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コヨタ

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第7話 眠りの中で

第7話・1 レイラの昏睡

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 レイラが意識を失ってから、3日。

 静寂が未だ、病室を支配していた。

 医療用の白いカーテンが微かに揺れる度、光がその内側を滲ませる。

 ベッドの上には、目を閉じたレイラが静かに眠っていた。
 額には冷却用のパッド。呼吸は浅く、それでも規則正しく胸が上下している。

 隣のモニターには、生体反応が映されていた。危険な兆候は無い。だが──目を覚ます気配も、無い。

「……まだ起きねえのかよ」

 ぼそりと呟いたのは、リルだった。
 ベッドの傍らに置かれた椅子に腰掛け、肘を膝に乗せるようにして前屈みになっている。

 昨日もリル単独の任務はあった。にも関わらず、リルの体はとうに無傷。

 けれどその姿からは、という実感はまるで感じられなかった。

「……目ェ、開けろよ……」

 唇だけで動いたような声。
 答えは、返ってこない。

 代わりに、レイラの長い睫毛が僅かに震えた。
 それは風のせいか、あるいは、夢の中で何かを見ているのか。

 リルは立ち上がらなかった。
 ただ、じっとそこにいる。

 まるで、自分が離れた瞬間にレイラが遠くへ行ってしまうかのように。

 そんな沈黙の中──カーテンの向こうから誰かの足音が近づいてきた。

「よう、リル……ずっといんのか?」

「…………」

 その声に、リルが顔を上げる。

 現れたのは、白衣の裾を翻しながら入ってきたセセラ。
 その後ろから、小柄なシルエット──結んだ髪を揺らしながら、シエリがふわりと現れる。

「お疲れさま、リル」

 柔らかく微笑むシエリ。だが、その目は油断無くレイラの容態を見ていた。

「……あんたらこそ、いつから見てた」

 リルの声に棘は無い。
 ただ、虚勢も張っていない。今のリルは、まるで何かを見失うことを怖がっているようだった。

「少し前から。レイラのデータを確認してたら、な」

 セセラはベッド脇の装置を軽く指で撫でながら答える。

 更にリルは不安気に問う。

「……なあ、シエリ先生……初めてだよな。レイラがここまで深く意識を落としたのは」

「ああ……脳波は安定している。でも深層領域、つまり夢の中の反応が強すぎるんだ。まるで、醒める理由を見つけられずにいるみたいで」

「…………」

 リルはレイラを見たまま、何も言わなかった。

 沈黙のあと、シエリがそっと目を細める。

「キミが、ずっとここに付き添ってるなんて。これも……初めてじゃないかな?」

 その一言に、リルは僅かに肩を揺らした。それでも視線はレイラに釘付けのまま。

「別に……起きねぇと困るから、見てるだけだよ」

「ふうん。困るから、かあ」

 シエリはにこにこと笑った。しかしその声は、いつもより少しだけ切なげだった。

 セセラは横目でリルを一瞥し、ぽつりと呟く。

「ほんと、お前が誰かのことでこんな顔すんの、初めて見たわ」

「……うるせぇ」

「別に馬鹿にしてねえよ。……むしろ、ちょっと安心した」

「…………」

 リルの喉が、小さく鳴った。

 言葉は続かなかった。けれど──リルのその顔から、確かに何かが滲んでいる。

「フフ……、レイラも、きっと起きるよ」

「……言い切れんのか、それ」

「ああ。だって」

 シエリはふわりと微笑むと──。

「キミが、ちゃんと心配してくれているから」

「…………」

 その言葉に、リルはようやくレイラから目を逸らし、小さな声で返す。

「……こいつさ……目ぇ覚ましたら……たぶん、怒ると思う」

「どうして?」

「……また置いてった、って」

「……ふっ、それは怒られるかもしんねえな」

 横からセセラが、ほんの少し笑った。

 しかし、その笑いの奥にあるものは、皆、気が付いていた。

 レイラが目を覚ますということは、また“戦い”の中に戻るということ。
 
 でも、それでも。

 この眠りが永遠にならないように──。
 リルは、ただ、じっと傍にいた。

「…………」

 ──沈黙が少しだけ長引いたあと。

 セセラは、ふっと視線を横にずらす。

「……話、変えるぞ」

「……?」

 リルが顔を上げると、セセラは目を伏せたまま、口元だけで問う。

「お前も……見たよな? レイラの傷を包んだを」

「…………!」

 リルの目が僅かに揺れた。

 思い出したのは、あの瞬間──。
 鮮血の中で倒れ込んだレイラ。その体を包んだ、淡く揺らぐ霊のような“もうひとつの存在”。

 ──まるでレイラ自身が、自分を守ろうとしたかのような。

「……ああ、見たよ」

 短く答えるリル。
 だがその声は、明らかに戸惑いと不安を孕んでいた。

 セセラは、肩を軽くすくめながら続ける。

「処置してみてわかったことがある。アレが無かったら……レイラは死んでたかもしれねえ」

「……!」

 リルの目が見開かれる。
 それが、どれほどの意味を持つ言葉か──リルは誰より知っていた。

「それだけ深い傷だったんだよ。内臓の一部が潰れてて、骨も砕けてた。普通なら即死だ」

「……ッ」

 一拍。

「でも……一命は取り留めてる。……お前なら、意味わかるよな?」

 セセラの問いかけに、リルは唇を微かに噛んだ。
 目を伏せ、震えるような声で、ぽつりと──。

「…………」

 その言葉に、シエリが静かに頷きながら言葉を継ぐ。

「そうだよ。レイラの中に封じられていた龍が、レイラの危機に呼応したのだ」

 表情も声音も変えず、淡々と。
 けれど、確かな重みを持って。

「今までには無かった反応。……キミほど顕著ではないけれど、彼女にも龍による再生の能力が備わっていたことになる」

 リルの眉が、苦しげに寄る。

「……っ……」

 その苦悶に満ちた吐息を受け止めるように、シエリはさらに言葉を続けた。

「……経過観察は必要だ。ただ──」

 その瞳が、レイラの眠るベッドへと向けられる。

「機関はこれを機に、レイラを更に危険な場所へと利用できると判断する可能性がある。……としてね」

「…………っ」

 その一言に、リルの喉が鳴る音が、小さく部屋に響いた。

 まるで──何か、喉の奥からせり上がるものを、必死に飲み込むように。
 息を詰まらせたまま俯くリルの姿を、セセラはじっと見つめている。

(……動揺しているな)

 目を伏せたままのリルの指先が、微かに震えていた。セセラの目には、それがはっきりと映る。

 そして──。

「…………や──」

 リルのその唇が、微かに開かれた。

「……やめてやれよ」

 絞り出すような声。
 その響きに、シエリとセセラが同時にリルを見やった。

 リルは顔を伏せたまま、次の言葉を吐き出す。

「……こいつ、まだガキだぞ……。しかも、治癒能力があるっつったって……オレほどじゃねえんだろ……?」

 僅かに震えているリルの声。
 その震えは、怒りとも、哀しみともつかない。だが、確かに彼の内側から滲み出る痛みだった。

「…………」

 セセラは、少しだけ目を細めて答える。

「お前だって……ガキの頃から、そうやってぞ」

 リルの肩が、ビクッと揺れた。

「──っちげえだろッ!」

 顔を上げ、叫ぶように言い返す。

「その頃とは状況が違うだろッ……! そんなイカれた奴、オレしかいなかったんだから……!」

 言葉の勢いに飲まれそうになるのを、自分の手で押し留めるように。

「…………ッ……」

 ──リルは額に手を当て、深く俯いた。

「……今まで通り、オレだけでいいだろ……血を流すのは……オレだけで……」

 喉が詰まる音が、また響く。

「……こいつには、やめてやれよ……少しでも、でいさせてやれよ……ッ、……かわいそう……だろ……」

 その最後の言葉は、掠れていた。

 酷く、静かで。
 けれど、それがこの場で最も重く、痛ましい真実だった。

 誰よりも、“普通”に憧れていたのは──レイラ自身だったから。

 そして、誰よりもそれを知っているのが──紅崎リルだったから。

「……ッはあ、……はあ……」

 リルの呼吸が乱れ始めていた。

 肩が波打つように上下し、空気を飲み込む度に喉が鳴る。
 まるで、泣いたあとのひきつけのように、止められず、ただただ崩れていく。

「……ッ、は……」

 そのまま、ふらつく足で一歩、シエリへと近づく。

 次の瞬間──。
 リルの手が、シエリの小さな肩を掴んでいた。

「……あんた……所長だろ……」

 掠れた声。
 震えが混ざって、今にも崩れてしまいそうな声音。

「なあ……っ……こいつは、これからも……、ただの“お手伝いさん”で、いさせてやってくれよ……」

 視線を上げられないまま、震える指に力が籠る。

「オレとは違う……。こいつは……死んじまうかもしれねえだろ……」

「…………」

 シエリは、その手を振り払おうとはしなかった。
 ただ、じっとまっすぐ前を見据えていた。

「……個人的には、そうしてやりたいのだがね」

 その穏やかな声に、はっとして顔を上げるリル。

 だが、次の言葉は──重かった。

「“研究者”というのは……人の心を持たない者も多い。それこそ、龍に取り憑かれたように、ね」

「…………」

 言葉を失ったまま、リルは絶句した。

 その手から、徐々に力が抜けていく。
 やがて指先が、シエリの肩から静かに離れた。

 静寂の中、今度はセセラが口を開く。

「……ここで騒いでも、意味はねえ。レイラも……おそらくすぐには目を覚まさない」

 その声は冷静だった。けれど、どこかで気遣うような響きもあった。

「リル、お前ももう……自室に戻りな」

 言い終えると、セセラはシエリに目配せをし、部屋の出口へと向かう。

 シエリも、それに続くように歩き出した。
 レイラの眠るベッドを、最後に一瞥して。

 残されたのは、リルひとり。

 リルはまだ、そこに立ち尽くしていた。

「……っ、……は……っ……」

 肩が大きく波打つ。
 呼吸が浅く、早く、吸っても吸っても、空気が足りない。

 過呼吸。
 それは、龍の力にも癒せない──リルのの揺らぎだった。



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