を下ろす。

 白衣の背に、ほんの僅か、眠気とは違う“満ち足りた疲労”が残っていた。


 ◇


 小鳥の声が、僅かに開いたカーテンの隙間から射し込む光と共に部屋に入り込んでくる。

 リルが目を覚ましたのは、その音を微かに意識した時だった。

「……ん……」

 瞼が重く、体は鉛のように怠い。
 だが、目覚めの感覚は不思議と心地よい。

 ──手。

 何かが、自分の右手を優しく包んでいることに気づいた。

「…………」

 ゆっくりと目を動かす。

 その手は──小さくて、白くて、そして温かい。

(……レイラ……)

 椅子に座ったままベッドに上半身だけを突っ伏すようにして、レイラはぐっすりと寝入っている。
 片手はリルの手を包み込んだまま、もう片方は膝の上で軽く握られていた。

 その寝顔は安らかで、昨日までの戦いの傷跡すら忘れさせるほど──。

「…………」

(……あー……残ってたんだ、ずっと)

 リルは、何も言わずに天井を見上げた。

 手のひらの中にある温もりが、この無菌室のような空間に確かな“生”を感じさせる。

 少しの間、そのままでいた。

 やがて、レイラが僅かに眉をひそめ、身動ぎをするように顔を動かした。

「…………ん……」

 そして、ゆっくりと目を開ける。

「……あ、起きた……」

 リルと視線が重なった。

「……おはよ。お前、そんなカッコで寝れたのかよ」

「……ん……寝れたよ。……たぶん、少しだけ」

 その言葉に、ふっと笑うリル。

「オレの手、ずっと握ってたの?」

「え? ……あ!? いや……気づいたら、っていうか……」

 リルの言葉に、一気に覚醒したレイラ。
 寝起きの頬にはほんのりと赤い色が差す。

「……う、ん、まぁ……リルの方が勝手に掴んできたってことにしとく」

「そうか、そういうことにしとけ」

 互いにそっぽを向きながら、どちらともなく小さく笑い合った。

 数秒の沈黙のあと、レイラは椅子から体を起こし、リルの額をじっと見つめる。

 ──手は、まだ繋がれたまま。

「……熱は、もう無さそう? 顔色も戻ってる。……ちょっと、ホッとした」

「心配だった?」

「そりゃ、するよ……。あれだけボロボロだったのに、『大丈夫』って顔してるの……見てる方がよっぽど怖いよ」

 少しだけ震えているレイラの声。

「…………」

 リルは、繋がれた手に少しだけ力を込めて返す。

「……でも、ちゃんと帰ってこれたろ。お前たちが……お前が、いてくれたからだよ」

「…………っ」

 レイラは目を伏せ、微かに微笑んだ。

「なにそれ……やっぱりまだ熱、あるんじゃない?」


 ◇


 昼の光が射し込む診察室。
 静かな空間に、セセラと向かい合って座るリル。そしてその隣にレイラが座っている。

 検査用のモニターには、リルの生体データが何枚も並べられていた。
 その前に座るセセラの表情はどこまでも冷静だったが、レイラは知っていた。

 彼がそういう顔をしている時こそ、一切の冗談が通じない時間だと。

「──とりあえず、結論から言う」

 静けさの中、セセラが静かに口を開いた。

「リルは……としか言いようがねえ。あの状態で暴走せず、準完全龍化も中途で抑え切ったのは……奇跡に近い」

 するとリルが、片手で頭を掻きながら苦笑する。

「ふふふっ……奇跡とか大袈裟だろ。……まあ、確かに超疲れたけど。心配しすぎじゃね?」

「笑うな。バカが」

 セセラの一言に、ピタッとリルの口が止まった。

「……なあ、レイラ。こいつさ、心拍と龍因子濃度の推移……昨日の時点でんだぜ」

「……う、うん……」

 小さく頷くレイラ。
 その場にいたレイラにとっても、それは見てわかった事実だった。

「通常なら、もう二度と意識は戻らねえ。暴走、細胞破壊、人格消失……そのどれが起きてもおかしくなかった」

「……でも、戻ってきたじゃねえかよ、ちゃんと」

 少し不貞腐れたように、低く呟くリル。

 セセラは一拍置いて、静かに続けた。

「……ああ。お前は……戻ってきたよ。意思の力で、戻ってきた」

 レイラはじっとリルを見つめると、リルは肩をすくめてみせる。

「だから……大げさに言うなよ。……なんか、誰かに負けたくなかっただけだ」

「誰かって……」

 レイラが言いかけたところ、セセラはそれを遮るように小さく手を挙げた。

「今の話は、結果として聞いておいてくれ。でも、“次”は無いかもしれねえ」

 セセラの声のトーンが少し低くなる。

「今回の龍化維持時間は、およそ半日。ギリギリだったんだぞ、マジで。それ以上維持してたら……もしくはを遂げていたら、脳の視床下部に深刻な後遺症が残ってた可能性がある」

「…………!」

「あれ以上の龍化って、わかるよな? 準完全龍化だ。その異能すらお前はコントロールできる領域にいる。よくそれをやらないでくれたって、本気で思ってんだよ、こっちは」

「…………ん……」

「加えて、心筋の微細な収縮異常が見られた。龍因子の制御と交換に、体の基盤部分が削られてる状態だ」

 静かな沈黙が降りる。

「つまり……。次に、同じような無理をすれば、帰ってこれる保証は……もう無い」

「…………」

 リルはその言葉を静かに受け止めていた。
 だがその横で、レイラの肩が小さく揺れる。

「えっ……そんな、……でも……」

「……レイラちょっと、しー……」

「……っ……」

 セセラは人差し指を唇に添える所作でレイラの言葉を制すると、ただ静かに続けた。

「……だから、ここから先は、が最優先になる。リル、お前の龍因子は今……とても、強い」

「……ん……」

「だが、強いってのは、諸刃だ。使えば削れる。拒めば暴れる。だからこそ、今より使しかねえ」

 先程までの軽い態度も失せて、すっかり大人しくなったリルは小さく頷く。

「……制御か。あんたらがそう言うのは簡単だけどな……」

「簡単に言ってるわけねえ。だから、俺がついてんだろが」

 返された一言に、リルは少しだけ目を丸くした。
 そっと息をつくレイラ。

「……じゃあ、制御訓練……。私も一緒にやる」

「は?」

 リルは声を上げると同時に、レイラの方へ振り向いた。

「私の方も、まだ全快じゃないし。……だから一緒にやる。……誰かが見ててくれないと、不安でしょ?」

「…………」

 リルは少しだけ笑うと──。

「……あー……もう、あんたらほんと手ぇ焼くわ」

 そこでセセラが鼻を鳴らした。

「ふっ……焼かせてやってんだよ。リル、お前の責務は、龍因子の制御を以て自分のままでいること……。あとレイラこいつの面倒を見ることだしな」

「えっ、私の面倒……!? 薊野さん、なにそれ……!」

 診察室に、少しだけ笑い声が零れる。

 だがその笑いは、ただの軽口ではない。

 全員が、その“危うさ”の上で、命を選び取ろうとしていることを理解していた。

 だからこそ、笑える今を──。

 誰よりも、大切にしようとしている。


 ◇


 診察室の処置と説明が終わった後、セセラは廊下をひとり歩くレイラを呼び止める。

「レイラ、ちょっと来い。話したいことがある」

「……?」

 無言で頷いたレイラは、セセラのあとをついて人気ひとけの無い観測棟のラウンジへ向かった。

 コーヒーの香りが微かに漂う、薄暗いスペース。
 ブラインドが半分閉ざされていて、陽の光が格子状に床に落ちていた。

 セセラはカップをひとつだけ手にして、窓際のテーブルに腰を下ろす。

「さっきは話遮って悪かったな……リルの訓練の件だ」

「……!」

 少し緊張しながらも、レイラも静かに向かいの椅子に座った。

「龍因子の制御。あいつはもう、通常訓練レベルじゃ制御できねえ。体が適応しすぎてて、“感覚”で対応してた分、制御信号との乖離が起きてる」

 真剣な目で頷くレイラ。

「……つまり、“強すぎて壊れる寸前”ってこと?」

「簡単に言えばな。これからは、段階的に出力を絞って維持する訓練と……何より、練習をさせる」

「戻る……」

「異常な龍化をする前に、自我で抑え込んで、元に戻る。……それができねえと、次は無い」

「…………」

 レイラは拳を握る。

「私、傍にいる。訓練の間……ずっと。リルの意思が揺れそうなとき、私が止める」

「……止めるって、どうやって」

「声でも、目でも、手でも、なんでもいい。私にできること、全部やる」

 その答えにセセラは少し目を細めた。

「……その覚悟、本気で言ってるなら……今のうちに覚えておけよ。あいつがもし制御に失敗したとき、最初に襲われるのはだ」

「……!」

 レイラの瞳が揺れる。

 だが、迷いの色は無かった。

「……構わない。それで私が歯止めになれるなら、何度でも引き戻す」

「…………」

 セセラは数秒、黙ったままレイラを見て──ふっと小さく笑う。

「ほんっと、お前根性あるわ」

「……そうかな」

「……お前の目、本気でリルを守りたいと思ってるやつの目だよ。だから……俺も手を抜かねえ。全力であいつを訓練してやるよ」

「……!」

 意を決したような声音に、レイラはまっすぐにセセラの瞳を見つめる。

「……ありがとう、薊野さん。……薊野さんがいるから、私たち……まだ生きてられる」

 セセラは目を伏せ、少しだけ息を吐いた。

「……こっちのセリフだよ」

 淡く静かな格子状の光が、ラウンジのテーブルの上を照らし続けていた。



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