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24.王太后(1)
しおりを挟むさて、アルフォンスの方はと言うと、朝から仕事三昧だったが、ようやく一息ついた頃だった。朝から一時間半謁見を行って、それから執務。今日はまだ良いが、明日からは、故国王についていた執務官がみっちり彼につく。
とはいえ、何にせよ新婚二日目で既に執務をこなしているあたり、彼は勤勉だと使用人やら臣下たちの間では既に噂になっている。クリスティアンなぞ、新婚だろうが側室を娶った時だろうが、およそ三日は執務を投げ出していたし、そもそもそれは王族ならば当然だと思われていた。
「三日三晩も、セックスしていられるか、馬鹿野郎」
というのが、彼のシンプルな理由だ。
「いや、ほんとそうですよね……」
ランバルトはそれには同意をする。
「出来る出来ないという話で言えば、出来なくはないが」
「まあ、それもそうでしょうね……」
アルフォンス様なら、と続けようとして、ランバルトはその言葉を飲み込んだ。
彼は第一騎士団副団長であったが、アルフォンスが国王になって団長を辞めたのと同時に、彼もまた副団長を辞めた。今は、彼付きの執務官として、突然文官扱いでの昇進を成した。この人事にはああだこうだと言う臣下は多かったが、そこは力技で黙らせた。おかげで、現在ランバルトは針の筵というやつだ。これは余談だが。
「午後、王太后との面会共に行ってくれるか」
「はい、勿論です」
それから、いくらかの仕事を口頭で依頼をされ、ランバルトは執務室から出て行った。これで、昼食まではようやく一人の時間か、と机上の書類を見ながらアルフォンスは小さくため息をつく。
(それにしても……)
正直な話、昨晩は少しばかり心が抑えきれなかった。エレインは初めてだと言っていたから、中に入れてからはひとまず少しでも早く出して、すぐに臣下に解散を申し付けようと思っていたのだが……。
(あんな……あんな、可愛らしくなるとは聞いていない……!)
おかげで、やりすぎた。要するに煽ったのは彼女の方だと彼は思っている。
『わ、わたしの、体は……駄目、なんでしょうか? ごめんなさい……っ……』
あんな風に、まるで申し開きが出来ない、とばかりに身を縮こまらせる謝罪。あれがもう駄目だ。駄目だった。駄目なのは彼女ではなくて自分だ。少しだけ甘えた声。頬は紅潮して、目の端に涙を浮かべる様が、いつもの彼女からは考えられないほどあまりにも可愛らしすぎて、自分を抑えることが難しくなった。
彼女は存外素直で、ああいった営みを知らないことを隠さず、彼に素直に従った。一貫して媚びることもなく、ただ、素直に。そこにかすかに見え隠れする、彼女の本質に触れたような気がする。
彼の腕の中にいたのは、ただの女だった。あの、戦場を駆けていた勇ましい女性ではない。だが、それに彼は失望しなかった。むしろ興奮をした。ただの女であることを、自分だけが知っている。そして、戦場で勇ましく戦っている姿も。どちらも知るのは自分だけなのだ。そう思うと、心の奥からぞくぞくと何かに煽られ、一歩間違えば最後まで行ってしまうところだった。
「くそ。これでは、ただ飢えた獣のようなものだ」
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そんな妄想はここまでだ。午後の王太后との面会には、それなりに気合をいれなければいけないのだし。
「それにしても……」
王太后め。一体何を考えているのか。エレインが王妃になることを、よく思わないことは知っている。幽閉されて過ごしていたものの、そこから出てきたら世の中は彼女の思惑違いで動いている。それは明白だが、もう、なってしまったものは仕方がない。
それでもまだエレインを執拗に狙うのかもしれない。例の暗殺者が彼女の差し金であることまでは、残念ながら突き止めることが出来なかった。しかし、ほぼ間違いないだろうと思える。
エレインが死ねば、王妃の座を開けておくわけにはいかないだろう、とそこに王太后の息がかかった傍系の誰かを座らせようとするに違いない。不思議なものだが、5年間幽閉されていたくせに、今はもう彼女はこの王城で「立場」を確立している。一体何をどうしていたのかと疑いたくなる。
(そもそも、下手に動けばまた呪いがどうこうと言われて幽閉、あるいは最悪、臣下から声があがって殺されてしまう可能性だってあるだろうに……)
そうだ、呪い。それについても、問題が残っていた。クリスティアンを殺した公爵は自死を選んだが、それもなんだか話がおかしかった。そもそも、自分の娘が王妃という立場なのに、国王を自らの手で殺すだろうか? そして、殺した後に自死を選んで何の責任もとらないとは。
王族に手をあげた以上、家門の取り潰しは免れない。未だに処分は下されていないが、近々申し渡しをしなければいけない。だが、彼が知っているあの公爵は、自分が死んだ後は勝手にしろ、などという人間ではなかった。だから、どうにもおかしいと思うのだが、思ったからといっても事実は事実。
多くの問題が山積みで、いささか頭が痛い。が、そうこうしているうちに宰相との打ち合わせ時刻になる。アルフォンスは「王太后に会っている場合ではないのだがな……」と苦々しくひとりごちた。
2人はランバルトを伴って「月華の棟」に向かった。歩きながら、アルフォンスは「体は大丈夫か」と尋ねる。
「はい。なんとか」
「たったあれだけで……?」
「思ったより、筋力が落ちていたのかもしれません」
その生真面目な答えがおかしかったのか、アルフォンスは小さく笑う。笑うところではない、とエレインは真顔だったが、彼は「それは失礼した」と、謝罪にもならない謝罪をする。2人の後ろを歩くランバルトが「うわあ」と言いたげな表情になったことを、エレインは気付かなかった。
居館から渡り廊下を歩いて回廊に抜ける。そこには護衛騎士が2人立っており、彼らに一礼をした。そこからぐるりと歩いていくと、今度は棟の入口に護衛騎士がまた2人立っている。来訪の旨を伝えて通過をすれば、次は執事のような男性が現れた。彼に案内をされ、王太后の部屋に行く。
「にいさま!」
明るい少年の声。そこには、婚礼式の時、最前列で座っていた少年がいた。室内に入ったアルフォンスを見た途端、彼は大喜びで駆け寄り、どん、とアルフォンスの足にぶつかった。アルフォンスと同じ黒髪だが、顔立ちは似ていない。可愛らしい顔立ちで、どうやらアルフォンスにはよくなついているようだった。
「エリースト。良い子にしていたか」
「していました!」
それから、彼はアルフォンスの後ろにいるエレインに気付いたように、ちらりと目線を送る。それから、ふん、と鼻息を荒くしてエレインを指さしながらアルフォンスに言う。
「その女がガリアナ王国の王女ですよね」
「……エリースト。指を下ろしなさい」
そのアルフォンスの言葉に従って、彼は少しばかりむくれた表情を見せた。
「にいさま、仕方なくご結婚したんでしょ。僕、この人のこと嫌いだ」
「エリースト」
膝を折って、エリーストの顔を覗き込むアルフォンス。
「仕方なく結婚したわけではない。わたしは、彼女が良かったんだ」
「えっ?」
きょとんとした表情のエリースト。エレインも、その言葉にぴくりと表情が変わりそうになったが、寸でのところそれは免れた。
「エレイン。わたしの弟、エリーストだ」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。アルフォンス様の妻となりました、エレインと申します」
さすがに、ここでマリエン姓を名乗るのは烏滸がましいし、既にガリアナ姓は失っている。エレインはそう名乗ってマリエン王国流のカーテシーを行った。エリーストは名乗らず唇を軽く尖らせて見上げるだけだ。アルフォンスがもう一度「エリースト」と言ったが、彼はぷいとそっぽを向いてしまった。
すると、部屋の奥から低い女性の声が響く。
「エリースト、こちらにいらっしゃい」
その声にエリーストは「かあさま」と言って、慌てて部屋の奥へ走っていく。豪奢なドレスに身を纏った女性がカツカツと音を立てて歩いて来る。そのドレスの裾に隠れるようにエリーストは後ろに引っ込む。
「お久しぶりです」
アルフォンスがそう言うと「そうですね。お久しぶりですね」と彼女も同じことを言う。彼女が、王太后ユーリアだった。
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