初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或

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20.伯爵夫人の素晴らしい提案

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 ニヤニヤする男の一人の手がオリービアの肩を掴もうとした時、彼女の口から言葉が漏れた。


「………………すわ」
「は? 今何て――」


 すると突然、オリービアがバッと顔を上げ、目をカッと見開いて思い切り叫んだ。



「なんてことっ!! 定番ですわっ!! ありきたりのド定番過ぎですわっ!! そんな展開、全く持ってつまらなくてよっ!? よろしくてっ!?」
「へ――?」



 オリービアの心からの叫びに、その場にいた全員が目と口をあんぐりと開ける。


「わたくし、娯楽で民間の創作小説を少々嗜んでおりまして。そこでは大体、憎しみや恨みや妬みで攫われた女性は、主犯格に雇われた男達に性的に襲われた後殺されますの。殆どがそうですの! 何故いつも同じ展開にするのでしょう!? その展開に喜ぶのは男性陣だけですのに! 置いてけぼりな女性陣はどうしろと!?」
「そ、そんな事言われても――」
「ですので、観客の紳士淑女の皆様も楽しめる展開を考えましたの。まずは攫われた女性のお腹に目と鼻と口の変顔をペンで書いて、お腹を見せながら変な踊りをさせるのです。周りは笑って楽しめますし、女性は羞恥と屈辱で絶望に陥るでしょう。殺される直前まで、自分のした恥ずべき行動にもがき苦しむのです。まぁわたくしは死んでもやりませんけれども」
「か、観客……? 紳士淑女……?」
「……は、腹踊り……」
「あとは、にらめっこなんて如何でしょう? 『いっせーのー』でお互いに変顔をして、笑った方が負けですの。五回勝負で、負けた方が殺されますわ。お互い、緊張感と羞恥と『負けたら殺される』という恐怖感が味わえて、観客も彼らの変顔で笑いを取れて一石二鳥ですわ。まぁわたくしは死んでもやりませんので、貴方達でどうぞ勝手にやって下さいな」
「――って、お前は両方やらねぇのかよっ!!」
「殺す方の俺らがやんのかよっ!? ソレ意味なくね!?」
「何でどっちも『変顔』が入ってんだよっ!! 変顔好きかよお前っ!?」


 オリービアの素晴らしい提案(自称)に、男達から次々と鋭いツッコミが入る。


「――おいッ!! お前らまでこの女のペースに巻き込まれてどうするんだ!? さっさと服を破いてヤッてしまえッ!!」


 そこへ、ロナドの苛立った怒号が男達に飛んできた。男達がビクッと肩を震わせ、互いに顔を見合わせる。


(――さて。時間稼ぎはここまでのようですわね。今頃、ニアナが十五分経っても帰らないわたくしを心配して、衛兵に伝えて捜してくれている筈……。この廃屋に来るまで、ニアナと別れた場所からパンの欠片を少しずつ地面に落としてきたから、それに気付いてくれれば良いけれど……。小鳥さんに食べられていない事を祈るばかりですわ)


 そしてオリービアは、自分が身に着けているペンダントやブレスレットをそっと盗み見る。


(この中には攻撃魔法が封じ込めてあるけれど、対魔物用だから、どれも殺傷力が高いものばかりですのよね……。正当防衛とはいえ、あまり人は殺したくありませんわ……。裸を見られるだけならまだ許せますし、本格的に手を出してきたら使おうかしら。次は対人間用に、気絶させるだけの威力の魔法を閉じ込めておきましょう。良い教訓になりましたわ。わたくしもまだまだね)


 オリービアがそう考えている間に、男達が彼女を取り囲んでいた。


「全くフザけた事ばっか言いやがって、この女はよ……。今の状況分かってんのか? これから俺らに犯されるんだよ、お前は」


 その内の一人が舌打ちをしながらオリービアの上半身に手を伸ばすと服を掴み、躊躇無しに勢い良く服を破り取った。
 オリービアの、形の良い柔らかそうな乳房が零れ出て、男達の間で「ヒュー♪」と感嘆の声が漏れる。


「何だよ、いい胸してんじゃねぇか」
「あぁ、一気に気分が上がってきたぜ」


 男達が下劣な笑みを作りながらオリービアの上半身をまじまじと眺め、彼女に向かって手を伸ばす。

 オリービアは眉間を顰め、一瞬ペンダントを一瞥したが――何もせず固く目を瞑った。


 ゴツゴツした汚らしいその手が、彼女の透き通った柔らかな胸に触れようとした、その時――



 ドオオォォォンッ!!



 物凄い破壊音が辺りに鳴り響き、部屋の壁が粉々に砕かれ吹っ飛んだ。
 オリービアの胸を触ろうとしていた男は、ビクリと身体を波打たせ手を止める。


「オリービア、無事かっ!?」


 そこから飛び込んできたのは、何とハイドだった。彼が魔法で壁を粉砕したのだ。


「あら、旦那様。玄関は開いていたから、そこから入れましたのに。豪快な登場の仕方をされましたわね」
「オリービアッ!? 良かった、無事で――」


 オリービアの声に、ハイドは心からホッとしながら彼女の方に振り向き――ビシリと石のように固まった。

 その顔色が赤から青――そして真紅へと変わる。


 脱兎の勢いでオリービアのもとに駆け寄ると、自分の上着を乱暴に脱ぎ、それで彼女の上半身を包み込んだ。そして、彼女の両手首を縛っている縄を、魔法でバラバラにして切り裂く。


「オリービア!! 何もされてないかっ!? 指一本触れられてないかっ!?」
「えぇ、服を破かれただけですわ。危険な状況でしたが、旦那様が来て下さったお蔭で助かりましたわ。本当にありがとうございます」
「……良かった……本当に良かった、君が無事で――」


 ニコリと微笑みを見せるオリービアに、ハイドは瞳を潤ませ、深い安堵の息を吐きながら彼女をきつく抱きしめる。
 そしてハッと気が付きすぐに身体を離すと、真っ赤な顔で首をブンブンと横に振った。


「――だっ、大丈夫! みっ……見てない! 俺は見てないから!! すごく綺麗な胸だなって、そっ、そんな事思ったりなんてしてないからっ!!」
「……思いっ切り見てるじゃないですか、旦那様?」
「そ、そんなっ!? フカフカで触ってみたいだなんて、決してそんなっ!?」
「……本音が漏れていますよ、旦那様?」
「そ、そんな事よりもだ……っ!」

 
 瞬間、キッと真面目な顔になると立ち上がり、突然の出来事に固まっていた男達を、鋭い目つきでギロリと睨みつけた。


「貴様ら……。俺の妻をこんな目に遭わせて……。葬られる覚悟は出来ているんだろうな……?」
「ヒッ……」


 ハイドの背中に、怒り狂い炎を吐き散らす藍緑色の竜の姿が見える。
 その途端、男達の周りに風が吹き荒れ、それが鋭い刃となって彼らに襲い掛かった。


「ギャアアァァァッッ!!」


 男達の皮膚が裂かれ、血飛沫があちこちに飛び散る。彼らがあまりの激痛に失神してもなお、ハイドは魔法を止めなかった。


「……旦那様、もうその辺で。これ以上されますと彼らが死んでしまいますわ」
「こんな奴ら、死に値する、人では無い下劣生物共だが……。こいつらの所為で殺人者になりたくないからな」


 ハイドは舌打ちをしながら魔法を解除した。床には、見るも無惨な血だらけの男達が、全員意識無く横たわっている。
 

「オリービア様ぁ!! ご無事ですかっ!?」


 すると、そこへニアナとローレルが部屋に駆け込んできた。
 泣きながら自分にガシッと抱きつくニアナに、オリービアは微笑みながら彼女の頭を撫でる。


「わたくしは大丈夫ですわ。旦那様に教えたのはニアナですの?」
「は、はい……っ。衛兵より伯爵の方が早く動けると思って、先に伯爵に伝えたんです! オリービア様が地面に残してくれたパンの欠片のお蔭で、無事にここに辿り着けましたぁ!」
「良かった、小鳥さんの被害は免れたのね。ありがとう、ニアナ。貴女なら、わたくしが伝えた時間内に帰って来なければ、必ず誰かに助けを求めてくれると思っていましたわ」
「オリービア様……御自分が狙われている事分かってたんですね……。私を先に行かせたのは、危険な目に遭わせない為に……。でっ、でも、もうこんな危ない真似は絶対にしないで下さいぃーっ!」
「心配掛けてごめんなさいね、ニアナ。今度こういう事があったら、先に貴女に伝えますわ」
「またこういう事があったら心臓が持ちませんよぉー……」

 泣きじゃくるニアナに、オリービアは困ったように微笑し、「本当にごめんなさいね」と、彼女の背中をポンポン叩いた。


「……本当に、どこも怪我はしていませんか?」


 床に膝をつき、心配そうに顔を覗き込んでくるローレルに、オリービアは小さく首を縦に振った。


「えぇ、大丈夫ですわ。ありがとう、ローレルさん。出勤早々、面倒事に巻き込んでしまってごめんなさいね」
「そんな事……。やはり僕、住み込みで働く事にします。貴女が心配で堪らない……」
「あらあら、大丈夫ですわ。ローレルさんには大事な御家族がいらっしゃるでしょう? 一家団欒の時間を大切になさって下さいな」
「そうだぞ、ローレル。オリービアには俺がついているから大丈夫だ」
「……何言ってるんですか。現にこういう状況になっているでしょう? 貴方は全く持って信用ならないし、当てにはならない。やはり僕がついてないと駄目です」
「うぐっ……! つ、次からはこんな事がないようにする! 絶対だ!!」
「あら。それなんですけれども、お二人とも、これは――」
「皆さーん、お話の最中に申し訳ありませんが、あの二人を放っておいていいんですか?」



 ニアナの発言に、三人は彼女が指差した方を見ると、ロナドとユーカリが、真っ青な顔で身体を震わせながら立ち竦んでいた。


「……ユーカリさん……。どうしてここに……?」


 ハイドが静かな声で尋ねると、血塗れの男達を見て青褪めていたユーカリは、ハッと彼の方を見て悲痛に叫んだ。


「あ……アタシもその男達に連れ去られたのよ! こ、怖かったわ……。きっと金品目当てに違いないわ。その女は、男達に歯向かったから強姦されそうになったのよ。馬鹿よね……自業自得だわ。ハイド、屋敷に帰ったらアタシを慰めてくれる? アタシがアンタにしていたみたいに優しく抱きしめてよ……。アタシ、怖くてもう一人でいられないわ……。これからもずっと一緒にいてよ。ね? ハイド――」


 ハイドは、ユーカリの媚びるような仕草と声音で紡がれる言葉を、無言で聞いていた。


「…………」


 オリービアは、敢えて口を挟まなかった。

 それで、ハイドがユーカリを信じて、こちらの言い分を聞かず彼女の言う通りにするのであれば、その時は彼をだけだ――



「ユーカリさん……。俺はまだ、貴女を――」



 ハイドが徐ろに俯くと、小さく掠れた声で呟いた……。














※どこで切ったらいいか毎回迷い、結局毎回結構な文字数に……。
パパッと読みたい派の皆様、すみません(汗)

本日は日中と夜間に仕事が入っているので、夕方の更新はもしかしたらお休みするかもしれません。。




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