勘違いへたれアルファと一途つよかわオメガ──ずっと好きだったのは、自分だけだと思ってた

星群ネオン

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その後

その後 2 side α

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   (side α)

「裕吾、わかってるのっ?」

 眼の前にはぷんぷん、という擬音がぴったりな様子で怒っている翠がいる。ここに翠がいること。手を伸ばせばいつでも触れられる距離にいることで自然に口角が上がってしまう。それがのん気らしく見えて翠はぷんぷんしているのだ。そしてそのぷんぷんが良い。やたらめったら、かわいい。スタイリッシュな見た目とのギャップも良い。

「アルファって、どうなってるの?もおおおお、裕吾、死んじゃうかと思ったのに」

 と翠は怒りながらため息をつく。
 俺は数日前までは想像もしていなかった状態に置かれている。失ったはずの俺のオメガが、婚約者としてここにいるのだ。そうなると現金なもので、途端に心身ともに生きる意欲が湧いてきて、一人で朽ち果てる気などどこかにいってしまった。翠が全て食べさせてくれるから最初の流動食も、今しがた出された柔らかい食事も完食してニヤニヤして、翠に怒られているところなのだ。

 あの顛末。
 なんだかよくわからなかったが翠を抱きしめることが出来て俺はもう死んでいい、いや、こんな起きるわけがないことが起きているのは、既に俺は死んだのだと思っていた。
 あのノック音ととともにきれいな男が俺のねぐらに乱入してきたこと。暴れるその男はなんと翠で、とにかく抱きしめたところから俺の記憶はない。目覚めたらこの病院にいて、翠がそばに居て、俺はがっちり絡みついていたのだ。

 体にはなんとも言えない爽快感と力がみなぎっている。俺としては翠と離れて以来の、中学以来のすっきりした目覚めだったが、聞けば番欠乏と同じ症状で命の危機だったのだという。
 俺はただ寝ていたのではなくて昏迷と昏睡の間のような、なんとも断じられない状態とされていた。体を動かすがそれは本能で、翠に執着し始終くっついていたと言うが意識は全く無かった。
 やる気でやっていた不摂生が祟っただけではないかと思っているが、番欠乏に近い状態という説明に俺はまんざらでもない思いがした。それは、俺の唯一の相手は翠だと言う意味じゃないか。アルファは何人とでも番になれる、不実な生き物でもある。そんなアルファに属する俺の操が証明されたということだ。そう思えばやはり気分が良いばかりだ。口角が上がるってもんだ。

 結局、目覚めるまでの二日間、俺は翠にべっとりとくっついていたらしい。まだ離される前、互いの家で泊り合っていた頃もよくそうなっていた。巣の中の子ぎつねのように、お互いのどこかに鼻先をくっつけて眠っていたものだった。
 そうして翠のフェロモンを摂取して、急速に回復して俺は目覚めたらしい。
 確かに寝ている間中、いい匂いがしていた。翠がそばにいて、僕のアルファとか言ってくれる夢を見ていた気がする。それがどうにもリアルで、やっとのこと重いまぶたをこじ開けたら、俺の隣で寝ている翠のとんでもなくきれいな寝顔が目に飛び込んできた。

 そこからは怒涛だ。
 わけもわからず、ただ見つめていたらゆっくりと翠の目が開いた。俺と目が合って、一度閉じた後、今度はカッと見開いて飛び起きた。そして泣きながら喜んで、怒り始めた。
 あんまり俺が離さないものだから諦めて同じベッドで眠っていたらしい。目覚めた時もがっちりと俺の腕が巻き付いていた。
 この騒ぎを聞いて隣室から飛び込んできた俺の両親もほぼそんな感じで大騒ぎ。翠の両親が遅れて駆けつけると、そこからは皆が俺と翠を離したことを謝罪し始めて、俺は閉口した。翠だけはずっと怒っていた。

 俺としてはかなり気まずかった。十二歳時の第二性検査からずっと上位アルファとして、頂点にいる者として扱われてきた存在なのに、アルファらしく裏から情報を集めることもせず、自分のオメガが離れたと勘違いして絶望して出奔したなんて、アルファの風上に置けないへたれそのものだ。恥でしか無いじゃないか。俺は翠に関して視野が狭い。翠の言動が全てで何も見えなくなってしまう。あの池のほとりでの出会いからずっとそうだ。片時も忘れたことのない俺の片割れだ。

 今回始めて聞かされた、あの頃の親たちの心配はご尤もだった。あの状態なら、お互いのフェロモンが作用していつヒート事故になってもおかしくなかった。そうしてそうなったら、俺は間違いなく、迷うこと無く翠のうなじを噛んで番にしていたと思う。きっと翠も強くそれを望んだはずだ。よくぞ見極めて離してくれた、と思った。

 翠が留学したのは俺を捨てたわけではなく、俺と結婚するため至高のオメガを目指したと聞いたら、それももうどうでも良くなった。あの池のほとりで翠と出会う以前の俺は全てがつまらなかった。頑張らなくても何でも出来る上に、周りはちやほやすること当たり前だった俺の世界に色を付けたのも、強い感情を芽吹かせたのも翠だ。
 翠が俺を求めてくれるなら何もいらない。

 目覚めて以来、ずっとともにいてくれて、自由に触れることが出来る。これが口角をあげずに、笑わずにいられるものか。もうなんでもいい。かくして俺は、すっかりへたれアルファであることを受け入れて、始終翠にくっついてニヤニヤしているという次第だ。

 翠は留学で磨きに磨かれていた。最上級のオメガと言って間違いない。もちろん学位もある上に数カ国語は自在に話せ、世間話程度なら十数カ国語はいけるという。
 細身の体は顔の小ささはそのままで、身長が伸びてとんでもなく格好がいい。翠の名は宝石の翡翠の、翠。まさにその名にふさわしい、清らかさと透明感をまとっている。それにあの再開した日に着ていた服も、今着ているハードテイストのド派手なTシャツもそんな翠を引き立てている。あちらの仲間内で流行っていたハイブランドで、気に入ってずっとそればかりだと言う。日本にいる名家のオメガだったらこんな服は着こなせない。上品で落ち着いた色味の、無難な可愛らしいものに落ち着くのがせいぜいだ。

 アルファはそんな庇護欲そそられる容姿のオメガを好む場合が多い。
 俺もそっちが好みだと思っていた。留学前の美しくたおやかな翠にどれほど焦がれたことか。しかしこうして、今の翠に出会ってしまえばそんな考えはどこかに霧散した。トイレに行く際に支えてくれる翠の顔の近さ。ちょっと視線を下げれば顔がすぐそこにある。体の小さなオメガではこうはいかない。抱きしめれば首元に顔が来てジャストサイズだ。
 打ち込んだというあちらの武術のおかげか腕っぷしが強く、体幹がしっかりとしているのもいい。オメガの体は華奢でもその分柔軟でアルファを受けられるように出来ていると言うが、壊れそうに繊細なオメガに無体は働けない。その点今の翠ならば…。そんな俺のオメガが、俺だけを求めているのだ。喜びでしか無いし、結局俺は翠であればいい。翠が俺の大正解なのだ。

 そして俺の評価自体は下がっていないことになっていた。俺達の住む世界では出奔は脱落だ。逃げ出して手離した席は戻ってこないし、失敗したらもう二度と元の評価は受けないのが俺達の住む世界の通例だ。替わりになる優秀なアルファなど掃いて捨てるほどいる。
 俺が出奔してからなんとなくこの地域の人間に頼まれるまま、気の向くままにパソコン一つで動かしていた事業のいくつかは、いつのまにか新ジャンルの成長株とされていて、これが元で俺は両親に所在を知られることになっていたらしい。この功績によりこの数年はただの武者修行として受け取られるとのことで、いい気分ですっきりと目覚めたら既に婚約が整っていた。
 結局また俺は蚊帳の外かよ、と笑ってしまう。

「ほら裕吾、笑ってないで早く治してよ?式場の下見してお式の日取り決めたいんだよ」

 さらにぷんぷんと怒る俺のオメガ。つい引き寄せると真っ赤な顔で腕の中に収まってくれる。

「裕吾…倒れてキャラ変わっちゃった?ええ…また笑ってるぅ」

 何だこの状況。これが笑わずにいられるか。
 涙目でおれをまっすぐ見つめる翠は信じられないほどきれいだ。吸い込まれるように、しばし見つめ合う。言葉はもういらなかった。そっと震える唇を重ねて、初めてのキスを交わす。そのキスはぎこちなくて、触れ合った瞬間、お互いの震えが伝わった。どちらからともなく目を閉じ、ただ唇を重ね合う。それだけなのに、胸の奥が焼けるように熱くなる。
 翠の唇は柔らかくて、けれどかすかに力がこもっていた。すがるような必死さが同時に伝わってきて、俺の胸はきつく締めつけられる。離れたくない。ほんの一瞬のくちづけのはずが名残惜しくて、俺はもう一度、翠の頬に触れて、ゆっくりと角度を変えて重ねた。今度はさっきよりも深く、確かに。
 翠が小さく息を呑む。その震えが俺の手にも伝わって、心が震えた。涙が、翠のまつげからこぼれ落ちて、俺の頬に落ちた。離したくないし、離れたくない。もう二度と離さない。
 唇を離しても、額と額は寄せ合ったまま、俺たちはしばらく動けずにいた。



    ⌘    ⌘    ⌘



これで完結です。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

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