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6.狭間での出会い
しおりを挟む気付けば、私はポツンと一人、大きな川の前に突っ立っていた。
周りは草原で、枯れた木がポツポツと生えている。
目の前の川は、流れは早くないけれど、歩いて渡れないくらいに深く、広くて。
その向こうは真っ暗な闇が広がっていて、目を凝らしても見えなかった。
私は、この川を渡って向こう側に行かなくてはいけない気がして、何とか出来ないかキョロキョロと辺りを見回してみた。
すると、ここから少し離れた場所に、小さな舟がこちら側の川岸につけてあって、そこに誰かが乗っているのが見えた。
その誰かは、くたびれた灰色のローブを着てフードを頭から深く被っているので、老若男女の区別がつかない。
手には船を漕ぐ為のパドルを持っていた。
この川の渡し守だろうか。あの人が川の向こう側に連れて行ってくれるのだろうか――
その者がこちらに向かって手招きをしているので、私は舟に乗せて貰えると思い、気持ちが高揚し自然と足をそちらに動かした。
――不意に、私の視界が急に暗くなった。
それが誰かの手だと認識した瞬間、その掌は私の両目を塞ぎ、そのまま後ろにグッと引っ張られた。
「きゃっ……」
バランスを崩して倒れそうになったけれど、背中に壁のようなものが当たり、何とか転倒を防ぐ。
(……? さっきまで壁なんてなかったのに……。しかもこの壁、何だか少し柔らかいような……?)
そこで私は、自分の両目を覆っているのが手だと思い出し、背中に当たっているのは人の身体だと気付いた。
「おい、あっち見んな。勝手にアイツに連れてかれる。アンタがどうしてもいきたいってんなら止めねぇけど」
頭上から、低いけれど心地良いバリトンの声が落ちてきて、私は無意識に後ろへと振り返る。
そこには、長身の男性がいた。
首辺りまで無造作に伸びた珍しい紫色の髪で、毛先が私の髪の色と同じ水色だ。
特徴的なのは、瞳の色だ。切れ長の目は、右目が蒼色、左目が紅色のオッドアイになっている。
顔は美形の部類に入る事は間違いない。
私は彼に目を押さえられ、その身体の前にいたのだ。
「……えっと、どなた様でしょうか……?」
「あ? 自己紹介しなきゃなんねぇのか? ダリぃな……」
男性から溜め息が漏れ、ガシガシと乱暴に頭を掻く。
私は彼から少し離れるとクルリと向き直り、頭を下げた。
「あの……ごめんなさい。言い出しっぺの私からしなきゃでしたね。私は、リシーファ・イドクレースと申します。訳あって、夫に殺された……はずなのですが……。私……どうして――」
「知ってる。それにアンタを責めたワケじゃない。ただ単純にダルかっただけだ」
「え? “知ってる”……?」
「オレはユークリット。ユークリット・ディモルチェ。憐れなアンタの【魂】に“選択”を与える為にここまで来た」
「え……?」
私の頭に疑問符がいくつも付き、説明を求めようとユークリットさんのオッドアイの瞳を見上げる。
私の視線の意図に気付いたユークリットさんは、「あー、ダリぃ」としかめ面で呟きながら、再び頭を乱暴に掻いた。
(……その言葉と仕草、クセなのかしら……)
「ったく、しょうがねぇな……。まず、アンタは確かに殺された。そしてアンタの【魂】がここに来た。ここは、『生と死の狭間』。川を渡った向こう側はあの世だ。あそこにいるアイツは、【魂】をあの世に渡す役割を持ってる。地獄に行くか天国に行くかは、アイツが宣告する」
「……そう……。私……今、【魂】の存在なのね……。この川の向こうがあの世……。川を渡れば、私は“完全に”死んだ事になる……」
ユークリットさんの説明に、己の状況が自然と腑に落ちた自分がいた。
「理解が早くて助かる。アンタは確実に天国に行けるだろうな。【魂】の色が淀みなくキレイだし。けど、アンタの死に方は憐れだ。だからアンタに“選択”を与える。このままアイツの船に乗ってあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
「えっ!? “新たな人生”っ!?」
私は、ユークリットさんの思いもしなかった発言に素っ頓狂な叫びを上げた。
「あぁ。アンタの【魂】を別の誰かに『憑依』させるんだよ。だから姿はアンタじゃなくなるが、新しい人生を過ごせる」
「……あの……ユークリットさん。私の本来の身体にはもう戻れないのですか……?」
私は一縷の望みを持ってユークリットさんに問い掛けたけれど、返ってきたのはやはり“肯定”だった。
「あぁ、アンタの身体はもう死んでるから無理だ。【魂】は死んでる身体には決して入れない」
「そう、ですか……。だとすると、生きている人に【魂】を入れて憑依するのですよね? そうしたら、元の人の【魂】はどこへいくのですか……?」
「早速そこに気付いたか。アンタなかなか聡いな。まず、生きる希望を持ったヤツには憑依出来ない。そういうヤツの身体は霊的な防壁に包まれていて弾かれてしまうからかな。憑依出来るのは、人生に絶望したヤツ――死にたいと強く願っているヤツの身体の中だ」
「え……」
「憑依しても、元の【魂】は身体の中に残る。ただ一切表に出て来ないだけだ。死にたいと思ってるから、防壁を作らず喜んでその身体を明け渡して、本人の【魂】は隅の方で縮こまってんだろ」
「……そう……なんですか……」
(一つの身体の中に二つの【魂】が共存する、か……。何だか不思議ね。他人の身体に憑依出来る事自体が不思議でとんでもない話だけれど……)
「で、どうする? 大人しくこのまま天国に逝くか、別のヤツの身体で新しい人生を始めるか」
私はユークリットさんのその問いに、ハッキリと言い放った。
「生きて、別の人生を歩みます。天の国にいけるとしても、このまま死ぬなんて理不尽で悔しいもの。私、まだ生きていたい。出来ればあの人のいない遠くの場所で、のんびり気ままに暮らしたいわ……」
「決断が早いな、悪くないぜ。言っておくが、どの時代のどの場所になるかは分からねぇ。ヤツの動き次第だ」
「“ヤツ”……?」
首を傾げた私に、ユークリットさんは少し焦ったように頭を軽く左右に振った。
「いや、こっちの事だ。気にすんな」
「……? はい、分かりました。――あの、ユークリットさん。貴方は一体何者なのですか……? こんな場所に普通に来て、そんな事が出来るなんて、只者じゃありませんよね? どこかの神様か仙人様ですか……?」
今は【魂】だけの存在だから分かるのかもだけど、彼からは何だか強大で不思議な気配を感じるのだ。
「ははっ、そんなんじゃねぇよ。オレはただの……しがない魔術師さ」
ユークリットさんは瞳を細め、口の端を持ち上げて返す。
すると、不意に真剣な顔つきに変わったユークリットさんは、バッと灰色の空を見上げた。
「……動いた、か。時代と場所は――そこか。覚悟はいいか。始めるぞ」
「えっ? あっ、はい、よろしくお願いします。――あの、ユークリットさんにはまた会えますか……?」
「あ? さぁな、縁があればまた会えるだろ。望みは薄いけどな。――ったく、この術詠唱がクソ長ぇんだよな。あーダリぃ」
ユークリットさんは頭をガシガシと掻くと、私の額にその大きな手をかざした。
目を閉じた彼の口から呪文のような言葉が流暢に流れ始めると、私の身体が少しずつ虹色に光り始め――
そこで再び、私の意識はプツリと途絶えたのだった。
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