23 / 44
22.捜査は行き詰まり ◇
しおりを挟むフォアレゼン公爵が“主犯者”だという尻尾は、やはりなかなか掴めなかった。
城の重鎮は職務を終えた後、国王に『日報』を提出する義務がある。
ゼベクが国王であるリオーシュに『日報』閲覧の許可を貰い、私とリオーシュが結婚してからの公爵の『日報』を確認しても、カトレーダと会っていたと思われる用事が何処にも無いのだ。
外出の用件も、他の者の『日報』と照らし合わせると辻褄が合っているし、怪しい点が見つからない。
それならば、公爵が休暇の時にカトレーダと会ったのかもしれない。
確認の為、ゼベクがシルヴィス侯爵家に赴き、お父様とお母様を安心させる点も含めて、カトレーダが唆されてリオーシュを誘惑した可能性がある旨を伝え、私が結婚した後の彼女の動向を訊いてみた。
お父様とお母様が言うには、カトレーダはいつも通りで、外出も「友達と会ってくる」や「買い物行ってくる」と、笑顔で楽しそうに出掛けて行って、不審な点は特に見当たらなかったそうだ。
もし公爵と会う約束をしていたなら、彼女は公爵と話した事も無いし、倍以上歳の離れた男性と二人きりで会うとなると、天真爛漫な彼女でも緊張して笑顔なんて出ないだろう。
それに妹はすぐ顔に出るので、暗い表情をしていれば、お父様達もいつもと違う事に気が付く筈だ。
「……簡単に尻尾を掴ませてくれないと思ってはいましたが、やはり手強いですね」
私の部屋にゼベクが訪れ、これまでの進捗状況と、公爵の証拠集めが難航している事を聞かされる。
何故か私はゼベクが来て早々、彼の肩の上に乗せられていた。
(何なの? また父親気分を味わいたいとか? ――あ、父親と言えば、お父様とお母様の様子はどうだったのかしら……? 落ち込んでなければいいのだけど……)
私が両親の事を考えていると、ゼベクがふと思い出したように口を開いた。
「そうそう、貴女の御両親ですが、落ち込んでる様子は見受けられませんでしたよ。貴女と貴女の妹は必ず意識を取り戻すと信じているようですね」
(お父様、お母様……)
下を向くと涙が零れそうだったので顔を上げると、ゼベクの目の下に隈がある事に気が付いた。
(あ……そうよね……。ゼベクは一人で調べてくれてるんだものね……。有難いけれど、無理はしないで欲しいわ。私にも何か出来る事があればいいんだけど……。役立たずでごめんなさい……)
思わずゼベクの頬をぽふりと触ると、彼は軽く目を見開いてこちらを見ていて、不意にニッと笑った。
「大丈夫ですよ、徹夜には慣れてますから。それに陛下の為とあれば何て事ないです。貴女に心配されるのは何だかこそばゆいですね。ありがとうございます」
ゼベクは目を細めてもう一度笑うと、私の頭をポンポンと軽く叩く。
そして、真面目な顔に戻り話を再開した。
「……宰相と貴女の妹ですが、奴の動向からして、恐らく直接は会っていないと思われます。そうなると、宰相ではない“誰か”が彼女に『媚薬』を渡した事になるのですが……」
(……っ! もしかして『協力者』……?)
「別の『協力者』……その可能性が高いですね。けれど、宰相なら陛下を誘惑するよう彼女を脅す事が出来るのですが、宰相の他にいるでしょうか? 彼女に対して言う事を聞かせられる人物が」
(そう……なのよね……。いくら素直なカトレーダでも、知らない人に「『媚薬』を飲ませて陛下を誘惑しろ」なんて言われたら警戒するに決まってるわ。公爵と関わりがあって、カトレーダの知っている人物? そんな人いたかしら……)
「……何にせよ、今の所手詰まり状態ですね……。『協力者』が分かれば、一気に解決に光が見えてくるのですが……」
……ゼベクはさっきから、私の頭を撫でたり毛糸の髪の毛を引っ張ったりしている。無意識なのか、手持ち無沙汰なのかは分からないけれど……。
(頭を撫でるのはいいんだけど、髪を引っ張るのは止めて欲しいわ! 地味に痛いのよっ。痛覚もちゃんとあるのよっ。貴方にもこの痛みを味わわせてあげるわっ)
私がゼベクの頭をポカスカ叩くと、何故か彼は嬉しそうに「ふはっ」と笑った。
「それ、貴女のモコモコの手ですると逆に気持ち良いですよ。もっとやって下さって結構です。――あぁほら、貴女にも出来る事があったじゃないですか。『俺を気持ち良くさせる』って事が」
(はぁっ!? 貴方を気持ち良くさせたって何の得にもならないのよっ!)
更に強くポカスカ殴っても、ゼベクは何処吹く風で楽しそうに笑っている。
その時、扉からコンコン、とノックの音が聞こえ、私は慌てて動きを止めた。
そして間も置かず入ってきたのはリーデルだった。
「…………」
リーデルは、肩の上にリーエちゃんを乗せている大の男のゼベクをあんぐりと口を開けて見つめる。
(……っ! そうよ、リーデルに変な目で見られて多大な羞恥を味わって頭を抱えて蹲るといいわっ! 私の髪の毛を引っ張った罰よ! フンだっ!)
するとゼベクは、美形な顔に、それはもうキラキラと輝かしい星が飛び交うような眩し過ぎる笑みを瞬時に浮かべ、言った。
「こんにちは、リーデル嬢。御機嫌は如何かな? エウロペア様に何か御用で?」
「え? ――あっ、えっ、あのっ、……え、っと……。――ま、また後で来ますっ!」
(あぁっ!? リーデルーッ!?)
リーデルは真っ赤な顔で踵を返し、部屋を飛び出して行ってしまった。
「……残念でしたね?」
心情的に唖然としている私を横目で見ながら、ゼベクが先程の笑顔とは正反対の意地悪い笑みを作り、ニヤリと笑う。
何が残念なのかは分からないけれど、その言葉が何故だか無性に悔しくて、私は心の中で思い切り地団駄を踏んだのだった……。
――ゼベクの懸命の捜査も空しく、このまま平行線を辿るかと思われたこの事件は。
『ある人物』の訪れによって状況が大きく覆される事に、その時の私は知る由も無かった――
1,352
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】私が貴方の元を去ったわけ
なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」
国の英雄であるレイクス。
彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。
離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。
妻であった彼女が突然去っていった理由を……
レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。
◇◇◇
プロローグ、エピローグを入れて全13話
完結まで執筆済みです。
久しぶりのショートショート。
懺悔をテーマに書いた作品です。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる