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コヨタ

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第8話 孤剣、天を裂く

第8話・3 孤雲、掴めない調査

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 検査終了後。休憩ラウンジにて。

 静かな陽の光が射し込むその部屋は、ほのかにコーヒーと消毒液の香りが混ざる穏やかな空間。

 白を基調とした内装、柔らかいソファ、そして壁際に置かれた空気清浄機と給湯器が控えめな音を立てていた。

 検査を終えたリルが、ふらふらとラウンジのソファへと倒れ込むように座り込む。

「……あ゙ー……もう……体力より精神削れた……」

 寝ぐせのようにくしゃくしゃになった赤髪をわしゃっと掻きむしりながら、テーブルの上に顔を突っ伏した。

 そこへ、レイラが静かに入ってくる。
 水の入った紙コップを持って、ひとつ隣の席に腰を下ろした。

「……お疲れ」

 リルは顔を上げずに、声だけで応じる。

「……マジで疲れた……。誰だよ、今日の検査医にシエリ先生とか言い出した奴……」

「ふふ……年に1回あるかないかだって、聞いたことある」

「それが今だった。運が無さすぎる」

 リルは顔を上げ、無表情のままカップの水をひとくち飲んだ。

「ずうーーーっと目の前で『ふむ……これが人間の歯……うんたらかんたら……』『これが痩せてる人間の皮膚……薄い……あーだこーだ……』とか言われながら体触られてんだぞ。地味にこえぇよ……」

 レイラは思わず口元を抑えて笑う。
 リルのその意外な語り口が面白かったようで。

「ふふふっ……そんなに?」

「そんなにどころじゃねえ。マジでだった。薊野さんの方がマシだったな……。っていうか、薊野さんに謝りたくなった」

「あはははは……っ、じゃあ今度謝ろうよ」

「……いやマジでそうしようかな……」

「ふふ……!」

 レイラがひとしきり笑ったあと、ふたりの間に柔らかい沈黙が流れた。
 部屋の空気清浄機の音と、外から聞こえる鳥の鳴き声だけが空間を埋める。

 リルがふっと息をついた。

「……ま、でも」

「……ん?」

「起きて、またこうやって並んで話せてるの……悪くねえなって……」

 その言葉に、レイラの瞳が揺れる。

「……うん」

 レイラは、隣で静かに頷いた。
 水の入った紙コップを手の中で回しながら、窓の外を見る。

「……でも、これで終わりじゃないんだよね」

「……だな。どうせ次も、何か起きる」

「うん。でも──」
 
 レイラはそっと、隣のリルに視線を向けた。

「……また、あなたと並んで進めるなら、それでいい」

 その目は淡々としていながらも、どこか強く、静かに芯を持っていた。

「…………」

 リルは一瞬だけ黙って──。
 しかしすぐに、少し顔を逸らしながらボソッと呟く。

「……いちいちカッコつけんなよ……照れる」

 レイラは肩をすくめて、空になった紙コップをテーブルに置いた。

「事実を言っただけ」

「くそ……煙草吸わせろ」

 リルが頭を抱えながら煙草を咥える様子に、またレイラが笑う。
 その笑い声が、休憩ラウンジに柔らかく響いた。


 ◇


 龍調査機関・監察室内オフィス。

 シエリがいるそのオフィスは、他の研究室とは一線を画す静けさと気配を纏っている。
 膨大な資料と解析データがホログラム状に並ぶ壁面。その中心で、シエリは椅子に座ったまま考え込んでいた。

 その傍らには、セセラ。

「……解析班のレポート、全部見た。おかしいんだよな」

 セセラは腕を組み、肩越しにシエリの端末を覗き込む。

「あの新生龍の発生地点……おかしな共通項が見つかった。一見、偶発的にレイラとリルが影響を受けたように見えるが……発生源に限って言えば、だ」

 そのセセラの言葉に頷くシエリ。

「ああ。私も同意見だ。発生のタイミングも、あのふたりの龍因子が同時に活性化した直後だった」

「つまり……誰かがあいつらにのみ反応するような仕組みを、最初から組んでいた?」

「…………」

 シエリは無言で端末を操作し、ある1枚のデータを浮かび上がらせる。

 それは、レイラとリルの龍因子サンプルの古い保存ログ。

「セセラ。これ、見てくれ。ふたりの因子記録……6年前の初期データに、アクセス履歴がある。ごく最近になってから」

 端末に映し出されたのは、6年前の初期記録。

 レイラとリル、それぞれの因子ログ。その一部、ログイン記録にありえないが浮かび上がっていた。

「んだこれ……誰が触った?」

「ログイン記録は、なぜか改竄済み。通常、最高権限でも履歴は完全には消せないはずなのに、綺麗に消えている」

「つまり、“その手”が機関の中にあるってことか……?」

 セセラとシエリは、無言でモニターを見つめている。

「……おかしいな……」

 しばしの沈黙のあと、セセラは顎に指を添えて呟いた。

「完全な痕跡消去なんて、通常は無理だ。これはで作業してる」

 すると、セセラの眉がぴくりと動く。

「…………関係者か」

「かもしれないね……。少なくとも、レイラとリルの龍因子を知っている者だ。しかも、それを使えるほどの知識と立場を持った誰か」

「……クソみてぇな話だな。中から食われるってのは」

 シエリは端末を指先で弾きながら、冷静に言葉を続ける。

「この痕跡が本物なら、“内部”に何かが潜んでいる。レイラとリルを知っている者でなければ不可能な仕掛け。しかも……それを使い、龍を生み出した」

「…………」

 セセラは小さく舌打ちをした。

「ムカつく……何が目的だ。今さら龍因子を利用した“生物兵器”を模索してる連中なんて、表では全滅したはずだろ」

「裏が、残っていたのかもね」

 ──静かな部屋に、緊張が滲む。
 シエリは、ふと、静かに息をついた。

「私は、機関を信じているよ。だけど、“信じてるからこそ見逃さない”のが責任でもある」

「……ああ。こっからは、俺たちの仕事か」

 シエリは最後に、小さく告げる。

「始めよう。内側にいるかもしれない、“真の敵”をあぶり出す準備を。私たちは、ふたりを守る責任がある」

 その声は、どこまでも静かで──。
 だが、揺るぎない決意に満ちていた。

 ──その頃。

 レイラとリルはまだラウンジにいた。
 レイラはテーブルに手を置いて、リルはソファにもたれて。ふたりはぼんやりと並んで座っている。

「…………」

 ふと、レイラは何かに気づいたように顔を上げた。

「……ねえ、リル」

「ん?」

「……今回のアレ、おかしくなかった?」

「…………?」

 黙ったまま、リルは横目でレイラを見る。

起きたのって、偶然にしては、できすぎてる」

「…………」

 リルは深く息を吐いた。

「……だよな。オレも……どこかで、ずっと引っかかってた」

 ふたりの視線が、重なる。

 その奥にあるのは、言葉にならない“予感”──。

 今まで自分たちが背負ってきたもの以上に、もっと深い“仕組まれた意図”が、渦を巻いているという実感だった。

「……誰かが、オレたちを使った」

 その一言が、重くラウンジの空気に落ちる。


 ◇


 龍調査機関・第2解析室。

 ホログラム端末を操作するセセラの姿があった。同席する職員たちに共有するようにずらりと並ぶ解析結果は、既に一定の結論を出している。

 だが、そこに納得している者はいなかった。

 セセラは机に手を置いたまま、軽くため息をつく。

「──今回の案件、これ以上の解析は止めていい。これからは、俺と先生で引き継ぐ」

 職員たちがざわつきかけた空気に、セセラは手を上げて制した。

「いいか? これは命令だ。お前らには別にやるべきことが山ほどあるだろ? 今回の件は例外だ。……解析結果だけまとめておけ。……あとは全部、俺らが面倒見る」

「…………!」

 一瞬の緊張の後、「承知しました」と応じる職員たち。
 セセラの顔に一切の遊びが無かったことで、それ以上の疑問を挟む者はいなかった。

 職員たちが部屋を出ていったあと、セセラは端末を操作しながら小さく呟く。

「……特定の龍因子にのみ作用し、他者に憑依せずに発生した龍……」

 その言葉は、自分でもまだ信じきれていない仮説だった。
 だが、どこかで似たような何かを見た気がする。

(……そこにだけで、リルが倒れた──アレ)

 思い出すのは、あの日。
 レイラが倒れていたリルを連れて帰った日。

 咆哮も無く危害を加えることも無く、ただ目の前に現れただけで、リルが倒れた──あの龍。

(……夜龍よる……。あれも、特定の因子に干渉してたとしたら……)

 脳裏にいくつもの点が浮かぶ。
 だが──線にはならない。

「……だあ゙~~~わかんねえ……!!」

 ぐしゃっと前髪をかき上げながら、椅子にもたれかかる。

(そもそも、って何なんだよ……生物か? 精神体か? 生体兵器か? 宿主の適合で形まで変わるし……)

 脳内で言葉にすればするほど霧は深まっていく。
 
 ──そこで、ふと脳裏をよぎった男の名前があった。

(……あんま気乗りしねえけど……)

 彼なら──“龍の変異”や“存在論”に関して、自分より遥かに深く突っ込んだデータを持っているかもしれない。

(……あの人なら、なんか知ってることあるかな……)

 しぶしぶ手に取った通信端末。
 指先が触れたその画面に、表示された名は──。

 “ジキル”。

(どうせヒマしてんだろ……)

 皮肉を吐きながらも、セセラの指は“発信”へと向かっていた。

「…………ふぅ……」

(……よし、と)

 セセラは一度深呼吸をして、通信端末の画面を指先でタップする。

 ほんの数秒後、画面が切り替わり、のんびりとした男の声が届いた。

『ヤッホ~、薊野くん』

「出んのはや。……ああ、相変わらず呑気な声してんな……」

 苦笑混じりに呟きながら、セセラは椅子に深く座り直す。

「ジキルさん、久しぶりだな。ちょっと……気になる点が出てきてさ、情報共有したいんだよ」

『ん? いいよ~、なに?』

 軽すぎるくらい軽い返事。

 その温度差に内心ため息をつきつつ、セセラは続けた。

「いや……電話だとめんどくせえ。直接でもいいか? 急だから都合のいい日があれば教えてほしい。俺が合わせる」

 ほんの少しのを置いて──。

『今からでもいいよ!』

「……あんたマジでヒマすぎんだろ」

『フフ、ひどいなあ。でもちょうど予定空いてるのは本当だよ?』

「……まあ、助かるよ。じゃあ、場所は──」

 端末越しに笑い声が漏れた。

『あそこの繁華街の、あの落ち着いたカフェでいい? オレ、そこのレモンタルト好きなんだ~』

「……はいはい、じゃそこで。30分で行く」

 通信が切れると同時に、セセラは椅子から立ち上がった。

「……さっきまで“真顔で敵探してた人間”の気分じゃねえな」

 とぼやきつつ、白衣を脱いでフード付きの上着を羽織る。


 ◇


 繁華街──路地裏に面したカフェ。

 夕方に差し掛かる直前、まだ人通りが多い時間帯。
 喧噪と雑踏の中で、そのカフェだけは落ち着いたクラシックのBGMが流れていた。

 その店の前に、ひとりの男が現れる。

「おまたせ!」

 軽やかな声とともに手を挙げたその男──名は、ジキル。

 黒いキャスケットを被り、赤い長髪をうなじでひとつに束ねている。

 中性的な細身の体格にグレーの長袖シャツ。線の細い黒いパンツは皺ひとつ無く、まるで“雑踏の中の異物”のように、完璧な佇まいを保っていた。

 そして顔にかけられたサングラス。
 その奥──セセラは彼がサングラスをかけるようになってから、その瞳を一度も見たことが無い。

 大方、モニターに齧り付きすぎて視力でも低下したのだろう。そう思っていた。

「急にわりぃな、ジキルさん……」

「ううん、全然いいよ~。こうして呼んでくれるの、嬉しいしね!」

「……奢るわ。レモンタルト、食いたいんだろ」

 ジキルは満面の笑みで「やった~!」と大喜び。
 ふたりはそのまま静かに店内へと入っていくのだった。



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