最愛の番に殺された獣王妃

望月 或

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35.またな

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「……二人共、いっちゃったわね……」
「あぁ……。――なぁ、もっとクローザムに罵声や怒声浴びせても良かったんだぜ? ブン殴っても捻り上げても弱点蹴飛ばしても良かったんだ。アンタにはその権利が十分にあった」
「ふふ、そうね……。次にもし会えたら……そうするわ」


 夕刻の中、私とユークは、クローザムさん達が消えていった虚空を見つめていた。
 そっとユークの方に視線を向け見上げると、彼は切なそうな、悲しそうな、安心したような――色んなものが入り混じった表情で一点を見ている。

 彼に再び声を掛けようか掛けまいか躊躇していたその時、後ろから草を踏みしめる音が聞こえ、私達は同時に振り向いた。

 そこにいたのは、全く予期せぬ人物だった。


「え……ラノウィンッ!?」


 人間姿のラノウィンが、儚い表情を浮かべそこに立っていたのだ。
 頭の黒耳は垂れ下がり、フサフサな尻尾もダランと地面に向いている。


「な……、何で……? どうして貴方がここに……?」
「……神殿を出た後、この国を離れたのですが、やはり貴女の事が気になって……。貴女は神殿で、『あの時』の事をまるで目の前で見ていたかのように話しました。貴女は『リシーファ』ではないのに……。それが引っ掛かり、戻って気配を消して貴女の様子を遠目から見ていたんです」
「私を見ていた……?」


(という事は、最近感じていた視線の正体はラノウィンだったのね……!)


「貴女は……『リシィ』という女性ではない。『リシーファ』ですね」


 確信を得たような揺るぎない声音に、私は誤魔化せない事を悟り、観念して頷いた。


「えぇ、そうよ。隠していてごめんなさい。けれど身体は『リシィ』のものなの。私は【魂】のみの存在で、彼女の身体を借りているだけ。彼女の【魂】もちゃんとこの中にいるわ。いずれは彼女に身体を返さなきゃいけないから、貴方と一緒に行けない事実は変わらないわ」
「……そう、ですか……」


 ラノウィンが私のすぐ斜め前にいるユークをチラリと見る。
 ユークはいつの間にか、私を守るようにして立っていた。
 そんな彼を見るラノウィンの眼差しに剣呑な色が浮かんだように見えたのは、私の気の所為だろうか。

 ラノウィンはフッと視線を外すと、その目線を私の手元に向けた。


「……リシーファ。一つだけ、お願いを聞いてくれますか。それを聞いてくれたら、私は大人しくこの国を去り、遥か遠くへと向かいます」
「お願いの内容にもよるけど……言ってみて」
「私達が住んでいた国、イドクレースの王城があった場所に来て欲しいんです。国民はもう誰もいませんが、王国に張っていた結界を張り直したので魔物もいません。ここからだと、馬車を使えば三日で着くはずです。貴女が到着する頃合いを見て、私はそこで待っています。貴女一人で来て下さい。……来てくれる事を切に願っています」


 ラノウィンは儚い表情のままそう告げると、クルリと背を向け丘を降りていった。


「……行くのか?」


 遠ざかるラノウィンの背中を見送っていると、ユークが静かに声を掛けてきた。


「……えぇ、行くわ。もしも彼がまだ私の事を引き摺っているのなら、二人の関係をキッパリ終わらせなきゃ。……私の為にも、リシィの為にも」
「……そうか。アンタがそう決めたんなら、それでいいと思うぜ。オレもついていきたかったが、残念ながら無理そうだ」
「え?」


 ユークが言い終わった刹那、彼の身体全体が淡く白い光で包まれる。


「ユーク……!?」
「前に、オレ自身に秘術を掛けていると話したよな? それは、己の心からの“願い”を果たす為に使う禁断の術で、魔力の大幅な増幅と属性関係なしの魔術取得の『対価』として、己の願いを叶えたと同時に【命】を神に捧げるものだ」
「え――」


(【命】を……捧げる……? それって――)


「秘術を使った時点で、オレの【命】は半分神に捧げられていた。だからアンタの【魂】がいた『生と死の狭間』にも行けたんだ」
「……それは……貴方の半分が“死者”だったから……?」
「まぁ……そんな感じだ」


 私の震える声音の質問に、ユークは苦笑して頷く。


(だから……いつもあんなに体温が低かったの……?)


「オレの願いは、アイツの――クローザムの“復讐”を止める事だった。その願いが果たされた今、オレの【命】は全て神に捧げられる事になる」
「……そんな……!」


 私は大きく首を左右に振ると、思わずユークの腕を掴んでしまった。


「そんなのってないわ! 貴方は何も悪い事なんてしていないのに……! 何とか……何とか出来ないの!?」
「秘術を実行してしまった時点で、この結末は変えられない。オレもそれを十分承知の上で使ったからな。あん時はアイツを止める為ならオレの【命】なんてどうでも良かった。お袋も親父もいないし、大切な人もいない。この世に未練も何もなかったからな。けど――」


 ユークは言葉を切ると、不意に私の身体を引き寄せ、強く抱きしめてきた。
 彼の体温は相変わらずの冷たさで、私は無意識に身体を震わせる。


「出来ちまったなぁ……“未練”。死にたくねぇなぁ……。離れたくねぇなぁ……。もっとアンタと……バカやりたかったなぁ……」


 痛いほどきつく抱きしめられ、掠れた声で囁かれた言葉は、彼の心からの“願い”に聞こえて。
 堪らず、私の両目からドッと涙が溢れ出した。


「……いや、そんなのいやよ……。ユーク、いかないで……」
「……ごめんな。だからさ、生まれ変わったら、オレはアンタとずっと一緒にいるよ。アンタが断ろうがイヤだって言おうが絶対離れてやんねぇ」
「そんな事……言わないわ……。でも、神様に【命】を捧げるって……。神様のものになるんでしょう……? だから生まれ変われないんじゃ――」
「はっ、そんなん神に直談判するぜ。『つべこべ言わずオレをさっさと生まれ変わらせろ!』ってさ」
「……そんな……バチ当たりな事出来るの、貴方だけよ……」


 ニヤリと不敵に口の端を持ち上げるユーク。
 彼を包み込む白の光が徐々に大きくなっていく。


「リシーファ」


 ユークは私の名を呼び徐ろに腰を屈めると、私の額に唇を寄せ、そっと落とした。
 ヒンヤリとした彼の唇なのに、口付けされた額の部分はとても熱くて。


「え……?」
「アンタに【印】を付けた。これでオレが生まれ変わっても、迷わずアンタのもとにいける。そう遠くない先で会えると思うぜ。約束するよ。――だからさ、そんなに泣くなよ。涙と鼻水でひっでー顔になってるぜ、ったく」


 苦笑するユークに、私の身体が深く抱きしめられる。


「アンタの温もりさ、すっげー気持ち良かったよ。まるで……」
「まるで……?」
「……いや……時間切れだ。オレに逢うまで元気でいろよ。――またな、リシーファ」


 ……最期に見せたユークの笑顔は、太陽のように眩しくて。

 そして、薄暮の空間に眩い白の光が溢れ――


 その光が収まる頃、ユークの姿はどこにもなくて――



 自分の肌に確かに残るユークの感触を感じながら、私は人目憚らず声を上げて泣き続けたのだった……。



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