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20.【忍び込み大作戦】決行 ◇
しおりを挟む私はリオーシュの空色の髪を撫でながら、思考を続ける。
問題は、どうやって忍び込むか……。
人間だったら難しかったと思うけど、私の今の姿は人形なのだ。小さくて隠れ易いし、足音もしないし、大丈夫、きっと出来る……!
忍び込む方法は……どうしようか。
奴の部屋は、奴の外出中は絶対に鍵が掛かっている。
部屋の清掃も、奴が在室中にしかする事が出来ないのだ。
奴に見張られながらの清掃は、身が縮む思いで一杯に違いない……。担当の侍女に深い同情を寄せるわ……。
そんな奴の部屋に忍び込むのは容易ではないだろう。
奴の部屋の前で、扉が開くのをずっと待ってる?
……ううん、そんなの駄目だわ。部屋の前だと隠れる場所が無いもの。
廊下の角に隠れたとして、扉が開いて飛び出しても間に合わないし、確実に見つかってしまう。
それに、開くのはいつの時間になるか分からない。待っている間、私がいない事に気付き探しに来たゼベク卿に捕まってしまうのがオチだわ……。
あぁ……。毎回決まった時間に扉が開いてくれれば――
そこで私は『ある事』を思い出し、顔をバッと持ち上げた。
(――あっ! そうよ、あったわ! あったあった!!)
奴はいつも自分の部屋で昼食を食べるのだ。お城の料理人が作ったものを。
その料理は、侍女がワゴンで部屋まで運んでいる。料理には、塵や埃が入らないように大きな布が被せられているのだ。ワゴン全体を覆い隠す程の布を。
(そのワゴンにこっそり忍び込めば、奴の部屋に入れる……!)
「う……」
一筋の希望の光が差し込んだ時、リオーシュが微かに呻き、ゆっくりと目を開けた。
(――えっ!? もう起きたの!? 考えに熱中していて……結構時間経っちゃってた!? 今動いたら絶対に気付かれてしまうし、このまま固まっているしかない……っ)
「ん……? リーエ……?」
リオーシュは、自分の頭に手を乗せているリーエちゃんを見ると目を見開いた。
「ゼベクが置いていったのか? ――ははっ、君だったのか。夢の中で、ロアに膝枕をして貰って頭や髪を撫でられていたんだ。それがとても気持ち良くて……。お蔭でよく眠れたよ。ありがとう」
(ひ、膝枕っ!? リオの願望かしら……)
リオーシュは目を細めて微笑むと、リーエちゃんを抱えて立ち上がり、棚の上に戻す。その頭を優しく撫でると、部屋を出て行った。
目の下の隈は、少し薄くなっていたようだ。
私はリオーシュの儚げな微笑みを見て、決意を新たにする。
(リオ……。必ずこの事件を解決するから。そして貴方を、『懺悔』と『後悔』から解放してあげるわ。私が、貴方から離れて――)
********
ゼベク卿が外出する日と、奴がお昼過ぎに外出する日を狙って、私は【忍び込み大作戦】を決行する事にした。
本体の私がああなってから、リオーシュは毎朝私の部屋で重鎮達の日程を確認しているのだ。
――そして、運良くすぐに『その日』はやってきた。
私は前のように、リーデルが部屋に入ってきたと同時に抜け出し、厨房に向かって駆け出した。
周りに警戒しながら無事に辿り着いた私は、隅の方に身を隠し、お昼になるのを待つ。
「――じゃあこれ、宰相殿の分だ。あの方は厳しいから、粗相の無いようにな。頼んだぞ」
「はーい、分かりましたぁー」
「……本当に大丈夫か?」
侍女が料理をワゴンに乗せ、布を被せる。彼女が料理長と話している隙に、私は走り寄るとサッと布をめくり、ワゴンの下に乗り込んだ。
二人の話が終わり、ワゴンが動き始めた。
主犯の容疑者――フォアレゼン公爵の部屋へと向かっているのだ。
暫くすると、ワゴンが止まった。コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
部屋の中から返事が聞こえた後、「失礼致します」の侍女の声と共にカチャリと扉が開かれる音がし、ワゴンが再び動き出す。
ワゴンが止まり、「お食事をお持ち致しました」と、緊張気味な侍女の声が上から聞こえた。
私はそっと布をめくり、侍女がフォアレゼン公爵の方へ目を向けているのを確認すると、急いでワゴンから飛び出す。
二人の死角になる場所を屈みながら走り、近くの棚の陰に隠れた。
(う、上手くいったわ……っ!)
心情的には心臓バックバク、背筋に汗が放出状態だ。
「そこのテーブルに置いて下さい」
「畏まりました」
侍女は食事をテーブルの上にセッティングし、一礼をして部屋から出て行った。
扉が閉まった後、フォアレゼン公爵は執務椅子からソファへ移動し、食事を取り始める。
すると、徐ろに息を吐いてポツリと呟いた。
「全く、陛下の強情ぶりには困ったものですね……。あんな役に立たない王妃なんてさっさと捨てれば良いものを。我が娘より器量が悪くて成績も悪くて性格も気が強いのに、それのどこがいいんだか。陛下の趣味を疑いますよ」
(はぁっ!? 何ですって!? 聞き捨てならないわよそれはっ! 言ってる事が全部間違っていないのが悔しいけれどっ!)
「けど、それももうすぐ終わり……。あの方が直に動くでしょう。使えるものは使わないと損ですからね」
(……? 一体何の事を言っているのかしら……? “あの方”……? まさか他に『協力者』がいるの……? それとも、その人が“主犯者”……?)
心の中で疑問符を浮かべていると、食べ終わったフォアレゼン公爵は、鈴を鳴らして扉の前で待機していた侍女を呼び、食事を片付けさせた。
侍女が退室した後、フォアレゼン公爵は外出の準備をし、扉を開けて出て行く。
そしてすぐに扉の鍵が掛けられる音がした。
(……考えるのは後よ。今は公爵が帰って来る前に当初の目的を果たさないと! それで扉のすぐ横で待っていて、公爵が扉を開けたと同時に外に飛び出せばきっと逃げられるわ!)
公爵が戻って来る気配が無いのを確認すると、私は行動を開始した。
まずは本棚を一通り見てみる。……それらしきものは無いようだ。
(……となると、執務机の引き出しの中かしら)
私は執務椅子をよいせよいせとよじ登り、一番広い引き出しを開けてみる。……無い。
次は横にある上段の引き出し。……ここにも無い。
(引き出しに鍵が掛かってなくて良かったわ……。彼がいない時は部屋に鍵を掛けているから、それで安心しているのかしら。まさか人形が忍び込むとは思ってもみなかったでしょ。フフン、迂闊だったわね、公爵)
続けて中段の引き出しを開けると、奥の方に、一冊の古びた手書きの書物が入っていた。
(あったわ、それらしきものが! きっとこれよ! もうっ、やっぱり隠してたのね……!)
歓喜に打ち震えつつ、私はその書物をよいせよいせと取り出して、机の上に置く。
そして自分も机に乗り、何も書かれていない表紙を開くと目を通し始めた。
(うぅっ、人形の手だから頁が掴みにくいわ……)
私はもどかしさを感じながらも、少しずつ読み進めていく。
(……まぁ……そうだったの……。でもこれは……今の私では――)
すると、廊下からカツカツとこちらに近付く足音が聞こえてくるのに気が付いた。
(えっ!? もう帰ってきたの!? もしかして私、時間を忘れて没頭して読んじゃってた……!? ――って、つい最近にも似たような事があったわね!? 学習してよ私っ!)
慌てて椅子に飛び乗り、書物を引き出しの奥に戻すが、扉まで走る時間が無い。
その上、自分が隠れる時間も無い。
そして無情にも、部屋の扉がガチャリと開かれてしまった――
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