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5.最期の刻
しおりを挟む「……っ? どうして硝子の破片が床に……? リシー、危ないですからこちらへ。踏まないように」
ラノウィンは顔をしかめてそう言うと、私の姿をしたマライヤさんを抱き寄せ、自分の腕の中に避難させた。
彼の腕に包まれ、彼女の頬がボッと朱に染まる。
「……っ」
その密着した二人の姿に、私の心がズキリと大きく痛んだ。
マライヤさんが、彼に抱きつきながらその胸に顔を埋める。
「怖かったわ……。あの人が私に鏡を投げつけてきたの。『あんたを殺してやる!』って……。私、本当に殺されるかと思ったわ」
「な……っ!?」
マライヤさんのとんでもない虚言に、私は大きく目を見開く。
彼はマライヤさんの両肩に手を置きながら、私に一度も向けた事のない怒りと憎しみの表情でこちらを見た。
私は慌てて立ち上がると、ラノウィンに必死に弁明をする。
「……ちっ、違うのよ、レオ! その人はリシーファなんかじゃない! マライヤさんよ! 私、彼女と姿が入れ替わってしまったの! 私がリシーファよ! 貴方の“番”であり妻のリシーファよ! お願い、信じて! 貴方なら『私』だって分かるでしょ!? あんなに一緒にいたんだもの! ね、レオ――」
「赤の他人が私をその名で呼ぶなっ!!」
ラノウィンの激高した鋭い叫びに、私の身体がビクッと大きく震え、口を閉ざす。
「その名で呼んでいいのは、私の“運命の番”であり、私の愛する妻、リシーファ只一人だけです」
「そうよ、レオ。この人の戯れ言なんて耳を貸す必要はないわ。この人、王妃である私を殺そうとしたの。私、この人が生きているというだけで怖いわ……。捕まえて牢に入れても逃げ出してまた私を殺そうとすると思うと、怖くて眠れない……」
「リシー……」
声を震わせながら目に涙を浮かべるマライヤさんの頭を労わるように撫でたラノウィンは、その身体を強く抱きしめた。
マライヤさんはウットリとした表情で彼の胸に身を委ねている。
私はそんな二人を直視出来ず、視線を逸らしてしまった。
「私に付き纏ってリシーファを悲しませた挙句、彼女に危害を加え殺そうとするとは、貴女は万死に値します。王族殺害未遂の罪として、今この場で制裁を致しましょう」
ラノウィンは無表情のままそう言葉を発すると、マライヤさんを後ろに下げ、腰に差してある愛剣を鞘から抜いた。
「あ……あぁ……」
私の身体が絶望と恐怖と諦めで雁字搦めに縛られ、一歩も動けないまま、彼が私に向かって剣を構える動作をただ見つめていた。
そして、私の左胸に彼の剣が吸い込まれるように突き刺さり――
――分かってくれると思った。
あんなにずっと一緒にいたのに。
ずっと傍にいたのに。
あんなに私の事を「愛している」と言ってくれていたのに……。
姿や声が変わっても本質は変わらないのだから、彼なら『私』だって気付いてくれると信じていたのに――
(……そう……。そう……なのね……。貴方は、今まで私の外見しか見ていなかったのね……。何が……何が“運命の番”よ……。貴方を信じた私が馬鹿だったわ……)
私の胸を貫いていた剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
その鮮血で塗れた彼の愛剣をぼんやりと見つめながら、私の身体が糸の切れた操り人形のように床へと崩れ落ちた。
……あぁ……神様。
私……天罰がくだるような悪い事なんて何もしてないわよね……?
無事に天の国に昇れるわよね……?
けれど、もし……もしも生まれ変われるとしたら、今度はこの人に一切関わらないで、モフモフの動物達に囲まれながら、穏やかに過ごしたい……わ……。
「……え……?」
その時、朦朧とした頭に、彼の上擦った怪訝な声が入ってきた。
「な……なんで……? ――そ、そんな……。本当に……本当に貴女だったのですか……? り、リシー……」
愛称を呼ばれ、不思議に思いながら顔を上げようとしたけれど、血が流れ過ぎて身体に全く力が入らない。
強制的に瞼を閉じようとする瞳が最期に見たものは、不意に頭から前へ垂れてきた真っ直ぐの水色の髪で。
それは、“私本来”の髪の色で――
(あ……わたし、元に――)
「リ……リシー……リシーファリシーファッ! ……り、リシー……。わ、私は……私は……な、なんてことを……。愛する妻を……この手で……? ――う……ぐぅ……うわああぁぁぁぁッッ!!!」
彼の狂気と絶望が入り混じった慟哭をぼんやりと耳に聞きながら、私の思考はそこで止まり、その意識は永遠に閉ざされていったのだった――
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