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19.伯爵夫人、お招きされる
しおりを挟む「オリービア様と伯爵が結婚して、今日で一年ですかぁ。時が過ぎるのは早いものですねぇ」
早朝の時間。
オリービアとニアナは、いつもの食堂で朝食を食べた後、誰もいない道をのんびりと歩いていた。
彼女達がよく行く食堂は、夜勤終わりの人の為に、前の刻六時から営業している。
早起きした二人は早々に食堂に行き、帰りは朝の爽やかな空気を感じながら、散歩がてらランジニカ伯爵邸へと足を進めていた。
ちなみにローレルは実家通いの九時出勤なので、まだ屋敷には来ていない。
「本当にですわ……。――ニアナには、【王命】の内容を詳しく説明していなかったですわね。遅くなりましたけれど、お教え致しますわ」
オリービアは周りに人がいない事を確かめると、ニアナに顔を寄せ小声で説明をする。
話し終わると、ニアナは驚きの表情でオリービアを見た。
「なるほど……そうだったんですね! 全然気付きませんでした……」
「伝えるのが遅くなってごめんなさいね?」
「そんなの全然いいんですよ! 私、うっかり口を滑らせて秘密を言ってしまう時があるから、教えなくて正解でしたよ!」
「ふふっ、あらあら」
「けど、そうなると……。問題なのが、伯爵……ですよね……」
「……えぇ。彼に関してはわたくしも想定外でしたわ……。けど、どうする事も出来ませんわ……。わたくしの気持ちは最初と変わっていませんから」
オリービアが困ったように笑うのを見て、ニアナは複雑な気持ちになった。
「……今の伯爵、私好きですよ。この一週間はずっと屋敷にいて、一生懸命伯爵業を勉強していたし、オリービア様に頻繁に優しい言葉を掛けてくるし。……実はこの前、伯爵が使用人達に『オリービアに少しでも危害を加えたら、期限を待たず即追い出す』って言っていたのを聞いたんですよ」
「まぁ。だからこの一週間、悪戯がピタリと止んだのですね」
「はい。それを聞いて、私、伯爵の事少しだけ見直しました。数々の暴言やアイツらをのさばらせっ放しだったのはまだ許せませんけどね!」
「あらあら、フフッ」
「でも、伯爵……初めて会った時と比べて、格段に変わりましたね。表情も随分と柔らかくなりましたし」
「えぇ、そうね。今の彼なら、この伯爵領をきちんと背負っていけるでしょう。彼はもう大丈夫よ。わたくしの荷も下りましたわ」
「オリービア様、伯爵は……」
ニアナが複雑な表情で喋り掛けた時、オリービアは「あっ」と声を上げた。
「食堂に忘れ物をしてしまいましたわ。取りに行って参りますので、ニアナは先に屋敷へ戻って下さる?」
「え? しっかり者のオリービア様が珍しいですね?」
「ローレルさんへのお土産にパンを購入したでしょう? それを忘れないようにとパンに気を向けていたら、自分の荷物を忘れてしまいましたわ」
オリービアは手に持つパンが入っている袋に目を移し、困ったように笑った。
「あははっ、オリービア様もうっかりなところがあるんですね。私も一緒に行きますよ?」
「大丈夫ですわ。十五分以内に必ず戻りますから、温かいハーブティーを淹れて待っていて下さる?」
「そこまで言うなら……分かりました。オリービア様なら大丈夫だと思いますが、十分気を付けて下さいね!」
「ニアナも転ばないようにお気を付けて」
「だっ、大丈夫ですよー!」
手を振りニアナの背中を見送ると、オリービアは小さく息を漏らした。
(数日前から、ずっと複数の気配を感じていたけれど……。きっと、わたくし達が二人になる――かつ人目が無い時間を見定めていたのでしょうね。それがこの時間……。つい先程、同じ気配が現れたからすぐに出てくるでしょう。何せ今、わたくしは一人なのだから)
オリービアは魔力が高い関係か、人より周りの気配を敏感に察する事が出来るのだ。
(人数は……そんなに多くなさそうですわね)
踵を返し、来た方向に戻ろうとした時だった。
横に並び立つ木の後ろから数人の男が出て来て、オリービアを取り囲んだ。
男達は、いかにもといった感じのならず者達だった。
オリービアは男達を見回すと、ニコリと微笑み優雅にお辞儀をした。
「初めまして、皆様。わたくしに何か御用でしょうか? 美味しいハーブティーがわたくしを待っておりますので、手短に御用件をお願い致しますわ」
「は?」
てっきり怯えるか縮こまるか泣くかと思っていた男達は、拍子抜けして微笑を浮かべるオリービアを見た。
その内の一人がハッと我に返り、ドスの利いた声音で叫んだ。
「よ……用があるからこうやってアンタを取り囲んでるんだよ! バカかアンタ! さっき一緒にいた女の命が惜しければ、俺達と一緒に来て貰おうか!」
「えぇ、いいですわよ」
微笑を崩さないままオリービアは頷いた。
アッサリとした肯定の返事に、またもや男達は唖然とする。
「…………ですが」
オリービアが微笑みながら言葉を続ける。
「あの子に小指一本でも触れたら……その瞬間、貴方達の命とその身体は、この世から跡形もなく消え失せるでしょう。よろしくて?」
その刹那、オリービアの周りが絶対零度の冷たさに包まれた。
即座に氷漬けにされそうな寒さに、男達は酷く青褪め、ガタガタと身体の激しい震えが止まらない。
「…………お返事は?」
「はっ、はいぃっっ!!」
「まぁ。元気があってよろしいですこと」
(魔力が高いとハッタリもよく効きますわね。魔法が使えない分、この魔力を有効活用しませんとね)
オリービアはニコリと笑うと、先程の冷たさはスゥッと鳴りを潜めていった。
男達は全員、冷や汗でグッショリだ。
「……く、くそっ……」
男の一人が任務をこなそうと気持ちを奮い立たせ、そろそろと動くと、震える手でオリービアの両手首を縛り上げる。
彼女は無抵抗で、男達のされるがままだ。
「……つ、付いて来い!」
この男達の中で主犯格らしい男が震える声で一言放ち、ヨロヨロと歩き出した。
オリービアも口元の笑みはそのままに、自ら進んで歩き出す。
そして辿り着いた場所は、町の外れにある廃家だった。その朽ち果てる寸前の家は、そんなに広くはなさそうだ。
中に入ると男達は廊下を歩き、一つの部屋に入っていく。
オリービアもその部屋に入ると、そこにいたのはユーカリ・ブルタスと、執事のロナド・デンロンだった。
「来たわね。誰にも見つからなかったでしょうね?」
「あ、あぁ。周りには誰もいなかった……」
「……? 何で声が震えてるのよ?」
「い、いや……」
男達の様子に怪訝に眉を顰めたユーカリだったが、彼らの後ろに立つオリービアに目を向けると、ニヤリと口の端を上げた。
「ようこそ、醜悪芋女。待っていたわ」
「まぁまぁ、お招き頂きありがとうございます、ユーカリ・ブルタス様、ロナド・デンロン様。旦那様から『一週間以内に出ていってくれ』宣言をされてから今日で早一週間。ようやく新居を見つけられたのですね。お二人で住まわれるのですか? まさしく愛の新居ですわ! 他の方はどう思うか想像がつきますが、この崩れ具合といい、散らばった瓦礫や蜘蛛の巣だらけのお部屋といい、わたくしは趣きがあって素敵だと思いますよ? 外れた窓から入り込む隙間風が少し気になるくらいですわ。寒い時期はどこまで耐えられるか我慢大会が開催されそうですわね。優勝者には瓦礫を贈呈でしょうか?」
「何でこんな場所が新居なのよっ!! アンタバッカじゃないのっ!?」
顔を真っ赤にして激怒するユーカリに、オリービアはきょとりと小首を傾げた。
「あら、違うんですの? 郷愁を感じさせる荒廃具合があまりに素敵で、暑い日は隙間風があまりに快適な生活を送れる新居だから、誰かに自慢したくて堪らなくて彼らに頼んでわたくしをお招きして下さったのかと思っていましたわ。お招きされたからにはわたくし、精一杯盛大にお祝いしましてよ? お二人の門出に乾杯っ!! ――あぁ……申し訳ございませんが、手が縛られている為言葉だけで失礼しますわ。手が自由になりましたら、そこの崩れた棚にある汚れてヒビの入ったコップに雨水を汲んで、再度仕切り直しをさせて頂きますので御容赦下さいませ。まぁわたくしは絶対に飲みませんけれども」
「何でそうなるのよっ!! フザけた口利くなら今すぐに殺すわよっ!?」
「ユーカリ、落ち着け……。ここで相手のペースに乗るのは思う壺だ」
執事のロナドが、怒れるユーカリの肩に手を置いた。
「あら? ユーカリ・ブルダス様、今『殺す』と仰いましたね? 殺すのですか、わたくしを?」
「あぁ、そうだ。お前がいると、俺達の計画が台無しになるんでね。ここで死んで貰うよ」
「計画……ですか? もしかして、ランジニカ伯爵邸を乗っ取って資産と屋敷を我が物にするという、愚劣で凡愚で馬鹿馬鹿しい内容の事でしょうか?」
「はあぁっ!? 何よその言い草はっ!?」
「ユーカリ、落ち着け……」
ロナドが溜め息をつくと、オリービアに向き直る。
「今すぐにお前を殺したいところだが……俺も散々邪魔をしてきたお前に相当腹が立っていてね。この男達にお前を輪姦させて、その澄ました顔が泣き乱れてグチャグチャに善がる姿をじっくりと堪能する事にするよ。ボロボロになるまで凌辱して、絶望したまま殺してやろう……ククッ」
いやらしい笑みをロナドは浮かべ、男達に指示する。
「おい、この女を好きなように犯せ。全員、たっぷりと味わっていいぞ。どうせその後に殺して山ん中に埋めるんだからな」
「…………」
「どうした? 相手はただのか弱い女一人だぞ。腕も縛られて抵抗も出来ないし、お前達がこんな器量の良い女を抱けるのはこの機会しか無いだろうが」
男達が不安気に顔を見合わせていると、オリービアが愕然の表情を浮かべ、ガクリと膝をついた。
その身体がブルブルと震えている。
「……そんな……。なんてこと――」
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