人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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18.受け入れられないモノ、紛れもないモノ ◇

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「貴女の妹は、夜、川に落ちて溺れたらしく……朝方発見されたんです。自分で落ちたのか、それとも誰かに落とされたのかは、未だ目撃者は見つからず、今も調査中です。俺は貴女の話を聞いて、“主犯者”がこの事件の証拠隠滅を図る為、彼女を呼び出し川に落として亡き者にしようとしたと考えましたが、憶測なので大きな声では言えません。今の所、彼女に命の危険は無いそうですので、一先ずは安心して下さい」


 ゼベク卿の言葉を耳に聞きながら、私は自分の家族に想いを馳せていた。


(……そんな……カトレーダが……。お父様とお母様は大丈夫かしら……。私が“人形”になって、あの子が“意識不明”だなんて……。お父様達、思い詰めていなければいいけど……)


「――エウロペア様。陛下にはこの件、お伝えしますか?」


 ゼベク卿のその問いに、私はすぐに左右に頭を振った。彼はそれに苦笑をする。


「そうですね、俺もその方がいいと思います。貴女が絡んでいると、アイツはてんで馬鹿になりますから。早く解決したい余りに、証拠も見つかっていない状態で主犯の容疑者にビシッと指差して『犯人はお前だっ!』とか言い出しそうですし。ある程度の確実な証拠を掴んでから伝えた方がいいですね」


(い、言いそう……。リオならドヤッとした顔で言いそう……!)


 私はそれにコクコクと頷く。ゼベク卿はそんな私に苦笑いの顔のまま、直球の質問を投げてきた。


「エウロペア様。アイツが……陛下が赦せませんか?」


(……っ)


 私はその問い掛けに一瞬身体を固まらせ……俯いた。


 そう……。リオーシュはきっと悪くない。中庭での彼とカトレーダの口付けも、あの子が無理矢理彼にしたのだろう。
 不貞の件だって、強力な『媚薬』が使われたのなら仕方の無い事だ。

 そう……。仕方の無い事……なのに……。


 ……私が無事元に戻って、彼を赦したとしても。
 今後、彼が私を抱こうとする度にカトレーダとの不貞を思い出し、あの夜のように激しく拒否をしてしまう私が容易に想像出来る……。


 彼は毎回自分を拒絶する私に、深く傷付くに違いない……。


 ――不意に、私の頭が温かく大きなもので包み込まれた。
 ゼベク卿がしゃがみ込み、小さく笑みを浮かべながら、私の頭をその大きな手で優しく撫でる。


「……そうですよね、全てを受け入れられませんよね。アイツがしてしまった事は、『媚薬』の所為とはいえ、赦し難いものです。けれど、アイツは貴女を本気で想っている。その事は紛れもない事実だと、心の片隅に留めておいて下さい」


 ゼベク卿の掌から、私を労る優しい温かさが伝わってきた。


「貴女の事は……アイツには言わない方がいいですね。知られたら最後、貴女を四六時中離さないのは確実ですし。公務にまで連れて行くに決まってます。人に会う時も普通に自分の隣に貴女を座らせそうですね。それで相手の話はしっかり聴きつつ正確に返答しつつも隙を狙って貴女を盗み見ては顔を緩めてニヤニヤしてそうです。陛下の沽券に関わりますし、俺は絶対に言いませんので御安心を」


(そっ、そこまでっ!? に、ニヤニヤって……。ゼベク卿の中でリオはどんな変態になってるのよっ)


「それに、これは万が一ですが……。最悪、貴女は一生その人形の中という可能性もあります。それを一度でも考えてしまったら、今のアイツは現実に耐えられなくなる。これ以上の絶望を、今の危ういアイツに味わわせてはいけない」


(……そう……そうよ。その可能性もあるんだわ……)


「勿論、貴女を元に戻す方法も引き続き調べます。だから気落ちしないで下さいね」


 立ち上がり、元気つけるようにニッと笑うゼベク卿に、私は申し訳無い思いで一杯になった。


(私の所為で、ゼベク卿には沢山の負担を掛けてしまって申し訳無いわ……)


 謝罪の意を込めて頭を深々と下げると、彼は驚いた顔をした後、「ふはっ」と破顔した。


「申し訳無いなんて思わなくていいんですよ。俺は陛下に“幸せ”になって貰いたいんです。勿論、陛下を支えてくれる貴女にも。その為に俺は陛下の傍にいるし、こうして動いている。全然苦じゃ無いし、気にしないで下さい」


 ゼベク卿は笑いながらそう言うと、リーエちゃんの胴体をひょいと手で掴んで自分の肩の上に座らせた。


「この本、俺にも読ませて下さい。何か参考になりそうですし。後で貴女にお返ししますね。――さて、戻りましょうか。もしも陛下が貴女の部屋に来ていたら、人形が無くなっている事を変に思うかもしれません」


 ゼベク卿は、何時の間にか閉めていた物置庫の扉を開け、廊下に出た。
 彼は高身長なので、肩の上からだとすごく見晴らしがいい。けれど……


(歩く度に揺れて落っこちそう……! 少しは手で支えてくれたっていいじゃない!?)


 ゼベク卿は、私を肩に座らせただけで支えてはいなかったので、思わず彼の頭に両手を回してしがみついてしまった。
 それを横目で見ると、彼は「くはっ」と可笑しそうに笑い、ボソッと独りごちる。


「やば、柔らかいし仕草可愛いし頭撫でまくりてぇ。娘がいる父親ってこんな気持ちになんのかな」



(私は貴方の娘になんてならないわよっ!?)




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