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コヨタ

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第8話 孤剣、天を裂く

第8話・4 孤高、天才研究者

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 程良い明るさの店内。木製の落ち着いたインテリア、ほのかに漂う紅茶と焼き菓子の香り。
 席に着くや否や、ジキルはさっそく注文したレモンタルトをフォークで刺しながら、にこにこと笑っていた。

「う~ん、やっぱりここのは美味しいねぇ~」

 対面でコーヒーを啜っていたセセラは、じっと彼を見ていた。
 少し歳の離れたこの“先輩”は、相変わらずどこか浮世離れしている。

 ──ジキル。龍調査機関の
 今や国際的な機関にまで発展したこの場所に、まだ“研究団体”だった頃に所属していた男。

 龍の存在が未確認生命体として扱われていた時代、ジキルは既に、“それをどう理解し、操作するか”という視点で研究を進めていた。

 研究への没頭ぶりは異常とも言われ、当時から「人間より龍と会話した方が通じる」などと揶揄されるほど。

 結婚していたという噂すらあるのに、生活感は全く感じられず、他の研究者たちとは距離を置き、ほとんどの職員が「顔も見たことが無い」と言っていた。
 入所時から苗字も明かしておらず、誰も名前しか知らない。

 そんな孤高の研究者。

 その異常な集中力と知識量に、シエリも当時幼かったセセラも一目置いていた。

 ──15年前、彼はある日ふらりと機関を辞した。「ひとりでやる方が性に合ってるんだよね」と軽く笑って、席を立ったという。

 それからも、彼は独自に龍の研究を続けているようだった。
 たまにこうして、セセラが相談することもある──正直、頼りたくないが、知識の深さが段違いなのだ。

「で、今日はどんなお話~? 久しぶりに顔見れて嬉しいけど、わざわざってことは、何か困ってる?」

「まあ、そんなとこだな」

 セセラは軽く頷きながらも、眉をひそめた。

「今回はちょっと……普通の龍とは違う何かが出てきてな。こっちでも調査してるけど、どうにも決定打がねえ。あんたの知識、ちょっと借りたい」

 頼られて、どこか嬉しそうににっこりと微笑むジキル。

「任せなよ。オレは龍が好きなだけだけど……君の頼みなら、全力で応えるよ」

 そんな柔らかな声とは裏腹に、ジキルのサングラスの奥で何かが静かに笑った気がして──。
 セセラは背筋に微かな冷たいものを感じた。


 ◇


 ──カフェのテーブル席、レモンタルトの皿が半分空になった頃。

「……いきなりだが、ジキルさん」

 セセラはコーヒーをひとくち啜りながら、ふと口を開いた。

「龍って、どうやって発生すると思う?」

 ジキルはフォークを止めて、セセラを見た──が、すぐに肩をすくめる。

「ん~、わかんない」

 即答。

「……いや、わかんないって……もうちょっと考えてくれよ」

 セセラが渋い顔で突っ込むと、ジキルは笑いながら肩を揺らす。

「だって、わかんないものはわかんないじゃん」

 フォークの先で残ったタルトをくるくると転がしながら、ジキルは続けた。

「今、最も常識的に語られてるのは……他者や死者に憑依して生き永らえるってやつだよね? でもオレ、それは発生ってより、だと思ってるんだよね」

「……転生、ねぇ」

 セセラは鼻で笑いながらも、興味深げに眉を動かす。

「結局どこまでいっても意味不明ってわけか」

「うん。意味がわかるならそれは龍じゃなくて、ただの動物でいい。龍ってのは、を、便宜上そう呼んでるだけだよ」

 ジキルの口調は、どこまでも軽い。だが、その奥には一切の冗談が無い。

「存在するだけで何かを及ぼす個体もいれば、ただ漂ってるだけの個体もいる。攻撃性ゼロな奴もいれば、見るだけで人が倒れる奴もいる。十人十色……いや、十龍十色じゅうりゅうといろ、かな?」

「……それにしたって、明確に悪意を持ってる奴もいるしな。大体そういう奴は……しぶとく生き残る」

 セセラが苦々しげに呟くと、ジキルは「そうそう」と頷きながら、いつの間にか運ばれていた追加のコーヒーに口をつけた。

「ただでさえ生物学から逸脱してるくせに、全生物の頂点になろうとしてるからね。自分以外の存在を、脅威だと思って攻撃してるんだと思うよ」

「……あいつら、意志があるな」

 コーヒーのカップを机に置き、視線を宙に向けるセセラ。
 思い出すのは、あの幻術を駆使した人間の男のような龍。

「人間の体を使って話す奴がいるのも……あれ、全部、龍本人の意思ってことか」

「うん。そうじゃないと、あんな器用な会話できないよ」

 ジキルはあくまで穏やかに、だが断定するように言う。

「龍は、現象でありながら、生きてる。意志を持ち、言葉を使い、感情すら演出する。でも、それがどこから来て、何をしたいのか……それはまだ誰にもわからない」

「…………」

 その声に、セセラはじっと耳を傾けながら、背中にじんわりと冷たいものが広がっていくのを感じていた。

 カフェの静けさの中、ジキルは湯気の立つコーヒーカップを両手で包みながら、気楽な口調で話を続けていく。

「だからさ、発生源なんて言われてもわかんないんだよね。一度振り返ったときには何もなかった場所に、もう一度振り返ったらいた……そんな話があっても不思議じゃない」

「……オバケだな、まさに」

 セセラが苦笑混じりにそう返すと、ジキルは嬉しそうに声を弾ませた。

「おっ、鋭いなあ。まさにオバケだよね。……怨霊みたいなさ? もしかして心霊スポットならぬ龍スポットがあったりして……ぁははッ」

 軽やかな笑い声が、カップの中の水面を揺らす。

「なんだそれ……」

 セセラもコーヒーを啜りながら、思わず吹き出しそうになった。
 だがすぐに、その表情が少しだけ神妙なものに変わる。

「つか……オバケもさ、特定の人間に固執して現れるって言うだろ。もし龍にも、それがあるとしたら……?」

 その問いに、ジキルは一瞬だけ視線を上げた。
 だが、声色を変えること無く──。

「あるんじゃない?」

 そのまま言葉を繋げる。

「無い可能性が無い。全ての可能性が無いとは、誰も言えない。……だから研究してて面白いんだよねえ」

 そう言ってコーヒーをひとくち飲み、うっとりとしたように続けた。

「調べても調べても尽きない。どこまで掘っても底が見えない。時間足りないよ……。オレが不死だったらいいのに、って思うこともある。ほんとに」

「……ふっ……」

 セセラは苦笑してジキルを見やる。

「……あんた、見た目変わんねえし、マジで不死なんじゃねえかって思うときあるわ」

「ほんとに? やだ~照れる~」

 ジキルはあくまで軽やかに笑っていたが、その目の奥には、どこか本気に近い色があった。──サングラス越しではあるが。

「…………」

 セセラは手元のカップを置いて、いよいよ本題を切り出す。

「実は……ウチにいる龍憑きにのみ作用した龍が現れたんだ」

 ジキルは笑顔のまま──ほんの一瞬だけ目を細めた。

「へえ……」

「その発生源として考えられる要素が何か……それを知りたくて、今日は連絡したんだよ」

「ふ~ん……」

 ジキルは椅子の背にもたれかかりながら、考えるように宙を仰ぐ。

「特定の龍因子に感化されてる……ってやつねぇ……」

 笑みは消えないまま、だがその声に含まれる響きだけが──次第に、静かに、変わっていく。
 カフェのテーブルに置かれたカップの湯気が、静かに揺れていた。

 セセラは腕を組みながら、声を落として続ける。

「ただ、それだと少し……違和感があるんだよ」

 ジキルはタルトを刺そうとしたフォークを止め、セセラを見た。

「そいつ……ウチの龍憑きたちが、同じタイミングで龍化が強く出た日から、少しして現れた。それも……そいつがデカくなる度に、あいつらの龍化反応も比例するように強くなったんだ」

「おやおや……成長と比例して……?」

「そう。……間違いなく、何か作用してたと考えてる」

 ジキルは「ふむ」と呟いてから、首を傾げるように答える。

「君のとこの龍憑きたちの龍因子を『待ってました』って言わんばかりだね」

 セセラは深く頷いたあと、更に言葉を重ねた。

「……喰われんじゃねえかって思ったよ。でも、そこでまた変なんだよな」

「変?」

「出現することで龍が反応するんなら、周囲の“他の龍”たちも反応してもいいはずだろ?」

「たしかに」

「けど、違った。反応したのはあいつらだけ。まるで、を狙い澄ましたみたいに、苦しみ始めた」

 テーブルに指をとんとんと叩きながらも、セセラは続ける。

「……つうことはだ。あいつらの龍因子だけを学習した個体。……そんなもんが、生まれてくるか?」

「…………」

 ジキルは眉をしかめ、「うむむ……」と唸るように考え込む仕草をした。

 セセラは更に一歩踏み込む。

「……特定の龍因子を……人工的に生み出された龍。……そんな可能性、あると思うか?」

「…………」

 ジキルはそれまでの冗談めかした雰囲気をぴたりと止め──。

「……全然、あると思う」

 真顔で答えた。
 その声色には、珍しく緊張感が含まれている。

 セセラはそれを聞いて、深く息を吐く。

「ハァ~~~……やっぱ、あんたもそう思うか……」

 背もたれに体を預け、頭の後ろで手を組んだセセラは、少しだけ視線を天井に泳がせた。

「……うん、やっぱそうか……ありがとう、ジキルさん。考え、まとまったわ」

 そして、少し真剣な声音で続ける。

「誰が、ウチの情報を持ち出したのか……。……犯人探し、することにするよ」

 ジキルは苦笑して、コーヒーをひとくち。

「それは流石にオレにはわかんないよ? 警察じゃあるまいし」

 セセラはふっと笑った。

「ああ、それはいいよ。機関ウチの問題だからな。助かったよ、マジで。……まだなんか食うなら奢るわ」

「え……!」

 それを聞いたジキルの顔が、ぱあっと明るくなる。

「じゃあ~……コレとコレとコレと……あとコレも……」

 メニューのスイーツ欄を片っ端から指さしていくジキル。

「……どんだけ食うんだよ」

 呆れ顔のセセラに、ジキルは悪びれることなく、にこりと微笑んだ。


 ◇


 夕暮れ。

 ジキルがの余韻にご満悦なまま、手を振って去っていったあと、セセラはそのまま繁華街をひとり歩いていた。

 ビルの隙間から覗く空は、すっかり薄暗くなっている。
 人混みの喧噪が背中を押すように遠ざかっていく中、セセラは上着を肩まで引き上げると、静かに吐息を漏らした。

(……特定の因子を学習し、龍因子持ちにだけ反応する龍……)

(……人工的に生み出された可能性がある)

 ジキルの軽口とは裏腹に、告げられた答えは重かった。

「……ったく……」

 眉間に皺を寄せながら、呟きが漏れる。

(犯人探しなんてダルそうな仕事増やしやがって……)

 心の中でぶつぶつと文句が止まらない。

(なんてことしてくれたんだよ……マジで……だろそいつ……!)

 手に持っていた紙カップのコーヒーを一気に飲み干して──。

「……俺より性格悪い奴から探していこうにも──俺より性格悪い奴が見つかんねえよ!!」

 スコン!!!
 ──と、勢いよくゴミ箱に投げ入れる。

 思わず声に出ていたそれは、冗談交じりの文句だが本意だった。

 夜風が吹き抜ける。
 人の波に紛れても、セセラの独り言は鋭く響いていた。

 だがその足取りは、先ほどよりずっと軽くなっていた。

(……ま、でも……確信は持てた)

 立ち止まり、街灯の下で空を仰ぐ。
 その目は鋭く、だがどこか清々しくもあった。

(──動くか。俺らの中にいる奴を、見つけてやる)

 すっかり日が落ちた空に、星はまだ顔を見せていない。




 第8話 完









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