RAID CORE

コヨタ

文字の大きさ
22 / 133
第6話 ふたりの先生

第6話・3 激闘! 影と幻覚

しおりを挟む
 セセラは歯を食いしばり、素早く懐から閃光弾を取り出す。

 ──カチッ……

「目、潰させてもらうぜ」

 白光が路地を染める。

「……ッ!!」

 ──その瞬間、“影”が苦しげに身をよじった。

 そこへ、別方向からの気配。

 黒いワンピースの少女が現れる。

「下がれセセラ。今度は私が出よう」

 そう告げて、シエリが歩み出る。
 その目が、夜闇の奥を鋭く射抜いた。

 路地の静寂を切り裂くように、シエリが一歩、また一歩と前に出る。

 黒いワンピースの裾が、夜風になびいた。
 その姿を見た“影”は咆哮のようなノイズを発する。

「──ギギギギギギギギッ……!!」

「…………」

 理解不能な音。
 しかし、シエリは怯まない。

「……見た目は奇怪だが、中身は未熟な龍因子だな。読みやすい」

 その小さな背に、ふわりと現れる漆黒の影。

 その影が変質し、バサリ──と、背中から蝙蝠のような翼が大きく広がる。

 細く白い手足の中に宿された異質な筋力。

 パキッと音がして、右手の指を鳴らす。

 次の瞬間──。
 その腕が“影”の頭部を掴んでいた。

「大人しくしていれば、もう少し観察してやったのに」

 グ、ググ……と力強く捕らえられ、抵抗しようと暴れる“影”。
 敵のその圧力は、人間の子どもの体では到底耐えられるものではない。

 ──だが、シエリは小さくとも人間の子どもではない。微動だにしない。

「……ちょっとチクッとするぞ」

 ズブリ、と聞こえる音と共に、シエリの牙が“影”の首元へと突き立つ。

 吸血ではない。

 これは捕食──龍の本能だ。

「この程度……浅い精神干渉と、空虚な執着。それだけか」

 握りしめた腕に力が入る。

 ぐしゃり、と“影”の輪郭が歪んだ。

「……セセラ」

「おう」

 シエリの合図に、セセラが再び閃光弾を構える。

「あと一発で終わらせるぞ。照らして」

「合図頼むわ」

「──今」

 ──パァンッ!!

 白光が夜を裂き、“影”は悲鳴のような音を立てて溶けていった。

 風が吹く。

 路地には、シエリとセセラだけが残されていた。

 ──“影”は、確かに存在した。

 だが、その本体はまだ霧の奥にある。

「……これで終わりじゃねえな」

「そうだね」

 ふたりは静かに頷き合い、現場の空気を背に受けながら、歩き出した。


 ◇


 数時間後──。
 龍調査機関・本部指令室。

 夜が明ける前。

 セセラとシエリは既に端末の前に座り、分析と報告の資料をまとめていた。

「……やっぱり、あれは本体じゃなかった。薄皮一枚、分離体みたいなモンだ」

「主となる“核”は別にある。今回の反応パターンを見る限り、最低でもCランク以上の精神濁乱型。正式な任務として立て直す必要がある」

 セセラは深く頷き、通信装置を指先で操作する。

「こちら薊野。……明日、戦闘班の招集を」

『かしこまりました。紫苑レイラ、紅崎リル、両名とも呼び出し可能な状態にあります』

「了解。ただし、あくまでアイツらは戦場の表側。今回の主人公はこっち──俺たちだ」

 その赤い瞳に、不敵な光が宿る。
 シエリは横で静かに笑った。

「キミ、いつになくやる気だな」

「そりゃあな。……のが、俺たちの役目だろ」

 壁面モニターには、影の分離体が現れたエリアを中心に、円状に拡がる微細な干渉波のデータが映し出されていた。

「……次は、影の本体を追う。第2段階に入るぞ」

 セセラの低い声音が浸透する夜明け前の研究施設。

 ふたりの目には、戦場の“裏”を支配する者たちの意志が、確かに燃えていた。


 ◇


 そして夜明けを超え、昼の頃合い。
 龍調査機関・分析棟・第三観測室。

 少しの仮眠だけを取っていたセセラ。大型モニターを睨みながら、ホログラム状に浮かび上がる都市地図に視線を走らせていた。

「……ここだな。分離体が出現したポイントを中心に、最も濃い残留波が重なってる」

 円形に波及する精神干渉の波。だが、その中心は僅かにズレていた。

「つまり、本体は生徒が通る道とは別の、少し離れた位置から干渉を撒いてる。動いていない……いや、動けない可能性もある」

 それを聞いたシエリが隣で頷きながら指先を動かし、記録映像を早送りで再生する。

「地下……?」

「ビンゴ。商店街の裏手、地下水道跡。都市計画に吸収されず、閉鎖された区画が残ってる」

「やれやれ……。薄暗く、人気ひとけが無く、監視も甘い。……敵にとっては絶好の“根城”というワケか」

 セセラは端末を閉じて、椅子から立ち上がった。

「俺が先に潜る。戦闘要員は遠隔待機だ。……もし何かあっても、巻き込みたくない」

「……わかった。キミの判断に任せる」

 静かに目を閉じるシエリ。

「ただしセセラ、合図は忘れるな。万が一“龍”の本性を持つ存在だった場合、交渉も無意味だ」

「……そのときは」

 セセラは白衣のポケットに突っ込んだ手に力を込めた。

「──潰す」

 静かに、決意が場を支配する。

 次なる舞台は、街の“下層”──闇の底だ。


 ◇

 
 数時間後、夜。
 地下通路の最深部では濃密な靄が広がる中、セセラは静かに息を整えていた。

 足元を踏みしめながら、通信機に触れる。

「こちら薊野。確認できた。例の男、精神干渉型──だ。外見もほぼ同一。やっぱり本体は逃げ延びていたようだ」

 その瞬間、別方向の通路に新たな気配が走る。

「薊野さん、応答を確認。戦闘班、到達済み」

 ──リルの声。

「目標、目視確認。突入する」

「……今日であいつを、仕留めるよ」

 続けてレイラの声が響いた。力強く、鋭く、しかしどこか凛とした音色。

 ふたりがセセラと合流した、その靄の先に──あの“男”がいた。

 人間の姿。だが、皮膚は黒く爛れ、目はまるで龍のような縦長。

 精神干渉の濃度がセセラの計測端末ナビデバイスを赤く染め上げる。

「全員、交戦モード。リル、レイラ、お前たちの判断で構わねえ。だが冷静にな……。討伐を目指すぞ」

「了解」

 レイラはフード付きの黒い上着を翻し、前線へ駆ける。
 リルのボロボロのマントが、靄の中で一瞬たなびく。

 ふたりの姿が、音も無く“影”の中心へと飛び込んでいった。

 そしてその全てを、静かに見守るセセラ。

 ──今回は、いつものように“遠くから”ではない。

 彼は、戦場のただ中にいた。

(……終わらせる。アイツが、この街の影であり続ける前に)

 戦闘班と“影”の本体。

 最終局面へと、突入する。


  ◇


 ──同時刻、機関の監視室。
 複数のモニターに囲まれた空間で、シエリは無言のままセセラの映像とバイタルを見つめていた。

 示されるセセラの心拍数は上昇している。脳波にも異常なパターン。

「冷静に見えるが……既に幻術……受けているな」

 隣に控えるラルトが、心配そうに問いかける。

「大丈夫……なんでしょうか……」

「……あの子は、弱くない。私が知っている“薊野セセラ”はな」

 シエリの声は静かだが、しっかりと確信に満ちていた。

「でも、これ以上は──」

 ラルトが口にしかけたそのとき、通信機から小さなノイズが走った。

『途中報告……こっちは問題無い。まだ続行する』

 セセラの声。
 やや掠れてはいるが、明瞭な意志がそこにあった。

「やっぱり……すごいな、薊野さん……」

 柔らかく微笑むラルト。

「当然だ。は伊達じゃない」

 シエリの口元にも、微かに満足気な笑みが浮かんでいた。

 モニターの中で、セセラは再び“影”の奥へと歩みを進める。

 誰もが見逃した敵の核へ。

 これは表には映らない戦場。
 だが、確かに“戦っている者”がここにいるのだった。


 ◇


 靄の中。

 レイラとリルが同時に斬り込んだ。

 刹那、男の両目が光る。

「またお会いできて光栄です。さあ──幻を見ろ」

 次の瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。

 レイラの足元が崩れ、視界が反転する。

「なっ……!?」

 リルはすぐに前転して躱すが、既に龍化した両手で振り下ろした爪は虚空を切った。

「テメェ……また幻術か……!」

 男の体が影へと溶け、複数に分裂する。

「影を喰らえ……影に呑まれろ……」

「!!」

 囁くような声が空間中に響き渡った。
 即座に対応するセセラ──。

「レイラ、リル、聴覚を信じろ。視覚は幻だ。こっちの座標をナビする。動きは俺の指示で補完する……」

 レイラは息を整えるが、眼帯の奥が微かに疼いた。

「……ッ、わかった……」

 リルは舌打ちをしながら後退。

「やべえな……コイツ、前よりも強い……」

 男の幻術は進化していた。

 精神干渉だけではない。

 まるで周囲の空間そのものを歪めるような、思考と反応を奪う力。

 攻撃が空を切り、数手分の遅延を生む──それは死に直結する。

 セセラは端末を睨みながらも、冷静に声を出す。

「敵、分裂形態。だが実体はひとつだ。レイラ、右斜め前15度、リルはそれを囲うように……今は。攻撃するな」

「……了解」

「チッ……わかったよ……」

 ふたりの背が、互いを庇うように動く。

 敵は確実に優勢だった。
 このままでは、戦闘は崩れる。

 だが、セセラの声が途切れることは無かった。

「俺がここにいる限り迷わせねえ。タイミングが来たら正面から殴れ」

 戦場の風が、冷たく吹く。

「フフ……お前たちに見えるか? 本当の姿が……」

 その中で男の声が空間中に響いた。

 幻影が更に増殖し、四方八方からレイラとリルを嘲笑うように歩み寄る。

「幻に、何を託す……何を信じる……? お前たちの“真実”とは何だ?」

 言葉が直接、脳に響いてくるようだった。

「……っ……!!」

 レイラの意識が、僅かに乱れる。

(──なに、言って……)

 その隙だった。

 “本体”が背後から音も無く現れ、鋭い影の爪でレイラの脇腹を一閃した。

「ッ!!」

 ──ドシュッ……!!

 鈍く重たい斬撃音。

 レイラの体が大きく弾かれ、倒れる。

「……あ゙ッッ…………!!!」

 漆黒の布が裂け、血が──鮮やかな鮮血が、地面を染めた。

「レイラッ……!!」

 リルが叫ぶ。
 セセラの端末がけたたましく警告音アラートを鳴らした。

「……え……」

 出血量、危険域。

 視界に映るのは、滴る濃い赤。

 ──幻術ではない。

「…………!!」

 これは、現実だ。

(……あっ……)

 鼻腔に、強烈な鉄の匂い。

 生の、温かい血液の匂い。

 それがセセラの視界を一瞬で奪う。

「…………ッ……!!」

 指が震える。

 冷静だった指示が止まる。

 胃の奥が、裏返るような──吐き気。

「……ゔ……、ッ…………!!」

(……何でだ……! 多少は慣れたはずなのに……!!)

 ──否、違う。

 “現場”にいる。

 目の前で仲間が斬られた。

 これは、初めてレイラの血だった。

「……ぐ……ゔッ……、……っ……!!」

 セセラの動きが、止まる。

 “敵”は、冷笑を浮かべながら更に歩み寄っていた──。

 戦場に、冷たい緊張が走る。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

花鳥見聞録

木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。

処理中です...