人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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19.二人、別れようとも ◇

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 私達が部屋に戻ると、リオーシュが本体の私の様子を見に来ていた。
 リオーシュは、ゼベク卿の肩の上に座るリーエちゃんに気が付くと、軽く目を瞠る。


「ゼベク、何でリーエを肩に乗せてるんだ?」
「いや、このお人形さんが散歩に行きたそうにこっちを見てきたからさ。一緒に連れて廊下を一周りしてきた」
「――ははっ、そうか。ありがとう」


 リオーシュは、私が付けた名前をちゃんと呼んでくれるし、ゼベク卿の無茶苦茶な言い分にも馬鹿にせず面白そうに笑う。
 そんな所が、私が彼と一緒になってから好きになった内の一つだ。


「お前、少し寝た方がいいぞ。今日は特に目の隈が酷ぇじゃねぇか」
「あぁ……。そうだな……」


 リーエちゃんを棚の上に戻しながら顔を顰めるゼベク卿に、リオーシュは力無く微笑して頷くと、本体の私の頬を撫でた。


「……ロアがこうなってから、もう三ヶ月は経つ。これまで城の書庫や王の部屋、執務室の書物を片っ端から調べたが、全く手掛かりが見つからなかった。過去に同じ事例は必ずある筈なのに……。この王国の歴史は古い。長い刻の中で、一度もこういう事が無かったなんてある筈がないんだ」
「あぁ、そうなんだよ。おかしいよな? まるでその関連の書物だけをかのような――」


 そこで、ハッとしたようにゼベク卿は口を閉ざす。
 私は即座に彼が考えた事が分かった。

 本体の私が元に戻るのが都合の悪い人物。
 恐らくその人が関連の書物を隠したのだ。


 カトレーダに媚薬を渡した“主犯者”が――


 私がゼベク卿をチラリと盗み見ると、こちらを見ていた彼と目が合い――フイッと顔を逸らされた。
 

(自分は何も気付きませんでしたよ、だから貴女も何も気付いてないですよね? ってとこかしら。――残念でした、もう遅いわっ!)


「……どうした? ゼベク」
「あ、いや……何でもない。兎に角だ、お前は休め。今日は急ぎの公務は無いだろ? お前が倒れたら色々と面倒だからな。エウロペア様の温もりが無いと眠れないなら、彼女の隣を借りて寝ろ、今すぐに」

(え、私の……?)

「あぁ……。じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ仮眠しようかな」


 リオーシュは濃い隈が浮かぶ目を瞑り小さく息を吐くと、ベッドに上がり本体の私の隣で横になった。


「ちゃんと寝ろよ。俺はまた色々調べてくるから」
「あぁ……頼む。ありがとう」


 ゼベク卿が棚の横を通り過ぎる――と思ったら、突然ズイッとリーエちゃんに顔を近付けてきた。
 リオーシュに負けない整った美形の顔立ちが間近にあって、私は内心ドキリとする。


「余計な真似は絶対にしないで下さいね」


 ゼベク卿が私にしか聞こえない程の小声で囁く。
 先程の彼と同じようにフイッと顔を逸らしたら、両頬を手で挟まれてグイッと顔を戻され、彼にジト目で睨まれた。


「し・な・い・で・く・だ・さ・い・ね?」


(ヒッ! 切れ長の黒目で睨まれると相変わらず迫力が凄い……っ! それに私、一応王妃なんですけどっ!? 睨むって不敬じゃない!?)


 息をつきながらゼベク卿が出て行くと、部屋の中にシンとした清寂が訪れる。


(リオ……眠ったのかしら)


 リオーシュは、本体の私の方に顔を向け動かない。
 気になった私は、棚からえいやっと飛び降り、床にポフンと転がった。
 リオーシュが動く気配が無いのを確認して起き上がるとベッドに走り寄り、せいやっと精一杯跳躍をする。
 そしてシーツに何とか捕まると、よじよじと登ってベッドの上まで来た。

 リオーシュは、小さな寝息を立てて眠っていた。
 本体の私の身体に顔を寄せて、額をくっつけて。


(……こんなにすぐ寝るなんて……。私の気配にも気付かないし、余程眠たかったのね……。そうよね、だって朝方まで涙流して懺悔していたもの……)


 私はリオーシュの枕元に四つん這いで近寄ると、ちょこんと正座して彼の頭を優しく撫でる。


「……ロア……」


 すると、リオーシュが私の名前を呟き、フッと口元が緩んだ。


(良い夢でも見ているのかしら……。せめて夢の中では少しでも安らげますように……)



 私はこの状況を作った“主犯者”に、強く激しい憤りを感じていた。正直言うと憎んですらいる。
 カトレーダに対しては複雑な思いだ。私とずっと一緒にいる為に、“奴”の計画に乗ってしまったのだから。

 けれど動機が何であれ、これは立派な『罪』だ。『罪』を犯したら“罰”を受けなくてはいけない。


 カトレーダは私と違って、昔から甘え上手だった。
 あの厳格な父でさえもカトレーダには弱く、彼女は今まで周りに甘えながら特に苦労もせずにやってきたのだ。
 今回の事件も、深く考えもせずに誘いを受けたのだろう。

 『媚薬』の恐ろしさも何も知らずに――

 意識を取り戻した後、今回の事件を重く顧みて、深く反省して欲しいと切に願う……。

 
 ………………。


 ――きっと……私が元に戻っても、リオーシュとは前みたいな関係に戻れないだろう。
 こんなに私を愛してくれる彼は、私の妹を抱いた事をずっと自責するだろうし、私も『媚薬』の所為とはいえ、彼が私の妹と不貞した事がずっと心に引っ掛かると思う。

 お互いが気まずい思いで相手の心を探り合う毎日がずっと続けば、心身共に疲労し、近い内に二人の関係に亀裂が入るのは間違いない。


 ……そして二人はいずれ、“別れ”を選択するだろう。


 それに……事件が解決すれば、妹は『媚薬』を使用した者として捕まる事になる。
 家族に捕縛者が出たら、この国の王妃を続ける事は出来ない。


 だからどのみち、リオーシュとは別れる事になる……。



 ――それでも。


 二人……別れても。
 別々の道を歩み、もう会う事がなくても。


 お互いが傷を癒し、『前』を向いて進む為に、この事件は絶対に解決したい。
 そして私達をこんな目に遭わせた“奴”を、思いっ切りぶん殴って捕まえてやるんだから……!!

 ……それで、が悲しむとしても……私は揺るがない。
 『罪』はきちんと償わなければいけないんだ。

 “奴”がカトレーダを川に落として殺めようとしたのなら、尚更。


 ――だから私は、私の出来る事をする。


 私にしか出来ない事、それは――



(“奴”の部屋にコッソリと忍び込んで、私を治す関連の書物を見つけ出す事よっ!)




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