敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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19.結婚式

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 それからは、あっという間の10日だった。気付けばもう婚礼当日、かつアルフォンスの戴冠式の日だ。彼女はガリアナ王国第一王女という肩書きのまま、戴冠式に列席することを認められたものの、戴冠式から結婚式までの時間が足りないため断った。内心では、戴冠式、結婚式と2つの式に渡って見世物になるのが嫌だと言う気持ちもあったからだ。

故クリスティアン国王の葬儀から日数が経過していないため、結婚式はあまりおおっぴらには行われないが、戴冠式はそうではない。主だった貴族たちが参列をするのは当然として、それぞれの地域で名のある者たちも数多く招かれる。そこに姿を見せなければいけないのは、少しばかり憂鬱な気持ちにもなる。勿論、アルフォンスは「すべてあなたが望むように」と彼女の意向を汲んでくれた。

 また、なんとかブレスレットを外す鍵も見つけてもらい、彼女の手首からそれは外された。亡くなった人間のことを言うのもどうかと思うが、クリスティアンはやはりどこか狂っていたのだろうと思う。何にせよ、ようやくクリスティアンからの呪縛から解き放たれたような気がする。

 ブレスレットはアルフォンスに渡した。預かった彼は「うん? もしかしてこれは……」と何か気になることを言っていたが、それ以上何もエレインには教えなかった。そして、エレインも多くを問うことはなく、何にせよ天恵を封じられないということだけで、これほどの自由を得た気持ちになるのか、と気持ちを高揚させたものだ。



「あああ、ああ、エレイン様、お美しいです……!」

 侍女のマーシアが大仰に言えば、エレインは苦笑いを見せて「そうか」とだけ返す。

「はい、はい、白いドレスに、美しい紅の御髪を結い上げて、更に白い生花をあしらって、なんてことでしょう……」

 マーシアはランバルトの妹だ。屈託ない笑顔と明るい声音で、この十日間エレインに仕えていた。エレインはうるさい侍女は好きではなかったが、マーシアぐらいのおしゃべりをする侍女は嫌いではない。ただ、いくらかエレインの容姿について持ち上げ過ぎだ、と思うが。

「エレイン様、紅を唇に乗せますね」

 化粧担当の侍女が、柔らかな練り口紅を唇に乗せる。ふわりと優しい香りが漂って、エレインの肩の力がわずかに抜けた。

「はい。こちらでよろしゅうございますか」

「ああ、いい。ありがとう」

 マリエン王国の婚礼では、大きなブーケを花嫁が持って入場をすることになっている。首や肩、肩甲骨を露わにしたマーメイドラインのドレスを着て凛とした印象のエレインが、赤いピオニーに白い小花があしらわれているブーケを持つ。その場の女性たちはみな、ほう、と感嘆の息を漏らした。

「おかしくないか? 大丈夫だろうか」

「どこも! どこも、おかしくないです!」

「美しゅうございます……」

 もともと、姿勢は良い。髪を結い上げたおかげですっきりとした首のラインから背中まで、美しいラインが強調されている。

「そうか。ならば良い。みな、ありがとう」

 礼を言われて、人々は頭を下げる。本来、高い身分の者が支度を手伝われて礼を言うことなぞない。それはエレインもわかっていたが、突然やって来て突然結婚をすることになった自分にこれほど人々が尽くしてくれたならば、と言わざるを得なかったのだ。

「失礼する。エレイン、いかがだろうか」

 コンコン、と軽いノックの音。アルフォンスが迎えに来たのだ、とわかって、侍女たちは「きゃあ」と色めきたった。

「アルフォンス様、お入りください」

「ああ。失礼す……なんだ。なんだ、あなたは」

 ドアを開けた彼は呆然と告げた。なんだ、とはどういうことか、とエレインは首を軽く傾げた。何か気に障ったのだろうか、と困惑をして言葉を返す。

「えっと……その、胸元や肩回りがいささかがっしりしているので、あえて見せる方向にしたのですが……それから、手指は隠したかったので、グローブを着用したのですが」

「……改めて聞くが」

「はい」

「わたしと結婚してくれるのか?」

 一体それはどういうことだろうか。エレインは何度か瞬きをして、困惑の声をあげる。

「え? 今からお断りをしても良いと?」

「いや、いや、違う。そうじゃない。そうじゃなくてだな……」

 アルフォンスが言葉を選んでいると、通路から「アルフォンス様、エレイン様、用意はいかがでしょうか」と声が聞こえる。それへは、慌ててアルフォンスが「大丈夫だ」と返した。

「どうぞ」

 アルフォンスは肘をエレインに向けた。それへ、そっと片手を絡めるエレイン。2人は部屋から出て、結婚式を行う聖堂へと向かった。その前後左右に護衛騎士が付くが、それをどうとも思わぬようにアルフォンスはエレインに言う。

「すまない。先ほどは阿呆なことを言ってしまった。あなたが想像以上に、美しかったので、つい」

「ありがとうございます。アルフォンス様も素敵です」

「そうか?」

 実際にエレインの目から見て、十分すぎるほどにアルフォンスの装いは素晴らしかった。彼は白いシャツの上に黒地に銀糸でふんだんに刺繍をされているベスト、それと同じく黒地に銀糸で刺繍がされているジャケットに立派な肩章、そこに上質の赤いマントが固定されている。そして白いトラウザーの裾を、ひざ下の黒皮のブーツに入れている。ブーツにも装飾が施されており、銀の金具が外側についていた。彼の赤いマントと彼女の赤い髪、そしてブーケの赤い花が際立つ。

「面倒だったが、そう言ってもらえるなら着替えてよかった」

「戴冠式では別の衣装を?」

「ああ。何やら重たい毛皮のマントを纏ってな……」

「それはそれで見たかったです」

「そう大した恰好でもない」

 それは嘘だろうとエレインは思う。一国の王族が王に即位する式で「大した恰好ではない」わけがない。が、何にせよどちらにしても今の格好が彼に似合っていることは確かだ。

 彼らは、聖堂の前にあっという間についた。正直なところ、エレインはこの十日間でも離れからほとんど外に出歩く自由がなかったため、聖堂も、それどころか城の本城も、今日の今日、初めて来たばかりだ。中もどういったレイアウトなのかわからない。が、アルフォンスは「まっすぐ歩いて突き当りで口上を聞いて、互いの名前を紙に書いて、愛を誓って終わり」と雑なことを言うので、彼女も多くは聞かなかった。

「行くぞ」

「はい」

 アルフォンスが片手をあげると、聖堂の入口を2人の騎士が同時に両開きに開いた。歩き出すアルフォンスに合わせて、エレインも歩を進めた。



 聖堂の中には、多くの人々が集まっていた。後でアルフォンスに聞けば「知りもしない地方の下級貴族等もいたようだ」ということで、あまり把握をしていなかった様子だ。

 どうやら、クリスティアンやエリーストの母親である王太后は出席をしていないようだった。最前列に、見るからに立派な衣装の子供がいることだけエレインには確認が出来た。それが、きっとエリーストなのだろうと思う。

「それでは、これよりアルフォンス・リード・マリエンとエレイン・ミレイ・ガリアナの婚礼を執り行います」

 神官が何やら口上を始めた。床を見つめながら無言でそれを聞く時間はいささか苦痛だったが、口上さえ終わればあっという間だ、とエレインは必死に耐えた。隣に立つアルフォンスは、ぼそりとエレインにだけ聞こえる程度の声量で「長いな」と呟く。

 ようやく神官の言葉も終わり、愛を誓い、何かよくわからない紙に名前を書かされた。たったそれだけだったが、神官は重々しく「これにより縁が結ばれ、王族に新たな一員が加わりました」と言って、更に何やら口上を続けた。が、途中でアルフォンスが神官を睨みつけると、そこからあっという間に話を終える。

 それから、彼ら二人は頭を一度下げてから、再び来た道を戻った。参列客の拍手に包まれて、再び両開きの扉から退出をして式は終わった。たったそれだけで、彼らは夫婦になってしまったのだ。二つの国の王族があげる式としてはいささか地味だったが、むしろそれでよいとエレインは安堵の息を吐いた。

 何にせよ、予想よりは短い時間で終わったことにエレインは心から感謝をしたのだった。
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