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コヨタ

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第4話 それぞれの答え

第4話・1 朝は4人で!

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 共闘任務翌日。場所は、西城家──。

 窓から射し込む日差しが、柔らかく畳の上を照らす。

 リルとの初めての共闘があったレイラは、西城家に泊まらせてもらっていた。
 機関に設けられている自室では、どうにも眠れず我儘を通してもらったのだ。

「ふあぁ……よく寝た……」

 昨日の戦いとは打って変わってのんびりなあくびをしたと思えば、次の瞬間、廊下をパタパタと駆ける足音。

「レイラちゃん、おはよう~! 朝ごはんできてるよ!」

 ぴょこっと顔を出したのはラショウ。
 白銀のツインテールを軽く結い直しながら、笑顔でレイラを迎える。

「……おはようラショウ……うん、今行く」

 まだ少し重たい瞼を擦りながら、レイラは立ち上がった。

 西城家の朝は、まるで旅館のように静かで、でもどこか家族の気配が残る優しい空間。

 居間へ向かうと、アシュラが既に湯呑みを手にしていた。

「おはよう、レイラ。昨夜はよく眠れた?」

「……うん。すごく……静かで、よく寝られたよ」

 自然と微笑んでいた。
 ここに来ると、心の鎧が少しだけ緩む気がする。

 ラショウが用意した朝食は、炊きたてのご飯と温かい味噌汁、そして少しの焼き魚。
 箸を並べながら、レイラはふと、ふたりの顔を見た。

(こんなふうに笑っていられる時間があるのに……)

 頭の中に、血に濡れたリルの姿がちらついた。

(あの人は、あんな……痛くて苦しくて……)

 ──箸を握る手が、ほんの少しだけ震えた。

「……ラショウ、アシュ」

「ん?」

 アシュラが短く返事をする。

「……リルの、体のこと……知ってる?」

 レイラのその言葉に、空気がふっと張り詰めた。

「…………」

 ラショウは手を止め、驚いたように目を見開く。アシュラも、少しだけ真剣な表情に変わった。

 レイラの声は微かに揺れていたが、それでも、聞かずにはいられなかった。

(私は、知ってしまったから……)

 居間に落ちる朝の光が、静かに揺れる。

 レイラの問いかけに、一瞬の沈黙。

 先に答えたのはアシュラだった。

「……もちろん、知ってるよ」

 声は穏やかで、しかし迷いは無い。

「ずっと昔から知ってる。リルがそういう体だってことも……。子供の頃からずっと、一緒に過ごしてきたから」

「……子供の頃から?」

 見開かれるレイラの目。

「ああ。リルは、機関と西城家で育った。……家族のような、俺の幼なじみだよ」

「幼なじみ……」

 意外な言葉に、レイラは思わず繰り返していた。

(そうだったんだ……リルと、アシュ……)

 思い返せば、確かにリルがアシュラを名前で呼んでいたことを思い出す。

 敬語も使わず、どこか少しだけ甘えるような距離感。

(あれは、そういうことだったんだ……)

「……今リルは、ここにいるの?」

 そう尋ねると、ラショウが頬を緩めて答えた。

「うん。すごくよく寝るから、まだ起きてないけど……ふふ」

「……そっか」

 レイラは、机の上に並ぶ湯気を見つめながら、心の中に浮かんだ新しいピースをそっと並べた。

 リルの強さ。
 リルの孤独。
 そして、リルの居場所。

(……私は、あの人の何をそんなに知りたがってるんだろ)

 思いが、また静かに胸の中を巡っていく。

 ──でも、今日の朝はそれ以上を口にすることは無かった。

 ラショウが味噌汁を勧め、アシュラが笑って箸を取る。
 そんなあたたかい空気の中で、レイラはまだ知らない何かを、少しずつ受け入れ始めていた。

 湯気と笑い声が混じる穏やかな居間。

 箸の音と味噌汁の香りに包まれた空気の中、不意に廊下の向こうから、静かに近付いてくる足音──。

 ギイ……と襖がゆっくり開く。

「……んあ゙……」

「……!」

 眠たそうな声と共にフラフラと現れたのは、乱れた髪に半分閉じかけの瞳──リルだった。

 起きたばかりで寝癖も取れていない赤髪がいつも以上にハネていて、その赤い瞳もどこかぼんやりしている。

 普段と雰囲気の違うリルの突然の登場に、レイラは思わず彼を凝視してしまった。

「…………ん……」

 リルがレイラに気がつき──。

 そして。

「……めちゃくちゃ寝心地いいだろ、この家」

 ボソッと、レイラに向かって零された声。

「っえ、……うん、とても……」

 不意に話しかけられるとは思っていなかったレイラは、思わず言葉が詰まる。

(え……今の、私に……?)

 その間にもリルはのそりと座布団に座り、湯呑みを手にしていた。

「……オレもこの家は安心する。すげーよく寝られる。……とくに血を流した日は」

「……!」

 静かに告げられたその言葉に、居間の空気が一瞬だけ止まる。

 だが、リルは気にする様子も無く──。

「……ふぁ……」

 ふわっと、大きなあくびをひとつ。

 その開かれた口には、はっきりと鋭く伸びた犬歯。
 まるで獣のように鋭く、普通の人間には到底ない

 それでもリルは、まるでそんなことには無頓着なまま、湯呑みに口をつけた。

「あー……あったけぇ……」

 アシュラとラショウも何も言わずにその姿を見守っている。

 レイラはその場にいながらも、再び“自分の知らなかったリル”を見つけた気がしていた。

 でも、それはもう、怖くはなかった。

 少しずつ、受け止めていける──。
 そんな気がした。

「…………」

 温かい湯気の立つ湯呑みを手に、リルはまだぼんやりとした表情で座っている。

 レイラはリルの斜め向かい。
 先程の一言──『血を流した日はよく寝られる』がまだ胸に残っている。

(そんなこと、当たり前みたいに言うなんて……)

 思い返せば、あの時の戦場。
 どれだけ傷ついても、倒れず、立ち上がって戦った背中。

 そして今。目の前で湯呑みを手にしているリルが、まるで別人のように穏やかに息をしている。

「……り、リル」

「……ん」

 少しだけ、リルの眠たげな目が開いた。

「……あの、私、さ……」

 声が震えないように、ゆっくりと息を吐く。

「昨日の任務で、あなたがあんなに血を流して、それでも何もなかったみたいに立ち上がってて……」

「…………」

 リルは何も言わずに聞いている。

「……私は、怖かった。じゃないと、生き残れないのかって。普通じゃいけないのかって──」

 少しだけ、唇が震えた。

 すると、リルは目を伏せたまま呟く。

「……普通がいいって、お前、言ってたな」

「……え?」

「前に。お前、『普通の女の子になりたい』って、言ってた」

「…………」

 リルは湯呑みを見つめたまま、少し口を噤んで──。

 そしてぽつりと、言葉を落とした。

「オレは、“普通”がどういうもんか、わかんねえけどさ。でもお前が、それを大事に思ってんなら……それでいいと思うよ」

「…………!」

 レイラの目が揺れる。

 眠たげな瞳で、ゆっくりとリルは続けた。

「オレにはできねえから。……だからお前は、それ、ちゃんと持ってろよ。オレの代わりに」

 まるで、酷く遠い夢でも見ているような声音。

 レイラは何も返せなかった。
 だが、胸の奥で何かがゆっくりと解けていくのを感じている。

 彼の牙が怖かった。
 でも今、その牙は、ただ彼の一部でしかないと思えた。

 そしてその隣で微笑むラショウと、静かにお茶を啜るアシュラがいる──。

 そんな温かい空間の中で、レイラはもう一歩、彼らに寄っていける気がした。


 ◇


 ──午後。
 龍調査機関の中央棟。

 西城家での朝食を終え、リルとレイラは車両で機関へ戻っていた。

「……眠い」

「また寝るの?」

 レイラが呆れたように言うと、リルは僅かに口元だけで笑う。

「……目ぇ開けてても寝るかも」

「それ、任務中に言わないでよ……」

 軽いやり取りがあっても、心のどこかにまだ西城家のやわらかい空気が残っていた。

 到着早々、出迎えたのはセセラ。

 いつもの白衣の下に、タートルネック。
 だが、その顔には薄く疲れの色が滲んでいる。

「おかえり。リル、検診。今から」

「あー……やっぱやるのか……」

「当然だ」

 セセラは淡々と、タブレット端末を見せた。

「瘴気暴露量、再生負荷、戦闘中の心拍変動。どれも例の閾値をちょっとだけ超えてる。検査データ回収しときたい」

「『ちょっとだけ』だろ……」

 ぶつぶつ言いながらも、従う気配はある。

 レイラは気遣わしげに口を開いた。

「……リル、『検査』って……、大丈夫なの……?」

「ん? あぁ……慣れてっから」

 そう言って歩き出す背中には、本当に平気かどうかは見えなかった。

 レイラはそのまま残される形で、セセラに尋ねる。

「……また任務?」

「ん。次も2名体制。まだ詳細は詰めてるけど……ま、お前とリルが入るかもな」

「……え?」

 セセラは短く頷いた。

「こっちも慎重に選んでる。前回と同レベルの濃度が観測されてる場所が複数ある」

 レイラの胸が僅かにざわつく──。

 またリルと。
 また、危険な地へ。

(今度は……もっと、ことになるんだ)

 静かに、その準備が始まりつつあった。


 ◇


 医療検査フロア・観察室──。

 金属の扉が重たく閉まる音。

 検診用のベッドに腰かけるリルは、片足をぶらつかせながら無言で天井を見上げていた。

「……服、上まで脱げ。モニター取る」

 セセラが淡々と指示する。

「……ったく。検査ばっか、何度やりゃ気が済むんだ」

 ぼやきつつも、リルは素直に上着を捲った。

 痩せぎすの体、肋骨の浮いたようなライン。
 昨日の戦闘時に受けた痕はもう跡形もなく消えている。

 セセラは何も言わず、モニタリング用の電極を手際よく装着していく。
 静かに、ピッ……ピッ……という機械音が室内に響いた。

 しばらくして、沈黙を破ったのはリルの方。

「前……言ってたろ。オレのこと、もう調査対象としてしか扱えねえかもって」

「……言ってたな」

 セセラは短く返す。

「だったらさ、薊野さん。オレがくたばる前にさ、もうオレを任務から外してもいいんじゃねぇの」

 モニターから目を離さず、セセラは呟いた。

「言ったろ。使える限り使うって」

「……クソだな」

「わかってる」

 静かに返されたその声に、リルの眉が少しだけ下がる。

「……それでも、ちゃんと仕事すんだな。あんた」

「…………」

 セセラは応えなかった。
 ただ電極を見つめたまま、モニターに表示される再生パラメータを確認している。

 目線を伏せるリル。

「……もうちょっとさ。人間扱いしてくれって、言ったらどうする?」

「しねぇよ」

 すぐさま返されたその言葉。

 だが、その後に続いた言葉が──。

「でも、人間だってことは、忘れてねえよ」

 リルの心にふと小さく触れる。

「…………!」

 一瞬、リルは息を止めた。

 部屋に響く機械の音と、淡い光。

「……どっちだよ、それ」

「どっちもだ」

 セセラの声は相変わらずだ。だが、背中越しに滲むその言葉にはどこか温度があった。

 リルは小さく鼻を鳴らす。

「……変わんねぇな、薊野さんは」

「お前が変わってくんなきゃ、俺の役目も終わらねえからな」

「……へぇ。じゃあ、……変わってやるかな」

 静かに、でも確かに微笑んだような声。

 セセラは何も言わず、検診データを保存し、静かに端末の電源を落とした。


 ◇


 夕方──。
 作戦指令区画。

 薄暗い照明の落ちる会議室。
 壁面に設置されたスクリーンには、地形図と濃度マップが表示されていた。

「……先日の龍発生渓谷帯りゅうはっせいけいこくたいでの異常反応、収束後にも関わらず“類似の瘴気反応”が他所で確認されています」

 司令担当者の言葉が、静かに響く。

「その中でも、特に波長の不安定な地点がひとつ。第五観測帯・凪裂谷なぎれつだに。この付近にて、新たな異常活動の兆候が見受けられます」

 同席していたセセラは壁に寄りかかりながら、腕を組んでいた。

 会議室には他の職員も数名いるが、今回の任務者として名指しされていたのは──。

「任務指定者、紫苑レイラ、紅崎リルの2名」

 その名が読み上げられた瞬間、会議に参加していたレイラの背筋が僅かに強ばった。

(やっぱり……私が、またリルと……)

 ちらりと横を見ると、同じく同席していたリル。

 眠たげでも、冷たくもない。ただ静かに聞いている。

「現地は瘴気が断続的に噴出しており、接近には遮蔽装備および解析装置が必須となります」

「また、先行調査隊の一部が軽度の錯乱を起こしており、異常波長による精神干渉の可能性も捨てきれません」

 淡々と言葉を重ねる司令担当者のあとに。

「つまり、何が起きてもおかしくないってことか」

 腕を組んだままのセセラが小さくぼやいた。

 そしてセセラはそのまま前に出ると端末を指で弾き、スクリーンに補足資料を映しながら発言する。

「任務は調査と抑制。必要と判断されれば、敵性存在の排除も含む。……リル、レイラ、お前たちにしかできねえ任務だ」

「……わかった」

 レイラの声は、迷いがありながらもはっきりと出ていた。

 横でリルが、椅子の背に体を預けながら呟く。

「オレは……べつに。言われりゃ、行くよ」

「任務出発は、明朝。必要装備の再点検を行い、今夜中に各自の準備を済ませておくようにお願いします」

 司令担当者からの通達が終わり、静かな空気のまま室内の灯がゆっくり落ちていく。

 また、並んで戦う。
 だが、今回は──既に“知られていること”がある。

 レイラとリルの視線が、一瞬だけ交差した。



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