32 / 133
第8話 孤剣、天を裂く
第8話・4 孤高、天才研究者
しおりを挟む
程良い明るさの店内。木製の落ち着いたインテリア、ほのかに漂う紅茶と焼き菓子の香り。
席に着くや否や、ジキルはさっそく注文したレモンタルトをフォークで刺しながら、にこにこと笑っていた。
「う~ん、やっぱりここのは美味しいねぇ~」
対面でコーヒーを啜っていたセセラは、じっと彼を見ていた。
少し歳の離れたこの“先輩”は、相変わらずどこか浮世離れしている。
──ジキル。龍調査機関の元・研究者。
今や国際的な機関にまで発展したこの場所に、まだ“研究団体”だった頃に所属していた男。
龍の存在が未確認生命体として扱われていた時代、ジキルは既に、“それをどう理解し、操作するか”という視点で研究を進めていた。
研究への没頭ぶりは異常とも言われ、当時から「人間より龍と会話した方が通じる」などと揶揄されるほど。
結婚していたという噂すらあるのに、生活感は全く感じられず、他の研究者たちとは距離を置き、ほとんどの職員が「顔も見たことが無い」と言っていた。
入所時から苗字も明かしておらず、誰も名前しか知らない。
そんな孤高の研究者。
その異常な集中力と知識量に、シエリも当時幼かったセセラも一目置いていた。
──15年前、彼はある日ふらりと機関を辞した。「ひとりでやる方が性に合ってるんだよね」と軽く笑って、席を立ったという。
それからも、彼は独自に龍の研究を続けているようだった。
たまにこうして、セセラが相談することもある──正直、頼りたくないが、知識の深さが段違いなのだ。
「で、今日はどんなお話~? 久しぶりに顔見れて嬉しいけど、わざわざってことは、何か困ってる?」
「まあ、そんなとこだな」
セセラは軽く頷きながらも、眉をひそめた。
「今回はちょっと……普通の龍とは違う何かが出てきてな。こっちでも調査してるけど、どうにも決定打がねえ。あんたの知識、ちょっと借りたい」
頼られて、どこか嬉しそうににっこりと微笑むジキル。
「任せなよ。オレは龍が好きなだけだけど……君の頼みなら、全力で応えるよ」
そんな柔らかな声とは裏腹に、ジキルのサングラスの奥で何かが静かに笑った気がして──。
セセラは背筋に微かな冷たいものを感じた。
◇
──カフェのテーブル席、レモンタルトの皿が半分空になった頃。
「……いきなりだが、ジキルさん」
セセラはコーヒーをひとくち啜りながら、ふと口を開いた。
「龍って、どうやって発生すると思う?」
ジキルはフォークを止めて、セセラを見た──が、すぐに肩をすくめる。
「ん~、わかんない」
即答。
「……いや、わかんないって……もうちょっと考えてくれよ」
セセラが渋い顔で突っ込むと、ジキルは笑いながら肩を揺らす。
「だって、わかんないものはわかんないじゃん」
フォークの先で残ったタルトをくるくると転がしながら、ジキルは続けた。
「今、最も常識的に語られてるのは……他者や死者に憑依して生き永らえるってやつだよね? でもオレ、それは発生ってより、転生だと思ってるんだよね」
「……転生、ねぇ」
セセラは鼻で笑いながらも、興味深げに眉を動かす。
「結局どこまでいっても意味不明ってわけか」
「うん。意味がわかるならそれは龍じゃなくて、ただの動物でいい。龍ってのは、意味不明な現象そのものを、便宜上そう呼んでるだけだよ」
ジキルの口調は、どこまでも軽い。だが、その奥には一切の冗談が無い。
「存在するだけで何かを及ぼす個体もいれば、ただ漂ってるだけの個体もいる。攻撃性ゼロな奴もいれば、見るだけで人が倒れる奴もいる。十人十色……いや、十龍十色、かな?」
「……それにしたって、明確に悪意を持ってる奴もいるしな。大体そういう奴は……しぶとく生き残る」
セセラが苦々しげに呟くと、ジキルは「そうそう」と頷きながら、いつの間にか運ばれていた追加のコーヒーに口をつけた。
「ただでさえ生物学から逸脱してるくせに、全生物の頂点になろうとしてるからね。自分以外の存在を、脅威だと思って攻撃してるんだと思うよ」
「……あいつら、意志があるな」
コーヒーのカップを机に置き、視線を宙に向けるセセラ。
思い出すのは、あの幻術を駆使した人間の男のような龍。
「人間の体を使って話す奴がいるのも……あれ、全部、龍本人の意思ってことか」
「うん。そうじゃないと、あんな器用な会話できないよ」
ジキルはあくまで穏やかに、だが断定するように言う。
「龍は、現象でありながら、生きてる。意志を持ち、言葉を使い、感情すら演出する。でも、それがどこから来て、何をしたいのか……それはまだ誰にもわからない」
「…………」
その声に、セセラはじっと耳を傾けながら、背中にじんわりと冷たいものが広がっていくのを感じていた。
カフェの静けさの中、ジキルは湯気の立つコーヒーカップを両手で包みながら、気楽な口調で話を続けていく。
「だからさ、発生源なんて言われてもわかんないんだよね。一度振り返ったときには何もなかった場所に、もう一度振り返ったらいた……そんな話があっても不思議じゃない」
「……オバケだな、まさに」
セセラが苦笑混じりにそう返すと、ジキルは嬉しそうに声を弾ませた。
「おっ、鋭いなあ。まさにオバケだよね。……怨霊みたいなさ? もしかして心霊スポットならぬ龍スポットがあったりして……ぁははッ」
軽やかな笑い声が、カップの中の水面を揺らす。
「なんだそれ……」
セセラもコーヒーを啜りながら、思わず吹き出しそうになった。
だがすぐに、その表情が少しだけ神妙なものに変わる。
「つか……オバケもさ、特定の人間に固執して現れるって言うだろ。もし龍にも、それがあるとしたら……?」
その問いに、ジキルは一瞬だけ視線を上げた。
だが、声色を変えること無く──。
「あるんじゃない?」
そのまま言葉を繋げる。
「無い可能性が無い。全ての可能性が無いとは、誰も言えない。……だから研究してて面白いんだよねえ」
そう言ってコーヒーをひとくち飲み、うっとりとしたように続けた。
「調べても調べても尽きない。どこまで掘っても底が見えない。時間足りないよ……。オレが不死だったらいいのに、って思うこともある。ほんとに」
「……ふっ……」
セセラは苦笑してジキルを見やる。
「……あんた、見た目変わんねえし、マジで不死なんじゃねえかって思うときあるわ」
「ほんとに? やだ~照れる~」
ジキルはあくまで軽やかに笑っていたが、その目の奥には、どこか本気に近い色があった。──サングラス越しではあるが。
「…………」
セセラは手元のカップを置いて、いよいよ本題を切り出す。
「実は……ウチにいる龍憑きにのみ作用した龍が現れたんだ」
ジキルは笑顔のまま──ほんの一瞬だけ目を細めた。
「へえ……」
「その発生源として考えられる要素が何か……それを知りたくて、今日は連絡したんだよ」
「ふ~ん……」
ジキルは椅子の背にもたれかかりながら、考えるように宙を仰ぐ。
「特定の龍因子に感化されてる……ってやつねぇ……」
笑みは消えないまま、だがその声に含まれる響きだけが──次第に、静かに、変わっていく。
カフェのテーブルに置かれたカップの湯気が、静かに揺れていた。
セセラは腕を組みながら、声を落として続ける。
「ただ、それだと少し……違和感があるんだよ」
ジキルはタルトを刺そうとしたフォークを止め、セセラを見た。
「そいつ……ウチの龍憑きたちが、同じタイミングで龍化が強く出た日から、少しして現れた。それも……そいつがデカくなる度に、あいつらの龍化反応も比例するように強くなったんだ」
「おやおや……成長と比例して……?」
「そう。……間違いなく、何か作用してたと考えてる」
ジキルは「ふむ」と呟いてから、首を傾げるように答える。
「君のとこの龍憑きたちの龍因子を『待ってました』って言わんばかりだね」
セセラは深く頷いたあと、更に言葉を重ねた。
「……喰われんじゃねえかって思ったよ。でも、そこでまた変なんだよな」
「変?」
「出現することで龍が反応するんなら、周囲の“他の龍”たちも反応してもいいはずだろ?」
「たしかに」
「けど、違った。反応したのはあいつらだけ。まるで、あいつらの龍因子だけを狙い澄ましたみたいに、苦しみ始めた」
テーブルに指をとんとんと叩きながらも、セセラは続ける。
「……つうことはだ。あいつらの龍因子だけを学習した個体。……そんなもんが、自然に生まれてくるか?」
「…………」
ジキルは眉をしかめ、「うむむ……」と唸るように考え込む仕草をした。
セセラは更に一歩踏み込む。
「……特定の龍因子を記憶させた……人工的に生み出された龍。……そんな可能性、あると思うか?」
「…………」
ジキルはそれまでの冗談めかした雰囲気をぴたりと止め──。
「……全然、あると思う」
真顔で答えた。
その声色には、珍しく緊張感が含まれている。
セセラはそれを聞いて、深く息を吐く。
「ハァ~~~……やっぱ、あんたもそう思うか……」
背もたれに体を預け、頭の後ろで手を組んだセセラは、少しだけ視線を天井に泳がせた。
「……うん、やっぱそうか……ありがとう、ジキルさん。考え、まとまったわ」
そして、少し真剣な声音で続ける。
「誰が、ウチの情報を持ち出したのか……。……犯人探し、することにするよ」
ジキルは苦笑して、コーヒーをひとくち。
「それは流石にオレにはわかんないよ? 警察じゃあるまいし」
セセラはふっと笑った。
「ああ、それはいいよ。機関の問題だからな。助かったよ、マジで。……まだなんか食うなら奢るわ」
「え……!」
それを聞いたジキルの顔が、ぱあっと明るくなる。
「じゃあ~……コレとコレとコレと……あとコレも……」
メニューのスイーツ欄を片っ端から指さしていくジキル。
「……どんだけ食うんだよ」
呆れ顔のセセラに、ジキルは悪びれることなく、にこりと微笑んだ。
◇
夕暮れ。
ジキルが大量のスイーツの余韻にご満悦なまま、手を振って去っていったあと、セセラはそのまま繁華街をひとり歩いていた。
ビルの隙間から覗く空は、すっかり薄暗くなっている。
人混みの喧噪が背中を押すように遠ざかっていく中、セセラは上着を肩まで引き上げると、静かに吐息を漏らした。
(……特定の因子を学習し、龍因子持ちにだけ反応する龍……)
(……人工的に生み出された可能性がある)
ジキルの軽口とは裏腹に、告げられた答えは重かった。
「……ったく……」
眉間に皺を寄せながら、呟きが漏れる。
(犯人探しなんてダルそうな仕事増やしやがって……)
心の中でぶつぶつと文句が止まらない。
(なんてことしてくれたんだよ……マジで……俺より性格悪いだろそいつ……!)
手に持っていた紙カップのコーヒーを一気に飲み干して──。
「……俺より性格悪い奴から探していこうにも──俺より性格悪い奴が見つかんねえよ!!」
スコン!!!
──と、勢いよくゴミ箱に投げ入れる。
思わず声に出ていたそれは、冗談交じりの文句だが本意だった。
夜風が吹き抜ける。
人の波に紛れても、セセラの独り言は鋭く響いていた。
だがその足取りは、先ほどよりずっと軽くなっていた。
(……ま、でも……確信は持てた)
立ち止まり、街灯の下で空を仰ぐ。
その目は鋭く、だがどこか清々しくもあった。
(──動くか。俺らの中にいる奴を、見つけてやる)
すっかり日が落ちた空に、星はまだ顔を見せていない。
第8話 完
席に着くや否や、ジキルはさっそく注文したレモンタルトをフォークで刺しながら、にこにこと笑っていた。
「う~ん、やっぱりここのは美味しいねぇ~」
対面でコーヒーを啜っていたセセラは、じっと彼を見ていた。
少し歳の離れたこの“先輩”は、相変わらずどこか浮世離れしている。
──ジキル。龍調査機関の元・研究者。
今や国際的な機関にまで発展したこの場所に、まだ“研究団体”だった頃に所属していた男。
龍の存在が未確認生命体として扱われていた時代、ジキルは既に、“それをどう理解し、操作するか”という視点で研究を進めていた。
研究への没頭ぶりは異常とも言われ、当時から「人間より龍と会話した方が通じる」などと揶揄されるほど。
結婚していたという噂すらあるのに、生活感は全く感じられず、他の研究者たちとは距離を置き、ほとんどの職員が「顔も見たことが無い」と言っていた。
入所時から苗字も明かしておらず、誰も名前しか知らない。
そんな孤高の研究者。
その異常な集中力と知識量に、シエリも当時幼かったセセラも一目置いていた。
──15年前、彼はある日ふらりと機関を辞した。「ひとりでやる方が性に合ってるんだよね」と軽く笑って、席を立ったという。
それからも、彼は独自に龍の研究を続けているようだった。
たまにこうして、セセラが相談することもある──正直、頼りたくないが、知識の深さが段違いなのだ。
「で、今日はどんなお話~? 久しぶりに顔見れて嬉しいけど、わざわざってことは、何か困ってる?」
「まあ、そんなとこだな」
セセラは軽く頷きながらも、眉をひそめた。
「今回はちょっと……普通の龍とは違う何かが出てきてな。こっちでも調査してるけど、どうにも決定打がねえ。あんたの知識、ちょっと借りたい」
頼られて、どこか嬉しそうににっこりと微笑むジキル。
「任せなよ。オレは龍が好きなだけだけど……君の頼みなら、全力で応えるよ」
そんな柔らかな声とは裏腹に、ジキルのサングラスの奥で何かが静かに笑った気がして──。
セセラは背筋に微かな冷たいものを感じた。
◇
──カフェのテーブル席、レモンタルトの皿が半分空になった頃。
「……いきなりだが、ジキルさん」
セセラはコーヒーをひとくち啜りながら、ふと口を開いた。
「龍って、どうやって発生すると思う?」
ジキルはフォークを止めて、セセラを見た──が、すぐに肩をすくめる。
「ん~、わかんない」
即答。
「……いや、わかんないって……もうちょっと考えてくれよ」
セセラが渋い顔で突っ込むと、ジキルは笑いながら肩を揺らす。
「だって、わかんないものはわかんないじゃん」
フォークの先で残ったタルトをくるくると転がしながら、ジキルは続けた。
「今、最も常識的に語られてるのは……他者や死者に憑依して生き永らえるってやつだよね? でもオレ、それは発生ってより、転生だと思ってるんだよね」
「……転生、ねぇ」
セセラは鼻で笑いながらも、興味深げに眉を動かす。
「結局どこまでいっても意味不明ってわけか」
「うん。意味がわかるならそれは龍じゃなくて、ただの動物でいい。龍ってのは、意味不明な現象そのものを、便宜上そう呼んでるだけだよ」
ジキルの口調は、どこまでも軽い。だが、その奥には一切の冗談が無い。
「存在するだけで何かを及ぼす個体もいれば、ただ漂ってるだけの個体もいる。攻撃性ゼロな奴もいれば、見るだけで人が倒れる奴もいる。十人十色……いや、十龍十色、かな?」
「……それにしたって、明確に悪意を持ってる奴もいるしな。大体そういう奴は……しぶとく生き残る」
セセラが苦々しげに呟くと、ジキルは「そうそう」と頷きながら、いつの間にか運ばれていた追加のコーヒーに口をつけた。
「ただでさえ生物学から逸脱してるくせに、全生物の頂点になろうとしてるからね。自分以外の存在を、脅威だと思って攻撃してるんだと思うよ」
「……あいつら、意志があるな」
コーヒーのカップを机に置き、視線を宙に向けるセセラ。
思い出すのは、あの幻術を駆使した人間の男のような龍。
「人間の体を使って話す奴がいるのも……あれ、全部、龍本人の意思ってことか」
「うん。そうじゃないと、あんな器用な会話できないよ」
ジキルはあくまで穏やかに、だが断定するように言う。
「龍は、現象でありながら、生きてる。意志を持ち、言葉を使い、感情すら演出する。でも、それがどこから来て、何をしたいのか……それはまだ誰にもわからない」
「…………」
その声に、セセラはじっと耳を傾けながら、背中にじんわりと冷たいものが広がっていくのを感じていた。
カフェの静けさの中、ジキルは湯気の立つコーヒーカップを両手で包みながら、気楽な口調で話を続けていく。
「だからさ、発生源なんて言われてもわかんないんだよね。一度振り返ったときには何もなかった場所に、もう一度振り返ったらいた……そんな話があっても不思議じゃない」
「……オバケだな、まさに」
セセラが苦笑混じりにそう返すと、ジキルは嬉しそうに声を弾ませた。
「おっ、鋭いなあ。まさにオバケだよね。……怨霊みたいなさ? もしかして心霊スポットならぬ龍スポットがあったりして……ぁははッ」
軽やかな笑い声が、カップの中の水面を揺らす。
「なんだそれ……」
セセラもコーヒーを啜りながら、思わず吹き出しそうになった。
だがすぐに、その表情が少しだけ神妙なものに変わる。
「つか……オバケもさ、特定の人間に固執して現れるって言うだろ。もし龍にも、それがあるとしたら……?」
その問いに、ジキルは一瞬だけ視線を上げた。
だが、声色を変えること無く──。
「あるんじゃない?」
そのまま言葉を繋げる。
「無い可能性が無い。全ての可能性が無いとは、誰も言えない。……だから研究してて面白いんだよねえ」
そう言ってコーヒーをひとくち飲み、うっとりとしたように続けた。
「調べても調べても尽きない。どこまで掘っても底が見えない。時間足りないよ……。オレが不死だったらいいのに、って思うこともある。ほんとに」
「……ふっ……」
セセラは苦笑してジキルを見やる。
「……あんた、見た目変わんねえし、マジで不死なんじゃねえかって思うときあるわ」
「ほんとに? やだ~照れる~」
ジキルはあくまで軽やかに笑っていたが、その目の奥には、どこか本気に近い色があった。──サングラス越しではあるが。
「…………」
セセラは手元のカップを置いて、いよいよ本題を切り出す。
「実は……ウチにいる龍憑きにのみ作用した龍が現れたんだ」
ジキルは笑顔のまま──ほんの一瞬だけ目を細めた。
「へえ……」
「その発生源として考えられる要素が何か……それを知りたくて、今日は連絡したんだよ」
「ふ~ん……」
ジキルは椅子の背にもたれかかりながら、考えるように宙を仰ぐ。
「特定の龍因子に感化されてる……ってやつねぇ……」
笑みは消えないまま、だがその声に含まれる響きだけが──次第に、静かに、変わっていく。
カフェのテーブルに置かれたカップの湯気が、静かに揺れていた。
セセラは腕を組みながら、声を落として続ける。
「ただ、それだと少し……違和感があるんだよ」
ジキルはタルトを刺そうとしたフォークを止め、セセラを見た。
「そいつ……ウチの龍憑きたちが、同じタイミングで龍化が強く出た日から、少しして現れた。それも……そいつがデカくなる度に、あいつらの龍化反応も比例するように強くなったんだ」
「おやおや……成長と比例して……?」
「そう。……間違いなく、何か作用してたと考えてる」
ジキルは「ふむ」と呟いてから、首を傾げるように答える。
「君のとこの龍憑きたちの龍因子を『待ってました』って言わんばかりだね」
セセラは深く頷いたあと、更に言葉を重ねた。
「……喰われんじゃねえかって思ったよ。でも、そこでまた変なんだよな」
「変?」
「出現することで龍が反応するんなら、周囲の“他の龍”たちも反応してもいいはずだろ?」
「たしかに」
「けど、違った。反応したのはあいつらだけ。まるで、あいつらの龍因子だけを狙い澄ましたみたいに、苦しみ始めた」
テーブルに指をとんとんと叩きながらも、セセラは続ける。
「……つうことはだ。あいつらの龍因子だけを学習した個体。……そんなもんが、自然に生まれてくるか?」
「…………」
ジキルは眉をしかめ、「うむむ……」と唸るように考え込む仕草をした。
セセラは更に一歩踏み込む。
「……特定の龍因子を記憶させた……人工的に生み出された龍。……そんな可能性、あると思うか?」
「…………」
ジキルはそれまでの冗談めかした雰囲気をぴたりと止め──。
「……全然、あると思う」
真顔で答えた。
その声色には、珍しく緊張感が含まれている。
セセラはそれを聞いて、深く息を吐く。
「ハァ~~~……やっぱ、あんたもそう思うか……」
背もたれに体を預け、頭の後ろで手を組んだセセラは、少しだけ視線を天井に泳がせた。
「……うん、やっぱそうか……ありがとう、ジキルさん。考え、まとまったわ」
そして、少し真剣な声音で続ける。
「誰が、ウチの情報を持ち出したのか……。……犯人探し、することにするよ」
ジキルは苦笑して、コーヒーをひとくち。
「それは流石にオレにはわかんないよ? 警察じゃあるまいし」
セセラはふっと笑った。
「ああ、それはいいよ。機関の問題だからな。助かったよ、マジで。……まだなんか食うなら奢るわ」
「え……!」
それを聞いたジキルの顔が、ぱあっと明るくなる。
「じゃあ~……コレとコレとコレと……あとコレも……」
メニューのスイーツ欄を片っ端から指さしていくジキル。
「……どんだけ食うんだよ」
呆れ顔のセセラに、ジキルは悪びれることなく、にこりと微笑んだ。
◇
夕暮れ。
ジキルが大量のスイーツの余韻にご満悦なまま、手を振って去っていったあと、セセラはそのまま繁華街をひとり歩いていた。
ビルの隙間から覗く空は、すっかり薄暗くなっている。
人混みの喧噪が背中を押すように遠ざかっていく中、セセラは上着を肩まで引き上げると、静かに吐息を漏らした。
(……特定の因子を学習し、龍因子持ちにだけ反応する龍……)
(……人工的に生み出された可能性がある)
ジキルの軽口とは裏腹に、告げられた答えは重かった。
「……ったく……」
眉間に皺を寄せながら、呟きが漏れる。
(犯人探しなんてダルそうな仕事増やしやがって……)
心の中でぶつぶつと文句が止まらない。
(なんてことしてくれたんだよ……マジで……俺より性格悪いだろそいつ……!)
手に持っていた紙カップのコーヒーを一気に飲み干して──。
「……俺より性格悪い奴から探していこうにも──俺より性格悪い奴が見つかんねえよ!!」
スコン!!!
──と、勢いよくゴミ箱に投げ入れる。
思わず声に出ていたそれは、冗談交じりの文句だが本意だった。
夜風が吹き抜ける。
人の波に紛れても、セセラの独り言は鋭く響いていた。
だがその足取りは、先ほどよりずっと軽くなっていた。
(……ま、でも……確信は持てた)
立ち止まり、街灯の下で空を仰ぐ。
その目は鋭く、だがどこか清々しくもあった。
(──動くか。俺らの中にいる奴を、見つけてやる)
すっかり日が落ちた空に、星はまだ顔を見せていない。
第8話 完
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

