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コヨタ

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第2話 名前も知らないその子と

第2話・3 皆に言うべき?

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(なんでここに、この人がいるの!? なんで西城家に……!?)

(……なんで……ッ……!?)

 声には出さなかったが、レイラの頭は一瞬で混乱に陥った。

 目を丸くしたまま、手が止まる。動かない。喉も鳴らない。

「…………」

 それはリルも同じだった。
 状況が把握できず、居間の入口で固まったまま微動だにしない。

 そんなふたりの異様な空気をよそに、アシュラはにこやかにリルに声をかけた。

「おー、リル。おかえり~。あれ? 今日からしばらくウチだっけ?」

 まるで再会に何の問題も無いかのような、ラフな調子。

「悪いな、メシあとでもいいか? ちょっと今、お客さん来てるからさ」

 その口調は、つい先程までの優雅で落ち着いた“当主モード”とは全く別人のよう。
 それが逆に、この場の異常さを際立たせていた。

「ラショウのご友人が遊びに来てくれてるんだ。リルも挨拶してくれよ」

 その言葉に、リルは瞬きすらせず、ただレイラを凝視していた。

 レイラもまた、同じ。

(どうしてこのタイミングで……!?)

 ふたりの間に、重たい沈黙が落ちていた。

 しかしアシュラは、まさかそんな過去や感情があるとは露知らず。

「……ああ、申し訳ございません。突然に」

 急に当主モードに切り替わり、今度はレイラに向き直る。

「彼はリルという者でして。少し緊張しいなのです。人見知りなだけなのですが、御無礼があれば遠慮なくご教示くださいね」

「…………」

「…………」

 レイラもリルも、完全に固まっている。

 返事すらできないふたりに、やっとアシュラはほんの少しだけ首を傾げた。

「……ん?」

 ようやく、何かがおかしいと気づいたらしい。

 場の空気が、ぴたりと張り詰めていた。

 しんと張り詰めた空気の中──。
 襖の外から、再び足音が近づいてくる。

「失礼します、お茶を……」

 現れたのは、盆を手にしたラショウ。
 リルの姿を見て茶を取りに行っていた。にこやかに居間へ戻ろうとしたその動きが、不意に止まる。

 立ち尽くしているリル。その顔を見て、目を丸くした。

「……リルくん?」

 リルは返事をしない。
 ただじっと、室内の一角──レイラを睨みつけていた。

「今日戻ってきたんだね。……あれ? どうしたの?」

 ラショウが首を傾げながら声をかけた、その瞬間だった。

「……おい……」

 リルが、低く、唸るように口を開く。

「……テメェ……ガキ……」

 その声音に、レイラはびくりと肩を震わせる。

「何で……ここにいんだよ……」

 その瞳は、まるで獣のような光を宿していた。
 戸惑いも、疑問も、怒りも全部混ざったような赤い眼。

「リル……!」

 アシュラがすぐに立ち上がり、声を荒げた。

「コラっ! 客人に向かって、なんて口の利き方を……!!」

 しかしリルはそれを遮るように、鋭く吐き捨てる。

「ちょっと黙ってろ」

「っ……」

 一瞬、絶句するアシュラ。
 ラショウも、手にしていた盆をそっと畳の上に置いた。

「…………!」

 レイラは、そこから立ち上がるでもなく、リルをまっすぐに睨み返す。

「……あ、あなたこそ。なんでここにいるの」

 睨み合う、赤い瞳と赤い瞳。

 怒気でも憎しみでもない、ただ互いを理解できない感情がそこにあった。

「えっ……?」

 小さく、不思議そうに声を漏らすラショウ。

「リルくん、レイラちゃんのこと……知らないの? 同じところにいらっしゃる方なんでしょう?」

 その言葉に、アシュラはふと動きを止めた。

「……『』?」

 再び訪れる、沈黙。

 レイラの心が、またジェットコースターのように落ちていくのが自分でもわかる。

(どうして……。この人がここにいて、ラショウさんはこの人と話をして……?)

 ぎくしゃくと動き出す感情。
 レイラの中で、先程までの“あたたかい午後”は、まるで遠い過去のように霞んでいた。

「……同じところ……」

 アシュラはその言葉を繰り返し、視線をレイラに、そしてリルに向ける。

 ふたりとも何も答えない。

(沈黙……だが、それが何より雄弁だな)

 そう思いながらアシュラはふたりを注視した。

 リルの眉間には皺。レイラは唇を噛んで俯いている。

「……失礼ながら、おふたりは……以前から、面識が?」

 問いかけるアシュラの声音は、丁寧ながらも核心を突くように鋭くなっていた。

 レイラは返答に迷い、喉を微かに動かす。

「……はい。面識、は……あります。施設で……何度か」

「何度か、ねぇ」

 ぼそりと低く呟いたリル。その言い方に、僅かな毒が滲む。

 その瞬間、ラショウの顔が曇った。

(……あれ?)

 ラショウもようやく、何かおかしいと気づき始めたようだった。

「え……? あの、おふたり……もしかして……」

 レイラとリルの間に流れる空気は、先程の和やかな時間とは全く異なっている。

 ラショウが気まずさを感じ取り始めたその一方で、アシュラは静かに全体を見渡していた。

(レイラさん。ラショウのご友人……ラショウのことを『さん』付けで呼び、礼儀正しく……、だがこうして剥き出しになる警戒)

(そして、リル。こいつがあそこまで直接的に敵意を見せるのは……珍しい)

 アシュラの思考が静かに、しかし速く回る。

「レイラさん」

 穏やかな口調で、だがまっすぐに問いかけた。

「お尋ねしてもよろしいでしょうか。──あなたとリルは、かつて何か……因縁のようなものが?」

 レイラは一瞬、ぎゅっと拳を握りしめた。

「……っ……」

 答えるべきか、否か。
 喉元まで出かかった言葉が、舌の先で震える。

 そんなレイラの様子に、ラショウは心配そうに言葉を挟んだ。

「あ、あの……レイラちゃん。無理に話さなくても……」

「マジで気に食わねえ」

 そう割って入ったのは、リルの低い声。

「あっちが話さねえなら、オレからも何も言わねえよ。……こっちはべつに、仲良くしようなんて思ってねえから」

「っ……」

 レイラは顔を上げて、リルを睨んだ。
 その目には、怒りだけではない、いくつもの感情が滲んでいる。

(この人とは、やっぱりこうなる……)

(だけど、あのことは……)

「…………っ」

 そこまで考えて、レイラは口を閉ざした。

 アシュラはそれを見て、深くは踏み込まなかった。だがその目は、静かに理解へと至ろうとしていた。

「……承知しました。ですが、ここは我が家です。……互いに過去があっても、せめて今この場では、穏やかであってほしい」

 その声は、優しくもあり、重くもあり──。

 レイラもリルも何も言わない。
 ただ、空気が静かに冷えていた。

 一方で、ラショウはまだ完全には掴めないまま、レイラの方をちらりと見て、ひとつ思う。

(もしかして……あまり、仲が良くなかった……?)

 胸の奥が、きゅっとなる感覚。

 先程までの朗らかな空気が、今はどこか遠い。
 しんとした空気の中、誰もが次の言葉を探している──その時だった。

「……っ、す、すみませんっ……!」

 ラショウが立ち上がるようにして、小さく頭を下げた。

「ま、まさか……おふたりが、そんな……喧嘩しているなんて……っ、知らなくて……」

 ラショウの声は本当に申し訳なさそうで、瞳が揺れている。

「ごめんなさい……! リルくんが、今日帰ってくるとも聞いていなくて……っ。だから、こんな風に鉢合わせちゃうなんて思わなくて……」

 繰り返し、何度も頭を下げるその姿に、レイラは一瞬だけ胸が痛んだ。
 確かにアシュラもリルを見て「今日からだったっけ?」と口にしていた。ラショウに責任があるわけではない。

 それでも、責任を感じているラショウの姿は、まっすぐだった。

「ラショウさん……あの、ラショウさんのせいじゃ──」

 レイラがそう言いかけた、そのとき。ラショウは「それに……」とほんの少し顔を上げて、困ったように続けていく。

「レイラちゃんも……と、聞いていたので……施設でも逆に、気が合っていたりするのかなって──あっ?!」

 自分で言った言葉に、自分が驚いたように目を見開いたラショウ。

 レイラも、ピクリと反応した。

「……!」

 アシュラも目を見開くが、その中でも──。

「…………あ……?」

 リルが、最も怪訝な顔をして眉をひそめている。

「……ラショウお前今、何て言った?」

 その赤い視線が、ラショウに向けられた。

「龍に、憑依されてる……つったのか?」

 リルの口調は低いが、その中には明確な疑念と──警戒があった。

 それはつまり、ということ。

 リルにとってレイラは“ただの戦闘班の子供”だった。だが今、口を滑らせたラショウの一言が、その認識に亀裂を入れた。

「……まさか、テメェも」

 その視線が、再びレイラに向けられる。

 レイラは、何も言わず、ただリルの目を真正面から受け止めた。

(……見られている)

 ただの“仲が悪い”という関係ではない。
 今、この場にいる全員が、少しずつレイラとリルの“その先”を見ようとしていた。

 ラショウは唇を震わせながら、再び小さく頭を下げる。

「す、すみません……私、今の……」

 するとアシュラが、やわらかく手を差し伸べるようにラショウに声をかけた。

「……ラショウ、お前のせいじゃない。どれも、タイミングの問題だ」

 しかしその言葉が届いても、張り詰めた空気はまだ、緩んではくれない。

「…………」

 レイラの胸の奥が、ずっとざわついている。

(言うべき……? でも、言ったところで……)

 ラショウの無垢な声。
 アシュラの理解ある眼差し。

 そして、リルの視線──。
 疑い、拒絶。そして、僅かな困惑。

(私は、どうしたいの?)

「…………」

 言葉が出てこない。喉までせり上がってきているのに、自分の口がそれを飲み込んでしまう。

 ラショウは、戸惑いのままレイラを見つめていた。アシュラも言葉を選びかねて、静かに事の成り行きを見守っている。

 だが、リルは違った。

「……チッ……」

 舌打ちをしながらズカッ、と一歩前に出た。
 レイラとの距離が僅かに詰まる。

「……おい」

「ッ!」

 ──心臓が、びくりと跳ねた。

「オレは、何も聞いてねえんだよ」

 その声は低く、だが怒鳴りでも咎めでもない。
 まるで“その続きを聞かせろ”とでも言いたげな、不器用な吐息。

「……言いたいことあんなら、言え」

 言葉が、刺さった。
 ただの命令じゃない。問いでも、確認でもない。

 それは、“言ってくれ”という願いのように、レイラには聞こえた。

(なんで、あなたがそんな顔するんだ……)

 レイラは、唇を噛み締める。
 この空気、この重さ、この痛み──全部、あの日、リルと初めて会った日と似ている。

(あの日、何も言えなかったから。私は今でも苦しいのに)

 目の奥が、じんと熱くなる。

 それでも──レイラは、まだ迷っていた。

 言うことで、何かが壊れるかもしれない。
 けれど、言わなければ、このままずっと“敵”のままかもしれない。

 拳を握る手に、力が入った。

「……っ」

 言葉が出かかる。

 静まり返る居間。
 ラショウの瞳は不安で揺れ、アシュラの視線は重くも温かくレイラを見つめていた。

 そして、リルはただまっすぐに、レイラを見ている。

(……どうする、私)

 レイラは俯いたまま、静かに息を吐いた。

「……気持ち悪がられても、いいや……」

 ぽつりと、誰に向けたともつかない言葉。

 ──空気が変わる。



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