敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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21.初夜(2)

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 アルフォンスはソファから立ちあがると、ぐるりと回ってエレインの隣に座った。彼とそうやって肩を並べて座るのは2度目のことだ。そっと横を向けば、なんだかいつもより彼の体が大きく思える。

(ああ、でも、本当にこの人の体は大きい)

 わかっていたのに何故か実感してしまう。それは、自分が普段ないほどに体を縮こまらせているせいなのだが、さすがの彼女もそこまでは冷静にはなれない。ただ、自分の心が少しばかり怖気づいているせいかもしれない、とは思う。

(わたしもどちらかというと大柄な方だったけれど、この人の前ではただの女なのだろう)

 それまでとは違う恐怖に少し似た何かが湧いて、まるで心がおおのいているようだった。しかし、それは本当の恐怖とは違う。

 思えば、クリスティアンに初夜のことをほのめかされた時は、もっと嫌悪感が強かった。けれども、今はそうではない。ただただ純粋に彼女は「この男に抱かれてしまうのだ」と思い、それに少しだけ戸惑う。覚悟はあったけれど、覚悟があれば心が揺れないわけではない。

 エレインのその心の動きがわかったのだろうか。アルフォンスは「安心させられるかは、いささか疑問だが……」とかすかに笑みを浮かべる。

「この国の王族の男子は、15歳で童貞を失う。そう決まっている。わたしはそれより前に失ったのだが……」

 なるほど、教育の一環になっているのか。エレインは口には出さないが理解をした。

「わたしの最初は、無理矢理貴族の女性に襲われてしまってな。まあ、散々だった。大問題になるし、わたしが彼女を誘ったという噂が勝手に一人歩きをするしで、思い出したくもないほどだ」

「まあ」

「が、その後15歳になってからの『先生』とは、それなりに。初めての女性はあなたが最初だが、出来るだけ痛まぬように心がける」

 そう言うと、彼は手を差し出す。エレインは歴史書をテーブルの上に置いて、彼の手に自分の手を重ねてソファから立ちあがった。いよいよか、と思えば体に緊張が走る。

 一歩ずつ歩くたびに、自分の体を覆う薄布がさわさわと揺れる。彼に見られたくない。だが、これからその薄布すらはぎとられてしまうのだ……そんな、ざわつく気持ちをうまく抑えようとしつつ、どんな顔をすればよいのかもわからないままエレインは彼に導かれてベッドに向かった。

 ベッドで横たわれば良いのかと思えば、アルフォンスは「座ると良い」といって、ベッドの端をポンポンと叩いた。エレインは素直にそこに腰をかけると、彼は隣に座って彼女の手を取る。そうやって手をしみじみと見られるのは二度目のことだ。

「美しい指だ」

 エレインは眉根を寄せた。以前も彼はそう言ってくれていた。だが、どう見ても自分の指は「貴婦人の指」ではないと思う。

 剣をそう握らなくなったからといって、固くなった指の腹は柔らかく戻るわけでもない。あちこちの角質が固くなっているし、白魚のような手とは言い難い。

「そんな風に、世辞なぞいりません」

「いや、本心だ。あなたが国を守ろうとした結果だろう。これが」

 そう言うと、アルフォンスはエレインの手の甲に口づけた。

「このように」

 顔をあげ、尋ねるアルフォンス。

「?」

「あなたの体に、口づけても?」

「っ……」

 嫌だ、と言いたい。だが、断るわけにもいかないだろうと、エレインは苦笑いを見せた。

「わかりません……その……嫌な時は、嫌だと言っても良いでしょうか……?」

「はは、もちろん。が、時には、嫌だと言われても止めないかもしれないのだが」

「それは……仕方がないですね……」

 すっかり困惑した様子でそう答えれば、アルフォンスはうっすらと笑って

「優しくはしたい。が、それでも泣かせたらすまない。善処はする」

と言った。



 ベッドを囲む燭台の火はそのままで、仰向けのエレインに覆いかぶさるアルフォンスの輪郭を浮かび上がらせる。与えられる体へのキスに、エレインはか細い声をあげた。

「あっ、あっ、嫌……っ」

「嫌? 何が嫌なんだ?」

「恥ずかしいです……!」

「それは『嫌』ではない」

 彼は宣言通り、エレインの体に口づけを落としていく。唇に、頬に、額に、耳に、首筋に、鎖骨に。

「煽情的な服だな。いやらしい」

 エレインは、好きでこんな格好になったわけではない、と言おうとしたが、彼の手が薄布の上からそっと乳房を覆い、それどころではなくなった。どっ、どっ、と自分の鼓動が彼に伝わってしまうのではないかと、必死に息を整えようとするエレイン。だが、彼の大きな手がから伝わる温もりを感じるだけで、鼻から甘い息が漏れてしまう。

 自分の上に覆いかぶさるアルフォンスを見上げれば、彼は小さく微笑んだ。「失礼」と言って胸から手を離すと、エレインの手を優しく自分の口元に導き、また甲に口づけた。

「申し訳ない。少し性急かな。出来るだけ早く外の臣下たちを追いやりたいので……脱がせても良いだろうか」

 すぐに、答えは出なかった。言葉が喉につまったが、なんとか無言で頷く。彼は「ありがとう」と言って、寝間着を前で閉じているいくつかのリボンを解く。

「白くて、美しい肌だ」

 薄布をそっと左右に開くアルフォンス。エレインの体が露わになる。白い乳房が溢れそうになって、つい彼女は手で隠してしまう。が、彼女の手から溢れた白く柔らかな曲線に、アルフォンスは唇を寄せる。

「指」

「あっ……」

 胸元を隠す手。彼はその指にも口づけをし、歯を軽く立てて持ち上げようとする。それに抗うことなく、エレインがゆっくりと指先を乳房から離せば、彼の唇は指の腹側から手のひらへと滑り落ち、手首、そして、完全に露わになった乳房へと落ちていく。

 彼はゆっくりとエレインの背に自分の腕を差し込み、彼女の上半身を軽くもちあげた。「腕」とそれだけを囁く。寝間着に通していた腕を抜けと言うのだろう。仕方なく従えば、ずるりと寝間着を背から引っ張られた。アルフォンスはそれをベッドの下に落としつつ、優しくエレインの体を再び横たえる。

「あなたを、抱きしめさせてくれ」

 エレインの体にまたがったアルフォンスは、そう言ってシャツを脱ぎ捨てた。鍛え抜かれた立派な体が現れる。厚い胸板。エレインは軽く息を呑んだ。

 1年半、前線にいた彼女は多くの男性たちの上半身の裸体を見たことがある。鍛えている者もいれば、当然そうではない者もいた。彼女はただ、それを「男だな」と漠然とした感想しか持ったことはなかった。ただ、自分とは違う。そう思うだけのものだった。

 だが、アルフォンスの体を前にして彼女は少しだけ怖気づいた。何が違うのかは、うまく言葉には出来ない。だが、ただ強烈に「この男に自分は抱かれてしまうのだ」という圧倒的な事実がそこにはあった。

(わたしは……ずっと……)

 一瞬、過るイメージは戦場。前線に出てから、彼女は常に人々を先導する立場だった。戦場で彼女よりも上の立場の人間はいたが、そのほとんどは初老にかかっている者たちだったし、若い男性で彼女よりも上の立場の者はほぼいなかった。

 王族でだってそうだ。彼女は第一王女だったし、自分の兄となる存在は幼い頃に失われてしまっていた。公爵以下の令息で彼女より年上の者はいたが、結局彼女が国を、彼らを守るべき立場となっていた。

 そんなエレインに覆いかぶさるアルフォンスは、それまで彼女が知らなかった「男」だ。甲冑姿の彼を思い出す。王弟だった彼は、他の騎士たち以上に立派な甲冑に身を包み、大剣を持っていた。彼は、ペネトレイトという天恵を持っていたが、そんな天恵があろうがなかろうが、優れた大剣使いだと見てとれた。畏怖の念を抱かずにはいられなかった、あの相手が、自分を……。

「どうした? 男の裸体を見るのが初めてなのか?」

「あの、立派な、お体ですね」

 彼女の言葉に、アルフォンスは「ふはっ」と笑い声をあげる。くだけた声で少し驚くエレインだったが、同時に彼の指が自分の指に絡められたのでそちらに気を取られた。ああ、大きい手だ……と何度も同じことを思う。

「触れてみるか? あなたのその柔らかくて美しい乳房に比べれば、ただ硬いだけで何も面白くはないと思うが」

 その言葉に返事をする前に、彼はそのままエレインの手を己の胸元にと導いた。そっと彼の胸部に手を当てる。しっとりとして、硬い。そして、手の平に伝わる鼓動。一度、手を離したが、もう一度「それ」を確認したくて、そっと手の平をつける。

 アルフォンスの顔をちらりと見れば、困ったような表情で笑い

「高揚している。だが、これは酒のせいではない。それだけは言える」

と言って、エレインの髪を撫でた。

 ドッ、ドッ、ドッ、と少し早い心音に少し驚いたものの、エレインは「一緒ですね」と小さく笑い、覆いかぶさって来た彼の体に両腕を絡めた。広く逞しい背で自分の両手は届かなかったが、ぎゅっと抱く。彼の腕がベッドとエレインの間に入り、厚い胸板がゆっくりと彼女の乳房を潰していく。少し感じる圧迫感に「ふっ」と小さな吐息を放った。

 ただ抱き合っているだけだが、しっとりとした肌が触れ合い、それだけで気持ちがよい。密着をして足を絡ませあえば、まるで「もっと」とねだっているような気がして、エレインの足は逃げようと動く。だが、彼は彼女の両足を自分の足で抑え込んだ。彼の下半身は未だ衣類を纏っている。それをぼんやりと「服がない方が、気持ちが良い気がする」と思う。

「あなたの唇が欲しい」

 近づいて来るアルフォンスの唇。目を合わせることが恥ずかしくてそっと瞳を閉じれば、まず瞼にキスが降って来る。かすかに「あっ」と声をあげると、そこで改めて唇を奪われた。柔らかな唇。自分の唇は、どうだろうか。彼にはどう思われているだろうか。そんなことを思いながら、彼を受け入れる。

「んっ、ん……ん……」

 うまく息が出来ずに、少し苦し気な声をあげるエレイン。それに気づいたアルフォンスは「慣れるまでは、少しずつ、な」と優しく囁いて、何度も角度を変えてキスをする。舌を絡めながら、彼はエレインの耳たぶを指で挟んで撫でる。別段、耳たぶに触れられてもくすぐったくもないし、気持ちが良いわけでもない。だが、彼の指は優しいということは感じられ、胸の奥がじんと熱くなった。

「良かった。きちんと感じてくれているようだな」

「え……?」

「そういう顔をしている」

「!」

 エレインはかっとなって何かを言い返そうとした。だが、それはうまく口から放つことが出来ない。自分は一体どんな顔をしているのか。それを思えば恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。

 アルフォンスは「そのまま。そのままでいて欲しい」と言って、もう一度彼女に口づけ、深いキスへと導く。エレインは瞳を閉じて、慣れぬながらも精一杯彼を受け入れたのだった。

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