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35.突然の告白(1)
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「……昨日の朝のことを、誰かからお聞きした?」
「聡いな」
そう言うと、アルフォンスは木剣を数回振って、とん、と自分の肩につける。彼の恰好は、いつもは見たことがないほど簡素なものだった。何の装飾もないシャツに、紺色のパンツ。ただそれだけ。だが、彼はただそれを着るだけでも不思議とさまになっているように思える。それは、彼の体躯が立派だからなのだろう。
「あなたの、そういう服は初めて見るな……」
「お互い様ですよ」
「はは、そうだな。エレイン、わたしと一手。相手をしてくれないか」
一手。変わった言い回しをするものだな、とエレインは思ったが、言いたいことはわかる。手合わせをしたいということだろう。
「わたしの打ち込みは、騎士のものとは違いますから」
「そうだな。わたしもだ」
確かにそうだった。今、彼が手にしている木剣は普通の剣の大きさだったが、戦場で彼は大剣を使っていた。それでも、やはり扱い方は違うのだろうか、と思う。
「普通の剣も使うのですか」
「うん。だが、大剣の方が得意ではあるな。両手で扱うものは振り下ろしてからの返しで更に切りやすい。とはいえ、もともとは普通の剣を使っていたから、問題はない気がする」
そう言ってからアルフォンスは「少し、あなたの体が温まるのを待とう」と笑った。が、エレインはそれへ
「戦場では、準備が整わなくとも始まる時は始まります」
と答え、小さく微笑んでから木剣を構えた。
それから、どれぐらい時間が経過しただろうか。二人は汗だくになるまで、剣の手合わせをした。そもそも、剣は長時間打ち合いをするようなものではない。それでも、思いのほか長い時間それを続けていたのだ。
何より2人とも相性がよかった。どちらも盾を使わない剣を扱う者同士。それでも、エレインはガーディアンの天恵ありき、要するに盾の役割を他に持っているので、それを発動しないことは不利になる……と思いきや、そこはアルフォンスもアルフォンスで、得手の大剣ではないため、丁度良いバランスでの手合わせとなったようだった。互いの鍛錬不足は置いても、彼らはそれこそ楽しくその時間を過ごした。
「あなたは、すごいな……」
床に座り込んで、アルフォンスは少しばかり息を荒くつく。エレインもまた、その横に座って、少しばかり肩を上下させていた。
「あなたこそ……戦場で、あなたと対峙した時は……まともにやりあっていられない、と思いましたが、今もそう思いますよ」
「そんなことはない。あなたは休戦までずっと前線で戦っていたのだろう。わたしは、王城に呼び戻されて、兄の身辺の警護をやらされたりまつりごとに携わらされたりしていたので、なまっていたな……これでは、あなたを守るなどと言えない」
そういうと、アルフォンスはごろりと横になった。王ともあろう者が、鍛錬所の床の上に横たわれるとは。エレインは一瞬驚いたが、それから笑いを漏らす。
「アルフォンス様。ありがとうございます。わたしを、慰めようとしてくださったのでしょう」
そう言って、エレインもまたアルフォンスにならって、ごろりと横になった。少しだけ外は明るくなってきたのか、渡り廊下の方が少しだけ朝の色を纏い始めている。鍛錬所の入口は開け放されているため、それが微かに見てとれた。
「慰めというか。たまには、誰かが相手になった方が良いと思っただけだ」
「そうですか。ありがとうございます」
「うん」
本当はそうではないのだろう。そう思ったが、エレインは素直に礼を言った。アルフォンスの答えはとても軽い。だが、彼を早朝から付き合わせたと思えば、申し訳ない気持ちになるのも当たり前。エレインは「でも」と言葉を続けた。
「わたしは大丈夫です。アルフォンス様も、公務がお忙しいでしょうから、わたしのことなぞにお構いなく、きちんと眠ってください」
「……あなたは、少し勘違いをしている」
「え?」
むくりとアルフォンスは起き上がり、横になっているエレインの顔を覗き込んだ。
「公務は勿論大切だ。わたしはこれでも王だからな。だが、それと同じぐらい、あなたのことは大切なんだ」
「わたしが?」
「そうだ。あなただ」
「それは……気にかけていただくことはありがたいことですが、だからと言って」
すると、アルフォンスは横たわったままのエレインの手をそっと掴み、口づけた。驚いて体を起こそうとする彼女の肩を、とん、とアルフォンスは押して、もう一度床に倒す。
「わたしがあなたを大切に思っているのは、あなたが妻だからではない」
「どういうことですか……?」
見上げれば、彼はなんだか少し寂しそうな表情をしていた。彼にそんな顔をさせるようなことを自分はしたのだろうか。エレインはまったく心当たりがないため、眉根を潜めた。
「聡いな」
そう言うと、アルフォンスは木剣を数回振って、とん、と自分の肩につける。彼の恰好は、いつもは見たことがないほど簡素なものだった。何の装飾もないシャツに、紺色のパンツ。ただそれだけ。だが、彼はただそれを着るだけでも不思議とさまになっているように思える。それは、彼の体躯が立派だからなのだろう。
「あなたの、そういう服は初めて見るな……」
「お互い様ですよ」
「はは、そうだな。エレイン、わたしと一手。相手をしてくれないか」
一手。変わった言い回しをするものだな、とエレインは思ったが、言いたいことはわかる。手合わせをしたいということだろう。
「わたしの打ち込みは、騎士のものとは違いますから」
「そうだな。わたしもだ」
確かにそうだった。今、彼が手にしている木剣は普通の剣の大きさだったが、戦場で彼は大剣を使っていた。それでも、やはり扱い方は違うのだろうか、と思う。
「普通の剣も使うのですか」
「うん。だが、大剣の方が得意ではあるな。両手で扱うものは振り下ろしてからの返しで更に切りやすい。とはいえ、もともとは普通の剣を使っていたから、問題はない気がする」
そう言ってからアルフォンスは「少し、あなたの体が温まるのを待とう」と笑った。が、エレインはそれへ
「戦場では、準備が整わなくとも始まる時は始まります」
と答え、小さく微笑んでから木剣を構えた。
それから、どれぐらい時間が経過しただろうか。二人は汗だくになるまで、剣の手合わせをした。そもそも、剣は長時間打ち合いをするようなものではない。それでも、思いのほか長い時間それを続けていたのだ。
何より2人とも相性がよかった。どちらも盾を使わない剣を扱う者同士。それでも、エレインはガーディアンの天恵ありき、要するに盾の役割を他に持っているので、それを発動しないことは不利になる……と思いきや、そこはアルフォンスもアルフォンスで、得手の大剣ではないため、丁度良いバランスでの手合わせとなったようだった。互いの鍛錬不足は置いても、彼らはそれこそ楽しくその時間を過ごした。
「あなたは、すごいな……」
床に座り込んで、アルフォンスは少しばかり息を荒くつく。エレインもまた、その横に座って、少しばかり肩を上下させていた。
「あなたこそ……戦場で、あなたと対峙した時は……まともにやりあっていられない、と思いましたが、今もそう思いますよ」
「そんなことはない。あなたは休戦までずっと前線で戦っていたのだろう。わたしは、王城に呼び戻されて、兄の身辺の警護をやらされたりまつりごとに携わらされたりしていたので、なまっていたな……これでは、あなたを守るなどと言えない」
そういうと、アルフォンスはごろりと横になった。王ともあろう者が、鍛錬所の床の上に横たわれるとは。エレインは一瞬驚いたが、それから笑いを漏らす。
「アルフォンス様。ありがとうございます。わたしを、慰めようとしてくださったのでしょう」
そう言って、エレインもまたアルフォンスにならって、ごろりと横になった。少しだけ外は明るくなってきたのか、渡り廊下の方が少しだけ朝の色を纏い始めている。鍛錬所の入口は開け放されているため、それが微かに見てとれた。
「慰めというか。たまには、誰かが相手になった方が良いと思っただけだ」
「そうですか。ありがとうございます」
「うん」
本当はそうではないのだろう。そう思ったが、エレインは素直に礼を言った。アルフォンスの答えはとても軽い。だが、彼を早朝から付き合わせたと思えば、申し訳ない気持ちになるのも当たり前。エレインは「でも」と言葉を続けた。
「わたしは大丈夫です。アルフォンス様も、公務がお忙しいでしょうから、わたしのことなぞにお構いなく、きちんと眠ってください」
「……あなたは、少し勘違いをしている」
「え?」
むくりとアルフォンスは起き上がり、横になっているエレインの顔を覗き込んだ。
「公務は勿論大切だ。わたしはこれでも王だからな。だが、それと同じぐらい、あなたのことは大切なんだ」
「わたしが?」
「そうだ。あなただ」
「それは……気にかけていただくことはありがたいことですが、だからと言って」
すると、アルフォンスは横たわったままのエレインの手をそっと掴み、口づけた。驚いて体を起こそうとする彼女の肩を、とん、とアルフォンスは押して、もう一度床に倒す。
「わたしがあなたを大切に思っているのは、あなたが妻だからではない」
「どういうことですか……?」
見上げれば、彼はなんだか少し寂しそうな表情をしていた。彼にそんな顔をさせるようなことを自分はしたのだろうか。エレインはまったく心当たりがないため、眉根を潜めた。
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