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23.久し振りの再会 ◇
しおりを挟むやはり、フォアレゼン公爵の悪事の確固たる証拠はなかなか掴めず、『協力者』も分からず、話を聞きたいカトレーダも未だに意識不明のまま、焦燥の日々がただ過ぎていった。
そんなある日、フォアレゼン公爵の娘であり私の友人のミュールが登城し、私を訪ねてきた。
私の事は強く箝口令が敷いてあったので、彼女も私の現状を知らない筈だ。
フォアレゼン公爵はその時出掛けていたので、ゼベクが彼女の対応をしたが、何と私の部屋に連れてきた。
私の様子を見に来ていたリオーシュは、ゼベクのすぐ後ろにいるミュールを見て目を見開く。
「おい、ゼベク――」
「宰相閣下が彼女に王妃陛下の事を話したようです。それを聞いて心配で堪らなくなり、王妃陛下の様子を見に来たとの事です」
「……あぁ、そうか……」
リオーシュはゼベクの言葉に息をつき、椅子から立ち上がると姿勢を正し、ミュールに頭を下げた。
「私の不徳の致すところで妻はこうなってしまった……。妻の友人の君も心を痛めただろう。大変申し訳ない――」
「……いえ、頭をお上げ下さい、陛下。わたくしは彼女が必ず意識を取り戻すと信じておりますので」
「……ありがとう。宰相から聞いていると思うが、妻の事はくれぐれも他言無用で頼む」
「分かっておりますわ」
小さく微笑むミュールに、リオーシュは神妙に頷いて返した。
「……エウロペアと二人でお話したいのですが……宜しいでしょうか?」
「あぁ、構わない。久し振りの再会だろう? ゆっくりしていってくれ」
リオーシュはゼベクを促し退室していく。
ゼベクが一瞬リーエちゃんの方を見たけれど、何も言わずそのまま部屋を出て行った。
「……エウロペア……」
ミュールはベッドの脇にある椅子に座ると、切なげな表情で本体の私を見つめる。
「あぁ……エウロペア、可哀想に……。こんな……何も出来ない“お人形”にされてしまって……。貴女は頭で考えるより先に身体が動く行動派でしたから……。ずっとベッドの上で動けなくて辛いですわよね……?」
(……ミュール……)
私は自分を憂ってくれる友人の優しさに、心情的に胸が熱くなる。
(ありがとう、ミュール。「大丈夫、リーエちゃんになって思い切り動きまくってるから心配しないで」と言ってあげたいわ……)
「――だから、ねぇ? エウロペア。今、貴女を楽にして差し上げますわ」
ミュールはそう言って美麗に微笑むと、胸元に手を入れて、掌に容易に乗る大きさの小瓶を取り出した。恐らく裏ポケットがあって、そこに入れていたのだろう。
登城時は必ず門番に所持品検査をされるから、それが発見されない為に……?
小瓶の中には何やら怪しげな、濁った色の液体が入っている。
(……え……? 何よ……あれ……)
「これは、飲むとすぐに死に至る“毒”ですわ。飲んでも体内で即分解されて検出されない特殊な“毒”なんですって。こんなおぞましい物が闇ルートで出回り普通に手に入るだなんて、本当怖ろしい世の中ですわね」
……私は、ミュールの言っている事が理解出来ず、ただ呆然と美しい笑みを浮かべる彼女の横顔を見つめていた。
「これは通常、飲むと激しい苦痛と吐き気が同時に襲い、嘔吐と吐血が止まらず藻掻き苦しみながら死んでいくのですって。下手をすれば、苦しむ段階で粗相もしてしまうかも……。本気で憎む相手に使う“毒”ですわね。けれど貴女の場合“お人形さん”なので、何も感じず、眠るように安らかに逝けるでしょう。良かったですわね? 地獄の苦しみを味わう事なく死ねるなんて」
(……ミュール……? ミュール……! どうして、どうしてどうして……っ!?)
私は目の前の光景とミュールの言葉に、信じられない思いで一杯だった。
(うそ……嘘よ……。ミュールが……あの優しいミュールが、私を殺そうとしているなんて……。そんな……そんな事――)
「王妃の貴女が消えてくれないと、わたくしは恋い慕う“あの方”と一緒になれないのです。貴女の友人のわたくしの為に、どうか死んで下さいませ。――エウロペア」
ミュールは最後まで穏やかな口調を崩さなかった。
小瓶の口を開けると、本体の私の口元に近付ける。
(駄目っ! このままだと、本体の私が口を開けて飲んでしまう……っ! そんなのは絶対に駄目っ!!)
私は考えるより先に身体が動いていた。
すくっと立ち上がると棚の上で助走し、ミュールに向かって勢い良く飛び掛かる。
「え――きゃっ!?」
いきなりリーエちゃんが飛んできて、ミュールは驚き短く叫んだ。その拍子に、彼女が持っていた小瓶が手から離れ、カツンッと音を鳴らして床に転がってしまった。
「どうしたっ!?」
その時、ゼベクが乱暴に扉を開け部屋に飛び込んできた。
そして、呆然とするミュールと、その近くに転がるリーエちゃんを見ると、ゼベクは素早く駆け寄り、私を拾い上げ護るように片腕に抱いた。
(え……ゼベク、もう来たのっ? 気付くの早くない!?)
私がそっとゼベクを見上げると、真剣な表情の彼と目が合う。
「フォアレゼン公爵令嬢が、会った時から妙に思い詰めた顔をしていたので気になり、陛下の許可を取って部屋の前で待機していたんです」
ゼベクは私が感じていた疑問に答えると、ミュールの足元に転がっている小瓶に目を移す。
それを拾い上げてスンと匂いを嗅ぐと、瞬時に顔を大きく顰めた。
「これは……。“毒”、ですね。しかも結構強力な……。――フォアレゼン公爵令嬢、これは一体どういう事でしょうか?」
「あぁ、ゼベク様……。わたくしの顔をよく見て下さっていたのですね……。とても嬉しいですわ……。ふふ……うふふっ」
ゼベクが真面目に訊いているのに、ミュールは頬を朱に染めて頓珍漢な発言をしている。
祈るように手を組み、ゼベクを見つめる彼女の表情は紅潮してウットリとなり、明らかにそれは――
(ミュールの“好きな人”って、もしかしてゼベクッ!?)
ミュールの様子に、ゼベクは怪訝に眉根を寄せて言葉を失くしているようだ。
「ミュール、お前が今日登城するとは聞いていませんよ?」
そこへ、外出していたフォアレゼン公爵が息を切らして姿を現した。後ろからリオーシュも続く。
漂う異様な雰囲気に、フォアレゼン公爵は即座に気付いたようだ。
「……一体何があったのですか」
父親の言葉に、ミュールはこの場の空気にそぐわない、見惚れるような美麗な笑みをニッコリと浮かべたのだった。
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