最愛の番に殺された獣王妃

望月 或

文字の大きさ
24 / 42

23.さようなら、愛しい人

しおりを挟む



 エレスチャル公爵邸への帰路に就く間、ユークは何も言葉を発さなかった。
 誰とも話す気分じゃなかった私には有り難く、馬車に乗っている間ずっと目を閉じ、次々と浮かぶ様々な思考を無理矢理奥に押し留めていた。


 公爵邸に着いた私は、メイド達への挨拶もそこそこに自分の部屋へと足を進め、中に入ったと同時にベッドにボフッと寝転がった。


「……良かったのか?」


 寝転んだ拍子に頭から離れポフンとベッドに落ちたユークは、トテトテと私の傍まで来ると、その一言だけ訊いてきた。


「えぇ」
「…………」


 私の短い返答に目の間に皺を寄せ、納得していない様子のルークに苦笑を返す。


「……正直……ね。正直に言うと、一緒について行きたかった。あの人に再び会って気付いたわ。私、まだあの人の事が好きなのよ。あんな事があっても、私……あの人の事をまだ愛しているのよ……」


 私の意思とは関係なく、瞳から涙が滲み出てくる。


「私の外見と匂いしか見てくれなくても、人を沢山殺めてしまっても、未だにあの人の事が好きなの。……ふふっ、本当に厄介よね、この気持ちって。一度本気で愛してしまったら、簡単に切り捨てる事が出来ない。悪い所や駄目な所を並び立てても、あれこれ必死に否定しても、あの眩しい笑顔を……優しいあの人の姿を思い浮かべてしまったら、結局『好き』に戻ってくるのよ……」
「…………」



 ……そう。
 彼を愛しているから。
 彼も同じくらい私の事を愛していると信じていたから。


 逆の立場だったら、姿が違っても彼の事が分かる自信があった。
 彼のちょっとした仕草、言い方、笑い方、私の名前を呼ぶ時の声のトーン……全て覚えているから。


 だからあの時、姿が変わっても『私』だって気付いてくれると思った。
 私の事を愛しているのなら、すぐに気付いてくれるって……。

 でもそれは、最悪の形で裏切られてしまった。
 私への愛は『私』自身じゃない、『“番”である私』に向けられたものなのだと気付かされてしまった。


 ……それでも……
 それでもまだ私は、彼の事を――



「……けど……けどね、この身体はリシィのものよ。私ではないわ。リシィには自分の幸せを掴んで欲しい。あの人についていったら、必ず苦労や困難が待ち受けているわ。殺人者な上、国に追われる立場だもの。私の気持ちを優先して、彼女を不幸にさせるわけにはいかないわ。だから……あの人に会うのは、あれで“最後”よ」


 私はゆっくりと起き上がると、ベッドの端に座り、俯く。ベッドを涙でグシャグシャにはしたくなかったからだ。
 涙が次から次へと溢れ、止まってくれない。


「……アンタはそうやって、いつも他人の事ばかりだな。バカの一つ覚えみてぇに」
「……悪かったわね、馬鹿で」
「――ったく」


 ユークの溜め息が聞こえたと同時に、ポンッという音と共に白い煙が吹き出した。


「えっ?」


 疑問の声を上げるや否や、私の上半身はヒンヤリとした何かに包まれていた。
 人間の姿に戻ったユークが、私を両腕で抱きしめていたのだ。


「ユーク――ユークリットさんっ?」
「今更。そんままでいい」


 慌てる私の後頭部に大きな手が添えられ、私の顔はユークの胸にグイッと押し当てられる。


「……オレは女の扱いなんて知らねぇから、アンタを慰める気の利いた言葉なんて言えねぇし、言ってる自分を想像するとウザってぇし気持ちワリィし吐くし」
「えっ? あ……ううん、いいのよ、そんな……無理に言わなくても」


(女の扱いを知らない……? ユーク、誰もが振り返るほどの美形なのに今まで恋人がいなかったって事かしら。信じられないわ……あ、もしかして原因はその口の悪さ? 女を女として扱わないデリカシーのなさ? うん、それなら納得がいくかも)


「……おい。今何かすっげー腹立つコト考えなかったか」
「え、えぇっ!? そっ、そそそんな事ないわよっ!?」


(何で分かるのっ? 勘が鋭過ぎないっ!?)


「……怪しさ全開じゃねぇか」
「あ、あははは……」
「ともかく、オレはそんくらい人を好きになった事はねぇからアンタの気持ちには寄り添えねぇが、胸を貸すくらいは出来る。アンタん中にあるグチャグチャなモン流し切るまで泣きゃ、少しはスッキリするだろ」
「……ユーク……」


 ユークの不器用な優しさが胸に染み、彼との会話で止まっていた涙がまた零れ出てきた。


「ありがとう、ユーク……」
「……あぁ」
「……あの……ユーク?」
「んだよ」
「鼻水ついちゃうけどいい?」
「は!? よくねーよ! 出すなよ! かめよ!!」
「貴方も知っての通り、涙と鼻水は切っても切れない関係なのよ。――あ、もうついちゃったから諦めて」
「はぁ!? 知らねーよそんなん! てかついたのかよ!? きたねーなオイ!!」


 今までになくツッコミが激しいユークは、きっと照れているんだろうなと思った。
 汚いという割には私の後頭部がユークの手でガッシリと押さえられてて、そんな彼の顔を見られないのが残念だけど。


「……ごめんね、ユーク。今度はうるさくなるわ」
「……それは……別にいい。気にすんな」
「ふふっ、ありがと……」


 私はユークの胸の中で、年甲斐もなく声を上げて泣いた。
 そんな私の頭を、ユークはぎこちない手つきで撫でてくれて。



(さようなら、愛しい人レオ……)



 沢山泣いて泣いて、あの人への気持ちも一緒に流れ出るように願ったのだった――






 ――二週間後。
 私とユークが神殿の最奥に着くと、そこには誰もおらず、シンと静かな空間が広がっていて。



 真っ二つに綺麗に割れ、宝石も砕けている首輪と、空になった食糧の袋だけが、あの人は確かにここにいたと主張するかのように床に落ちていたのだった――




しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞
恋愛
「おいで」と優しく差し伸べられた手をとってしまったのが、そもそもの間違いだった。 何故、あのときの私は、それに縋ってしまったのか。 生まれ変わった今、再びあの男と対峙し、後悔と共に苦い思い出が蘇った。 「我が番よ、どうかこの手を取ってほしい」 過去とまったく同じ台詞、まったく同じ、焦がれるような表情。 まるであのときまで遡ったようだと錯覚させられるほどに。

処理中です...