初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或

文字の大きさ
19 / 26

19.伯爵夫人、お招きされる

しおりを挟む



「オリービア様と伯爵が結婚して、今日で一年ですかぁ。時が過ぎるのは早いものですねぇ」


 早朝の時間。
 オリービアとニアナは、いつもの食堂で朝食を食べた後、誰もいない道をのんびりと歩いていた。
 彼女達がよく行く食堂は、夜勤終わりの人の為に、前の刻六時から営業している。

 早起きした二人は早々に食堂に行き、帰りは朝の爽やかな空気を感じながら、散歩がてらランジニカ伯爵邸へと足を進めていた。
 ちなみにローレルは実家通いの九時出勤なので、まだ屋敷には来ていない。


「本当にですわ……。――ニアナには、【王命】の内容を詳しく説明していなかったですわね。遅くなりましたけれど、お教え致しますわ」


 オリービアは周りに人がいない事を確かめると、ニアナに顔を寄せ小声で説明をする。
 話し終わると、ニアナは驚きの表情でオリービアを見た。


「なるほど……そうだったんですね! 全然気付きませんでした……」
「伝えるのが遅くなってごめんなさいね?」
「そんなの全然いいんですよ! 私、うっかり口を滑らせて秘密を言ってしまう時があるから、教えなくて正解でしたよ!」
「ふふっ、あらあら」
「けど、そうなると……。問題なのが、伯爵……ですよね……」
「……えぇ。彼に関してはわたくしも想定外でしたわ……。けど、どうする事も出来ませんわ……。わたくしの気持ちは最初と変わっていませんから」


 オリービアが困ったように笑うのを見て、ニアナは複雑な気持ちになった。


「……今の伯爵、私好きですよ。この一週間はずっと屋敷にいて、一生懸命伯爵業を勉強していたし、オリービア様に頻繁に優しい言葉を掛けてくるし。……実はこの前、伯爵が使用人達に『オリービアに少しでも危害を加えたら、期限を待たず即追い出す』って言っていたのを聞いたんですよ」
「まぁ。だからこの一週間、悪戯がピタリと止んだのですね」
「はい。それを聞いて、私、伯爵の事少しだけ見直しました。数々の暴言やアイツらをのさばらせっ放しだったのはまだ許せませんけどね!」
「あらあら、フフッ」
「でも、伯爵……初めて会った時と比べて、格段に変わりましたね。表情も随分と柔らかくなりましたし」
「えぇ、そうね。今の彼なら、この伯爵領をきちんと背負っていけるでしょう。彼はもう大丈夫よ。わたくしの荷も下りましたわ」
「オリービア様、伯爵は……」


 ニアナが複雑な表情で喋り掛けた時、オリービアは「あっ」と声を上げた。


「食堂に忘れ物をしてしまいましたわ。取りに行って参りますので、ニアナは先に屋敷へ戻って下さる?」
「え? しっかり者のオリービア様が珍しいですね?」
「ローレルさんへのお土産にパンを購入したでしょう? それを忘れないようにとパンに気を向けていたら、自分の荷物を忘れてしまいましたわ」


 オリービアは手に持つパンが入っている袋に目を移し、困ったように笑った。


「あははっ、オリービア様もうっかりなところがあるんですね。私も一緒に行きますよ?」
「大丈夫ですわ。十五分以内に戻りますから、温かいハーブティーを淹れて待っていて下さる?」
「そこまで言うなら……分かりました。オリービア様なら大丈夫だと思いますが、十分気を付けて下さいね!」
「ニアナも転ばないようにお気を付けて」
「だっ、大丈夫ですよー!」


 手を振りニアナの背中を見送ると、オリービアは小さく息を漏らした。


(数日前から、ずっと複数の気配を感じていたけれど……。きっと、わたくし達が二人になる――かつ人目が無い時間を見定めていたのでしょうね。それがこの時間……。つい先程、同じ気配が現れたからすぐに出てくるでしょう。何せ今、わたくしは一人なのだから)


 オリービアは魔力が高い関係か、人より周りの気配を敏感に察する事が出来るのだ。


(人数は……そんなに多くなさそうですわね)


 踵を返し、来た方向に戻ろうとした時だった。
 横に並び立つ木の後ろから数人の男が出て来て、オリービアを取り囲んだ。
 男達は、いかにもといった感じのならず者達だった。

 オリービアは男達を見回すと、ニコリと微笑み優雅にお辞儀をした。


「初めまして、皆様。わたくしに何か御用でしょうか? 美味しいハーブティーがわたくしを待っておりますので、手短に御用件をお願い致しますわ」
「は?」


 てっきり怯えるか縮こまるか泣くかと思っていた男達は、拍子抜けして微笑を浮かべるオリービアを見た。
 その内の一人がハッと我に返り、ドスの利いた声音で叫んだ。


「よ……用があるからこうやってアンタを取り囲んでるんだよ! バカかアンタ! さっき一緒にいた女の命が惜しければ、俺達と一緒に来て貰おうか!」
「えぇ、いいですわよ」


 微笑を崩さないままオリービアは頷いた。
 アッサリとした肯定の返事に、またもや男達は唖然とする。


「…………ですが」


 オリービアが微笑みながら言葉を続ける。



「あの子に小指一本でも触れたら……その瞬間、貴方達の命とその身体は、この世から跡形もなく消え失せるでしょう。よろしくて?」



 その刹那、オリービアの周りが絶対零度の冷たさに包まれた。
 即座に氷漬けにされそうな寒さに、男達は酷く青褪め、ガタガタと身体の激しい震えが止まらない。


「…………お返事は?」
「はっ、はいぃっっ!!」
「まぁ。元気があってよろしいですこと」


(魔力が高いとハッタリもよく効きますわね。魔法が使えない分、この魔力を有効活用しませんとね)


 オリービアはニコリと笑うと、先程の冷たさはスゥッと鳴りを潜めていった。
 男達は全員、冷や汗でグッショリだ。


「……く、くそっ……」


 男の一人が任務をこなそうと気持ちを奮い立たせ、そろそろと動くと、震える手でオリービアの両手首を縛り上げる。
 彼女は無抵抗で、男達のされるがままだ。


「……つ、付いて来い!」


 この男達の中で主犯格らしい男が震える声で一言放ち、ヨロヨロと歩き出した。
 オリービアも口元の笑みはそのままに、自ら進んで歩き出す。


 そして辿り着いた場所は、町の外れにある廃家だった。その朽ち果てる寸前の家は、そんなに広くはなさそうだ。

 中に入ると男達は廊下を歩き、一つの部屋に入っていく。
 オリービアもその部屋に入ると、そこにいたのはユーカリ・ブルタスと、執事のロナド・デンロンだった。


「来たわね。誰にも見つからなかったでしょうね?」
「あ、あぁ。周りには誰もいなかった……」
「……? 何で声が震えてるのよ?」
「い、いや……」


 男達の様子に怪訝に眉を顰めたユーカリだったが、彼らの後ろに立つオリービアに目を向けると、ニヤリと口の端を上げた。


「ようこそ、醜悪芋女。待っていたわ」
「まぁまぁ、お招き頂きありがとうございます、ユーカリ・ブルタス様、ロナド・デンロン様。旦那様から『一週間以内に出ていってくれ』宣言をされてから今日で早一週間。ようやく新居を見つけられたのですね。お二人で住まわれるのですか? まさしく愛の新居ですわ! 他の方はどう思うか想像がつきますが、この崩れ具合といい、散らばった瓦礫や蜘蛛の巣だらけのお部屋といい、わたくしは趣きがあって素敵だと思いますよ? 外れた窓から入り込む隙間風が少し気になるくらいですわ。寒い時期はどこまで耐えられるか我慢大会が開催されそうですわね。優勝者には瓦礫を贈呈でしょうか?」
「何でこんな場所が新居なのよっ!! アンタバッカじゃないのっ!?」


 顔を真っ赤にして激怒するユーカリに、オリービアはきょとりと小首を傾げた。


「あら、違うんですの? 郷愁を感じさせる荒廃具合があまりに素敵で、暑い日は隙間風があまりに快適な生活を送れる新居だから、誰かに自慢したくて堪らなくて彼らに頼んでわたくしをお招きして下さったのかと思っていましたわ。お招きされたからにはわたくし、精一杯盛大にお祝いしましてよ? お二人の門出に乾杯っ!! ――あぁ……申し訳ございませんが、手が縛られている為言葉だけで失礼しますわ。手が自由になりましたら、そこの崩れた棚にある汚れてヒビの入ったコップに雨水を汲んで、再度仕切り直しをさせて頂きますので御容赦下さいませ。まぁわたくしは絶対に飲みませんけれども」
「何でそうなるのよっ!! フザけた口利くなら今すぐに殺すわよっ!?」
「ユーカリ、落ち着け……。ここで相手のペースに乗るのは思う壺だ」


 執事のロナドが、怒れるユーカリの肩に手を置いた。


「あら? ユーカリ・ブルダス様、今『殺す』と仰いましたね? 殺すのですか、わたくしを?」
「あぁ、そうだ。お前がいると、俺達の計画が台無しになるんでね。ここで死んで貰うよ」
「計画……ですか? もしかして、ランジニカ伯爵邸を乗っ取って資産と屋敷を我が物にするという、愚劣で凡愚で馬鹿馬鹿しい内容の事でしょうか?」
「はあぁっ!? 何よその言い草はっ!?」
「ユーカリ、落ち着け……」


 ロナドが溜め息をつくと、オリービアに向き直る。


「今すぐにお前を殺したいところだが……俺も散々邪魔をしてきたお前に相当腹が立っていてね。この男達にお前を輪姦させて、その澄ました顔が泣き乱れてグチャグチャに善がる姿をじっくりと堪能する事にするよ。ボロボロになるまで凌辱して、絶望したまま殺してやろう……ククッ」


 いやらしい笑みをロナドは浮かべ、男達に指示する。


「おい、この女を好きなように犯せ。全員、たっぷりと味わっていいぞ。どうせその後に殺して山ん中に埋めるんだからな」
「…………」
「どうした? 相手はただのか弱い女一人だぞ。腕も縛られて抵抗も出来ないし、お前達がこんな器量の良い女を抱けるのはこの機会しか無いだろうが」


 男達が不安気に顔を見合わせていると、オリービアが愕然の表情を浮かべ、ガクリと膝をついた。
 その身体がブルブルと震えている。



「……そんな……。なんてこと――」



 男達は弱々しく顔を伏せるオリービアの様子にと思ったのか、お互いに顔を見合わせると、下品にニタつきながら彼女の方へ躙り寄っていったのだった――




しおりを挟む
感想 211

あなたにおすすめの小説

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

婚姻無効になったので新しい人生始めます

Na20
恋愛
旧題:婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~ セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 2025年10月24日(金) レジーナブックス様より発売決定!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

処理中です...