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第4話 それぞれの答え
第4話・3 次もふたりで
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「どうかね、ふたりは」
モニター室へ入室したシエリが腕を組み、静かに画面を覗き込んでいる。
「……まあ、まだ死んでねぇからいいんじゃねえの」
セセラは軽く応じながらも、その目はしっかりリルのバイタルモニターに貼り付いていた。
しかし、その瞬間。
中継映像に大きく弾き飛ばされるリルの様子が映る。
「…………!」
バイタルには──赤。
出血量の警告サインが、連続で点灯する。
「う……わっ、またかよ……!」
無意識に顔をしかめた。
「……セセラ、どうした……血か?」
「だから言ってるだろ、……血はダメだって……」
「仕方の無い子だなキミは……」
モニターの向こう、ふたりの姿が小さく映る。
「でも、ここからだろうね……この任務の、本質は」
◇
「クソが……よくもやりやがったなッ!!」
血を流しながらもリルは踏み込み、巨大な仮面の下部に斬撃を叩き込む。
だが──そこにあったのは、“自分の顔”だった。
「……!」
一瞬、動きが止まる。
その隙に、鋸のように細かい刃が並んだ触手の1本がリルの腹部を裂いた。
「あ゙ッ……ぐ……!!」
血が吹き上がる。視界が揺れる。
(クソ……そんなもんで、止まるかよ……!)
「リルッ!!」
崩れかけるリルの影。
レイラもまた幻に飲まれかけているが、咄嗟に駆け寄りその背をかばうように前に出る。
(私が見てるリルはッ、『オレだけを信じろ』って言ったリルはッ、今ここにいる──)
「だったら、私はこの“リル”を信じる!」
青白く光るエネルギーを帯びた刃が、無数の触手を切り裂いた。
「私は、“私の目”で戦う!!」
現実と幻覚の境界が混じり合う戦場。
それでも、ふたりは今、確かに背中を預け合って立っていた。
そして異形の本体は──ふたりの芯を削るように、更に攻撃を続ける。
「ッ……くそ……!」
リルも応えるが、敵の本体は肉体としてのダメージにすら反応が鈍くなってきていた。
斬っても、潰しても、どこか空っぽのまま。
(こいつ……こっちの心を削るのが本命かよ……)
触手の1本が、リルの肩口をかすめる。
「……っ……!」
その瞬間、“何か”が見えた。
(あれは──)
幼い頃、ただ独りで座り込んでいた暗い廊下。
うっすら血が滲んだ手のひら。
誰かの足音が遠ざかる。
「……っ、やめろっつってんだよ!!」
吠える。
しかし、幻覚は薄れない。
血の臭いが、幻か現実かわからなくなっていく。
「リルっ、……ハァ……ハァ……、ぐ、うっ……!」
レイラの苦しそうな呼吸音。
目の奥が、ずっとズキズキと疼いている。
(もう、幻なのか現実なのか……)
「……っ……!」
目の前の敵が、“母”の姿に見えた。
違う。
──違うのに、脳が勝手に重ねてしまう。
「…………!! いや……違う……!」
(私は、もうそんなのに引っ張られない……!)
踏み込んだ。
幻の中でも、足は地を蹴った。
レイラの刃が、本体の仮面に突き刺さる──。
だが。
──ズ……ッズズ……
仮面の中から、“何か”が剥がれるように現れた。
「……ひッ……!!」
それは──“レイラ自身”だった。
笑っていた。
目の奥に何も映っていない──自分。
「…………ぁ…………!!」
喉が声にならなかった。
──モニター室では「……ッ、ダメだ」とセセラが低く唸る。
「ふたりとも……深い。記憶の反射干渉が最大まで達してる……。これ、引き戻さねぇと何かが壊れるぞ……。任務、失敗か? 強制帰還させるか……?」
「……でも、まだ道を選ぶ力は残っているよ。──見ていてごらん、セセラ」
答えるシエリの瞳が、静かに輝いていた。
「レイラ!! 聞こえてんだろ!!」
リルの視界に、幻に飲まれかけたレイラの姿が見えた。
リルは限界を越えた力で跳び、触手を振り払ってレイラの肩を力強く掴む。
「テメェがあんな目しちまったら、オレは……ッ、どこに帰ればいいんだよ!!」
「…………!」
(……あぁ……)
リルの声が、現実に戻る道標になった。
レイラの視界に映る、目の前の“自分”が、音も無く崩れ去っていく。
(……私は、私の目で戦うって決めた)
自分の肩を掴むリルの手の熱に、“今”が戻ってくる。
仮面の本体が呻くように軋んだ。
揺さぶりが効かなくなったと理解したのか、全身の構造が変わり始める。
新たな変化と共に、戦闘は更に激しさを増していく。
「……怖い……。でも、ここからが本番だ……!」
「気味わりいもんばっか見せやがって……マジでムカついた」
ふたりの瞳には、もう迷いは無い。
──バキバキッ……
──メキッ……!!
敵の本体が、音を立てて剥がれた。
仮面のようだった頭部が砕け、巨大な口から瘴気を纏った何本もの舌と牙が姿を現す。
腹部から伸びた触手の基部は肉の束のように脈動し、背面からはひび割れた羽根のような器官が出現していた。
それは龍にも獣にも見えず、ただの“バケモノ”だった。
「……化けたな」
リルのマントが音も無く揺れる。
レイラは横で、既に剣の出力を限界近くまで上げていた。
「リル、正面は私が引き付ける。あなたは──」
「わかってる。腹の下。心臓部はそこかもしれねえ」
言葉は少ないが、足並みは揃っていた。
一拍──。
「いくよッ!!」
レイラが駆ける。
地面を蹴り、宙に舞う。
触手がうねり、鋭い尾が迫る。
(速い! でも──見える!!)
風を切るように斬撃が閃き、触手を切り裂いた。
その僅かな隙に、リルが地を這うように滑り込む。
爪が鋭く伸び、腹部の下──心臓のあたりと見える場所に突き立てる。
「喰らえ……ッ!!」
だが。
──弾かれた。
「ッ……防壁、張って……!」
リルが後退する。
その瞬間、瘴気の爆発。
「!!」
視界が白く弾け、地形そのものが歪む。
「ッ──レイラ!!」
「無事!! でも、近距離は危険すぎる……!」
ふたりが距離を取ったその時、バケモノは背中の“羽根”を大きく広げ、震わせた。
「──ッ!!」
視界が、捻れる。
記憶が、引き戻される。
リルの足が、一瞬止まった。
(やべぇ……また来る──)
「……はッ、……あ……!」
リルが息を漏らした直後、レイラがその肩を掴んだ。
──先程、リルがレイラにそうしたように。
「!!」
「リルッ! こっちを見て!!」
「……っ、ああ、悪ぃ。助かった……」
記憶干渉は健在。
だが、今のふたりには守り合う意思がある。
レイラは剣を構え直す。
「外からは斬れない。だったら……中から断ち斬る」
「……!」
リルはその意図を即座に察した。
「お前、まさか」
「吹き飛ばす! 今度は、私が開く!!」
前へ跳ぶレイラ。出力最大の剣を手に本体の口部に飛び込んでいく。
無謀かもしれない。
──でも、やるしかなかった。
「だあ゙ああッ!!」
暴れる無数の舌を斬り裂きながら、口内へ目掛けて剣を押し込もうとする。
「うううッ……!!」
剣と異形のエネルギーが暴発する寸前、レイラは弾き飛ばされそうになるがリルが全力でその小さな背を支えた。
「突っ込め!! レイラ──!!」
「うッ……あああああ!!」
震えながらも渾身の力で剣を喉まで刺し込み続ける。
「ぐうぅぅ……ッ!! このッ、いい加減にィっ……しろおおッ……!!!」
──ギャ……ッ…………!!
本体の内部で光が爆ぜ、中から外へと内圧が放たれるように。
──ァ゙アア゙ア゙アァア゙ッ…………!!!
異形の龍が──弾けた。
「ッ!!」
黒い肉片と瘴気が、周囲に飛び散る。
「うわ……っ!!」
煙が切れるような音。
「…………!」
静寂が、戻る。
「…………はあ……ッ、はあ…………」
──そして。
その場に、ふたりの影だけが残った。
呼吸は荒く、傷も深い。
けれど、どちらも立っていた。
(……勝った)
それだけが、確かだった。
◇
風が止んでいた。
瘴気の色も薄まり、静寂が谷を包み込む。
レイラは倒れた岩の傍に座り込み、肩で息をしていた。汗と土と血で乱れた髪が頬に張り付く。
その隣。リルは膝をつきながらマントの端を引きちぎり、龍化を解除した自身の右手とレイラの肩に巻いていた。
「出血、少しだけ残ってる」
「……ん。ありがと……」
返事は掠れたが、その声には笑みが混じっている。
レイラは傷の痛みよりも──胸の奥で何かが静かに灯っているのを感じていた。
(……私、なんか……急に強くなった気がする)
初めて人の命を背負って、誰かのために刃を振るった気がした。
言葉に出したわけじゃない。
けれど──。
「……あん時、ガキっつって……悪かったな」
突然のリルの言葉に、レイラは目を丸くした。
「……え、なに……?」
「いや、なんか……『私強い』って、顔に書いてあった」
「うそ、ほんと?」
「ほんと。めちゃくちゃドヤ顔してた」
「してない!!」
「してた」
小さく笑い合う声が、風に微かに乗った。
そして立ち上がり、谷の入口へと来た道を戻っていく。
待機していた黒い輸送車が、ふたりを迎えていた。
そして、静かに車内へと乗り込んでいく。
ふたりは、少しだけ並んで笑えるようになった。
◇
龍調査機関・モニター室。
「──帰還を確認。無事、生体反応安定」
職員の報告に続いて、セセラは椅子の背にもたれながら深いため息をついた。
「はあ……ヒヤヒヤした……よく壊れずに帰ってきたな……」
「キミの目は厳しすぎるんだよ」
シエリは椅子に座り直しながら、開いていたタブレット端末を閉じる。
「あの子たち、今回は耐えた。それは事実だ。心を、削り合いながら保った」
セセラは何も言わず、しばらく画面を見つめていた。
「…………」
そして、ぽつりと呟くように語り出す。
「先生……。リルは、これまでずっとひとりで生きる前提でしか動かなかった」
「うん」
「だけど今回……誰かと並ぶ形を、受け入れた」
「うん」
「……そっちのがさ、……人間っぽいよな」
そう言うセセラが画面からシエリの方へ顔を向けて柔らかく微笑むと、小さな所長は淡く笑う。
セセラのその素の笑顔こそ、人間っぽいとシエリの目に映っていた。
「そうだね。レイラのおかげかな?」
セセラはそのまま目を伏せて無言でひとくち、傍に置いていたコーヒーを飲む。
「……ああ。まぁ、そうだな」
静かに灯るモニターの光の中、ふたりの研究者は“希望”という名の余韻を、ほんの少しだけ信じていた。
◇
──翌日。
午前の柔らかな陽光が、機関の中庭にあるベンチの背に斜めの影を落としていた。
レイラはベンチに腰を下ろし、まだ少し残る筋肉痛をぼやきながら、紙コップの水を口に運ぶ。
(昨日のこと……やっぱり、夢じゃなかったよね)
今こうして静かな場所で一息つけているのが、逆に不思議なくらいだった。
「……よう」
ふと、背後から声がかかる。
振り向けば、いつもより少しだらしない寝起き顔のリル。
「リル。……おはよう」
「ん。……そっち、空いてる?」
「どうぞ」
リルは隣に座ると、無言でコンビニの袋からメロンパンを取り出した。
「……元気そう? ……だね」
「オレ、よく寝たからな。あと……」
もご、とパンを口に入れた後、ぽそり。
「昨日の……お前の最後の剣、わりと良かった」
「……え?」
「あれで勝てたんだよ」
レイラは一瞬呆気に取られて、それから小さく笑った。
「……ありがと。あなたが言うと、なんかすごく嬉しい」
「ふん」
リルは顔を背けるようにもう一口かじるが、耳の先だけが少し赤くなっていた。
「それにしても……」
レイラは、ぼんやりと空を見上げた。
「今はこうして笑ってるけど、またあんなのが来たらって思うと、ちょっと怖い」
「また来るだろ。どうせ」
「……うん。たぶん、そう思う」
だから。
──そのときはまた隣にいてくれたら。
……とは、言葉にしなかったけれど。
「…………涼しいね」
風が、静かにふたりの間を通り抜けた。
モニター室へ入室したシエリが腕を組み、静かに画面を覗き込んでいる。
「……まあ、まだ死んでねぇからいいんじゃねえの」
セセラは軽く応じながらも、その目はしっかりリルのバイタルモニターに貼り付いていた。
しかし、その瞬間。
中継映像に大きく弾き飛ばされるリルの様子が映る。
「…………!」
バイタルには──赤。
出血量の警告サインが、連続で点灯する。
「う……わっ、またかよ……!」
無意識に顔をしかめた。
「……セセラ、どうした……血か?」
「だから言ってるだろ、……血はダメだって……」
「仕方の無い子だなキミは……」
モニターの向こう、ふたりの姿が小さく映る。
「でも、ここからだろうね……この任務の、本質は」
◇
「クソが……よくもやりやがったなッ!!」
血を流しながらもリルは踏み込み、巨大な仮面の下部に斬撃を叩き込む。
だが──そこにあったのは、“自分の顔”だった。
「……!」
一瞬、動きが止まる。
その隙に、鋸のように細かい刃が並んだ触手の1本がリルの腹部を裂いた。
「あ゙ッ……ぐ……!!」
血が吹き上がる。視界が揺れる。
(クソ……そんなもんで、止まるかよ……!)
「リルッ!!」
崩れかけるリルの影。
レイラもまた幻に飲まれかけているが、咄嗟に駆け寄りその背をかばうように前に出る。
(私が見てるリルはッ、『オレだけを信じろ』って言ったリルはッ、今ここにいる──)
「だったら、私はこの“リル”を信じる!」
青白く光るエネルギーを帯びた刃が、無数の触手を切り裂いた。
「私は、“私の目”で戦う!!」
現実と幻覚の境界が混じり合う戦場。
それでも、ふたりは今、確かに背中を預け合って立っていた。
そして異形の本体は──ふたりの芯を削るように、更に攻撃を続ける。
「ッ……くそ……!」
リルも応えるが、敵の本体は肉体としてのダメージにすら反応が鈍くなってきていた。
斬っても、潰しても、どこか空っぽのまま。
(こいつ……こっちの心を削るのが本命かよ……)
触手の1本が、リルの肩口をかすめる。
「……っ……!」
その瞬間、“何か”が見えた。
(あれは──)
幼い頃、ただ独りで座り込んでいた暗い廊下。
うっすら血が滲んだ手のひら。
誰かの足音が遠ざかる。
「……っ、やめろっつってんだよ!!」
吠える。
しかし、幻覚は薄れない。
血の臭いが、幻か現実かわからなくなっていく。
「リルっ、……ハァ……ハァ……、ぐ、うっ……!」
レイラの苦しそうな呼吸音。
目の奥が、ずっとズキズキと疼いている。
(もう、幻なのか現実なのか……)
「……っ……!」
目の前の敵が、“母”の姿に見えた。
違う。
──違うのに、脳が勝手に重ねてしまう。
「…………!! いや……違う……!」
(私は、もうそんなのに引っ張られない……!)
踏み込んだ。
幻の中でも、足は地を蹴った。
レイラの刃が、本体の仮面に突き刺さる──。
だが。
──ズ……ッズズ……
仮面の中から、“何か”が剥がれるように現れた。
「……ひッ……!!」
それは──“レイラ自身”だった。
笑っていた。
目の奥に何も映っていない──自分。
「…………ぁ…………!!」
喉が声にならなかった。
──モニター室では「……ッ、ダメだ」とセセラが低く唸る。
「ふたりとも……深い。記憶の反射干渉が最大まで達してる……。これ、引き戻さねぇと何かが壊れるぞ……。任務、失敗か? 強制帰還させるか……?」
「……でも、まだ道を選ぶ力は残っているよ。──見ていてごらん、セセラ」
答えるシエリの瞳が、静かに輝いていた。
「レイラ!! 聞こえてんだろ!!」
リルの視界に、幻に飲まれかけたレイラの姿が見えた。
リルは限界を越えた力で跳び、触手を振り払ってレイラの肩を力強く掴む。
「テメェがあんな目しちまったら、オレは……ッ、どこに帰ればいいんだよ!!」
「…………!」
(……あぁ……)
リルの声が、現実に戻る道標になった。
レイラの視界に映る、目の前の“自分”が、音も無く崩れ去っていく。
(……私は、私の目で戦うって決めた)
自分の肩を掴むリルの手の熱に、“今”が戻ってくる。
仮面の本体が呻くように軋んだ。
揺さぶりが効かなくなったと理解したのか、全身の構造が変わり始める。
新たな変化と共に、戦闘は更に激しさを増していく。
「……怖い……。でも、ここからが本番だ……!」
「気味わりいもんばっか見せやがって……マジでムカついた」
ふたりの瞳には、もう迷いは無い。
──バキバキッ……
──メキッ……!!
敵の本体が、音を立てて剥がれた。
仮面のようだった頭部が砕け、巨大な口から瘴気を纏った何本もの舌と牙が姿を現す。
腹部から伸びた触手の基部は肉の束のように脈動し、背面からはひび割れた羽根のような器官が出現していた。
それは龍にも獣にも見えず、ただの“バケモノ”だった。
「……化けたな」
リルのマントが音も無く揺れる。
レイラは横で、既に剣の出力を限界近くまで上げていた。
「リル、正面は私が引き付ける。あなたは──」
「わかってる。腹の下。心臓部はそこかもしれねえ」
言葉は少ないが、足並みは揃っていた。
一拍──。
「いくよッ!!」
レイラが駆ける。
地面を蹴り、宙に舞う。
触手がうねり、鋭い尾が迫る。
(速い! でも──見える!!)
風を切るように斬撃が閃き、触手を切り裂いた。
その僅かな隙に、リルが地を這うように滑り込む。
爪が鋭く伸び、腹部の下──心臓のあたりと見える場所に突き立てる。
「喰らえ……ッ!!」
だが。
──弾かれた。
「ッ……防壁、張って……!」
リルが後退する。
その瞬間、瘴気の爆発。
「!!」
視界が白く弾け、地形そのものが歪む。
「ッ──レイラ!!」
「無事!! でも、近距離は危険すぎる……!」
ふたりが距離を取ったその時、バケモノは背中の“羽根”を大きく広げ、震わせた。
「──ッ!!」
視界が、捻れる。
記憶が、引き戻される。
リルの足が、一瞬止まった。
(やべぇ……また来る──)
「……はッ、……あ……!」
リルが息を漏らした直後、レイラがその肩を掴んだ。
──先程、リルがレイラにそうしたように。
「!!」
「リルッ! こっちを見て!!」
「……っ、ああ、悪ぃ。助かった……」
記憶干渉は健在。
だが、今のふたりには守り合う意思がある。
レイラは剣を構え直す。
「外からは斬れない。だったら……中から断ち斬る」
「……!」
リルはその意図を即座に察した。
「お前、まさか」
「吹き飛ばす! 今度は、私が開く!!」
前へ跳ぶレイラ。出力最大の剣を手に本体の口部に飛び込んでいく。
無謀かもしれない。
──でも、やるしかなかった。
「だあ゙ああッ!!」
暴れる無数の舌を斬り裂きながら、口内へ目掛けて剣を押し込もうとする。
「うううッ……!!」
剣と異形のエネルギーが暴発する寸前、レイラは弾き飛ばされそうになるがリルが全力でその小さな背を支えた。
「突っ込め!! レイラ──!!」
「うッ……あああああ!!」
震えながらも渾身の力で剣を喉まで刺し込み続ける。
「ぐうぅぅ……ッ!! このッ、いい加減にィっ……しろおおッ……!!!」
──ギャ……ッ…………!!
本体の内部で光が爆ぜ、中から外へと内圧が放たれるように。
──ァ゙アア゙ア゙アァア゙ッ…………!!!
異形の龍が──弾けた。
「ッ!!」
黒い肉片と瘴気が、周囲に飛び散る。
「うわ……っ!!」
煙が切れるような音。
「…………!」
静寂が、戻る。
「…………はあ……ッ、はあ…………」
──そして。
その場に、ふたりの影だけが残った。
呼吸は荒く、傷も深い。
けれど、どちらも立っていた。
(……勝った)
それだけが、確かだった。
◇
風が止んでいた。
瘴気の色も薄まり、静寂が谷を包み込む。
レイラは倒れた岩の傍に座り込み、肩で息をしていた。汗と土と血で乱れた髪が頬に張り付く。
その隣。リルは膝をつきながらマントの端を引きちぎり、龍化を解除した自身の右手とレイラの肩に巻いていた。
「出血、少しだけ残ってる」
「……ん。ありがと……」
返事は掠れたが、その声には笑みが混じっている。
レイラは傷の痛みよりも──胸の奥で何かが静かに灯っているのを感じていた。
(……私、なんか……急に強くなった気がする)
初めて人の命を背負って、誰かのために刃を振るった気がした。
言葉に出したわけじゃない。
けれど──。
「……あん時、ガキっつって……悪かったな」
突然のリルの言葉に、レイラは目を丸くした。
「……え、なに……?」
「いや、なんか……『私強い』って、顔に書いてあった」
「うそ、ほんと?」
「ほんと。めちゃくちゃドヤ顔してた」
「してない!!」
「してた」
小さく笑い合う声が、風に微かに乗った。
そして立ち上がり、谷の入口へと来た道を戻っていく。
待機していた黒い輸送車が、ふたりを迎えていた。
そして、静かに車内へと乗り込んでいく。
ふたりは、少しだけ並んで笑えるようになった。
◇
龍調査機関・モニター室。
「──帰還を確認。無事、生体反応安定」
職員の報告に続いて、セセラは椅子の背にもたれながら深いため息をついた。
「はあ……ヒヤヒヤした……よく壊れずに帰ってきたな……」
「キミの目は厳しすぎるんだよ」
シエリは椅子に座り直しながら、開いていたタブレット端末を閉じる。
「あの子たち、今回は耐えた。それは事実だ。心を、削り合いながら保った」
セセラは何も言わず、しばらく画面を見つめていた。
「…………」
そして、ぽつりと呟くように語り出す。
「先生……。リルは、これまでずっとひとりで生きる前提でしか動かなかった」
「うん」
「だけど今回……誰かと並ぶ形を、受け入れた」
「うん」
「……そっちのがさ、……人間っぽいよな」
そう言うセセラが画面からシエリの方へ顔を向けて柔らかく微笑むと、小さな所長は淡く笑う。
セセラのその素の笑顔こそ、人間っぽいとシエリの目に映っていた。
「そうだね。レイラのおかげかな?」
セセラはそのまま目を伏せて無言でひとくち、傍に置いていたコーヒーを飲む。
「……ああ。まぁ、そうだな」
静かに灯るモニターの光の中、ふたりの研究者は“希望”という名の余韻を、ほんの少しだけ信じていた。
◇
──翌日。
午前の柔らかな陽光が、機関の中庭にあるベンチの背に斜めの影を落としていた。
レイラはベンチに腰を下ろし、まだ少し残る筋肉痛をぼやきながら、紙コップの水を口に運ぶ。
(昨日のこと……やっぱり、夢じゃなかったよね)
今こうして静かな場所で一息つけているのが、逆に不思議なくらいだった。
「……よう」
ふと、背後から声がかかる。
振り向けば、いつもより少しだらしない寝起き顔のリル。
「リル。……おはよう」
「ん。……そっち、空いてる?」
「どうぞ」
リルは隣に座ると、無言でコンビニの袋からメロンパンを取り出した。
「……元気そう? ……だね」
「オレ、よく寝たからな。あと……」
もご、とパンを口に入れた後、ぽそり。
「昨日の……お前の最後の剣、わりと良かった」
「……え?」
「あれで勝てたんだよ」
レイラは一瞬呆気に取られて、それから小さく笑った。
「……ありがと。あなたが言うと、なんかすごく嬉しい」
「ふん」
リルは顔を背けるようにもう一口かじるが、耳の先だけが少し赤くなっていた。
「それにしても……」
レイラは、ぼんやりと空を見上げた。
「今はこうして笑ってるけど、またあんなのが来たらって思うと、ちょっと怖い」
「また来るだろ。どうせ」
「……うん。たぶん、そう思う」
だから。
──そのときはまた隣にいてくれたら。
……とは、言葉にしなかったけれど。
「…………涼しいね」
風が、静かにふたりの間を通り抜けた。
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坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
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