敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

文字の大きさ
16 / 72

15.エレインを思うアルフォンス

しおりを挟む
 さて、一方のアルフォンスだったが。

「えっ、この剣を……?」

「ああ。持って行ってくれ」

「しかし、これは……」

 王家の宝剣の一つではないですか。ランバルトがそう言おうとすれば、アルフォンスは

「誰も使わなければ意味がない。剣というものは、使う者がいてようやく意味を得るものだ。宝剣などと呼ばれて飾られている意味はない。見ろ。使い手を待っている、美しい剣だ」

 そう言われて、おずおずとランバルトは剣を鞘から抜く。確かに美しい剣だ。そして、宝剣として飾られていたにしては、手入れが行き届いている。

「わたしが使うには細すぎるが、彼女にはちょうど良いだろう。ああ、彼女に特に説明はするな。ただ、渡してこい」

「かしこまりました」

「それから、お前の天恵」

「はい」

 また嫌なことを頼まれるのか、とランバルトは顔をしかめる。それを見て、アルフォンスは「はは」と笑った。

「万が一のことを考えて使えるようにして欲しい。悪いが宝石に注入しておいてくれないか」

「ええ~、わたしの天恵は名ばかりで……あれ、大した効果がないくせに本当に疲れるんですよ? 一日倒れていたいぐらいの……明日お休みいただけませんか?」

 心底嫌そうなランバルトの声に、アルフォンスは「金で返す」と言うものの、ランバルトはがんとして譲らない。

「金なんてもらっても使いどころがないんですから! お休みをください!」

「わかったわかった。考えておく」

「本当ですか!? 本当ですね!?」

 ランバルトは頭を下げ、退出をする。それを雑に見送ってから、アルフォンスは執務室の机の上に足をドン、と乗せた。行儀が悪い。どう考えても王弟――既に兄は死んでいるが――がとる態度とは思えないが、なんとなくそうしたい気分だったのだ。

「……ふう……」

 ひとまず、エレインに求婚はした。正直なところ、彼は相当に緊張をしていた。それは、彼女に断られるだろうという予測があったからだが、断られるところに更に無理強いをしなければいけない。要するに、そうすることで、彼女に嫌われてしまうのではないかと勘繰ったからだ。

(だが、良かった。嫌われては……いない、よな)

 本当は、彼女が言うように側室にする方が良いことはわかっていた。そうすれば、彼女は公の場に立たなくてもよくなる。敵国に来た彼女に王妃になれと言うことは、民衆からの視線を受けろと言うことと同義だ。それはアルフォンスもわかっていた。

 しかし、反面側室という立場は、多くの権利を得ることが出来ない。自分の母親がそうだったから、彼はよくそれを知っている。たとえ、自分が王となったからといって、王の一存であれもこれも決まり事を覆すことはいささか難しい。

(あれほどの女性を、籠の中の鳥のように扱うのはもったいない)

 3日間。たった3日間しか共にいなかったが、それだけで彼にとっては十分だった。エレインは聡く、見識を備えた人物だ。敵国に単身やって来たことも、憎まれるのは自分だけで良いと言っていた。それでも恐ろしいだろうに、彼女はその感情を外には出さない。可哀想にと思うが立派だとも思う。

 そして、クリスティアンや臣下の前で、ドレスの裾を切り裂いたあの姿。きっと、兄の目には滑稽に無様に映ったのだろう。だが、アルフォンスはそれを「気高き反抗だ」と感じた。

更に、先ほど文書を読んだ時。彼女は読み漏らさないようにと指で文言をたどりながら読んでいたが、その速度は速く、そして正確だった。文字の読み書きぐらい貴族令嬢は当然出来るものの、公の文書は難しい言葉を多く使っている。しかし、それすらすらすらと彼女は読んでいた。間違いなく学もある。

そう。要するに。要するに、アルフォンスは彼女のことを悪く思っていない、いや、良く思っている。たとえ5年間であろうと、彼女を王妃にしたい。彼女ほど優れている女性を、自分は知らないと感じたのだ。

(今、この国にいる貴族令嬢の誰を見ても、彼女ほどの人物はいない)

 それは明らかなことだった。
 
(それにしても、あんなにも美しい人だとはな。共に馬車で王城まで来る間に十分にわかっているつもりだったが、それでも驚いた)

 最初からランバルトは彼女の美しさを口に出していたが、そんな彼が驚いてしまうほど。彼女が持っている美は他の令嬢が持っているものとはいささか違う。まず、燃えるような赤毛。あれはこの国ではなかなか見られない。端麗な顔立ち、少し涼し気に見える瞳に形が良い唇。非常にそれらが彼女の髪に合う。何より、そうだ。彼女は端正だ。立ち居振る舞いすべてに関してそう言える。

(そんな彼女が、靴を投げ捨てたのは、なかなか良かったな)

 思い出して、ふふ、と小さく笑ってしまう。あの時の彼女は、きっと戦場にいる時の彼女だったのだろう。もちろん、それでも礼儀作法を重んじるべきだとは思うが、彼女にとってこの王城は戦場で、きっと、兄であるクリスティアンは倒さなければいけない相手に等しかったに違いない。

(そうだな。彼女は、戦場を知っている。そういう人であれば、あの悲劇を繰り返さぬために尽力してくれるだろう)

 彼女を見れば、アルフォンスは時々過去の戦場の光景を思い出す。砂埃にまみれ、倒れ行く人々。馬に踏みつけられてしまう人々。いや、それらは「人」だったものの塊だ。血の色なぞ、砂にまみれてあっという間に色はくすみ、金属に覆われたただのどす黒い塊になる。そんな凄惨な光景の中、彼女はいつでも美しかった。顔も見えず、体も見えず、ただ甲冑に身を包んで抗う姿であっても。それらを思い出せば、何とも言えぬ悲壮感と共に高揚感をも与えられる。

 そして、今この王城にいる彼女もまた、同じように美しいと思う。きっと、他の貴族たちから見れば過分についていると思われてしまうだろう筋肉。美しく削がれているものの、その腕、その足にそっと寄り添うような正しい筋肉。歴戦の勇者の物でありつつも、今はそれを主張しすぎない。それらは、彼女の美を底上げするただの脇役に今は徹している。

(とにかく、要するに、だ)

 アルフォンスはつい声にした。

「いい女だな」

 明日は自分の兄の葬式だというのに、アルフォンスはそれを「どうでもいい」とすら思っており、考えるのはエレインのことばかりだ。

(立場を盾にして自分のものには出来るが、そのようなことは彼女に申し訳ない)

 それをしたくなくて、ランバルトと共に話をした。妻になってもらう、と言い切ってもよかったが、きっと、それはよくないと思ったからだ。だが、かといって断られればそれはそれで悲しい。彼は「政略結婚であっても、そんな感情が湧くとは」と少しばかり驚いていた。

「断らないでくれよ……」

 ぽつりと口からその言葉が出たことに気付いて、彼は自嘲気味に笑った。なんだか、自分が彼女に追いすがる惨めな男のように思えたからだ。とはいえ、それも事実と言えば事実か……そう思えば、なんとも苦々しい。

 そもそも、他の良い人をと彼女は言ったが、残念ながら彼は戦場で武勲をあげると同時に、よろしくない二つ名がついていた。それは、兄が彼の立場を悪くするために広めたものだと彼は知っていたが、貴族たちにも民衆たちにも、彼は「戦場の悪鬼」と呼ばれ、恐れおののかれていたのだ。

 彼が戦場に立った回数はそんなに多くないのに、どうしたらそんなあだ名がつくのか不思議だったし、ランバルトもそれを聞いて大いに笑っていた。もちろん、自分の剣の腕については彼自身高い評価をしている。そして、戦った回数は少なくとも、ペネトレイトの天恵によってガリアナ王国の兵士たちを数多く屠った。それは間違いないのだが……。

 そんなわけで、いくらなんでも「戦場の悪鬼」のところに嫁に来たがる令嬢はいない。いたとしたら完全に王妃という地位を利用して、自分の家門の力をあげたいという目論見しかないような者たちだ。正直なところ、すべてが面倒くさい。その点、エレインならば名目は立つし、彼女には面倒な目論見はない。その上、聡明だ。

 そして。彼女のあの赤毛を見ると、なんだか郷愁にかられるように心が揺れる。おかしなものだ。自分はマリエン王国で生まれたにも関わらず、ガリアナ王国で出会ったあの少年と過ごしたほんのわずかな時間を大切に思っていたのだろう。あれは、彼にとっては「幸せな頃」の記憶だったのだ。そして、忘れたと思っていたそれはずっと心の奥にしまわれていたのだろう。彼女を見れば強烈にそれを思い出す。

(あれは、誰だったんだろう。とはいえ、本当に昔のことだしな……そうだ。彼女のような赤毛の者が、ガリアナ王国では多いのか聞いてみよう)

 記憶をたどれば、彼女の父親のガリアナ国王は赤毛だったと思う。他に。城内にいた者たちはどうだっただろう……そんなことに思いを馳せては「いかん、いかん」と彼は意識を今に戻そうとする。葬儀の後にも彼には多くのことが待っており、実に多忙なのだ。それでも、ついエレインのことを考えてしまう。

 少なくとも、エレインの存在は彼の心をかき乱すものであることは、間違いがなさそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
第零騎士団諜報部潜入班のエレオノーラは男装して酒場に潜入していた。そこで第一騎士団団長のジルベルトとぶつかってしまい、胸を触られてしまうという事故によって女性とバレてしまう。 ジルベルトは責任をとると言ってエレオノーラに求婚し、エレオノーラも責任をとって婚約者を演じると言う。 エレオノーラはジルベルト好みの婚約者を演じようとするが、彼の前ではうまく演じることができない。またジルベルトもいろんな顔を持つ彼女が気になり始め、他の男が彼女に触れようとすると牽制し始める。 そんなちょっとズレてる二人が今日も任務を遂行します!! ――― 完結しました。 ※他サイトでも公開しております。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる

千堂みくま
恋愛
ある事情のため男として生きる伯爵令嬢ルルシェ。彼女の望みはただ一つ、父親の跡を継いで領主となること――だが何故か王弟であるイグニス王子に気に入られ、彼の側近として長いあいだ仕えてきた。 女嫌いの王子はなかなか結婚してくれず、彼の結婚を機に領地へ帰りたいルルシェはやきもきしている。しかし、ある日とうとう些細なことが切っ掛けとなり、イグニスに女だとバレてしまった。 王子は性別の秘密を守る代わりに「俺の女嫌いが治るように協力しろ」と持ちかけてきて、夜だけ彼の恋人を演じる事になったのだが……。 ○ニブい男装令嬢と不器用な王子が恋をする物語。○Rシーンには※印あり。 [男装令嬢は伯爵家を継ぎたい!]の改稿版です。 ムーンライトでも公開中。

処理中です...