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第6話 ふたりの先生
第6話・4 激怒! 血と少女
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レイラは深く斬られた脇腹を抑えることもできず、そのまま地に伏した。
「……はあっ……、……はっ…………」
震えるまま、小さく息を漏らす。
──そして。
「…………っ……」
そのまま、意識を失った。
「ッ、レイラ……!!」
叫ぶようなリルの声。
怒り。
焦り。
絶望に似た感情が、心臓から喉まで駆け上がってくる。
「ッざけんな……ッ、テメェふざけんなよッ!!」
手の爪が更に伸び、牙が剥き出しに。
顔や腕に黒い鱗のような物質が幾つも浮かび、リルの龍化がいつも以上に進んでいく。
その怒気に圧されるように、空気が震えた。
「……許さねえ……!!」
リルは吠えるように飛びかかる。
爪の一閃が“男”の腕を抉る。
だが、男の手はそれでもレイラとセセラの方向を狙っていた。
──セセラは、動けていない。
(クソッ……クソッ……クソッ……!!)
止まらない冷や汗。
止まらない嘔気。
(血が流れることくらい最初から覚悟してたのに……!!)
「……ッ、ゔ──ぇ゙……」
(モニター越しじゃない……っ、目の前となると不快度が違え……ッ……)
視界が揺れる。指が震える。
男が追い討ちをかけるように、倒れたレイラとセセラへと迫る。
──その刹那。
「テメェッ何やってんだ薊野セセラ!!」
怒号。
──リルだった。
全身に黒い煙のような龍の瘴気が浮かび、その見開かれた瞳に赤い残光が走る。
一瞬で敵とセセラの間に入り、影の一撃を龍化した爪で受け止めた。
「この場はオレが……ッ!!」
──倒れた仲間。
不調を起こした指導者。
今、リルはその両方を背中で庇っていた。
「テメェはもう終わらせる……!!」
グルルル……と低く唸るリルの喉。
龍化による身体能力の向上、リルの動きはまるで獣そのもののように研ぎ澄まされていた。
“男”の影が再び伸び、数本の触手のような腕が迫る──。
「来いよッ、全部斬り裂いてやっからよ!!」
牙を剥きながらリルは猛然と踏み込み、前方の影を一閃。
──その一撃は、確かに影の腕を貫いた。
「……っ、……ふふっ、龍に呑まれているではありませんか」
男の挑発が響くが──。
「うるせえんだよクソが!!!」
それでもリルの猛攻は止まらない。
「……グッ…………!!?」
確実に敵を追い込んでいく。
影が徐々に薄くなる。
「おいッ薊野さん指示!!」
指示の指示をするリルの叫びに、セセラは歯を食いしばりながら端末に視線を戻す。
「…………う……っ……」
(……吐き気なんざ、戦場じゃ理由にならねぇ……!)
「……ッ、リル、奴の実体が出た! お前の左──影の肩だッ!!」
「……!!」
リルは即座に回転し、左斜め上へと跳び上がった。
渾身の力を込めた爪が、実体に向けて振り抜かれる──。
「くたばれクソ野郎ッ!!!」
──ドスッ!!!
「……ッギャ──」
ギャアアア……と断末魔のような声が地下を満たし、影の男が大きくよろめく。
しかしリルの興奮は冷めず、荒い呼吸を繰り返しながらガルルルッ、グルルルッと牙を剥き出しにしたまま。
その獰猛な唸り声に反応したかのように、レイラの意識が一瞬、微かに戻る。
「……っ、……リル…………?」
「レイラ、動くな!!」
セセラは自分の震えた手をグッと握る。
「奴の波長が乱れてるッ……今だ、リル! 一気に畳み掛けろ!!」
「……ッ!!」
リルが叫ぶ。それは龍の咆哮。
瞳から残光を走らせ、迫る。
「ガア゙アアッ……!!!」
──鋭い爪。
──赤い稲光。
そして。
「喰らえよ死に損ないがァッ!!!」
渾身の力を込めた最終の一撃が、影の本体を断ち裂いた。
「ギャッ、あ、ア゙ア゙アアッ……!!」
影が裂け、黒い靄が弾け飛び、静寂が戻る。
「……ッ……!!!」
──勝利。
討伐、完了。
「……はぁっ……はあッ……、ッ……!!」
残るのは、荒く呼吸するリル。
倒れたままのレイラ。
その傍に、静かに立ち尽くすセセラの姿だけだった。
◇
影が完全に消え去ったあと、戦場に静寂が戻る。
レイラは先ほど、一瞬だけ目を覚ましていたものの、既に再び意識を手放していた。
リルは呼吸を整えながら龍化を解き、レイラの傍に寄る。
その後ろで、セセラもゆっくりと歩を進めた。
顔色はまだ悪い。吐き気の余韻が残っていたが、それでも動くことはできた。
「……わりい……ちょっと、思ってたよりグロかった……」
掠れた声で、リルに向かって謝る。
リルはちらりとだけ視線を向け、「……チッ、いいよ」と舌打ちしながら呟いた。
それを聞きながらセセラは心の中で──。
(……一応『ゲロ袋』持ってきててよかった……、でもまあ、使わなくて済んで助かった)
と、密かに安堵するも、すぐに気を引き締めてレイラの方に膝をついた。
「止血、急がねえと……」
そう言って、傷口に触れようとした──その瞬間だった。
レイラの傷の周囲に、ふわ……と淡く、蒼白い霊体のようなものが現れた。
煙のような、光のような、小さく瞬く龍の気配。傷を包むように、護るように。
「……!」
セセラの指が止まる。
リルもそれに気づき、声を上げた。
「「……まさか……」」
ふたりの声が綺麗に揃った。
──龍の力。
それは、レイラの中でも確かに動き始めていたのだった。
──やがて、輸送車の中で揺られながら3人は帰還していく。
意識を失ったままのレイラは、座席に寝かされてはおらずセセラにしっかりと抱えられていた。
(……あの、光……。そうだよな)
セセラの腕の中のレイラは生気が無い。
呼吸こそあれど、まるで人形のように微動だにせず、ぐったりとしている。
リルもその様子を見守る中、セセラはその腕に僅かに力を込めた。
(……お前なら耐えられるよな? なあ、レイラ……)
──まるで、その小さな体をぎゅっと抱き締めるかのように。
◇
時刻は夜明け前。
機関の搬入口に到着した輸送車。その扉が開いた瞬間、待機していた医療班がレイラをストレッチャーに乗せて運び込んだ。
その後ろから、歩くことはできるが顔面蒼白のセセラも別の職員に支えられながら搬送されようとしている。
「……俺はいい、先にレイラを……」
「薊野さんも倒れる寸前です、黙って横になってください!」
「……う」
いつになく強めの口調で言われ、セセラは渋々ストレッチャーに乗せられて治療室へと向かっていく。
セセラの血圧は低下、体温も下がっていた。
幻覚、精神ストレス、視界異常──すべてが今、反動として一気にきていた。
「……やっぱ、現場ってのは……きついわ」
搬送されながらのその呟きは、誰にも聞かれていなかった。
「リルくん、キミは……!」
医療班のひとりが最後に降りてきたリルに声をかける。
「……オレはなんともない」
傷ひとつ無い体。
しかし、そう答えるリルの心の中では、これまで感じたことのないざわめきが渦巻いていた。
「…………」
そのままひとりで施設の中へと入っていく。
◇
──レイラは別室で集中治療を受けていた。
蒼白い光のような龍由来エネルギーの残留反応が、その体に微かに残っていたことから、シエリと数名の研究員たちによる緊急分析が行われていた。
「……これが……あの子の龍……」
モニターに映る脈動する光。
それは、確かに目覚めかけていた。
リルは廊下の椅子に腰掛け、じっと目を閉じていた。
明け方ながらアシュラとラショウも駆けつけ、ふたりはセセラの病室を覗き込む。
「薊野さん、大丈夫ですか……!?」
「なにか欲しいものがあれば仰ってください……俺、すぐに用意します」
「……あー……ガキ共が来た……。うるせえな……今“養生中”だよ……」
そう返すセセラの声には、少しだけ、安堵の響きが混じっていた。
そしてどこか不安と焦燥を抱えたまま、睡眠不足と疲労の限界を迎えた体は、眠りへと落ちていった。
◇
夕刻の光が射し込む観測室で、セセラはやや蒼白な顔のまま、山科くんの資料を再び手に取っていた。
「結局、あの“影”が張り付いてたのは、アイツの周囲の空間だった……」
ぼそりと呟く。
「山科が直接狙われていたわけじゃねえ……でも、呼び水にはなってた可能性が高い」
窓の外では、いつもの放課後の空が広がっていた。
ふと、同席していたラルトが資料を覗き込む。
「薊野さん、山科くん本人は……どうするの?」
「明日、呼ぶよ。シエリ先生に保健室の非常勤入れてもらった。本人に話して、状況も全部伝える。……アイツももう、巻き込まれた側だからな」
セセラの赤い瞳が、細く光る。
「一度見ちまった奴には、ちゃんと“対処”が必要だ」
その声にはもう、微かな迷いも無かった。
◇
翌日。
放課後の静かな保健室。
窓の外からは、部活帰りの声が聞こえる。
「失礼します……」
声と共に、山科くんが保健室に入ってきた。
以前よりも、どこか落ち着いた雰囲気を纏っている。
いつもと同じ白衣姿のセセラは、椅子に座って山科くんへと視線を向けた。
「よぉ、山科。……何度も呼んで悪いな」
「いえ……あの、助けてくださって……本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる山科くん。
しかし山科くんは(なんか……先生、雰囲気が……?)と違和感を覚えていた。
見た目こそいつもと同じなセセラ。指先で机を軽く叩きながら話し出す。
「……今日は、ちょっとだけ“大人の話”をさせてもらうぜ」
僅かに見開かれる山科くんの目。
「お前が体験したこと……。アレは、ただの夢でも幻覚でもない。現実だ」
「……っ……やっぱり、あれは……」
「驚かすつもりはねえよ。ただ……知ってもらう必要がある。これから先、お前が狙われないようにな」
セセラの声は穏やかだったが、芯があった。
山科くんは、真剣な面持ちでセセラを見ている。
「じゃあ、始めようか。ちょっと長ぇ話になる」
窓の外で、夕陽が赤く保健室を染めていた。
資料を机に広げるセセラ。
山科くんはその様子を見ながら、ふと呟いた。
「……あの、“せんせぇ”って感じの先生じゃないんですね、今日は」
「……あ?」
セセラは一瞬だけ目を細めた後、ふっと鼻で笑う。
「そりゃそーだろ。本職じゃねえからな。あんなキャラ付けは……お前らがあんまりバカ話ばっかり持ってくるから、合わせてやってただけだ」
「……でも、ちょっと、寂しいかもです」
「……は?」
「いや……なんか、“せんせぇ”って呼べる感じの方が、相談しやすいっていうか……」
「…………」
セセラは鼻を鳴らすようにして立ち上がり、資料を机に順番に並べながら──。
「バカ言え、今からするのは“相談”じゃなくて“機密説明”だ。山科、いいか? この話は絶対に他言無用だ」
「……はい、わかりました」
「約束な。じゃあ……始めるぞ」
セセラの目が真剣に光る。
──龍。異常存在。精神干渉。
次々と明かされる、まるで現実のものではないような真実に、山科くんの表情が変わっていく。
驚愕、戸惑い、そして……覚悟。
セセラは語った。
──この世界の“裏側”の話を。
そして、その隅にいたひとりの少年にも、確かに爪痕が刻まれたということを──。
「……わかりました。全部……ちゃんと、聞きました」
山科くんは小さく拳を握りしめた。
セセラは腕を組み、静かにその様子を見つめる。
「お前は何も悪くない。ただ……少し、運悪く巻き込まれちまっただけだ。もし何かまたおかしなことがあったら、いつでも機関に連絡しろ。直接、俺にでもいい」
しっかりと頷く山科くん。
「……はい」
保健室の窓の外では、夕陽がゆっくりと沈んでいく。
「話は以上。……じゃあ、今日はもう帰りな。気をつけろよ」
「……先生、ありがとうございました」
山科くんは一礼し、静かに保健室をあとにする。
セセラは深く息を吐いた。
(……さて、次は──)
と思った束の間。
「きゃあ~~~セセラせんせぇ何でいるのぉー!?」
「ねえ今日っていない日じゃなかったの~!?」
「あれ!? 髪型変えた!? なんかミステリアスでいい~!」
「……!!」
(……あ゙ァ……ッッッ……!!?)
……囲まれた。
「ッ、きょ、今日はもう帰るからぁ! ごめんっまた今度ねえ~!」
瞬時に貼り付けた笑顔で足早にその場から撤収した。
◇
龍調査機関・入院管理棟。
薄明かりの照明が静かに灯る個室。
ベッドの上、レイラは目を閉じたまま眠っていた。
腕には点滴、体には微弱な監視装置。
レイラの顔は穏やかで、痛みの影は見えない。
だが、意識は未だ戻っていない。
機械の小さな音だけが部屋を支配する。
扉の外には、交代で見守るようにリルとラショウ、アシュラの姿もあった。
「……目……覚ませよ、レイラ……」
祈るように、小さく囁くリル。
──まるで、目覚めるその時を、世界中が静かに待っているかのようだった。
第6話 完
「……はあっ……、……はっ…………」
震えるまま、小さく息を漏らす。
──そして。
「…………っ……」
そのまま、意識を失った。
「ッ、レイラ……!!」
叫ぶようなリルの声。
怒り。
焦り。
絶望に似た感情が、心臓から喉まで駆け上がってくる。
「ッざけんな……ッ、テメェふざけんなよッ!!」
手の爪が更に伸び、牙が剥き出しに。
顔や腕に黒い鱗のような物質が幾つも浮かび、リルの龍化がいつも以上に進んでいく。
その怒気に圧されるように、空気が震えた。
「……許さねえ……!!」
リルは吠えるように飛びかかる。
爪の一閃が“男”の腕を抉る。
だが、男の手はそれでもレイラとセセラの方向を狙っていた。
──セセラは、動けていない。
(クソッ……クソッ……クソッ……!!)
止まらない冷や汗。
止まらない嘔気。
(血が流れることくらい最初から覚悟してたのに……!!)
「……ッ、ゔ──ぇ゙……」
(モニター越しじゃない……っ、目の前となると不快度が違え……ッ……)
視界が揺れる。指が震える。
男が追い討ちをかけるように、倒れたレイラとセセラへと迫る。
──その刹那。
「テメェッ何やってんだ薊野セセラ!!」
怒号。
──リルだった。
全身に黒い煙のような龍の瘴気が浮かび、その見開かれた瞳に赤い残光が走る。
一瞬で敵とセセラの間に入り、影の一撃を龍化した爪で受け止めた。
「この場はオレが……ッ!!」
──倒れた仲間。
不調を起こした指導者。
今、リルはその両方を背中で庇っていた。
「テメェはもう終わらせる……!!」
グルルル……と低く唸るリルの喉。
龍化による身体能力の向上、リルの動きはまるで獣そのもののように研ぎ澄まされていた。
“男”の影が再び伸び、数本の触手のような腕が迫る──。
「来いよッ、全部斬り裂いてやっからよ!!」
牙を剥きながらリルは猛然と踏み込み、前方の影を一閃。
──その一撃は、確かに影の腕を貫いた。
「……っ、……ふふっ、龍に呑まれているではありませんか」
男の挑発が響くが──。
「うるせえんだよクソが!!!」
それでもリルの猛攻は止まらない。
「……グッ…………!!?」
確実に敵を追い込んでいく。
影が徐々に薄くなる。
「おいッ薊野さん指示!!」
指示の指示をするリルの叫びに、セセラは歯を食いしばりながら端末に視線を戻す。
「…………う……っ……」
(……吐き気なんざ、戦場じゃ理由にならねぇ……!)
「……ッ、リル、奴の実体が出た! お前の左──影の肩だッ!!」
「……!!」
リルは即座に回転し、左斜め上へと跳び上がった。
渾身の力を込めた爪が、実体に向けて振り抜かれる──。
「くたばれクソ野郎ッ!!!」
──ドスッ!!!
「……ッギャ──」
ギャアアア……と断末魔のような声が地下を満たし、影の男が大きくよろめく。
しかしリルの興奮は冷めず、荒い呼吸を繰り返しながらガルルルッ、グルルルッと牙を剥き出しにしたまま。
その獰猛な唸り声に反応したかのように、レイラの意識が一瞬、微かに戻る。
「……っ、……リル…………?」
「レイラ、動くな!!」
セセラは自分の震えた手をグッと握る。
「奴の波長が乱れてるッ……今だ、リル! 一気に畳み掛けろ!!」
「……ッ!!」
リルが叫ぶ。それは龍の咆哮。
瞳から残光を走らせ、迫る。
「ガア゙アアッ……!!!」
──鋭い爪。
──赤い稲光。
そして。
「喰らえよ死に損ないがァッ!!!」
渾身の力を込めた最終の一撃が、影の本体を断ち裂いた。
「ギャッ、あ、ア゙ア゙アアッ……!!」
影が裂け、黒い靄が弾け飛び、静寂が戻る。
「……ッ……!!!」
──勝利。
討伐、完了。
「……はぁっ……はあッ……、ッ……!!」
残るのは、荒く呼吸するリル。
倒れたままのレイラ。
その傍に、静かに立ち尽くすセセラの姿だけだった。
◇
影が完全に消え去ったあと、戦場に静寂が戻る。
レイラは先ほど、一瞬だけ目を覚ましていたものの、既に再び意識を手放していた。
リルは呼吸を整えながら龍化を解き、レイラの傍に寄る。
その後ろで、セセラもゆっくりと歩を進めた。
顔色はまだ悪い。吐き気の余韻が残っていたが、それでも動くことはできた。
「……わりい……ちょっと、思ってたよりグロかった……」
掠れた声で、リルに向かって謝る。
リルはちらりとだけ視線を向け、「……チッ、いいよ」と舌打ちしながら呟いた。
それを聞きながらセセラは心の中で──。
(……一応『ゲロ袋』持ってきててよかった……、でもまあ、使わなくて済んで助かった)
と、密かに安堵するも、すぐに気を引き締めてレイラの方に膝をついた。
「止血、急がねえと……」
そう言って、傷口に触れようとした──その瞬間だった。
レイラの傷の周囲に、ふわ……と淡く、蒼白い霊体のようなものが現れた。
煙のような、光のような、小さく瞬く龍の気配。傷を包むように、護るように。
「……!」
セセラの指が止まる。
リルもそれに気づき、声を上げた。
「「……まさか……」」
ふたりの声が綺麗に揃った。
──龍の力。
それは、レイラの中でも確かに動き始めていたのだった。
──やがて、輸送車の中で揺られながら3人は帰還していく。
意識を失ったままのレイラは、座席に寝かされてはおらずセセラにしっかりと抱えられていた。
(……あの、光……。そうだよな)
セセラの腕の中のレイラは生気が無い。
呼吸こそあれど、まるで人形のように微動だにせず、ぐったりとしている。
リルもその様子を見守る中、セセラはその腕に僅かに力を込めた。
(……お前なら耐えられるよな? なあ、レイラ……)
──まるで、その小さな体をぎゅっと抱き締めるかのように。
◇
時刻は夜明け前。
機関の搬入口に到着した輸送車。その扉が開いた瞬間、待機していた医療班がレイラをストレッチャーに乗せて運び込んだ。
その後ろから、歩くことはできるが顔面蒼白のセセラも別の職員に支えられながら搬送されようとしている。
「……俺はいい、先にレイラを……」
「薊野さんも倒れる寸前です、黙って横になってください!」
「……う」
いつになく強めの口調で言われ、セセラは渋々ストレッチャーに乗せられて治療室へと向かっていく。
セセラの血圧は低下、体温も下がっていた。
幻覚、精神ストレス、視界異常──すべてが今、反動として一気にきていた。
「……やっぱ、現場ってのは……きついわ」
搬送されながらのその呟きは、誰にも聞かれていなかった。
「リルくん、キミは……!」
医療班のひとりが最後に降りてきたリルに声をかける。
「……オレはなんともない」
傷ひとつ無い体。
しかし、そう答えるリルの心の中では、これまで感じたことのないざわめきが渦巻いていた。
「…………」
そのままひとりで施設の中へと入っていく。
◇
──レイラは別室で集中治療を受けていた。
蒼白い光のような龍由来エネルギーの残留反応が、その体に微かに残っていたことから、シエリと数名の研究員たちによる緊急分析が行われていた。
「……これが……あの子の龍……」
モニターに映る脈動する光。
それは、確かに目覚めかけていた。
リルは廊下の椅子に腰掛け、じっと目を閉じていた。
明け方ながらアシュラとラショウも駆けつけ、ふたりはセセラの病室を覗き込む。
「薊野さん、大丈夫ですか……!?」
「なにか欲しいものがあれば仰ってください……俺、すぐに用意します」
「……あー……ガキ共が来た……。うるせえな……今“養生中”だよ……」
そう返すセセラの声には、少しだけ、安堵の響きが混じっていた。
そしてどこか不安と焦燥を抱えたまま、睡眠不足と疲労の限界を迎えた体は、眠りへと落ちていった。
◇
夕刻の光が射し込む観測室で、セセラはやや蒼白な顔のまま、山科くんの資料を再び手に取っていた。
「結局、あの“影”が張り付いてたのは、アイツの周囲の空間だった……」
ぼそりと呟く。
「山科が直接狙われていたわけじゃねえ……でも、呼び水にはなってた可能性が高い」
窓の外では、いつもの放課後の空が広がっていた。
ふと、同席していたラルトが資料を覗き込む。
「薊野さん、山科くん本人は……どうするの?」
「明日、呼ぶよ。シエリ先生に保健室の非常勤入れてもらった。本人に話して、状況も全部伝える。……アイツももう、巻き込まれた側だからな」
セセラの赤い瞳が、細く光る。
「一度見ちまった奴には、ちゃんと“対処”が必要だ」
その声にはもう、微かな迷いも無かった。
◇
翌日。
放課後の静かな保健室。
窓の外からは、部活帰りの声が聞こえる。
「失礼します……」
声と共に、山科くんが保健室に入ってきた。
以前よりも、どこか落ち着いた雰囲気を纏っている。
いつもと同じ白衣姿のセセラは、椅子に座って山科くんへと視線を向けた。
「よぉ、山科。……何度も呼んで悪いな」
「いえ……あの、助けてくださって……本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる山科くん。
しかし山科くんは(なんか……先生、雰囲気が……?)と違和感を覚えていた。
見た目こそいつもと同じなセセラ。指先で机を軽く叩きながら話し出す。
「……今日は、ちょっとだけ“大人の話”をさせてもらうぜ」
僅かに見開かれる山科くんの目。
「お前が体験したこと……。アレは、ただの夢でも幻覚でもない。現実だ」
「……っ……やっぱり、あれは……」
「驚かすつもりはねえよ。ただ……知ってもらう必要がある。これから先、お前が狙われないようにな」
セセラの声は穏やかだったが、芯があった。
山科くんは、真剣な面持ちでセセラを見ている。
「じゃあ、始めようか。ちょっと長ぇ話になる」
窓の外で、夕陽が赤く保健室を染めていた。
資料を机に広げるセセラ。
山科くんはその様子を見ながら、ふと呟いた。
「……あの、“せんせぇ”って感じの先生じゃないんですね、今日は」
「……あ?」
セセラは一瞬だけ目を細めた後、ふっと鼻で笑う。
「そりゃそーだろ。本職じゃねえからな。あんなキャラ付けは……お前らがあんまりバカ話ばっかり持ってくるから、合わせてやってただけだ」
「……でも、ちょっと、寂しいかもです」
「……は?」
「いや……なんか、“せんせぇ”って呼べる感じの方が、相談しやすいっていうか……」
「…………」
セセラは鼻を鳴らすようにして立ち上がり、資料を机に順番に並べながら──。
「バカ言え、今からするのは“相談”じゃなくて“機密説明”だ。山科、いいか? この話は絶対に他言無用だ」
「……はい、わかりました」
「約束な。じゃあ……始めるぞ」
セセラの目が真剣に光る。
──龍。異常存在。精神干渉。
次々と明かされる、まるで現実のものではないような真実に、山科くんの表情が変わっていく。
驚愕、戸惑い、そして……覚悟。
セセラは語った。
──この世界の“裏側”の話を。
そして、その隅にいたひとりの少年にも、確かに爪痕が刻まれたということを──。
「……わかりました。全部……ちゃんと、聞きました」
山科くんは小さく拳を握りしめた。
セセラは腕を組み、静かにその様子を見つめる。
「お前は何も悪くない。ただ……少し、運悪く巻き込まれちまっただけだ。もし何かまたおかしなことがあったら、いつでも機関に連絡しろ。直接、俺にでもいい」
しっかりと頷く山科くん。
「……はい」
保健室の窓の外では、夕陽がゆっくりと沈んでいく。
「話は以上。……じゃあ、今日はもう帰りな。気をつけろよ」
「……先生、ありがとうございました」
山科くんは一礼し、静かに保健室をあとにする。
セセラは深く息を吐いた。
(……さて、次は──)
と思った束の間。
「きゃあ~~~セセラせんせぇ何でいるのぉー!?」
「ねえ今日っていない日じゃなかったの~!?」
「あれ!? 髪型変えた!? なんかミステリアスでいい~!」
「……!!」
(……あ゙ァ……ッッッ……!!?)
……囲まれた。
「ッ、きょ、今日はもう帰るからぁ! ごめんっまた今度ねえ~!」
瞬時に貼り付けた笑顔で足早にその場から撤収した。
◇
龍調査機関・入院管理棟。
薄明かりの照明が静かに灯る個室。
ベッドの上、レイラは目を閉じたまま眠っていた。
腕には点滴、体には微弱な監視装置。
レイラの顔は穏やかで、痛みの影は見えない。
だが、意識は未だ戻っていない。
機械の小さな音だけが部屋を支配する。
扉の外には、交代で見守るようにリルとラショウ、アシュラの姿もあった。
「……目……覚ませよ、レイラ……」
祈るように、小さく囁くリル。
──まるで、目覚めるその時を、世界中が静かに待っているかのようだった。
第6話 完
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