敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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36.突然の告白(2)

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 ふ、とアルフォンスは少しだけ眉を寄せつつも、なんとか笑みを作る。次に放たれた言葉は、エレインにとって本当に予想外のものだった。

「どうやら、わたしはあなたのことが好きなようなのだ」

「……えっ?」

「だから、嫌でも気にかけてしまう。それは、あなたに何と言われても、だ。エレイン、キスをしても良いだろうか?」

「あ……」

 すっかりエレインは混乱をして、言葉を返せない。彼は自分の夫で、自分は彼の妻なのだから、まあ仕方がないとも思う反面、彼が自分を好きだと言う情報が入って来たら、それは間違いがないノイズのように彼女の思考を揺さぶって答えが出なくなる。

 が、アルフォンスは彼女の答えを待たず、覆いかぶさって口づけた。そう長くもなく、深くもない。軽く唇をついばむような優しいキス。しかし、唇を離した彼の表情は、なんともせつない、少しばかり困っているような顔だった。

「あなたが妻だからキスをしたのではない。わたしが、あなたを好きだから……」

「わたしが、あなたを、どう思っていても構わない……ということですか……?」

 震える声でエレインが尋ねた。彼は「すまないな」と苦々しく肩を竦める。

「確かにそういうことになってしまうか。そこまでは考えていなかった。ううん……」

 そう言うと、アルフォンスは頭を抱えて「そうではなくて……」と呻いた。

「ただ、わたしはあなたのことを好きなので、公務は大切ではあるが、あなたのことも同じほど大切なのだと伝えたかっただけなんだ。わたしは、あなたがこの王城でないがしろにされることは許せない。だが、どうしても今はあなたに我慢を強いてしまう。それは事実だ」

 エレインはそれに返事をしない。ただ、彼の言葉を待つだけだ。アルフォンスはもう一度ごろりと床に横になって「だが」と続けた。

「そして、我慢をするあなたは、それを誰にも漏らさない。自分の中ですべて処理をしようとしてしまう。何故ならば、あなたはそういう人だからだ」

「……そう、ですね」

 それの何が悪いのだろうか。何がおかしいのだろうか。エレインは一瞬そう思ったが「違う」と気付く。なんとなくではあるが、アルフォンスが言っていることがわかったからだ。そして、彼は答え合わせをする。

「戦争は大義名分だ。攻める側にも守る側にも、それがある。犠牲者は数えきれないが、それに心を痛めていては、その大義名分を果たすことも出来ない。そして、終わった後にその犠牲者の分だけ憎しみが続く。あなたはそれをわかっていたからこそ、付き人の一人も連れずにこの国に来た」

「はい」

「だが、どうだ。身内に何も犠牲者がおらず、民衆への気遣いもなくエリーストになじられ、そして、生き残って、何も肩書きに変化もなく平和な生活に戻った騎士たちに疎まれ、王城の奥で幽閉されていた王太后にも冷たく接され、臣下たちにも一歩離れた目で見られている。それを、あなたは正しいと思っているのか」

 正しいのか、と言われれば、答えに詰まる。ただ「どうしようもないのだ」「仕方がないことなのだ」と言うしかない。しかし、その言葉は「正しくない」と彼は思っているのだろう。

「戦争を終わらせたのは、あなただ。あなたの国に送られたバーニャは、ある意味では厄介払いだったがある意味ではそれは彼女にとって幸せなことだった。だが、あなたは違う」

「え……?」

「あなたはあなたの祖国で頼りにされて来たはずだ。あなたのおかげで、たくさんの兵士が生き延びることが出来たのだろうとも思う。勿論、それは逆を言えばこちらの兵士は殺されたということになるが、それは置いて。あなたは、休戦条約に従って一人でこの国に来た。だからこそ、休戦が出来た。これ以上の死者も増やさずに済んだ。どうして、そのことを誰も称えないのか。憎しみとは他の何物をも凌駕してしまうのだろうか」

 そう言って、アルフォンスは横を向いた。まっすぐな彼の視線は、彼を見つめていたエレインの視線と絡む。

「あなたが戦を終わらせたのだ。なのに、何故そのあなたが、まるで戦の元凶かのように扱われなければいけないのか。わたしは、それを許せないんだ」

 しん、と鎮まる鍛錬所。彼の声音には怒りがにじみ出ていた。ああ、本当に彼は公平な人なのだ。国の王である以上、自国の繁栄を第一に考えなければいけないけれど、それを前提としても、彼は公平だ。

 そして、彼の怒りがただの感情的なものではないことを知り、エレインはじんわりと胸の奥が熱くなっていくのを感じ取っていた。この人は、自分のことをそんな風に見てくれていたのだ。そう思えば、ぐっと湧き上がって来る熱い塊を体の内側に感じる。

「ありがとうございます……」

「礼を言われることではない。何もわたしは出来ていないのだし。こうやって、剣を交えることぐらいしか出来やしない……」

 そう言うと、彼は床の上でエレインの手を握った。ぎゅっと大きな手がエレインの手を包む。なんだか、それは彼に守られているようではないか。何も出来やしないと言っているが、こんなにも彼は自分のことを考えてくれているのだ……そう思ったら、突然エレインの瞳に涙が浮かび上がった。そうか。体の奥に出来た熱い塊は、涙の素だったのか。静かにそう思いながら、エレインは涙をぬぐわず、ただただ泣いた。

「エレイン……?」

「ありがとうございます。あなたが、そう言ってくださって……それだけで、わたしは十分です」

「十分ではない。足りない、ともっとねだってくれて構わない話だ」

「いいえ。いいえ、十分です。思えば、あなたは最初からわたしに優しかった。そして、今も優しい。十分です」

 つ、と涙が床に落ちていく。それを見たアルフォンスは、目を見開いて体を彼女に近づけた。「ああ」と声をあげて、エレインは顔を背ける。手を握られているせいで背を向けることは出来ない。

「何故泣いているんだ?」

「何故でしょうか。わたしにも、よくわかりません。多分……あなたが、わたしのことをたくさん考えてくださっていたことに……いいえ、気づいていなかったわけではないのです。あなたはずっとわたしのことを考えていてくれた。ただ、わたしが思うよりもずっと、ずっと考えていてくださったのだと思ったら……」

 涙が止まらないのだ。そこまでは言葉に出来なかった。アルフォンスはもう片方の手で、彼女の頭を撫でた。髪を一つにまとめているので、その毛流れに沿って何度も何度も頭を撫でる。エレインは、瞳を閉じてそれを静かに受け入れた。

 大きな手。誰かの手で頭を撫でられたことなぞ、幼い頃にしかなかったことだ。大人になった今、こうやって撫でられるとそれがどれほど安心をもたらすのかと気付く。

(いや、そうではない)

 安心をもたらしているのは、アルフォンスだからだ。他の誰でも良いわけではない。エレインは、涙が溢れる瞳で彼を見た。彼はまっすぐに彼女を見て「大丈夫か」と尋ねたが、その姿が滲んでよく見えない。だが、彼の声音が優しいことだけはわかる。

「もう少し……このままで……」

 恥ずかしい我がままだ。それに、彼は自分を好きだと言ったが、自分は彼をどう思っているのかを口にはしていない。だというのに、こんな願いをするなんて自分は卑怯者ではないかとすら思う。

 しかし、彼は「ああ」とだけ言って、何度も何度も彼女の頭を撫でた。その手があまりに優しくて、彼女はもう一度大粒の涙を流した。
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